自分の答えに辿り着くための「UXガイドブック」 SMBCコンシューマーファイナンスIT戦略部が目指す“自律 × デザイン思考”のチームづくり(3)
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SMBCコンシューマーファイナンス(以下、CF)は2023年4月、デジタル化推進の中核として「IT戦略部」を立ち上げました。本連載「ひらくデザイン」では、数回にわたりその取り組みを追っています。
第3回は、現場で活躍されているIT戦略部メンバーの富田瑞希さん、山邉恵理子さんに、コンセントの八尾拓斗がお話を伺いました。
実務の中でUXという考え方をどう実践していったか、UXの指針として作成したガイドブック作成の裏にどのような試行錯誤が詰まっているのか——。推進するメンバーならではの視点から、実務に生かせるUXの考え方のヒントをご紹介します。
▶︎第1回 「“インハウスデザインチーム”を置かないデザイン組織」
▶︎第2回 「UXは専門職だけのものじゃない。カルチャーの橋渡しと仕組みづくり」
第1章 がむしゃらに取り組んでいた自分なりのUX
未経験からサービス改善への挑戦
八尾:はじめに、お二人の自己紹介をお願いします。
富田:IT戦略部の推進グループに所属している富田瑞希です。
IT戦略部の構成として企画、画面要件定義、業務要件定義、各種コンテンツの制作など、デジタルに関わる全般的な機能があります。私が所属する推進グループは、画面の要件定義を主に担当しているグループです。その中で画面のみならず、顧客体験全般を考えて、UX企画に取り組むことが主なミッションです。
私自身はグループ主任として、プロジェクトの推進と併せて、他メンバーがよりお客さまのことを考えながら業務を進めていけるような環境づくりなどの推進も担っています。
山邉:IT戦略部の推進グループに所属している山邉恵理子です。
私も富田さんと同じ推進グループでUX企画の推進をしています。私自身はまだIT戦略部に入って日が浅いのですが、先輩社員と一緒にプロジェクトを推進しています。
八尾:CFのUX企画業務について、具体的にどのようなことを日々進められているか教えてください。
富田:当社の個人向けローンサービス「プロミス」のデジタル接点全般について、他部からの依頼を受け、顧客体験価値を付加した画面設計と要件定義、そしてシステム開発につなげるところまでを一貫して実施しています。
また、他部からの依頼に応えるだけではなく、お客さまの声やKPIの状況をもとに、自分たちでサービスの課題を発見して改善も行っています。
CFのプロダクト開発フロー。事業部門からきた依頼を推進グループと開発グループが連携して、システム開発に繋げていく。
八尾:お二人とも新卒で入社されたとお聞きしていますが、どのような経緯でIT戦略部に配属されたのですか?
富田:私は入社11年目で、入社してからはお客様サービスセンターに2年半所属し、お客さまと直接お話しして申し込み、審査、融資の受付をする業務を担当していました。
その後、異動した高校生や大学生向けの金融経済教育セミナーを行う部署でセミナー動画の制作ディレクションを担当した際に、「動画を観る相手にとって、どんなシナリオだったらわかりやすいか」を考えるのが楽しいなと感じたんですよね。
ちょうどそのタイミングで、IT戦略部での業務のベースを学ぶ機会がありました。1年間にわたり当社システムの基礎について学ぶ「トレーニー」制度の初年度のメンバーに選ばれ、そこでの学びをもとにIT戦略部に入り、現在の業務に至ります。
富田瑞希(SMBCコンシューマーファイナンス株式会社 IT戦略部推進第二グループ主任)
2015年にSMBCコンシューマーファイナンスへ入社。長期開発案件に関する要件定義、アジャイル開発においてはプロダクトオーナーの役割を担いながら、顧客体験設計、ユーザーインタビューなどさまざまな形でUX企画に関与し、プロダクトのリリースまで携わる。
山邉:私はお客様サービスセンターに3年半ほどいた後、公募制度を利用してIT戦略部に異動しました。これまで直接お客さまの生の声を聞いていたので、それを実際の画面に反映できるところに興味を持ち、自分の経験を生かせるところがあるんじゃないかと思って手を挙げたんです。
山邉恵理子(SMBCコンシューマーファイナンス株式会社 IT戦略部推進第三グループ)
2021年にSMBCコンシューマーファイナンスへ入社。入社~3年半はお客様サービスセンターで顧客対応を経験し、現在はIT戦略部にてアジャイル開発をはじめとして接客ツールの運用など幅広いUX企画に日々従事。
八尾:IT戦略部に所属する多くの方がお客様サービスセンターを経験されていて、お客さま対応をしていたというのは特徴的ですね。
富田:そうですね。やはりお客さま対応の経験があるからこそ、お客さまが置かれている状況や感情がより具体的にイメージできることがあります。その点は、現在の体験を考える業務に大きく生きているなと感じますね。
自分なりの感覚で進めていたUX検討
八尾:お二人ともUX企画のバックグラウンドなどは一切ない中で、顧客体験価値を付加する業務に日々奮闘されているということがわかりました。
コンセントは2023年、約2年前からIT戦略部の支援を開始し、みなさんの壁打ち相手になったり、UX企画のプロセスや考え方をより深めるためのインプットや、業務推進につながる環境づくりなどを担っています。
CFのUX企画体制における各社の役割。コンセントはプレイヤーとしてUX企画業務を行うのではなく、推進グループが進めるUX企画の品質をより高めるためのサポート役として関わっている。
八尾:UX企画業務はコンセントの支援が始まる前から実施されていますが、支援前のIT戦略部はどのような状況だったのでしょうか?
