沿革

私たちがデザインでひらいてきたこと。

私たちは日本のデザインにエディトリアルデザイン(編集デザイン)の試みを持ち込みました。そしてマガジンハウス社の雑誌媒体を中心に、読みやすさと美しさをもったデザインで、雑誌メディアをポピュラーなものとして定着させました。

以後、日本最大のデザイン会社に発展。2000年以降のインターネット創生期に、いち早く人間中心設計の考えを取り入れ、情報をわかりやすく伝え、価値として創造するWebサイトの情報設計を行ってきました。

私たちは、エディトリアルデザイン、情報アーキテクチャ、サービスデザインの流れを持ち、あらゆるジャンルを超えてデザインでよりよい社会をつくっていくことを目指しています。

集合デン創業

1960年代の終わりに、講談社「現代世界百科大事典」のダイアグラムデザインのため、アートディレクター勝井三雄、川添登両氏のもとにデザイナーチームが集結。プロジェクト終了後の1971年、チームメンバーの一部がその後も共同でエディトリアルデザインを続けていくために、東京・小石川に「集合デン」の事務所を開設しました。

講談社「現代世界百科大事典」。膨大な量のインフォグラフィックデザインをシステム化し、チームで担当。発行から50年近く経過した現代においても、多くのデザイナーの参照を受けています。

日本語版グリッドシステムの開発

『現代世界百科事典』制作を機に、日本語版グリッドシステムを試行・開発しました。グリッドシステムとは、スイスのヨゼフミュラー=ブロックマンが提唱した「率直さ、理解のしやすさ、統一性」を視覚表現するためのデザインの基礎技術です。どんな人にとっても読解可能でポピュラーであること。これを欧文ではなく、縦組みという日本語特有の課題に向き合い、タイポグラフィのあり方を追求しました。文字や図像のシステマティックな配置技法にもかかわらず、デザイナーや編集者にとっての管理や制限にならない「自由で創造的な」表現方法として考案を重ね、定着させました。

DTPアプリケーションの主流といえる「Adobe InDesign」。日本語版の開発時には、出版印刷の業務フローの情報から、日本語組版の「レイアウトグリッド」と「テキストフレーム」の制御についての知見を提供。操作性を向上させるためのユーザーインターフェース設計に協力しました。写真左は縦組み本文のレイアウト用紙(見本)、InDesignに実装されている「レイアウトグリッド」はこうした業務フローをDTP上で再現したものです。

日本のポピュラーデザインの確立

当時の代表取締役社長、鈴木誠一郎を中心に、「an・an」「クロワッサン」「ターザン」など、マガジンハウス社を中心にした生活者の雑誌デザインに取り組みました。これは、1980年代に始まった大衆消費文化をデザインする、ポピュラーデザインの最大の挑戦だといえます。その際、日本文化の流れの中に、絵と文字を組み合わせる表現が多くあることに注目。古くは絵巻ものから現代のマンガまで、文字とビジュアルのブリコラージュ(雑多のものを組み合わせる作業)が日本の大衆文化の基層にありました。そのブリコラージュをデザインの方法として抽出。雑多性と洗練された審美性、さらに「読んで気持ちよい」という付加価値をつけたデザインは読者に支持され、大きな社会的インパクトを与えました。

1977年創刊の雑誌「クロワッサン」(左)と1980年代当時の雑誌「an・an」(右)。「an・an」は日本のファッション誌として初めての週刊化。1週間という短い刊行サイクルの中で、誌面のクオリティを維持するための効果的な進行を設計しました。

ある女性向け雑誌(1980年代後半)のレイアウト指定紙のコピー(左)と色校正紙(右)。DTP以前のフローでは、成果物のデザインクオリティを上げるために、後工程にデザインの意図を的確に伝える技術が求められました。

株式会社ヘルベチカと合併し、
株式会社アレフ・ゼロに社名変更

1993年、集合デンと同じくエディトリアルデザインを手がけていた株式会社ヘルベチカと合併し、株式会社アレフ・ゼロとして組織化。両社のノウハウと経験、さまざまな経営資源をあわせることで、さらに優れたサービスを提供できるよう、社名も新たに再スタートしました。

通販カタログ「マドアンヌ」(左上)。雑誌で培ったノウハウを活かして、様々なメディアのデザインを手掛けるように発展。男性向け料理雑誌のはしり「dancyu」(左下)は1990年の創刊から8年間デザインを担当。「クロワッサン」「an・an」などと同じくロングライフな出版物に。教科書のデザイン(右)は、「誌面」をデザインするのではなく、次世代への「学び」をデザインするという考えのもと40年以上取り組んでいます。

インフォグラフィックデザインを推進

複雑な情報を図解して、いかに読み手にとって直感的に理解可能なものにするか。テキストや数字だけでは直ちに理解できない難解な情報群を「図解」によって伝える試み。海外ではリチャード・ソウル・ワーマンなどが行ってきた実践を日本の情報環境にて挑戦。今日でいうインフォグラフィックデザインの先駆的な実験でした。百科事典、教科書、多くの雑誌媒体にてインフォグラフィックデザインの活用を行い、エディトリアルデザインをさらなる高みへと押し上げました。

