消費者よりも企業にとって都合の良い行動を取るようにし向ける手法、ダークパターン。
悪意のある事業者が意図的に用いる手法だと思われるかもしれません。
しかし、ビジネスで求められる目標を達成するため、
悪意がなくても結果的にダークパターンを用いてしまう可能性があります。
企業はどうすればこの「ダークパターンの無自覚な使用」を防ぎ、
消費者とのより倫理的な関係性を目指していけるのでしょうか?
コンセントでは、所属企業にダークパターン使用防止の取り組みがある
ビジネスパーソン4名にインタビューを行いました。
本レポートは具体的な取り組み内容を紹介するとともに、
そこから見えたダークパターン問題に向き合う上での課題や
無自覚な使用を防ぐための論点を考察するものです。
調査結果のハイライト
使用防止の取り組みとその効果
- ダークパターンの使用を防止するための企業の取り組みには、「研修の実施」「マニュアルやチェックリスト、チェック体制の整備」「法律の専門家など、社内外を含めた報告・相談の仕組みづくり」が共通して見られた。
- 「メールマガジン受信のデフォルト設定を見送る」など、取り組みによるダークパターン使用防止の効果が一部の企業で見られた。
ダークパターンを判断する難しさ
- ダークパターンには法的リスクがあり、消費者庁などによる取り締まりが近年強化されている一方、「法令上の線引きの難しさ」と「企業の倫理観が問われる」側面があり、法制度だけでは防止しきれない。
- 4社においても、法令観点からの線引きの難しさがあり、企業の姿勢も問われる中で、「何を“虚偽”と考えるか?」「たとえ事実であっても“焦らせる”ことをどう捉えるか?」などの判断に揺らぎが見られ、“ダークパターンを判断する難しさ”に直面している。
使用防止のために必要なこと
- 「ダークパターンは一律な判断をすることは難しい」ことを前提に、法令・ユーザーからの声・望ましい企業姿勢といったあらゆる観点からのチェックと議論が、ダークパターンの無自覚な使用を防止するためには必要となる。
- 「ユーザーにとって不利益ではないか?」と声を上げられる倫理観と、さまざまな役割の人がオープンに意見を交わせるカルチャーの醸成が、企業には求められる。
- 企業がダークパターン防止に取り組みやすくなるために、「抵触する可能性のある法令が、業界ごとにわかりやすくまとめられること」「倫理観点から対応を検討すべき点が、行政などから発信されること」「具体的な取り組みが、社会へ共有されていくこと」という、業界・行政・社会の3視点での環境づくりが必要である。
目次
1はじめに
なぜ「ダークパターンの無自覚な使用」をする可能性が企業にあるのか。使用によるリスクは何か。本インタビュー調査に至った背景、調査対象などの概要を紹介する
2ダークパターン使用防止の取り組み事例
ダークパターンの使用を防止するために、具体的にどのような取り組みがあるのか。4人のビジネスパーソンが所属する企業における取り組みの内容とその効果を見ていく。
3ダークパターンを判断する難しさ
ダークパターンの規制につながる法制度は存在しており近年取り締まりも強化されている。しかし、法制度が充実してもダークパターンの使用は防ぎきれない。そこにある「判断の難しさ」について、4社における判断の実態を紹介しながら考察していく。
4総括
「ダークパターンの無自覚な使用」を防ぐための具体的な取り組みと、そうした企業の取り組みを推進していくために必要な業界・行政・社会の在り方を考え、調査内容を総括する。
1はじめに
調査背景
日本では2023年から2024年にかけて、「ダークパターン」の存在が広く消費者に認識されるようになった。
ダークパターンとは、主にウェブサイトやアプリを利用する際に、消費者をだましたり操ったりするなどして、消費者自身よりも企業にとって都合の良い行動を取るようにし向ける手法である。例えば、ECサイトでカウントダウンタイマーを表示して商品購入を焦らせたり、入会や契約時よりも退会や解約時の手続きをわかりづらくしたり複雑にしたりしている場合などがダークパターンに該当する。
コンセントでは2023年8月に、ECサイトやアプリでの購入経験者を対象としたダークパターンの認知度やひっかかった経験などの実態調査を行い、同年11月に「ダークパターンレポート2023」として公表した。
2023年11月の公表当時、ダークパターンの社会的認知度はまだ低い状況であったが、この「ダークパターンレポート2023」は、新聞、テレビ報道番組、ウェブメディアなどで広く取り上げられ、企業の経営層を含む多くのビジネスパーソンにダウンロードされることとなった。入手目的としては、公表当時の背景を受け、「ダークパターンについての知識を得たいため/理解を深めたいため」が多く見られたが、「自社でダークパターンを使っていないか確認したいため」というものも目立ったことに着目したい。