富田:当時は部署としてもまだUX企画の知見がない状態で、業務プロセスも整っていなかったので、手探りで全員で議論しながらなんとか進めている状態でした。「これどうしたらいいの?」と同僚に聞いても「わからん」みたいな感じです(笑)。
何を基準にすれば良いかもわからず、どう実現したらお客さまにわかりやすいかもわからなかったので、本当に感覚で、自分が思う「これが良い」を作ったり、過去の似たようなアウトプットを流用したりといった感じでした。
八尾:なるほど、みんなで密に議論はしつつも、誰もどうしたらいいかの正解は持てていないみたいな。
富田:そうです。
八尾:当時、富田さん自身はUXという言葉に対してどのように捉えていたのでしょうか?
富田:なんとなくそういう言葉があるんだなくらいで。「わかりやすいものを提供する、以上」みたいな感覚でしたね。そこに何か付加価値があるとか、考えにこんなに幅があるという理解はなく、本当に感覚でやっていました。
八尾:当時、感じていた課題などはありましたか?
富田:部内でのコミュニケーションはよく取れていたのですが、最後のアウトプットが本当にこれでいいかというところはいつも不安でした。どこまで深く考えるかは個人に委ねられていますし、「これでいいんだろうか。でもみんながいいって言ってるし」ぐらいの感覚でしか前に進めなかったです。正解を求めるわけではないけど、「こういう基準で考えたからよい」と思える拠り所がなく苦労していました。
あとは、まだ体系的なプロセスもないし、根本的な思想を部のメンバー全員で共有できているかというとそうではない。それぞれが思う良い体験っていうところで突っ走っていましたね。しかも、目の前の仕事をしっかり前に進めないといけない状況でもあり、検討にスピード感が求められる。案件を前に進めたい気持ちと、「これでいいんだっけ?」という不安との間で、常に板挟みになっていました。
八尾:とにかく前に進みながら考える、スタートアップの立ち上げみたいですね。しかも個人の力で進めることを、デザインのバックグラウンドがない中でやるっていうのがまた、すごいところだと思いました。
私たちは、メンバーの皆さんが検討した内容に対して、体験全体の流れの観点でフィードバックをする機会が多いです。その際、富田さんがおっしゃるように、それぞれが自分なりに良い体験を考えていることが伝わってきていました。一方で、個々の体験は考えられていても、サービス全体で見ると部分最適になってしまうリスクがあります。それぞれが色々なところで目の前の仕事に向き合うことは大事ですが、没頭するがあまり、全体がどうなっているかを見る余裕がない状況だなと。
それぞれで熱量を持ってガンガン進んでいくところは良さとして置きつつ、全体として何を大事にしたいのかという方向性を揃えたいと考えていました。そこで、プロミスが実現したい顧客体験の北極星となる「UXコンセプト」の言語化を提案しました。
八尾拓斗(株式会社コンセント サービスデザイナー)
事業会社でのデザイン組織の立ち上げや新規事業の立ち上げなどを経験したのち、2023年にコンセント入社。同年からリードメンバーとして、SMBCコンシューマーファイナンス株式会社でのデザイン品質向上に係る組織支援に携わる。
富田:提案を受けた際、個人的にはそういったものがあった方がいいと思いました。ただ、あくまで感覚的な感想で……。そういった指針やコンセプトを立てることには、具体的にどんな価値があるのでしょうか?
