これからの共創のかたち「リビングラボ」

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    大崎 優取締役/シニアサービスデザイナー

潜在ニーズを発見できる新しい手法


生活者のニーズを拾い上げ、ニーズに沿ってサービスをデザインしていくHuman Centered Designのプロセスは、サービス開発をする現場で普及が進んできました。その手法はあらゆる分野での検討がなされており、実際に数多くのアプローチが実践されています。とりわけ、生活者自身が自覚していないような潜在ニーズの掘り起こしに対しては、競合優位性の高いサービスを生み出す可能性があるため、注目度も高く、行動観察手法などを導入している企業も少なくありません。中でも民族学的・文化人類学的手法をビジネスのリサーチに応用した、エスノグラフィックリサーチは筆者自身も数多く実施しています。

こういった潜在ニーズを掘り起こすリサーチは、調査する側に一定のスキルが必要であること、実施すれば必ず潜在ニーズが得られるといった確実性には欠けること、時間がかかり相応のコストがかかることなどさまざまな問題があり、定性調査としてハードルが高いものでした。

そんな潜在ニーズを掘り起こす定性調査の手法の一つとして「リビングラボ(Living Lab)」という取り組みが注目されています。

リビングラボとは、サービス開発プロセスにエンドユーザーを共創的に巻き込んで継続的に進行するプロセスのこと。サービス開発の初期段階から、ユーザーをコミットさせ、サービスアイデアの創出、タッチポイントのデザイン、プロトタイピングといった一連の流れを継続的に共創的に行っていくモデルです。


さまざまな研究者がそれぞれ違った意味でリビングラボを定義していますが、現時点では先述の定義が一般的になっています。米国で提唱されたと言われるリビングラボは、当初は文字通り実生活空間に近い「実験室」で、新しい技術を試す空間という位置づけでした。あるプロダクトや技術を、擬似的な生活空間の文脈の中で観察するためのリサーチ手法でした。その後、リビングラボは実験室の枠を超えて、エンドユーザーが主体的に開発プロセスに介入するという発展を遂げていきました。ユーザーを、観察対象から共につくるパートナーとして捉えるかたちに変化し、より社会性を帯びた活動へ発展していったわけです。欧州においては、行政のスキームにおける市民参加事業としてのリビングラボという色合いが濃く、多面的に捉えられる取り組みになっています。そのリビングラボがICTの発展とオープンイノベーションの高まりとに呼応する形で注目を集めてきているというのが現況です。

実際のリビングラボの取り組み


さて、ここでリビングラボの事例として、筆者が携わっている「子育てママ*リビングラボ」を紹介したいと思います。

「子育てママ*リビングラボ」は、子育てママの働き方と子育て、両面での支援のため、生活者、行政、企業、クリエイターが参画する共創型のプロジェクトです。 6ヶ月程度の継続的なプログラムが想定されたこのプロジェクトは、生活者である子育てママにも、リサーチ・インタビューの対象としてだけではなくすべてのプロセスに積極的に関与してもらい、アイデアソンの繰り返し、ブラッシュアップ、ハッカソンという流れを基本に、企業の課題や技術シーズなどの要素も取り入れながら行われます。


大阪市「東成区子ども・子育てプラザ」で開催されたキックオフイベントでは子育てママ、クリエイター、大阪市や東成区の行政担当者、複数の大手企業などさまざまな立場の方が参加し、子育てママの課題に対してソリューションを検討していきました。具体的には「家事の中で、ロボットに託したいこと、託したくないことは何か?」という題目のもと、家庭生活で生じている家事労働や育児の負担、コミュニケーションについての課題をワークショップ形式で洗い出していきました。そこで出た課題をカスタマージャーニーマップ(※1)などのサービスデザイン手法を用いて可視化したり、ビジネスモデルキャンバスなどを使いながら事業化に向けた検討も行い、まる1日をかけて、サービスアイデアを具現化していきました。

このリビングラボの活動の中で、参加したあるメーカーの開発者は、生活者の思わぬ生活行動やニーズをすくい取れたと発言していました。たとえば、子育てママの生活行動の中のある特定の時間に、ECサイトなどの販売チャネルの効果が最大化できるのではないかという仮説が立てられたと言います。企業内で検討している仮説とは異なる意外な視点が得られ、収穫があったようです。