経済協力開発機構(OECD)では2022年にまとめた報告書*1の中で、ダークパターンが使用される目的を「消費者にとって望ましい範囲を超えた、金銭の支出や個人情報の開示、または時間の消費につなげること」とし、「ユーザーインターフェースの設計者側に悪意がなかったとしても、根本的なビジネスモデルと密接なつながりがある」と指摘している。
ダークパターンというと悪意のある事業者が用いる詐欺まがいの手法であると認識している人も多いだろう。昨今多くのメディアで取り上げられている通り、多額の金銭的損失を消費者に与える悪質なケースが存在するのも事実だ。
しかし、金銭や時間を費やさせたり個人情報を提供させたりすることはビジネスで求められやすい目標でもあり、悪意なく結果的にダークパターンを使用してしまう可能性を考えれば、私たちは誰しもが「ダークパターン使用予備軍」であるといえる。
つまり、ユーザーインターフェースの検討に関わるディレクターやマーケター、デザイナーが消費者をだまそうという明確な意思をもたずとも、なんらかのビジネス成果を生み出そうとサービスをつくっていく構造の中にいる以上、「気が付いたら加害者になっていた」ということが起こり得るのである。
ダークパターンを使用してしまった場合、顧客体験の悪化からブランドイメージの低下につながり、悪質であると判断される場合には、業務停止命令などの行政処分の対象となり得る。
では、企業はどうすればこの「ダークパターンの無自覚な使用」を防げるのだろうか?
コンセントでは2024年2月、所属企業にダークパターン使用防止の取り組みがあるビジネスパーソン4名にインタビュー調査を行った。本レポートでは、各社の取り組みの内容や効果を紹介し、企業がダークパターン問題に向き合う上での課題について考察しながら、ダークパターンの無自覚な使用を防ぐための論点を整理する。
調査概要
対象者
- 調査対象者の条件:
-
以下の4つの条件全てを満たすこと
- 会員登録や決済、個人情報登録を伴うウェブサイトやアプリを運営する企業に勤めている
- 所属企業にダークパターンの使用防止の取り組みがある
- 事業全体の統括や製品・サービスの企画開発、管理を担っている
- ユーザーインターフェースの企画や設計に関与している
調査対象者の概要:
従業員規模 | 事業内容 | 役割、業務内容 | |
---|---|---|---|
Aさん | 1,000名以上 | 事務用機器の販売 | 消費者向けのECサイトの分析 |
Bさん | 1,000名以上 | 健康機器の製造・販売 | マーケティング |
Cさん | 1,000名未満 | 電子機器の製造・販売 | 事業責任者 |
Dさん | 1,000名未満 | 家具・インテリアの販売 | 販売戦略、販売管理 |
方法・時期
- 調査方法:
- ビデオ通話によるオンラインインタビュー
- インタビュー手法:
- UXデザイナーによる半構造化インタビュー
- 調査時期:
- 2024年2月
2ダークパターン使用防止の取り組み事例
ダークパターンの使用を防止するために、具体的にどのような取り組みがあるのか。4人のビジネスパーソンが所属する企業における取り組みの内容とその効果を見ていく。
事例①「事務用機器を販売する企業のケース」(Aさん) ※従業員規模:1,000名以上
調査対象者概要
- 所属企業情報:
-
- 従業員規模|1,000名以上
- 事業内容|事務用機器の販売
- 販売方法など:
- 法人と個人を対象とした、プリンターやパソコンなどの事務用機器を取り扱う。法人には営業担当を通して、個人の一般消費者にはECモールや電話を通して販売している。
- Aさんの役割、業務内容:
- 一般消費者向けに運営しているECサイトの分析
1:取り組みの内容
︎Eラーニング研修の実施
従業員向けのEラーニングプログラムの一つとして、ダークパターンに関する研修を実施している。プログラムにより必須受講となる対象者が設定されており、ダークパターン研修に関しては、販売部門の従業員を必須受講としている。
受講者は、ダークパターンの主な類型*2などについて学んだ後にテストを受け、アンケートを提出して研修修了となる。
*2:ダークパターンはさまざまな機関により類型が定義されている。代表的なものに経済協力開発機構(OECD)による分類がある。
OECD. (2022). DARK COMMERCIAL PATTERNS. OECD DIGITAL ECONOMY PAPERS, No.336.