八尾:ひとことで言うと全体を貫くブレない軸ができることだと思っています。このサービスがどうありたいのか、どんな価値を届けるのかといった問いは、抽象的な分、みんなが同じ方向を見ているように思っていても、実は違ったということはよくあります。ある人が考えるサービスの理想と、別の人の思う理想が、同じ言葉でも意味合いが違うなどです。
コンセプトをしっかりと定めることで、明確な軸をつくることができるんですよね。結果、体験全体の一貫性や、ひとつひとつの品質の担保や向上につながります。
第2章 ルールではない。あり方にこだわったUXガイドブック
それぞれの想いを紡いだプロミスの価値の言語化
八尾:UXコンセプトのような、全体の指針となるものをつくる上でのポイントは組織全体で共通認識が取れていることです。そういう意味で、アウトプットそのものだけでなく、コンセプトを言語化していくプロセスを大事にしながら進めました。
具体的には、IT戦略部に所属する全員を巻き込んで、それぞれがプロミスの価値をどう捉えているかについて考えていただくワークの機会を設けました。富田さん自身にも参加して考えていただきましたが、その時はどう感じていましたか?
富田:普段は目の前の案件に一生懸命になっていて、そもそもプロミスって……ということを考えること自体がほぼありませんでした。自分たちのサービスはどう見えているのか、どうありたいのかという領域はプロモーションの側面が強いイメージで、IT戦略部が考えることじゃないと、ちょっと正直私は思っていましたね。業界的にもCMでのイメージが強い部分もありますし。
体験を考えることはサービスの見え方やあり方にまで影響のあることなんだ、業界やサービスに対する認識を変えることに繋げられる可能性を持っているんだ、ということに初めて気付くことができました。
最終的にまとまった、プロミスの3つのUXコンセプト(一部)
八尾:みなさんの考えをまとめていくUXコンセプトの策定プロセスは、IT戦略部の武井俊一郎部長をはじめとする管理職層とコンセントが中心になり行いました。
その過程で、「みんなの間で似たようなことは考えているんだけど、一人ひとりで少しずつ違う」ということが多く発生しました。ただ、それぞれが強い思いを持たれているので、新しい言葉や考え方をつくるというよりも、日々考えていることを紡いだUXコンセプトになったと思います。
富田:確かに、UXコンセプトを見た時には違和感を持つところはありませんでした。むしろ「そうだよね」という感覚の方が強かったです。ただ、私自身は現場で推進する身として、大事な精神はわかったけど、これをどう扱えばいいんだろうという点は気になっていました。
マニュアルではない、個人の考えを深めるための軸
八尾:UXコンセプトをどう扱うかという論点については、みなさんの反応から私たちも学んだことでした。確かに大事にしたい考え方や価値観が出来上がっても、それを踏まえて行動するのはスキルや経験がないと難しい。
そこでもう少し具体的に、画面イメージに反映する際の考え方をUXコンセプトに付け加え、「UXガイドブック」というドキュメントにアップデートすることにしたんですよね。
富田:ここは私も一緒に考えたところで、確かに具体的なイメージがあると良いなと思ったのですが、避けたかったことがあります。それは、「メンバーの考えを型にはめるようなものにはしたくない」ということでした。IT戦略部では自分なりに考え、アイデアを発散させることを大切にしています。その中で、マニュアルのような、こうしてくださいというものがあると個人の工夫の幅が狭まってしまう。
私を含め、UX企画の経験が少ないメンバーが多いがゆえに、マニュアルがあると正解を求めてしまいがちです。しかし、本来顧客体験を考えることは、型やプロセスに沿ってやれば良いということではなく、自分たちで真にお客さまのことを考え、その時の最適解を出すことだと思います。
だから、「こういう視点をもって臨むことが大事」ということが伝わる絶妙な位置付けにできればと思っていました。具体的な進め方やアウトプットは型にはめず、根本の軸はぶれないようにする塩梅が難しかったですね。
八尾:そこは一緒に悩みましたね。例えばUXガイドブックという名称も、「ガイドライン」だとマニュアルっぽさが出るな、など名前から伝わる印象は慎重に考えました。具体的な画面の例なども、実際のサービスの画面を出してしまうと正解っぽく見えてしまうから少し抽象化したり。
中身はもちろんですが、それをどう使ってもらうか、どんな見え方であれば適切な活用がなされるかをすごく考えました。
