新規事業を柔軟に発想するために 思考の枠を広げる5つのデザインアプローチ

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    荒尾彩子クリエイティブディレクター/コンテンツストラテジスト

新規事業のアイデアは、しばしば「既存事業の延長」に陥りがちです。

サービス改善を続けていても、競合との差別化につながる新しい価値が見つからない。新規事業を考えても、結局、今の事業の延長になってしまう。そうした悩みを聞く機会も少なくありません。

しかし、それは必ずしも個人の発想力不足が原因ではありません。むしろ、事業への深い理解があるからこそ、業界の当たり前や既存事業の目の前の課題に意識が向き、新しい視点へ発想を広げづらくなっているケースもあります。だからこそ重要なのは、単にアイデアを増やすことではなく、新しい視点や発想が生まれやすい状態をつくることです。

コンセントではデザインアプローチを活用しながら、こうした思考の縛りをほぐし、チームが新しい価値の種を見つけられる状態をつくるための新規事業支援を行っています。

この記事では、新潟市に拠点を置く印刷会社・株式会社博進堂様(以下、博進堂)との「思い出のデザインプロジェクト」をもとに、新規事業の発想が生まれる土台をどうつくっていったのかを紹介します。

「思い出のデザインプロジェクト」について、コンセント社員とクライアントがワークをしている様子。

博進堂は、卒業アルバム事業を手がける印刷会社です。当初のご相談は、「学校向けワークショップを開発したい」というものでした。

背景には、卒業アルバム業界における価格競争の強まりや、アルバム自体の価値の変化がありました。具体的に以下のような課題感をもたれていました。

  • 卒業アルバムを受け取る子どもたちのニーズを、本当に理解できているか?
  • 価格競争ではない、新しい卒業アルバムの付加価値はつくれないか?

そこで今回のプロジェクトでは、既存事業の価値を再解釈し、新規事業における新しい価値の種を探索すること、またそのための発想の土台を整えることを狙いとし、プロジェクトの全体像を設計しました。

プロジェクトの流れを示した図。

1.問いをずらす

「卒業アルバムの改善」から「思い出のデザイン」へ

新しい付加価値を考える際、まず検討したいのは、“どの枠組みで発想するか”を設計することです。

新規事業を考える場合、どうしても現在の商品やサービスをベースに議論が始まりがちです。それ自体は自然なことですが、問いの立て方によっては、無意識に発想の範囲を狭めてしまうことがあります。結果として、新しい価値領域まで発想を広げづらくなるのです。

本プロジェクトも、当初の問いは「卒業アルバムにどう付加価値をつけられるか」でした。しかし、その問いのままでは「卒業アルバム」という前提から発想が広がりにくくなる懸念がありました。

一方で、博進堂へのヒアリングを重ねる中で印象的だったのは、卒業アルバムに対する根源的な思いでした。

「私たちはユニークなものをつくりたいわけではない。卒業アルバムは自分の人生を大切に生きた記録として残るものであってほしい。生きてきた証しとして残せるもの。面白さを狙ったものではなく、生きる力を育むものであってほしい」

そうした思いを聞いていく中で、私たちは「卒業アルバムをどう変えるか」ではなく、「人が、思い出をよりよくデザインできるとは、どういうことか?」という問いへ視点を広げられるのではないかと考えました。

そこで本プロジェクトを「思い出のデザインプロジェクト」と命名し、「卒業アルバムをどう変えるか」ではなく、「人の思い出をどうデザインできるか」という視点へとリフレーミングしました。

「卒業アルバムの改善」から「思い出のデザイン」へ、視点を変えたことを示す図。

プロジェクトで取り扱う問いを変えたことで、実際に発想の幅も変わり、卒業アルバムそのものの改善ではなく「人の人生の思い出の記録に、博進堂はどう寄与できるか」という視点へと広がっていきました。

「問いをずらす」3つのポイント

  • 既存事業の前提に、発想が制限されていないか?
  • 自社が本質的に大切にしていきたい価値が、問いに込められているか?
  • 問いを変えることで、新しい顧客や市場まで視野が広がりそうか?