マニュアルやチェックリストの活用
さまざまな分野に関するマニュアルを整備しており、悪質なものを例示するなどしたダークパターンに関するマニュアルも近年作成した。
マニュアルの他、日々の業務では、「同意のない定期購入になっていないか」「余計なオプションを付けていないか」といった気を付けるべき項目を確認できるチェックリストを活用しており、チェックした記録自体も保管するようにしている。
体制、フローの整備
ダークパターンに限らずセキュリティ面などの管理も日常的に行っており、上記に紹介したEラーニングのプログラムやマニュアル、チェックリストなどはセキュリティ委員会が中心となって作成している。
これらのマニュアルなどを業務内でいかに活用していくかというオペレーションについては、販売部門内で協議して構築。チェックリストに違反した場合や判断が難しい場合は、週に1度の部会で部門メンバー全員による話し合いが行われる。部門内での判断が難しい場合はセキュリティ委員会や法務に審議を依頼。セキュリティ委員会や法務は法令や他社の事例などを調べた上で判断し、部門に回答を伝えている。
2:取り組みの効果
割引キャンペーンの実施期間の見直し
取り組みによる効果の一例に、「割引キャンペーンの実施期間の見直し」がある。
Aさんの企業は、かつて割引キャンペーンを一年中やっているような状態だった。1年のうちほとんどの期間で割引価格で販売しているのにもかかわらず「今だけ半額!」といった表現をすることは、ダークパターン類型における「緊急性」に当たる。また、景品表示法で定められる有利誤認表示に該当する可能性がある。
Aさんとしては「そのキャンペーンがあってお客さまが安く買えるのだから、いいのではないか」とも思ったという。だが、前項(2-事例①-1:取り組みの内容)で紹介した取り組みのもと部門内で話し合いが行われ、キャンペーン期間を短くする是正を行った。これは個人の感覚だけではなく、組織で検討して判断することの有効性を示唆する事例といえる。
3:考察
研修で基本的な知識を身に付け、マニュアルやチェックリストを参照して業務を行うスタイルで、知識と実践の両面をカバーしているAさんの企業。「部内メンバーだけで全て調べるのは大変なため、判断に迷う場合にセキュリティ委員会や法務に相談ができるところがよい」との声も聞かれた。販売部門という現場だけで判断するのではなく、他社の調査や法令の確認は法務の専門部門に依頼するといったように、他部門と連携していくことも、ダークパターン防止活動に無理なく取り組むポイントといえる。
事例②「健康機器を製造・販売する企業のケース」(Bさん) ※従業員規模:1,000名以上
調査対象者概要
- 所属企業情報:
-
- 従業員規模:1,000名以上
- 事業内容:健康機器の製造・販売
- 販売方法など:
- 家庭向けの健康機器を、自社運営のECサイトやECモールを通して消費者に販売している。
- Bさんの役割、業務内容:
- マーケティング
1:取り組みの内容
従来からの仕組みを生かしたチェック体制
薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)をはじめ業種に関連する法令があるため、違反することがないように何段階かのチェック体制が従来より整備されている。特に専任のチェック担当者を置いているわけではないが、「お客さまに誤解を与えるような表現や動線になっていないか」という観点のチェック項目があるため、ダークパターンについても結果的に確認ができている状況だ。
例えば、お客さまに情報提供する商品ページなどのコンテンツを制作する際は、社内の他部門に展開して法務や薬事、商品スペックなどのテクニカル面、カスタマーサクセスなどの観点でレビューを受け、それぞれの部門からの承認が得られると商品ページを公開できる仕組みになっている。
専門家への相談
基本的には社内で判断がなされるが、ダークパターンに限らず、白黒をつけることが難しいグレーゾーンに該当する場合は、法務担当者経由で弁護士などの外部専門家に相談している。
コールセンター部門との定期的なミーティングの実施
月に1度、コールセンター部門と話し合うミーティングを設定。お客さまからの改善要求やわかりにくかった箇所に関する意見などを収集することで、企業内部の目線だけでは気付けなかった課題が発見でき、視野が広がることにもつながっている。こうしたカスタマーサポートの基本的な取り組みによって、ダークパターンも防ぐことができている。
2:取り組みの効果
取り組みの効果の例として、「ユーザーの離脱を阻む仕組みの導入の見送り」「『今○名の方が見ています』という表示の取りやめ」「メールマガジン受信のデフォルト設定の見送り」の3つがある。