UXガイドブックを一つのプロダクトだと捉え、ユーザーの利用文脈や届けたい体験を元にアウトプットを作っていく。まさにUX企画のプロセスでした。ユーザーとなるメンバーがどう感じるか、IT戦略部に合う形になっているかを深く考えたことで、IT戦略部らしいあり方が見出せたのではないかと考えています。
富田:冒頭でお話ししたように、お客様サービスセンターからIT戦略部に異動してくるメンバーも多いです。お客様サービスセンターはどちらかというと、対応する人によってお伝えする内容に違いが出るとお客さまを混乱させてしまうため、マニュアル通りに正確に対応することが求められる仕事です。
逆に、IT戦略部ではマニュアルがなく、自分なりに考えることが求められます。まだ自分なりに考えることに慣れていない、異動してすぐのタイミングでUXガイドブックを渡されると、それがわかりやすいマニュアルとして捉えられてしまうリスクがあると感じていました。やはり自分たちで企画して実現まで持っていくIT戦略部の仕事では、それぞれの感性だったり得たものをアウトプットするという余白を大事にしたい。それがある種の文化になっていると感じています。
この絶妙な塩梅を見出せたのは、コンセントさんが日々メンバーの壁打ちを通じて文化を理解してくれたからだと思いますし、私としてもコンセントさんにお任せするのではなく、一緒に考えることを大切にしていたからなのかなと思います。
実際のUXガイドブックの中身。掲載しているUIのイメージを見たメンバーにこれが正解だと捉えられないよう、実際のプロミスの画面に似すぎない適度な抽象度を模索した。メンバーが自分なりに考えるための補助ツールとしての役割を追求している。
第3章 浸透のカギは「地道に真っ当にやり続ける」
泥臭く語り続ける
八尾:UXガイドブックのような方針を示す資料は、つくった後にしっかり運用していくことが重要であり、難しいポイントだと思います。組織への浸透の部分も一緒に試行錯誤してきたところですが、富田さんが力を入れた取り組みはどのあたりでしたか?
富田:メンバー全員に対して語り続けてきたことでしょうか。UXガイドブックができたタイミングでIT戦略部全員への説明会を実施しましたが、その後も新しいメンバーが入社、もしくは異動してきたタイミングでUXガイドブックの説明は一人ひとりにしています。説明の際には、ただ内容を話すだけではなく、「これが正解というわけではない」ことが伝わるように意識しています。
やはり普段の業務ではさまざまな壁や制約条件があります。その中で「どうすればお客さまにとっていいものを提供できるだろうか」と、とことん悩み思慮を深めることはIT戦略部の重要な仕事の一つです。UXガイドブックの中身をチェックリストのように使えればそれで良いということではなく、全体最適で自分なりに考え抜くことが大事だということを伝えるようにしています。
またIT戦略部の中でも、よりシステムに近い業務をしているグループや、コンテンツのディレクションをしているグループがあったりと業務は少しずつ異なります。そのため、説明する相手の業務に合う形でお伝えできるように努めています。
八尾:ここをサボって単に内容を説明するだけだと、マニュアルのように捉えられたり、知っているけど使われない状態になりかねないですしね。ここ1年で何人くらいに説明してきたんですか?
富田:50人は超えていると思いますね。
八尾:すごい。まとめて一回で済ますのではなく、丁寧に一人ひとりに語り続けるのが素晴らしいですね。
富田:大変ですけどね(笑)。IT戦略部のメンバーもどんどん増えていますし、コンテンツ制作などで携わってくれているパートナー企業さんにも当社がどんなことを大切にしているのかを理解いただきたいと思い説明を実施しているので、回数はだいぶ多いと思います。
活用のされ方を定点観測し、取り組みに反映する
八尾:他にも浸透に向けて一緒に取り組んだ中では、定期的なアンケートの実施が効果的だったと思います。3カ月に1回のペースでIT戦略部全員にアンケートをとって、部署全体としての活用度だったり、理解度を聞いていました。浸透度を把握できることはもちろんですが、副次的にUXガイドブックのことをメンバー全員が思い出すきっかけにもなりました。
富田:実際にどう使われているかの定性的な声も聞くことができたので、浸透に向けた取り組みが考えやすかったです。
また、結果を基に各グループのマネージャーとディスカッションをしていました。IT戦略部全体の指針となると、現場の私だけではやりきれないところもある中で、マネージャー陣も巻き込むことができたので定点観測は重要だったなと感じますね。
八尾:ガイドブックのような指針となる資料をつくる企業は珍しくないですが、浸透のために使ってるか使ってないかのアンケートを1年間とり続けるというのはすごいと思います。他にもアンケートからの学びを生かした取り組みはありますか?
