企業の未来をつくる新規事業を、チームで生み出す 熊本イノベーションスクール Project180 イベントレポート

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    川原田大地サービスデザイナー

写真:熊本イノベーションスクール Project180 集合写真

サービスデザイナーの川原田です。
普段私は、さまざまなクライアントの新規事業開発や既存事業の改善、またそれらに関わる調査業務などに携わっていますが、昨年の2018年9月から12月にかけて、こういった通常のクライアントワークとは別に、「熊本イノベーションスクールProject 180(プロジェクト・ワンエイティ)」(https://www.project180.team/)というプログラムに参加してきました。

写真:会場の様子

Project 180は、熊本県が主催し、株式会社リ・パブリックと一般社団法人フミダスが運営する実践型の事業創造プログラムで、熊本県の中小企業の次世代を担う人材が、東京を中心とする大都市圏から参加するサポーターとチームを組み、熊本県の企業の未来の新規事業を共に創り出す、というものです。熊本県からは8社の中小企業が参加し、東京を中心に県外から16名のサポーターが集い、基本的には1社につき2名が配置されるかたちとなって、8チームがそれぞれプログラムに沿って新規事業を考えていきます。サポーター側には、特にこのプログラムへの参加費用は発生せず、熊本までの交通費や宿泊費は基本的に自己負担となっています。私は東京からの参加者として、株式会社オジックテクノロジーズという、ケミカルプラントとしてめっき加工や化粧品原料の提供を事業とする企業と組むことになりました。本プログラムには、新しいマーケット開拓の最前線で活躍する4名の実践者がメンターとして参加され、バックアップいただける体制となっています。

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プログラムを支援する4人のメンター。(左から)黒鳥社 若林恵氏、メソッド 山田遊氏、GO 三浦崇宏氏、ファブラボ阿蘇南小国 鈴谷瑞樹氏

なお、以下のサイトでも、本プログラムのレポートが前編・中編・後編と3回に渡って連載されておりますので、合わせてご一読いただければと思います。
https://bizzine.jp/article/detail/3219

地方に対して、サービスデザイナーとして何ができるか? 個人として何ができるか?

私がこのプログラムに参加するに至った背景としては、異なる立脚点による2つの動機があります。
1点目は、デザインというアプローチによって、これまでさまざまな課題解決に取り組んできた者として、地方社会や地方企業に対してできる支援は何だろうか、ということの探索と実践です。私は普段、関東圏を拠点としたクライアントとお仕事をさせていただくことが多いのですが、その際、必ずしもそのクライアントの事業は東京という文化や地域性に根付いたものであるとは限らず、またプロジェクトのゴールが新規事業開発に向けたコンセプトの開発であったりすると、扱うテーマが終始抽象的なものとなることも少なくありません。それはそれで、より中長期的な視点や本質的な視点をもってプロジェクトを推進していくことにも繋がり、強い責任感やおもしろさを感じる部分でもあるのですが、東京という地域でそれを実践する意味であったり、自分が生活する地域社会や経済圏に対して与えている影響は直接的にはなかなか実感しにくいということを自覚しつつありました。そういった中で、より地域社会との接続を実感できるようなデザインプロジェクトに参画してみたい、という想いがあり、このプログラムへの参画を志望しました。
2点目は、1点目とは逆に、サービスデザイナー、もしくは一企業の社員という立場や肩書を離れたところで、自分という人間が地方の企業に対して何ができるか、ということの挑戦です。今回のProject 180は、会社対会社として契約した上でのプロジェクトではなく、個人としての参加になります。自分がどういった組織に属するかということとは全く関係なしに、自分の身一つで、その企業に対して何ができるかを試されるというこの取り組みに対して、ある意味腕試し的なチャレンジになることへの期待から、参画を決意しました。

熊本イノベーションスクールProject 180とは

プログラムの構成としては、9月から12月まで、月に1回熊本での集合研修があり、各研修の合間は、遠隔での議論ベースでのやり取りをチームごとに進めるかたちとなっています。9月の初回の研修では、チームを組む企業を各自訪問した上で、独自の強みを発掘するワークや、いくつかのフレームワークを使って新規事業アイデアの方針検討を行い、10月の2回目の研修では、さらに異なるフレームワークを通じてアイデア検討を行いました。10月の研修後から11月の研修が始まるまでの間は、アイデア検証のためのリサーチを各チームにて実行し、11月の研修時にはリサーチ結果の共有と、それを踏まえたアイデアの再検討、およびビジネスモデルの構築を行いました。最終回となる12月は成果発表の場として、各チームが新規事業のアイデアを全員の前で発表し、これまでさまざまなアドバイスをいただいたメンターのほか、熊本県の副知事にもご同席いただき、コメントをいただきました。

写真(その1)
写真(その2)

12月の成果発表の様子

その後は、チームによっては引き続き新規事業の実現に向けて議論を継続しており、私が関わっているオジックテクノロジーズのチームも、2019年4月の現在も引き続き検討を進めています。
私のチームに関しては、まだ新規事業として情報をオープンにできる状況ではないため、具体的な成果についての詳述は避けますが、毎回の議論は白熱したものとなり、大変多くの気づきや学びを得ることができました。ここでは、このプログラムに参加して得られた気づきや示唆について、いくつかご紹介したいと思います。

スタートアップにおけるCDOのような役割

参加動機の2点目として挙げた部分に関わることですが、普段のクライアントワークとは異なり、自分という個人が、特定の企業に対して、それもその企業の次世代を担う立場にある方と直接向き合って議論できるという環境にあることによって、これまでになく純粋な姿勢や思考でプロジェクトに取り組むことができていることを実感しました。