ユーザーの離脱を阻む仕組みの導入の見送り
離脱しようとするユーザーに対して、お得なクーポンを出すなど離脱を阻む仕組みの導入を検討していたことがあった。
明確にダークパターンの分類にあるわけではないが、ユーザーの離脱を阻む仕組みは、ある行為を諦めさせる意図でタスクの流れやインタラクションを必要以上に困難にすることを指す「妨害(Obstruction)」の一種ともいえる。
離脱率改善を目的とする施策ではあったが、「離脱しようとしているユーザーにとって、本当に必要な機能か」「自分がユーザーの立場だったらどう感じるか」といった議論を行い、導入を見送った。
「今○名の方が見ています」という表示の取りやめ
他のユーザーも支持していることを示し意思決定に影響を与えようとするダークパターン「社会的証明」に該当する「今○名の方がこのページを見ています」といった表示も、かつて使用していた時期があったが現在は使うのをやめている。マーケティングやECサイトにおける常套手段ではあるものの、ユーザーをあおる表現は会社の方針とそぐわないというのが、是正した理由だ。
会社の方針として明文化されているわけではないものの、新機能を導入する際にはこのように「ユーザーにとってプラスなのか、マイナスなのか」という検討をするようにしており、その効果といえる。
メールマガジン受信のデフォルト設定の見送り
メールマガジンを受信する設定にあらかじめチェックを入れておくことは、企業が望むデフォルト値を「事前選択」しておく「インターフェース干渉(Interface interference)」の一種である。
デフォルトで「受信」にチェックが入っている方が、メールマガジンの受信率が高いことは検証を通してわかってはいたが、ユーザーの行動として不利益であるという理由から外す判断をした。
マーケティングを担当するBさんとしては守りにばかり入ってしまうとマーケティングとしては弱くなるという悩みもあるが、事案ごとに複数の立場で話し合って意思決定をすることで、企業目線と顧客目線の均衡点を探っている。
3:考察
さまざまな立場の人が異なる視点から意見を出し合い、最終的には「ユーザーのためになっているか」という観点を大切にしているBさんの企業。コールセンター部門から消費者の意見を収集し、消費者視点を忘れず「自分がユーザーだったらどう思うのか」を問いかけることで、これまでに多数の是正実績につながっている。感じ方は人それぞれとはいえ、ユーザーの立場に立って考えてみることは、ダークパターンの使用を防ぐのに一定の効果を発揮するといえよう。
事例③「電子機器を製造・販売する企業のケース」(Cさん) ※従業員規模:1,000名未満
調査対象者概要
- 所属企業情報:
-
- 従業員規模:1,000名未満
- 事業内容:電子機器の製造・販売
- 販売方法など:
- 営業担当者を通して購入する法人向け商品を扱っているため、ECサイトでの販売はない。商品紹介など販売を促進するためのコンテンツをウェブサイトに掲載している。
- Cさんの役割、業務内容:
- 事業責任者
1:取り組みの内容
使わない、従業員自身もひっかからないための研修を実施
IT部門主体で実施していた外部専門家によるセキュリティ研修の中で、ダークパターンについても4〜5年前から扱うようになった。サポート部門や営業部門などの従業員を対象に、お客さまをあおるような過度な営業の防止の意味も含めて企業としてダークパターンとなるようなことをしないように、また従業員自身もダークパターンにひっかからないようにすることを目的としている。
IT部門や外部専門家によるチェック・相談の仕組み
広告や販売促進コンテンツにダークパターンに該当する表現がないか、チェックリストに準じてIT部門が確認し、判断が難しい場合は顧問弁護士や外部専門家に相談して、ダークパターンの使用を未然に防ぐようにしている。
チェックリストは国ごとに分けて作成
グローバルに事業展開していることから、チェックリストも国ごとに分けて作成している。Cさん自身は国に限らずダークパターンを使用しない方針で統一したいと思っているものの、価値観や文化などが異なるという事情を考えなくてはならないためだ。
2:取り組みの効果
インタビュー中に具体的な言及はなかった。
3:考察
OECDの定義*3によればダークパターンとは「一般的に、オンラインユーザーインターフェースにおいて見られるもの」であるが、Cさんの企業ではオンラインに限らず、お客さまをあおるような過度な営業もある種のダークパターンであると捉えて、営業部門も含め研修をしているところが特徴だ。典型的なダークパターンを形式的に防ぐことを目的とせず、販売の流れ全体で消費者に誠実であろうとする企業姿勢がうかがえる。
