ワークショップにおけるファシリテーションデザイン

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    佐藤 史プロデューサー/コンテンツディレクター

「他者理解」を育む場、ワークショップ


最近、企業や公共の場における問題解決やアイデア創発の手法として、「ワークショップ」が注目されています。コンセントでも、何か新しいサービスやコミュニケーションツールをつくるとき、アイデア発想等を目的にしたワークショップをクライアントと実施するケースがこれまで以上に増えてきました。また、コンセント社内でも、社員同士のコミュニケーションとナレッジ強化を目的にワークショップをよく活用しています。

そもそもワークショップとは何なのでしょうか。ワークショップには、演劇・アートの世界で実施されるものもあれば、子どものために教育の場で実施されるものありますので、企業や公共の場で実施されるそれも、「ワークショップ」という大きな概念のなかのほんの一部分でしかないと考えますが、私の場合、クライアントをはじめ他者に説明する時は、まず以下のように定義したうえで、実施の判断と内容の検討をしています。

ワークショップとは、異なる前提・知識・体験をもっている参加者同士が、共通のオブジェクトとテーマに向かって、頭と手を動かしながら協働して何かを考えたりつくったりすることで、他者を理解し、納得解を導き出すためのエクササイズです。

ちなみに、ビジネスの場で実施する場合に、よく混同されやすいのですが、ワークショップは、ブレインストーミングやアイデアソンとは目的が大きく異なります。
ブレインストーミングやアイデアソンは、限られた時間内で、何かしらのアウトプット・成果を目指す場合に有効であるのに対して、ワークショップは、参加者がそれぞれ何か気づきを得ることで、コミュニケーションを促進させたい場合に有効です。実施する場合は、どちらにより目的の比重をおくべきかを関係者とすりあわせた上で、判断しています。

コンセントでの過去の事例からワークショップの具体的な価値をみていきましょう。
あるプロジェクトで、新しいデジタルアプリのユーザーインタフェース(以下、UI)を開発するにあたり、そのアプリで伝えるべきブランディングやデザインイメージを「デザインコンセプト」として言語化する必要がありました。このような場合に気をつけなければいけないのは、たとえば「◯◯社の製品らしい清潔感あるデザインと快適な操作性」のような要件があったとして、そこで言う「清潔感」や「快適な操作性」に対して具体的に思い描くビジュアルや操作イメージは、たいていの場合、人によってまちまちであるということ。
ですので、どんなデザインコンセプトにするのかを議論する以前に、上述のような認識の差が既に存在していることをプロジェクトメンバー全員に理解していただく必要がありました。そのために、おのおのが遠慮せずに自分の考えを打ち明け、互いに否定し合うことなくシェアできる場としてワークショップという手法を用いたのです。ワークショップを実施することで、すべてのプロジェクトメンバーが気持ちよく議論に参加して、皆で納得できる結論(どういうデザインコンセプトにするのか)に辿り着けるようにしました。
ここで大切なことは、何か素晴らしい結論が出たことではありません。結論にいたるまでのプロセスをメンバーが全員で共有できたことと、それを通してメンバー同士がお互いを理解し、アプリの開発に際して共通のゴールをもてたことにあります。このように参加者同士の理解を促し結びつきをつくりだすことがワークショップを実施することの価値なのです。

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クライアントワークで実施したワークショップの一例。コーポレートサイトをリニューアルするにあたり、その企業がサイトで最も訴求すべき(と各人が考える)ビジネス価値を付箋に書き出しマッピング。
共通してあがった意見は何か、大きく異なる意見は何か、意見が異なっても何か共通項はないか等を、職能・世代の異なる社員同士でディスカッション。これから制作するサイトで打ち出すべきメッセージを皆で考えた。


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コンセント社内デザイナー(主に若手社員)のナレッジ共有と強化のためのワークショップ。
チームごとに仮想のクライアントと制作会社を演じて擬似プレゼンを体験してみることで、クライアントに良い提案をするために大切なことは何かを考える機会に。


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会社の共通行動目標を考えるためのワークショップ。自分の成功体験と失敗体験を互いに打ち明け合い、それについて他者から言われた感想や意見をもとにして、チームごとにこれからの行動目標を考えた。



ワークショップの場における、ファシリテーションの重要性


「参加者同士の理解を促し結びつきをつくり出す」といっても、初対面の人といきなり同じグループで何かをやることは参加者にとって相応の緊張感を伴います。それは企業内で実施する場合でも同様で、いきなり広い場所に集められて普段接する機会がない他部署の人同士、すぐに打ち解けた議論などできない場合がほとんどだと思います。このようなワークショップの場で、参加者の緊張を和らげて参加者同士をつなぐ役割を果たすのが、ファシリテーターの存在です。ファシリテーターと聞くと司会進行役をイメージする方もいると思いますが、ワークショップの場では、「ファシリテーション」という要素が、ワークショップの「テーマ設定」「プログラム構成」「会場設営」と同等に重要であり、最終的な参加者の満足度も、実はプログラムの内容や結果よりもファシリテーションの質に大きく影響されることが多いのです。プログラムのデザインや場のデザインと同様に、ファシリテーションも「デザイン」する必要があるのです。