写真:プログラム内で議論する参加者

通常のクライアントワークであれば、プロジェクトを通じていかにクライアントの高い満足度を得られるか、あるいは会社として、プロジェクトを通じて高い利益を上げられるか(赤字にならないか)、そしてそれによって自分自身の良い評価に繋げられるか、といった何らかの指標を考えない訳にはいかないものです。
しかし今回は、未来の新規事業を生み出したい企業の代表者という、強い決定権をもつ担当者に対して、自分は一緒にその実現を応援し、サポーターとして参画するという構造となっており、これはある意味、スタートアップにおけるCDO(Chief Design Officer)のような役割と捉えることができます。新規事業開発としては、普段のクライアントワークでも実践しているものであるはずが、本プログラムではクライアントに対しての外部パートナー企業の社員としてではなく、CDO的な視点・立場となることで、実現したい未来を相手とより近い距離で共有し、社会に対して新たな事業を生み出すことを純粋なモチベーションとしてプロジェクトに参画できました。これによって、新規事業開発のおもしろさや、こんなにも刺激的な瞬間に立ち会えているのだという貴重さを再発見できたことは、非常に大きな気づきでした。
そういった意味では、普段の自分がいかにさまざまな制約や前提、周囲の環境によって拘束され、仕事に対する姿勢や思考に影響を与えているかについて自覚的になることができ、自分の仕事を異なる視点から捉え直す良い機会となったと感じています。

企業を通して地域と向き合う

以上のような気づきと同時に、参加動機の1点目として挙げた部分に関わることですが、今回、私はオジックテクノロジーズという熊本の企業とチームを組んだことで、その企業の背景にある地域性やエコシステムを、より明確に意識する中で議論を進めてきたことを実感します。例えば、めっき処理を行うには大量に水を必要とすることから、水資源に恵まれた熊本の地でこの事業を行うことは、この土地に根差す意味を十分に成しています。また、オジックテクノロジーズはグローバルな取引実績も多数あり、創業70年という長い歴史を通じて培われた九州、そして世界とのネットワークは、関連する業界にとっても大きな資産になっていると言えます。このような企業とチームを組むことは、自分が熊本という地域に相対することを意識させるものであり、地域社会という視点から見た自分の役割を問われるものであったと感じています。それは、特定の業界や領域において何ができるかではなく、より普遍的な世界において自分自身にできることを棚卸しする機会となります。
これからの時代は、一つの組織や場所に留まって働くことが、より当たり前ではなくなっていくであろうと想像しますが、そのような社会においてこそ、自分自身を相対化できる視点をもつことは、ますます重要になっていくと考えています。

少人数によるスピーディーなスクラップ&ビルド

本プログラムは、企業の強みに着目した上で、それに基づいて事業アイデアを検討し、ユーザーリサーチを通じてアイデアの検証と再検討を行っていく、というプロセスとなっています。これについては、発散と収束を繰り返すダブルダイヤモンドと、デザイン思考のプロセスをベースに構成されたものとなっており、プロセス自体はそれほど特徴的なものではありません。しかし、このプロセスを進める上でのチーム体制が3人という少人数であったことは、重要なポイントであったと感じています。より具体的には、人数が少ないからこそ、議論による仮説の構築と検証によるその破壊(スクラップ&ビルド)がスピーディーにこなせたことが、さまざまな視点から検討を行う必要がある新規事業の創造においては、大変優れた効果を発揮していました。集合研修では、各チームが全員の前で進捗を共有し、メンターからのレビューを受けて軌道修正をしていく、ということが都度行われたのですが、他のチームの検討過程においても、少人数であるからこその機動性や進展の速さは同様に見出すことができたと個人的には感じています。このプログラムでは、「自社の未来をつくる新規事業を、チームで生み出す」ということが基本コンセプトとして掲げられていましたが、少人数のチーム体制というのは、全体としてよく機能していたように思います。

写真:デザイン思考のプロセスをベースに構成されたプログラムの全体スケジュール。開催時期・内容の詳細と、「トレジャーハンティング」「デザイン思考」などの考え方を研修に取り入れた意図が解説されている。

ユーザー視点と抽象化思考

ただし、単に3人集まればよい、という訳では当然なく、人数と同様に重要なポイントとして挙げられるのは、ユーザー視点と事業者視点のバランス、および、抽象と具体、もしくはミクロとマクロの視点の行き来をどれだけ筋よくこなせるメンバー構成になっているか、という点であると思います。
強い決定権をもつ企業の代表者とこれだけ近い距離で議論をするとなれば、どうしても事業者側の視点に重力が働きがちになる上に、企業としての強みや技術を前提として検討を進めるため、それらをどのようなかたちで結集させるか、という具体論にフォーカスした議論になりがちです。そのため、ユーザー側の視点に揺り戻しつつ、抽象的、もしくはマクロなステージに視点を引き上げながら本質を突き詰めていけるパワーが必要になります。そういった意味で、本プログラムのチームビルディングにおいては、ユーザー視点での価値の言語化や抽象的な思考を得意とする「デザイン思考家」を、少なくともチームに1名は配置するのがベターであると思いました。
なお、私がいたチームに関しては、ユーザー視点と抽象論を得意とする人、技術に関する具体論を得意とする人、抽象から具体に落とし込む過程でこれまでの情報から仮説を強化するのが得意な人、というメンバー構成になっており、非常にバランスのとれた議論ができたように思います。実際、議論をする中で行き詰まった際にも、最終的にはブレイクスルーを経験する場面が何度かありました。

写真:プログラム内で議論する参加者

以上、本プログラムを通じての気づきや示唆について触れてきましたが、私の参画するオジックテクノロジーズのチームに関しては、いまだ新規事業実現への途上にあります。この先、何らかのかたちで実現できるまで、引き続き伴走していきたいと思います。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

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