事例④「家具・インテリアを販売する企業のケース」(Dさん) ※従業員規模:1,000名未満
調査対象者概要
- 所属企業情報:
-
- 従業員規模:1,000名未満
- 事業内容:家具・インテリアの販売
- 販売方法など:
- 自社運営のウェブサイトやアプリ、実店舗、ECモールを通してアンティーク家具やインテリアを消費者に販売。また自社製品を取り扱う業者にも販売している。
- Dさんの役割、業務内容:
- 販売戦略、販売管理
1:取り組みの内容
全従業員を対象とした研修
数年前、海外企業のダークパターン使用がニュースで取り沙汰されていたことをきっかけにダークパターン防止活動の必要性を認識。景品表示法など販売に関わる既存の研修に、ダークパターンに関する内容を追加した。販売業務に直接関与していない人も含めた全従業員を、研修の受講対象としている。
さまざまな視点からのチェック体制
ウェブサイトに商品情報を掲載する際には、各部署に承認フローを回すことにしている。チェックリストをもとに、ダークパターン防止観点も含めて、サイト責任者領域、システム情報領域、景品表示法をはじめとした法律などのコンプライアンス領域という大きく3領域に分けて確認が進められる。
ダークパターン防止観点では、例えばセット商品やラッピング代などの費用を自動的に買い物かごの中に追加するなど、ユーザーが気付きにくいような設計・表示になっていないかなどを確認している。
「お客さまの納得を得ずに購入してもらうことはトラブルの原因になり、会社の信用問題に直結する。対面での接客と同じ考え方で丁寧に接することが大切。そのためにダークパターンや景品表示法などに注意して運用していくことはマスト」という考えだ。
定期ミーティングで、お客さまからの問い合わせ内容を検討
カスタマーセンターに届くお客さまからの問い合わせや意見についても、定期的なミーティングの中で検討するようにしている。過去には「同意した覚えがない商品を購入していた」という問い合わせから、商品購入ページの情報や伝え方の改善につながったこともある。
2:取り組みの効果
インタビュー中に具体的な言及はなかった。
3:考察
「ウェブサイトであろうと対面での接客と同じ」という考え方は、Dさんたちのように特に実店舗をもつ企業では、従業員がユーザー視点に立ちやすい考え方だ。ユーザーの顔が見えない状況でも企業側の都合に寄り過ぎないよう、画面の向こう側にいるユーザーの存在を忘れないことが大切である。
また、Dさんからは「ダークパターンのような問題は限度を超えると法律で厳しく規制され始める。そうなる前に、業界全体で横連携して自分たちから防止に動くべきである」という話も聞かれた。業界による自主規制を始めることは、その業界全体への信頼創出にも有効に働くことが期待される。
まとめ
4社におけるダークパターン使用防止の取り組みについて紹介してきたが、2社以上で共通して見られたのは次の3つの取り組みであった。
- 研修の実施
- マニュアルやチェックリスト、チェック体制の整備
- 社内外を含めた、報告・相談の仕組みづくり
研修やマニュアルによって社内で共通の理解をもち、チェックリストに挙げられた観点で確認し、議論する必要がある箇所については会議などで個別に検討する。社内だけで判断が難しい場合は、弁護士や監査機関などの専門家に相談する、というのが現状考えられる取り組みの基本の形といえる。部署を超えた協議や外部専門家への相談といった仕組みを設けている背景には、「どこからがダークパターンなのか」という線引きが難しいため、多角的な観点での検討が必要だと考えていることが一因としてあるようだ。
さらに共通して見られたのは、薬機法や景品表示法、個人情報保護法などをはじめ、取り扱っている製品・サービスに関連する法令や消費者保護に関する法令順守の観点で、研修やチェック体制などの仕組みをもともと整備しており、その延長線上で自然な流れとしてダークパターン防止にも取り組んでいることだ。既存のマニュアルや研修プログラムにダークパターンに関する内容を追加した企業もあれば、内容を変えずとも対応できている企業もあった。
ダークパターン使用防止のための取り組みを検討中の企業、これから取り組んでいこうと思っている企業は、今回話を聞いた4名の企業のように、まずは既存のコンプライアンス順守や研修の取り組みにプラスしてできることを考えてみるのもよいだろう。