2.ユーザーを“実感”する

施策にとりかかる前に「理解の土台」をつくる

プロジェクトのプランをつくる上で大切にしたのが、いきなり「学校向けワークショップ」という施策を開発するのではなく、まずユーザー理解を行い、それ自体を今後の事業の資産にしていくことでした。なぜなら、新しい価値をつくる上で重要なのは、施策を増やすことではなく、“ユーザー理解をもとに、何度でも発想できる状態”をつくることだと考えたからです。

実際、企業の中では営業資料やアンケート、社内共有される情報を通じてユーザーを理解しているケースも少なくありません。しかし、情報として理解していても、「どんな表情で、どんな感情で、そのサービスに触れているのか」までは実感として見えづらいことがあります。数字や属性は把握できていても、“その人の顔が浮かぶ状態”にはなっていないのです。

だからこそ今回のプロジェクトでは、施策を考える前に、まず「ユーザーを実感できる状態」をつくることから始めました。

実は見えにくい「ユーザー」の存在

卒業アルバム業界では、フォトグラファーや写真館、先生や保護者を起点に受発注が決まる構造があります。その結果、最終的にアルバムを受け取る子どもたち自身の視点をつかみにくい状況がありました。

こうした“ユーザーの見えづらさ”は、本プロジェクトのケースに限った話ではありません。BtoBtoCのように中間者が介在するビジネスや、長年の業界慣習がある領域では、エンドユーザーの実感が事業者の日常から遠ざかりやすくなりがちです。

そこで今回は、あらためてユーザーの生の声に触れることを重視しました。フォトグラファーや先生へのインタビューに加え、子どもたちの感覚を理解するため、小・中学生、高校生、大学生、大人世代といった多世代を交え、「思い出のデザイン」ワークショップを実施しました。

左:「思い出のデザイン」ワークショップのポスターの画像、右:ワークショップ中の様子。

「思い出のデザイン」ワークショップのポスター。一般の方や子どもたちを呼ぶため、テーマや対話の内容が魅力的に伝わるように作成した。ワークショップの設計やファシリテーションは、VIVISTOPの山内佑輔氏に協力いただいた。

対話と工作を取り入れたワークショップ

ワークショップでは、「自分にとって思い出とは何か」「思い出はどう記録するとよいか」をテーマにした対話を実施。参加者それぞれの大切な思い出について語り合い、個々人の記憶の在り方を掘り下げていきました。また、「言葉」「場所」「音」「におい」など、思い出を呼び起こすきっかけを可視化した“思い出スイッチシール”を用意し、参加者同士の対話を促しました。

シールを使ってワークショップをしている様子。机の上に置かれた「思い出スイッチシール」やワークをしている手元の写真。

ワークショップ当日の様子。シールを活用することで「かわいい」「私はこれかな?」などの声も上がり、場がほぐれたことで、和やかな雰囲気で会話が進んだ。

また、言葉だけではなく工作を通じて、「自分にとって思い出とは何か」を形にするワークを取り入れました。「時間がたつと美しくなるもの」「普段は見えないが突然現れるもの」など、参加者がつくったものからは、言語化しにくい記憶の感覚が浮かび上がってきました。

自分にとっての思い出を、様々な素材を使って表現している様子。

さまざまな素材を自由に使い、自分にとっての思い出を表現。つくったものから言葉にすることにより、解釈を引き出していった。

情報を“実感”に変えて

ワークショップを終えた数日後、担当者からはこんな言葉がありました。

  • 「直接会ったことで、“この人たちのために事業をつくっているんだ”という感覚が生まれた」
  • 「普段仕事をしている時にも、ワークショップで出会った子どもたちの顔が浮かぶようになった」

この言葉からもわかるように、実際に会い、表情を見て、感情に触れることで、ユーザーは単なる情報ではなく、実在する人としてリアルに感じられるようになっていきます。そして「誰のために事業をつくるのか」という意思決定の軸が形成されるのです。

ユーザーと直接向き合った経験は、一時的な理解では終わりません。その後、日々の意思決定やアイデア発想の場面で、繰り返し立ち戻ることができる、重要な判断軸やモチベーションの源になっていきます。