ファシリテーションをデザインし、質の高いものにするために何が必要か。
私の場合、まず、「デザイン」にあたっては、参加者から見て自分がどういう存在に見られたい(もしくは見られるべき)かを考えます。

どう見られたいか? 指南役、伴走者、案内者…。


ワークショップでは、ファシリテーターは研修の場でのそれとは違い、必ずしも 「教える人」とは限りません。参加者とともに何かに取り組む「伴走者」としてふるまう場合もあれば、裏方として参加者をそっと後押しする場合もあります。そのワークショップをどういう雰囲気の場にしたいのかによってファシリテーターの見られたい印象とふるまいも変わるのです。たとえば、参加意識が高く、何かをこの場で得たいという動機が強いワークショップの場合は、こちらもその期待にきちんと応える意志表明として、首から下げる名札入れには名刺を入れて「専門家の佐藤さん」としてふるまいます。逆に、日常とは少し異なる打ち解けた雰囲気を出したいときは、手描きの名札をつけた「史さん」としてふるまい、参加者をリラックスさせ、ここは安心して発言できる場なのだということを理解させることもあります。
自分は「伴走者」のつもりでファシリテーションしているのに、参加者に「この人は教えてくれる先生だ」と思われたままワークショップを始めるとどうなるでしょうか? 当然、参加者の満足度を下げる結果になります。もちろん、最初の挨拶で「わたしは皆さんの伴走者です」などと自己紹介をするわけではありませんが、少なくとも、ワークショップを始める段階で、自分はファシリテーターとして参加者とどういう形でコミュニケーションを図りたいのかを何らかのかたちで意思表示する義務があります。それをどう伝えるのかを考えることも、ファシリテーションデザインのひとつです。

ワークを実施している最中、ファシリテーターは、内容についていけない参加者がいないか、参加者同士の関係がおかしくなっていないか等、常に参加者の表情と動きをよく見て適度に介入します。時には、参加者同士を結びつけて何かを気づかせるために、あえて静観することもあります。
また、いろいろな人が参加する場である以上、たまに他者とは少し異なった意見を述べたり、異なる行動をとってしまう人もいます。その時は、その参加者に、他者と違うことで何か気まずい・恥ずかしい思いをさせないようにする気遣いも大切です(「多様性の許容」もワークショップにおける重要な要素のひとつです)。稀に、参加者がワークの内容に対してファシリテーターに異議を唱えてくる場合もあります。その場で相手の考えを傾聴し、時には軌道修正する即興力や、同時にゴールを見失わない意志の強さも必要です。

私は、ワークショップを通して、参加者にはものごとに対する新しい視点を得てほしいと思いますし、日常とは少し異なった空間関係・対人関係で何かをやってみることで気づきや発想をもち帰ってほしいと思っています。しかし、だからこそ予想しえないハプニングが起こる可能性が常に潜在していることも意識してファシリテーションする必要があります。

介入と静観のバランス。


多様性を保証し、疎外感を緩和する。


やり方は即興で変えても、ゴールを見失わない。



デザイナーに、ファシリテーション力が求められる


デザインという行為を、アウトプットするだけではなく、プロセスも含めた全員参加型のワークスタイルとして捉えているコンセントでは、クライアントワークとしても、広報活動の一環としても、ワークショップを実施する機会は今後さらに増えるだろうと思います。そこでは、私のようなプロデューサー職の人間ではなく、デザイナー自身がワークショップのファシリテーションをすることもあります。また、たとえワークショップの場ではなくとも、デザインという、ある意味では抽象的な活動に携わる以上、これからのデザイナーには、価値観の異なる他者同士を結びつけ、気持ちよく合意形成に至らせる能力が欠かせないものとなるでしょう。そのためには、人に対してどう促し・働きかけるのか、場の空気をどうやって形成し牽引していくのか…。ファシリテーションデザインは、デザイナーの基礎的素養としても今後より重要になっていくと考えます。

…では、たとえば、グラフィックデザインの何かを決めるときに、デザイナーは、クライアントに対して、どういうファシリテーションをしているのか? その事例は、また回を改めて述べたいと思います。


最後に


筆者は、昨秋、青山学院大学の社会人向け履修証明プログラム「青山学院大学ワークショップデザイナー育成プログラム」を修了しており、最近は社内外で「ワークショップデザイナー」を名乗った活動もはじめております。本稿の執筆にあたっても、上記プログラムの実習期間中に講師の方や一緒に履修した同窓生の皆さまからいただいた、たくさんの言葉や気づきを参考にさせていただきました。末筆ではありますが、ここに厚く御礼申し上げます。



アクセシビリティをテーマに、参加者が身体をつかっていろいろなことにトライするワークショップ「AccHop!!」
揃いのTシャツに手描きの名札をつけ、サブファシリテーターとして参加。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

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