また、Aさん(2-事例①)からはインタビュー調査を行ったわれわれに対して「自分たちの取り組みはやり過ぎなのだろうか?」という質問があった。「他社の取り組みが全くわからないので、自分たちの取り組みが適切なのかの判断がつかない」ためだ。ダークパターン使用防止の取り組みについて社外に発信している企業も少しずつ見られるようになってきたものの、自社の活動と比較して検討したり参考にしたりするにはまだまだ情報は少ないのが現状だ。
そこで一つの提案として、SDGsやアクセシビリティなどの取り組みについて情報公開する企業が多いように、ダークパターン使用防止への取り組みについても社外に発信していくのはどうだろうか。Aさんの言う「自分たちの取り組みが適切か」を判断する材料となるだけではなく、各企業での取り組みの参考にもなり、ダークパターンを防止するための具体的な動きが活発になっていくことが期待されるためだ。
ダークパターン使用防止の取り組みについて社会へ発信していくことは業界全体への取り組みへと波及し、Dさん(2-事例④)から挙がった「業界全体で横連携して動くべき」という課題解決にもつながっていくだろう。ひいては「〇〇業界は消費者保護の取り組みに先進的である」といったイメージがつくまでになれば、他業界にも好影響を及ぼし、社会全体のダークパターン使用防止の機運を高めることができるのではないだろうか。
3ダークパターンを判断する難しさ
法制度だけでは防ぎきれないのはなぜか?
本レポートを公開した2024年9月末時点において、消費者庁によるECサイト事業者への取り締まりが本格化してきている。消費者庁はインターネット通信販売を中心とした通信販売事業者に対し、2023年9月から2024年4月までの8カ月間で3件の行政処分、6件の行政指導、約1,600件の注意喚起を行った*4。
この行政処分(指示、業務停止命令、業務禁止命令)が実施された3件はいずれも定期購入商法に関するもので、有利誤認・優良誤認や、2021年の特定商取引法改正で追加されたEC事業者各社のカートシステムにおける最終確認画面の表示義務違反が含まれるものとなっている。経済協力開発機構(OECD)によるダークパターン分類でいうところの「妨害」や「社会的証明」に当たるものだ。このようにダークパターンの規制につながる法制度は存在しているものもあり、ダークパターンを使うことには法的リスクもあることを理解しておきたい。
では、法制度をさらに充実させていけばダークパターンの使用を防止できるかといえば、そう簡単な問題ではない。理由は2つある。
1つ目は「どこからが違反となるのか、法令上の線引きの難しさ」があるためだ。先述の行政処分や注意喚起の執行に関連して、消費者庁が行政処分を行った事業者と注意喚起を行った事業者の違いについて、「悪質性の程度などを含めて、事案に応じて適切な処分内容を決定している」と回答していることからも、ダークパターンの一律な基準を設けることの難しさがうかがえる*5。
また2つ目の理由としては、「仮に法令上は問題がないと判断できたとしても、企業はユーザーをだましたり操ったりしていいのだろうか?」という企業の倫理観を問われるためだ。
今回のインタビュー調査においても、法令観点からの線引きが難しく、さらに企業としての姿勢も問われる中で、ダークパターン使用防止に取り組むに当たり「どこまでをよしとし、どこからをNGとするのか」というダークパターンを判断する難しさに直面している様子がうかがい知れた。
*4:消費者庁(2024年)「特定商取引法の通信販売分野における執行状況について」
*5:日本ネット経済新聞(2024年)「消費者庁、『行政処分は8カ月で3件、注意喚起は1年で1552件』 特商法の通販分野への執行状況を公開」
何を“ダークパターン”とするのか? 各社における判断
このように、ダークパターンであるかどうかの境界線を引くことが難しい中で使用防止に取り組むに当たり、企業はどのように判断すればいいのだろうか。ここでは、今回話を聞くことができた4社における「ダークパターンの判断の実態」について、いくつかの種類ごとに具体例を紹介しながら考察していく。
1:「残りわずか」(緊急性)
「残りわずか」といった表示をして、その製品やサービスの価値を高いと感じるような希少性バイアスを利用し、消費者の購入意欲を刺激するダークパターンがある。OECDの分類では「実際または虚偽の時間的・量的制限を与え、商品を購入するようプレッシャーをかける」手法として説明される「Urgency(緊急性)」に当たる。虚偽の表示だけではなくたとえ事実だとしても、消費者にプレッシャーをかけて購入や決断を迫ることはダークパターンであるとされている。
しかし、実際に在庫がわずかだった場合にも、そのことを知った消費者が購入のプレッシャーを感じたら全てダークパターンなのだろうか?