富田:コンセプト自体への違和感はないけれど、「何をもって活用できているかという判断には、人によって差がある」ということが、アンケートを通してわかりました。「使えている」と思っているけど、実際はどうかという点は本人の解釈によってしまうところがあります。とはいえ、そこに基準を設け始めると、ある種のマニュアルのような存在にもなってしまうので、本人の解釈に依存するのは仕方がないところです。
そこで、基準を示すのではなく、活用についての共通認識を図るために「ナレッジシェア」という場を設けました。どういう考えで普段の業務でガイドブックを活用したり解釈しているかを、グループのメンバー同士で共有し合う場です。それはすごく良かったと思っています。
山邉:私も参加していましたが、活用のタイミングが人によってさまざまだったのが印象的でした。
私自身はガイドブックを、業務の中で「どの情報を入れるか」「文言をどうするか」迷ったときによく使いますが、課題を見つけるための糸口で使う人もいるし、出来上がったものの最終チェックのための材料として使う人もいる。幅広いタイミングで使えるものだなと思いました。
八尾:アンケートから学びを得て、それを施策に生かしていくという、プロダクト改善のような営みをUXガイドブックの浸透でも実施できたことはとても意義があったと思います。また、アンケートを定期的に取ることで施策検討にもリズムが生まれ、効果検証もできた点が良かったですね。
UXを深く考えることがUXガイドブックの浸透につながる
八尾:ここまでUXガイドブックの存在が広まっている状況について、説明会やアンケートなど、一見当たり前だと思われがちなことを地道にやり続けることの重要さが伝わります。一方で、本当にそれだけで浸透したのか?というのは少し疑問に思っています。
デザイナーだとこうした指針が大事だというのは感覚的にわかる部分もありますが、IT戦略部はデザイナーの組織ではない。なぜここまでみなさんに浸透したのか、他に感じられているポイントなどはありますか?
富田:UXガイドブック浸透に向けた取り組み以外の部分との相乗効果があったと思います。コンセントさんに支援をしていただいてから、デザイナーと直接壁打ちする機会が増えて、メンバー自身のUX検討への理解が深まってきたり、部長の武井からも顧客体験を大切にするという明確なメッセージが常にあったり。
コンセントさんは壁打ちの場で、私たちが考えた内容に対して「この機能は誰のためのものか」「どんな行動や感情の流れでこの画面にたどり着くのか」といった、本質的な問いをよく投げかけてくださいましたよね。そうしたやり取りを通じて、自分たちのUXに対する解像度がどんどん上がっていったと思います。そして、理解が深まった状態で改めてUXガイドブックを見返すと、以前よりもずっと腑に落ちるし、実践しやすくなるんですよね。
このようなさまざまな取り組みが、組織全体としてうまく噛み合ってきたという感覚があります。
八尾:UXガイドブックを独立させて浸透させるのではなく、組織のカルチャーや、日々のフィードバック機会など、組織全体を形成するあらゆる要素があるからこそ、ルールやマニュアルじゃないUXガイドブックの位置付けがフィットして浸透していったのですね。
第4章 自分で考えるからこそ深まるUXへの理解
思考の補助線としてのUXガイドブックの価値
八尾:山邉さんは、入れる情報や文言に迷ったときにUXガイドブックを使っているということでしたが、具体的にはどのように活用しているのでしょうか?
山邉:案件を進める作業場に必ず貼って、いつでも参照できるようにしています。
さまざまな人にフィードバックをもらうのはとてもありがたいのですが、例えばそれぞれの指摘が相反している場合、どうすべきかまだ迷ってしまうことがあります。どの指摘を優先すべきか、判断軸に立ち返って考える指針として、UXガイドブックを活用しています。まだ経験が浅い中で、こうした拠り所があるのはとてもやりやすいです。
八尾:UXガイドブックが策定された後にIT戦略部に異動してこられましたが、最初から上手く使えたのでしょうか?
山邉:正直、最初はあまりわかっていなかったです。説明を受けたときに、これは絶対に守るべきモノではないっていうふうに言われて、いや、絶対に守らないって言われて渡されても……と思ってました(笑)。
徐々に育まれていったUXへの考え方
八尾:絶対に守るべきものではないと言われてとまどったところから自分なりの使い方をどのように見出していったのでしょうか?
