「エディトリアルデザイン」と「ユーザーエクスペリエンスデザイン」

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    佐藤 史

※本記事はコンセントのサービスデザインチームによるブログ『Service Design Park』に、2015年12月11日に掲載された記事の転載です(転載元:http://sd-park.tumblr.com/post/134957140081/uxdesignandeditorialdesign ※2021年8月2日に運営を終了しています)。



サービスデザイナーの佐藤史です。

私は普段からよく、「サービスデザイン」や「ユーザーエクスペリエンス(以下、UX)」に関する社外のイベントに参加し人前で話をすることがあります。終了後、懇親会などの場で改めて自己紹介するとき、現在の自分は社内でService Design Div.という部署に所属しているが、以前は同じ会社の中で「エディトリアルデザイン(※1)」領域の仕事をやっていました。つまり紙の会社案内や広報誌・社内報などを制作する仕事に携わっていました…という話をすると意外な顔をされることが多いです。

※1.エディトリアルデザイン…情報とその価値を正確な導線で伝えることで、読み手の心にメッセージを届けるためのデザイン手法です。広く一般的には雑誌・書籍など出版物のデザインを指しますが、コンセントでは、エディトリアルデザインのパイオニアとして、雑誌等で培った「編集思考力」と「デザイン力」を、企業・教育機関・政府関係機関の広報ツールのデザインに活かしており、そのようなアウトプットまでを含めて「エディトリアルデザイン」と呼んでいます。


数年前まで私はもっぱら「コンテンツディレクター」として、エディトリアルデザイナーや編集者、ライター、カメラマンそして印刷会社の方々と一緒に、いろいろな企業広報ツールの制作に携わっていました。しかし、サービスデザインやUXデザインの専門家を名乗るようになった現在でも、「エディトリアルデザイン」という専門領域に関する知見は私の大きなバックボーンとして、プロジェクトのいろいろな場面においてとても役に立っています。

ちなみに、「コンセントさんには、UXデザイナーがたくさんいるのでは?」という質問を受けることも多いですが、よく考えてみると、コンセントには最初からユーザーエクスペリエンス(UX)だけを専門としてきたデザイナーばかりがいるわけでもありません。雑誌や広報誌のようなエディトリアルデザインと、Webサイトやデジタルアプリのようなインタラクションデザインの両方をやる人もいますし、そうした人がサービスデザインやUXデザインをやる場合も多数あります。つまり、エディトリアルデザイナーでもインタラクションデザイナーでもみんな「問題を解決する人」「設計する人」という広義の意味での「デザイナー」で、「◯◯デザイン」の「◯◯」という(デザインの)対象物にこだわっているわけではないことは、コンセントのデザイナーの特徴なのかもしれません。事実、私が現在所属するService Design Div.でも、以前は、エディトリアルデザインを専門にしていた社員が、サービスデザイナーとして活動し、自らプロジェクトのリードをとることも多いです。(普段の仕事で各分野の比重が占める割合は人それぞれで、どこに注力するかは本人の意思も尊重されます)


「エディトリアルデザイン」もUXデザインのひとつ?


ここで本題に入りますが、「エディトリアルデザイン」も俯瞰して捉えれば「UXデザイン」であると私は思っています。それは、エディトリアルデザインと呼ばれているもの自体が、「冊子を手にしてページを繰る」というユーザー体験をデザインすることに他ならないからです。興味深い事例をひとつ紹介しましょう。

私は過去に、あるB to B企業の広報誌のコンテンツディレクターをしていたことがあります。広報誌をリニューアルし、新しいコンテンツ企画を検討するとき、以下のようなアプローチをとりました。

その広報誌は、主にその企業の営業職の方が取引先を訪問した時に、お客さんと対面で会話しながら手渡しする目的でつくられている冊子でした。そこで、実際にその企業の営業職の方に「ユーザーインタビュー」をして、“取引先の方と普段どういう会話をされているか”“どういうコンテンツがあればその方との会話が弾みそうか”“どういうコンテンツがあれば営業しやすいか”等をヒアリングし、そこから得た情報をもとに、その広報誌のコンテンツ企画や編集方針、誌面構成を策定しました。

また、デザイナーと一緒にデザインフォーマットを検討する段階では、この広報誌は、読み手つまり「ユーザー」が椅子に腰を据えてじっくり読むというような「使われ方」をされているのではなく、仕事の空き時間や営業の方が訪れたついでにパラパラと見て読まれる場合が大半であるという、ユーザーインタビューや読者アンケートなどの定性・定量調査から得た「利用文脈」を踏まえたうえで、読む人にとって負担にならない程度の情報量や文字量を決めました。

これは、いわゆるデジタルアプリなどを開発するときに、UXデザイナーが、インタビューなどの定性調査から要件を導き出すプロセスと、基本的には同じ思考のプロセスをとっていたと思います。