Aさん(2-事例①)の企業で扱う商品は多くの在庫をもたないため、実際の在庫数を伝えるようにしている。購入を検討している消費者にとっては、売り切れになる前に購入ができるので有益な情報だといえるだろう。
一方で、実際の個数を示していれば必ずしもユーザーにとって有益であるかといえばそうとも言い切れない。なぜなら、実際の在庫数が表示されていたとしても売り切れた後にすぐ在庫が補充される場合は、ユーザーは焦って買う必要がなかったともいえるためだ。
Bさん(2-事例②)の企業でも「残りわずか」の表示をしている。Aさんの企業と同様に不必要に焦らせる意図はなく、売り切れる前に購入を検討してほしいためだ。しかし、「残りわずか」と表示するタイミングが商品によって異なるため、Bさんには「ダークパターンに該当してしまうのでは」という迷いがある。例えば、よく売れる商品はすぐに売り切れてしまう可能性が高いため、残り100個の時点で「残りわずか」と表示している。一方、あまり売れていない商品はすぐに在庫が尽きる可能性が低いため、残り5個の時点で初めて「残りわずか」と表示している。つまり「残りわずか」と判定する値を商品ごとに設定する中で企業側の作為が入り得るために、「これはダークパターンではない」と自信をもって言えないという。
このように商品の在庫数を表示するだけでも、具体的に何がダークパターンであるかを判断することの難しさがある。
2:「虚偽のお客さまの声」(社会的証明)
虚偽のお客さまの声を掲載するというダークパターンがある。つまり、お客さまから好評を得ていると偽る手法だ。
結論としては、事業者による表示を第三者の自主的な意思による表示であるかのように偽ることは景品表示法の不当表示に該当する。従業員の声の掲載がNGとなるかは総合的な判断となるが*6、実際に商品を利用していたとしても景品表示法に違反する可能性が高いことを覚えておきたい。ダークパターンを防止するには法律の専門家の協力が不可欠である。
*6:「事業者と一定の関係性を有し、事業者と一体と認められる従業員や、事業者の子会社等の従業員が行った事業者の商品又は役務に関する表示」が事業者の表示となるかについては、従業員の事業者内における地位・立場・権限・担当業務・表示目的等の実態を踏まえて、事業者が従業員の表
示内容の決定に関与したかを総合的に考慮し判断される。
消費者庁(2023年)「景品表示法とステルスマーケティング」p.9
Bさん(2-事例②)とCさん(2-事例③)の企業では、実際の消費者からの意見を個人情報保護法や薬機法の観点から一部を編集した上で掲載している。文意が変わらなければ許容されるだろうという判断だ。
また、Dさん(2-事例④)の企業では社内でヒアリングをかけ、複数の従業員の意見をもとに想定されそうな声を作成しているという。「捏造にならない程度に」しているが、これが捏造ではないと言われると違和感をもつ人もいるだろう。
「捏造はNGである」というのは全員共通の意見であったが、「どこからを“捏造”と考えるか」の基準は意見が分かれた。景品表示法などの法律で規定されていることについては正しく理解することを前提とし、法に触れない範囲だったとしても自分たちが行っていることが社会通念上、企業として胸を張って言えることかどうか、自問自答する必要がある。
3:「事前選択」(インターフェース干渉)
Aさん(2-事例①)の企業では事務機器の販売時に、おすすめのオプションを初めから選択した状態にしているという。これはダークパターンの「インターフェース干渉」の一種で「事前選択」といわれる手法だ。初期値をわざわざ変更しようとしない「デフォルト効果」という認知バイアスを利用している。
しかし、Aさんの企業ではユーザーの意思決定を操りオプション購入を促す思惑はなく、あくまでユーザーの選択を助けたい意図だという。