山邉:業務の中で使いながら、「確かにこういう指針だとこっちの判断になるな」と自分の中で徐々に咀嚼していきました。
例えば、最初は会社にとってもお客さまにとってもメリットをとにかく訴求することが一番重要だと思っていたんです。でもコンセントさんとの壁打ちでフィードバックをいただいたり、実際に業務する中でUXガイドブックを読み込んでいくうちに、UX企画業務やガイドブックの位置付けの理解度が上がって、「UX企画に絶対的な正解はない。メリットばかりの強調ではなく、お客さまの状況に合わせて必要な情報を伝えることが大事だ」ということがわかっていきました。
理解度を上げるために意識していることとして、自分で一回考えて、UXガイドブックを参照して足りない観点を確認し、もう一度自分で考えるということもあります。
八尾:山邉さんの壁打ちの場でフィードバックをするときには、説明をしていただく段階で、「あ、UXガイドブックのここを意識したんだな」というのがわかっちゃいます(笑)。
山邉:滲み出ちゃってますね、伝わっていて嬉しいです(笑)。
八尾:しっかりと実務に生かしている山邉さんですが、これから新しくIT戦略部に入ってくるメンバーにUXガイドブックの使い方を聞かれたらどう答えますか?
山邉:私自身今までデザインの経験もなくて、まっさらな状態にUXガイドブックがあったからこそすんなり受け入れられた感覚があります。ただ、これまで富田さんも話しているように、それが正解だったり、その通りにやればいいというものではないところが難しかった。
だから、これから入ってくる人には、UXガイドブックを読み込む時間をつくるよりも、UX企画を進めるときに傍らに置いて、迷ったときに確認しにいくという方法をお勧めしたいです。やりながら確認することで自分なりの理解が深まると思うので。
八尾:富田さんは相談を受ける機会も多いと思いますが、UXガイドブックを使ってフィードバックしたりするのでしょうか?
富田:UXガイドブックは、自分が納得のいく答えに辿り着くための思考のサポートをするものだと思っています。そのため、一人ひとりに自分なりに理解を深めてほしいので、UXガイドブックのここがこうだからこう直してというようなことは言わないようにしています。
相談を受けた上で「観点としてここが足りてないな」と感じる部分について振り返ってもらえるように、UXガイドブックを意識した指摘を心がけています。
その結果として、出てくるアウトプットが自分で出した、自分の言葉で話せるものになると思うんです。
八尾:UXガイドブックの活用が広がる中で、IT戦略部全体について感じる変化はありますか?
富田:「自分たちの部署は顧客体験全体を考えるということを常にやらなきゃいけない」という、UX企画のベースの意識はかなり高まったと思っています。個別の部分に対してフォーカスするだけではなく、全体の体験を見て考えるっていう思想が通常になったと感じますね。
八尾:UXガイドブックはプロミスにおける体験価値を中心に表していますが、この存在によってそもそもUXという言葉自体の解像度が全体で上がっていて、それが浸透する結果になってるということですね。
第5章 体感が伴った理解を広げていく
八尾:最後に、これからもIT戦略部は大きくなっていくと思うのですが、UXに向き合う上でやっていきたいことはありますか?
山邉:自分でやってみて考えるということはこれからも大切にしたいですし、これからIT戦略部に入る方にも意識してもらいたいです。
私自身最初は戸惑っていたものの、そこで立ち止まらずにコンセントさんに相談しながら業務を進めることで自分なりの考えを持てるようになっていきました。つまずきながらでもサポートをしてもらえる環境があるので、その環境を生かしてもらえたら嬉しいです。
富田:IT戦略部全体で言うと、先ほども少し話しましたが、グループによって業務は少しずつ異なります。そのため、各グループのメンバーそれぞれがUXガイドブックは自分の業務でこう使えるんだという実感を持ってもらうことを大事にしたいです。そう思ってもらえないと、本当の意味では意識は広がらない。自ら気付いてもらえる機会を絶やしてはいけないなと思っています。
八尾:確かに実感値を伴った理解がないと、結局守るべきマニュアルのような形になったり、形骸化してしまったりしますよね。そのリアリティを大切にしているところがIT戦略部の取り組みの特徴であり、重要なところだと思いました。
UXガイドブック自体は、プロミスとして大切にしたい体験に対する思いが込められているので、他の部署も含めて、多くの社員が同じ目線でUXに対して向き合えるようにしていきたいです。そのために定期的なアンケートから施策を出しているように、UXガイドブック自体をプロダクトとして捉えて、一緒に改善を重ね続けていきたいですね。