1990年代後半の事例。インターネット発展期の初級パソコン誌のインフォグラフィック。まだまだ馴染みの薄い概念を伝えるために、無機的になりがちな情報を親しみやすく表現する期待から、このようなインフォグラフィックが多用されました。ライバル誌に負けない商品性の追求のため、デザインの視点で伴走し続けました。

株式会社コンセント設立

2002年、「Web時代の設計事務所」をコンセプトに、情報アーキテクチャを専門にWebサイト構築を中心事業とする子会社「株式会社コンセント」(旧)を設立しました。

2000年代前半のWebサイト。(左:千葉大学ホームページ、右:ニフティ株式会社 BB@nifty)当時はまだスマートフォンは存在せず、PCからの閲覧が一般的でした。ブロードバンドの普及に伴い、Webサイトの重要性がより高まる中、「創造的インターフェイス Creative Art Direction」「進化するナビゲーション Information Architecture Design」「ワーフローデザイン Work Flow Designing」を軸に、Webサイトを中心とした企業のコミュニケーション問題の解決を行いました。

情報アーキテクチャーの草分けとして

インターネット創生期、Webサイトにおいて情報を「設計」することの重要性を提起、そのメソッドを作り出しました。人間中心設計や情報アーキテクチャの理論体系をいち早く取り入れ、日本の情報デザインの一画に常に存在感を示しました。広告的アプローチではなく、ユーザーのことを考え、コンテンツをきちんと伝えるベーシックな基本姿勢を貫きました。サイト構造を設計することによって、コンテンツの価値(意味)の理解や、ユーザーとのインタラクションを促進させるしくみを開発し続けました。

書籍「IA100:ユーザーエクスペリエンスデザインのための情報アーキテクチャ設計」(左)。IA(インフォメーションアーキテクチャ)を体系的にまとめた日本人による初めての書籍として、代表の長谷川敦士が著しました。IA検討や設計時に実際に使用している事例をサンプルとして掲載し、IAについてのポイントを丁寧に解説しています。Webサイトのパターンが印刷された付箋型のブレストツール「Site-it!」(右)。サイトストラクチャやユーザー体験フローを検討するプロセスの中で、ステークホルダーが共創的に理解を深められるよう、ワークショップツールとして開発しました。

体験のデザインへ

情報のデザインを、体験のデザインへ。UX(ユーザー・エクスペリエンス)とUI(ユーザー・インターフェース)を包含するサービスの再定義からはじめ、ユーザー「体験」という新しい価値を顧客に提供するデザイン設計や持続的価値のありかたを考えました。デザインの表層に目を向けるだけではなく、深層である構造設計がユーザーの体験をいかに豊かにするか、コンテクスチュアル(文脈的)な視点を重視しました。

カードソーティングによるワークショップ風景。デザイン課題がより複雑化していく中で、定義された課題に対して最適な答えを用意するだけでなく、課題そのものの定義に関与していくというデザイナーの姿勢がより強く求められるようになりました。デザイナーのあり方やデザインのプロセスそのものも、時代に合わせて変化を続けてきました。

株式会社AZホールディングスとしてグループ再編

2007年10月1日付けで、株式会社アレフ・ゼロを株式会社AZホールディングスに社名変更し、一方、分割新設会社としての株式会社アレフ・ゼロを、 AZホールディングスの100%子会社として新たに発足。従来の「アレフ・ゼロ グループ」を「AZグループ」として再編しました。

株式会社アレフ・ゼロと株式会社コンセント(旧)が
合併、株式会社コンセントに社名変更

2011年、エディトリアルデザインを中心に、雑誌や書籍、広報ツール各種の企画・制作を行ってきた株式会社アレフ・ゼロと、「Web時代の設計事務所」をコンセプトにWebサイト構築やユーザーインターフェイスデザインを手がけてきた株式会社コンセント(旧)が合併。情報アーキテクチャ、ユーザーエクスペリエンスデザインを軸に、幅広い課題解決を行うデザインファームとして拡大しました。

合併と同時期にローンチされた「amu」は、デザインと社会を「編む」実験空間です。デザイン、アート、編集、ライフ、学び、ビジネス。現実空間において、自らのアウトプットを通じて、価値観を結び合わせるための場として構想されました。施設の設計は、京都駅ビルや札幌ドームなどを手掛けた原広司氏。

サービスデザインの駆動者として

日本におけるサービスデザインの先駆者として、その考えを日本にいち早く取り入れました。 UXデザインを軸に、ビジネスモデル設計・事業戦略・業務オペレーションの設計など、事業そのもののデザインまで活動を広げ、サービスデザインの先駆者としてその価値を社会実装し続けています。国際的な会議で先端情報をシェアしながら、サービスデザインの行政機関への導入や、教育機関への適応も深化を重ねています。

デザインを経営の視座で

企業や行政に「デザイン経営」を。経済産業省・特許庁による「デザイン経営」宣言に象徴されるように、経営戦略にデザインを必要とする市場環境・社会背景が自明のものとなっています。デザインを推進し共創と試作を重ねながら戦略実行にあたる「デザインリーダー」へ。コンセントの「デザインでひらく、デザインをひらく」挑戦は続いています。

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