※1 カスタマージャーニーマップ:生活者行動を可視化し、その行動とサービスの関係性、そこで起こる問題などを発見、共有するためのツール。


リビングラボの社会的意義


このように企業にとっては、自社内での研究や旧来のマーケットリサーチでは得られないようなニーズを発見することができます。そして一方で、生活者にとっては自分のニーズを社会的な問題解決のソリューションに役立てられる、社会貢献できるという意義があります。もしくは、この「子育てママ*リビングラボ」のように、同じ課題を抱えた仲間で集まれる、議論できるというだけでも、参加するママにとって大きな意義があるようでした。

たとえば、今回のアイデアソンで実施した、自分の一日の行動を可視化するカスタマージャーニーマップをつくる場面では、自分の生活を客観的に図示したことで、生活の中での問題点を発見することができたり、問題を把握し共有するだけで「辛いのは自分だけじゃない」という安心感を得られたような側面もありました。


参加する生活者にとってのリビングラボの意義はそれだけにとどまらず、参加することで生活者が経済的な対価を得られるしくみをつくり、新しい「稼ぎ方」を確立することも可能です。子育てママは、労働による対価ではなく、自らの市場価値に対して対価をもらえるようになるわけです。言わずもがなですが、今回の参加者である行政担当者にとっては、子育てママへの課題はそのまま行政課題に直結します。そしてクリエイターは、自らの創造性を社会に役立て、活躍の場を広げることができます。もちろん、単純に仕事を得ることもできます。

このように、リビングラボの活動は、User Centered Design から Citizen Centered Design的なものへの進化を辿っています。そして、このリビングラボの盛り上がりは、企業活動におけるCSV(Creating Shared Value)という概念の広がりに呼応しています。

CSVは、一般的にはCSR(Corporate Social Responsibility)の進化系として捉えられて話されることが多いようです。しかし、目指すところは大きく違っています。CSRは、利潤追求だけでない社会へ与える影響に対し責任をもつこと、もしくは、あらゆるステークホルダーからの要求に対して適切な意思決定をすることと定義されます。それに対し、CSVは社会的意義のある領域に、競合他社よりも先行的に投資し、あらたなブルーオーシャンを目指す、もしくはそのフィールドのルールまでも先行してつくってしまう、という極めて強い利潤追求型と言えます。

今回を例にすると、子育てママを救うという社会的にも賛同を得やすい意義を得て、それをビジネスチャンスとする、というしたたかな企業の思惑があるとも言えるのです。単なる社会貢献活動でも文化活動でもなく、れっきとしたサービス開発である点から、持続可能性の高い取り組み、ビジネスとして位置づけることができます。経済の歯車を回している実感があるからこそ、生活者も参加したくなる、という考え方もできるかもしれません。

リビングラボの課題と展開


さて、メリットばかりを述べたリビングラボの活動にも、当然課題があります。

一つ目は機密保持の観点です。企業では新サービスの設計は機密事項であり、密室での検討がなされます。社会性を帯びたリビングラボでは、オープンな場での検討が必須になります。

二つ目の課題は、知的財産権の問題です。サービスアイデアは本来的には参加している全員のものです。サービスが事業化され、利益が出たケースの対応は事前に明示化して進めなければなりません。

三つ目の課題はインセンティブの設計です。生活者が参加したいと思うにはどうしたらいいか、継続的に関わるのであればどうすればいいか、それぞれのステークホルダーのニーズを上手く活かす設計はなにかを充分に検討する必要があります。

このように、課題も多く設計の難易度も高い取り組みではありますが、先述したように社会的に意義もあり、実効性の高い取り組みとも言え、今後のデザインやマーケットリサーチの分野に強い影響のあるものだと考えられます。もしくは、アートの領域で言及される「Socially Engaged Art」のような社会のあらゆる領域との接続も可能なものとも言えるでしょう。



なお、本コラムでご紹介した「子育てママ*リビングラボ」キックオフイベントの模様は、下記サイトに公開されているレポートでご確認いただけます。合わせてご覧ください。
ワーキングマザー応援サイト「WorMo’」(運営:コクヨ株式会社 WorMo’事務局)
http://www.wormo.net/topics/interview/84/

「子育てママ*リビングラボ」のキックオフイベント「子育てアイデアソン」は、主催・ソーシャルビジネスデザイン研究所、共催・大阪市東成区社会福祉協議会、協力・コクヨ株式会社、株式会社コンセント、大阪イノベーションハブ、東成区役所、で開催されました。

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