また、エディトリアルデザイナーが印刷媒体を企画してデザインする行為自体は、一連の「プロトタイプ」と言えます。

その媒体がもつデザイントーンに相応しい紙の質感や厚さなどは、プリンタ出力ではなく、束見本(※2)や色校正(※3)刷りを通してでないと確かめられません。実際、印刷用紙の厚さや紙質などは、冊子や本を手にしたときに感じる「認知」や「体験」に大きな影響を与えます。例えば、白色度が強く厚さもしっかりした紙でなおかつ表紙にコーティング加工などが施された会社案内を受け取れば、「ああ、この会社はちゃんとしているんだな」などと折り目正しい企業の印象をもちますが、読み手に気軽に手にしてもらいたくて発行している広報誌が、あまり厚い紙で刷られていたら「気軽さ」の印象は低減するでしょう。これは一般的な傾向ですが、白色度の強い紙に比べてややアイボリーがかった紙だとカジュアル感が醸成されやすくなります。また、ムック書籍が雑誌に比べて、やや厚めの紙でつくられることが多いのも、読み手の情報に対する向き合い方が、雑誌のそれに比べるとムックの方が少しだけ「きちんと読みたい・知りたい」と能動的になることを意識した結果だと思います。

その他にも、デザイナーがレイアウトチェックをするとき、プリンタから余白付きで出力されたものではなく、必ず周囲の余白を切り落として実際の仕上がりサイズの状態で確認するものも、「精度の高いプロトタイプ」で手にしてみることによりデザイン上の見落としを防ぐことができるからです。

※2.束見本…冊子の厚さを確認するために、実際に印刷される紙と同じ用紙で作る冊子の見本。


※3.色校正…指定した色がその通りに印刷されているかを確認する作業。



継続的なユーザー体験とコミュニケーションをつくる


ここまで書くと、「だとしたら別にエディトリアルデザインに限らず広告とかポスターとかパッケージでも同じ論法だろう」と考える方も多いと思います。ただここで、「ユーザーエクスペリエンスデザイン」と「エディトリアルデザイン」の共通項として、もうひとつ強調しておきたいことがあります。それは、どちらも、提供・発信する側とそれを受け取る相手との間に、一回限りではない継続的なコミュニケーションが発生する場合が非常に多いということです。

広報誌や雑誌で毎号いろいろな特集記事を考える時、過去の号からの読み手の声を参考に戦略を立てることは、Webサイトやデジタルアプリケーションをローンチした後、アクセスログを取得して解析することと同じく「検証・改善サイクルを回す」ことに該当します。また、会社案内や製品パンフレットのように定期的な刊行物ではない場合でも、一度目にして終わりではなく、後から読み返されることがままあるという点は、ポスター等の広告媒体との大きな違いです。コンセントは「コミュニケーションをデザインする会社です」といろんな場面で説明されることが多いですが、私個人の考えでは、それだけだとまだ説明が足りていない気がしており、そこに「継続性」という特長が存在すること、一発限りのプロモーションではない"継続的な”コミュニケーションをデザインする会社だということをここであらためて強調したいと思います。



「デザイン」することで得られる効果に対して意識的になる


何だか自画自賛ならぬ自社自賛的な文章になってきましたが、最後に「ユーザーエクスペリエンスデザイン」も「エディトリアルデザイン」も、ともにこれからはデザインする人間がアウトプットに対してもつ責任も重くなるであろうことを述べておきます。

数年前までは、多くの企業にとって、サービスデザインやUXデザインは新しい概念であり、多くの方がその概念や手法を理解しようとされていました。しかし今は、概念や手法の理解も引き続き大事なのですが、それに加えて、導入することで会社の事業戦略や収益に対してどういう効果が得られるのかという点に、多くの方の関心が移ってきており、われわれデザイン会社はそれをクライアント企業や社会に対してきちんと説明することを求められています。

一方、エディトリアルデザインの分野では、電子書籍やニュースアプリが広まったことで紙の出版物は減少し、企業の広報活動でも、紙の冊子はつくらずPDFのみで配信することも増えてきました。だからこそ、紙をつかって相応のコストで制作される印刷媒体が、出版物もしくは企業の広報・販促活動として、どれだけの意義があり価値をもつのか、つまりコンテンツをあえて印刷物にする費用対効果について、われわれのようにコンテンツを企画・提案する立場の人間はこれまで以上に意識的になる必要があります。

ただ、これは私個人の所感ですが、メディアのデジタル化によって紙の出版物や広報ツールが全部なくなるということはさすがにないと思います。むしろ本当に読み手にとって大切であり、手にして読んで保管するに値すると思ってもらえる良質なコンテンツだけが有形の印刷物として残っていくのではないでしょうか。そしてそういう世の中になれば、それこそ先に述べたようなエディトリアルデザイナーの能力が大きく発揮される好機だと捉えるべきでしょう。ちなみにサービスデザインの分野でも、サービスという無形の存在を伝える物的証拠が顧客の体験価値向上において重要であることが原則のひとつとして語られています。

読者が美しく装丁された印刷物を手にしたときのワクワクする気持ち、ビジネスパーソンが企業広報誌のページを繰ってコンテンツを読み終わったときの「なるほど!」という満足感。こういう体験を、エディトリアルデザイナーやコンテンツディレクターが「優れたユーザー体験」としてロジカルに語る姿を見てみたい。それは、「エディトリアルデザイン」から「ユーザーエクスペリエンスデザイン」へと活動の軸足を移した今の自分の思いでもあります。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

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