| 1971年 |
東京都文京区小石川にて「集合デン」事務所開設、創業1960年代の終わりに、講談社『現代世界百科大事典』のダイアグラムデザインのために、アートディレクター勝井三雄、川添登両氏のもとにデザイナーチームが組織されました。プロジェクト終了後の1971年、チームメンバーの一部がその後も共同でエディトリアルデザインの仕事を続けていくために、東京・小石川に「集合デン」の事務所を開設しました。 |
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| 1973年 |
文京区大塚に事務所移転、「有限会社集合デン」設立1970年代はじめには、出版物デザインのみで企業を成り立たせるのは不可能といわれていました。出版物の編集制作プロセスにアートディレクター、デザイナーが全面的にかかわることはまだ例外的で、デザイナーによる一種の文化ボランティア的な仕事であることが多かったからです。第一次オイルショックによる不況のさなかでもありましたが、エディトリアルデザインがジャンルとして確立している諸外国の状況、出版物のビジュアル化が進みつつある日本の状況などから、未来に望みを託して会社としてのスタートを切りました。 |
| 1986年 |
東京都中央区銀座に移転 |
| 1988年 |
東京都中央区新富に移転、株式会社に改組会社設立から15年以上経過し、1988年に至ってより「公器」性の強い株式会社に会社を改組しました。以後現在まで、さまざまな角度から経営基盤の強化につとめています。1999年度決算以後、国際会計基準に準拠しています。 |
| 1993年 |
株式会社集合デンが株式会社ヘルベチカと合併、「株式会社アレフ・ゼロ」に社名変更日本経済新聞社刊『日経サイエンス』デザインなどの経験をベースに設立された株式会社ヘルベチカも、エディトリアルデザインを中心業務としてきました。両社間に資本上の関係はありませんでしたが、共同受注による協力関係やノウハウ交換を積み重ねた上で、「こころざし」を共有する会社として合流するに至りました。両社のノウハウと経験、さまざまな経営資源をあわせることで、さらに優れたサービスを提供できるよう、社名も新たに再スタートしました。 |
| 2002年 |
子会社として「株式会社コンセント」(旧)を設立ウェブサイトの構築を中心業務とする子会社「株式会社コンセント」(旧)を 設立しました。 |
| 2007年 |
ホールディングス化とグループ再編2007年10月1日付けで、株式会社アレフ・ゼロを株式会社AZホールディングスに社名変更し、一方、分割新設会社としての株式会社アレフ・ゼロを、 AZホールディングスの100%子会社として新たに発足させました。旧アレフ・ゼロの現業部門の事業活動はすべて新アレフ・ゼロが引き継いでいます。これにより従来の「アレフ・ゼロ グループ」は「AZグループ」として再編され、従来の子会社もすべてAZホールディングスの子会社となっています。 BNN新社が、アレフ・ゼロ グループに参画2007年7月末日付けで、デザイン書、パソコン関連書を中心に出版する出版社、BNN新社を株式会社アレフ・ゼロの100%子会社としました。 |
| 2008年 |
フィルムアート社が、AZグループに参画2008年7月1日付けで、映像・アートを中心とした書籍を発行している出版社、フィルムアート社を、株式会社AZホールディングスが株式の80%を取得する連結子会社としました。 |
| 2010年 |
AZグループ各社のオフィスを統合、東京都渋谷区恵比寿に移転AZグループに所属する、株式会社AZホールディングス、株式会社アレフ・ゼロ、株式会社コンセント(旧)、株式会社ビー・エヌ・エヌ新社、株式会社フィルムアート社の5社全てのオフィスを統合、恵比寿に移転しました。グループの総合力を強め、付加価値の高いサービス提供とさらなる事業拡大のための体制を強化しました。 |
| 2011年 |
株式会社アレフ・ゼロと株式会社コンセント(旧)が合併、「株式会社コンセント」に社名変更「エディトリアルデザイン」を中心に、雑誌や書籍、広報ツール各種の企画・制作を行ってきた株式会社アレフ・ゼロと、「Web時代の設計事務所」をコンセプトにウェブサイト構築やユーザーインターフェイスデザインの分野のサービスを提供してきた株式会社コンセント(旧)が合併。メディアを問わず企業のコミュニケーション全体を支援し、幅広く問題解決を行う会社として、さらなる成長を目指していきます。 |