ダークパターンが使われる背景には、「自分たちに都合がいいようにユーザーを動かそう」という意図がある場合と、意図せず結果的にダークパターンになってしまう場合がある。Aさんの企業のケースは、後者の「意図しないダークパターン使用」が生まれてしまう典型的な例といえる。企業側が良かれと思ったことでも、ユーザーにとっては「意図しない選択」へと導かれてしまう場合があるためだ。
「一緒に購入すると便利なものについては、紹介はするが事前選択はしない」など、ユーザーの行動に介入せずに押し付けがましくない程度に情報提供するバランス感覚が事業者には必要となる。
まとめ
ここまで見てきた各社のダークパターンの判断の様子から、次のような課題が抽出できる。
- 何を「虚偽」と考えるか?虚偽の情報は論外であるという意見は各社共通していたが、何を虚偽とするかの判断にも揺らぎがある
(3-2:「虚偽のお客さまの声」(社会的証明)) - たとえ事実でも「焦らせる」ことをどう捉えるか?虚偽ではないとしてもいたずらにユーザーを焦らせる表示はダークパターンとなるため、
事実情報を掲載する場合の判断についてはさらに複雑となる(3-1:「残りわずか」(緊急性)) - ユーザーによる受け取り方の違い「3-3:『事前選択』(インターフェース干渉)」の例のように、良かれと思っていてもユーザーからすれば余計なお世話となる可能性もあり、「ユーザーにとって有益であるか」を意識するだけでは防ぎきれないケースもある。
3章では「どこからがダークパターンなのか」という線引きが難しいため、マニュアルやチェックリストだけでダークパターンを防止することは難しいと論じ、その具体例を紹介した。ダークパターンは一律な判断をすることは難しいという前提で、法令・ユーザーからの声・自分たちが望ましいと思う企業姿勢など、あらゆる観点からのチェックと議論が必要である。
4総括
インタビューした4名が勤める企業ではいずれも、景品表示法や薬機法に対応するための既存の活動の延長線でダークパターン使用防止に取り組んでいた。今回の調査を行うまでは「すでにダークパターン使用防止に取り組み始めている企業などあるのだろうか」と考えていたが、既存の研修やチェックリストに手を加えることで、スピーディーに対応できている企業があることがわかった。
3章で論じたように、何がダークパターンであるかの一律な判断は難しい。だが、各社ともガイドラインやチェックリストで一次判断を行い、判断に迷えば、複数の部署や法律の専門家など社内外のさまざまなメンバーを交えて都度協議するという柔軟な運用によって取り組みの効果を得ている。
ビジネスの現場においては、売上を伸ばす方法があるならばぜひとも取り入れたいと思うのが常である。マーケターであるBさんは「数字を求められる立場としては、グレーな方法を取りたくなることもある」と個人としての正直な気持ちを語っていた。
ルールだけでダークパターンを完全に防ぐことを目標とせず、「これはユーザーに不利益を与えるのでは」と声を上げられる倫理観と、さまざまな役割の人がオープンに意見を交わすことができるカルチャーの醸成が必要だ。
本レポートでは、「企業は、どうすればダークパターンの無自覚な使用を防げるのか?」という問いを立て論じてきたが、その解となる具体的な取り組みは以下の4つが考えられる。
- ダークパターンに関する従業員向け研修を実施する
- ガイドラインやチェックリストを整備する
- チェック、議論、記録、報告の仕組みや体制をつくる
- 法律の専門家などとの連携体制を整えておく
さらに、企業がダークパターン使用防止に取り組みやすくなっていくためには次の3つが必要となることが示唆される。
- ダークパターンを使用することで抵触する可能性のある法令が、業界ごとにわかりやすくまとめられること
- 法的リスクはないにしても企業倫理観点から対応を検討すべき点が、行政や業界団体などの中立的な立場から発信されること
- 企業のダークパターン防止活動についての発信が増え、具体的な取り組みが社会へ共有されていくこと
故意に使うことは論外であるが、ダークパターンはマーケティングやデザインとは隣り合わせのものであることを企業は認識し、使用防止に意識的に取り組むことが必要である。