プロジェクトメンバーと様々な年代の参加者たちとの対話の様子。

ワークショップは博進堂のプロジェクトメンバーと、多様な世代との貴重な対話の場となった。参加者からは「普段思い出について立ち止まって考えたことはなかったけれど、気になり始めた」「自分を整理することができた」などの感想が上がった。

施策検討の前に、まずはユーザーに会いに行く。その実感を大切にすることでチームの発想の質は変化します。「この人のためにやりたい気持ち」を起点に、既存事業の価値を再解釈したり、新規事業の種を生み出せたりするようになるのです。

「ユーザーを”実感”する」3つのポイント

  • 属性情報だけではなく、感情や感覚まで理解できる場がつくれているか?
  • ユーザー理解が1回限りで終わらず、発想の土台として蓄積されているか?
  • 担当者の中に、“この人のためにやりたい”と思える実感が生まれているか?

3.関係性を描き直す

情報が集まった後の壁

インタビューやワークショップを行うと大量の課題や欲求が見えてきます。しかし、そこでよく起きるのが「情報が多過ぎて整理できない」「結局、担当者個人の感覚でアイデアを出すしかない」という状態です。

集めた情報をただ並べるだけでは、発想は個人のひらめき頼みになってしまいます。そこで重要になるのが、“関係性を可視化する”というステップです。

関係性を描き、“見えていなかった課題”を発見する

今回のプロジェクトでは、先生、フォトグラファー、子どもたち、保護者など、それぞれの立場の課題や欲求を整理するだけではなく、「誰が、誰に、どのような影響を与えているのか」という関係性まで含めて可視化しました。

課題は一人の中に存在するとは限りません。むしろ、立場の違う人同士の期待や認識のズレ、情報の断絶といった“関係性の間”に現れることも少なくありません。

そのため、関係性を描くことで、個別の課題だけでは見えてこなかった業界構造や、新しい介入ポイントが見えてきます。例えば「子どもたちが価値を感じる体験と、大人が残したいと考える思い出には違いがある」「保護者が知りたいことと、学校現場が提供できることにはギャップがある」といった課題は、関係性を描いたことで見えてきたものでした。

課題を可視化するために「思い出の編集とデザインでつくりたい、未来への12の着目テーマ」について制作したマップ。

実際に作成したマップ。それぞれの関係性の中での課題を可視化した。

関係性から、本当に向き合うべき課題が見えてくる

このように、関係性を描くことで見えてくるのは、個々の課題の足し算ではありません。「なぜその課題が起きているのか」といった構造的な課題です。新規事業において重要なのは、関係性の中に埋もれている本当に向き合うべき課題を見つけることです。課題を構造として可視化することで、チームでアイデアを発想することが可能になります。

「関係性を描き直す」3つのポイント

  • 多様な声から、共通して見えてきた課題や欲求を整理できているか?
  • 「誰が、誰に、どんな影響を与えているか」という構造的な課題まで見えているか?
  • 関係性の課題がチームで理解できるように可視化された状態になっているか?

4.未来から発想する

課題からアイデアへの“ジャンプ”

課題や欲求をもとに事業アイデアを考えようとすると、発想の大きなジャンプが必要になります。「課題は見えてきたが新しい発想につながりにくい」。そうした壁に多くのチームがぶつかります。

課題を「未来テーマ」に変換する

今回のプロジェクトでは、課題や欲求を整理した上で、「こんな未来を実現したい」という状態を言語化するプロセスを挟みました。そこから複数のテーマとして整理した「未来への12の着目テーマ」を作成しました。

例えば「学習の蓄積や記録が思い出になる未来」「自分の足跡や他者とのつながりが自分の生きた証しになる未来」といったテーマです。課題をそのままアイデア(手段)に変換しようとすると、どうしても現在知っている方法の中で改善策を考えがちになります。一方で、一度手段から離れ、「本当に実現したい状態は何か」を考えることで、現在の制約に縛られない未来を描くことができ、既存事業の延長線上にはない発想が生まれやすくなるのです。

ワークショップで、アイデアを付箋に記載したり、書き出した付箋をホワイトボードに張りディスカッションをしている様子。

事業アイデア創出ワークショップの様子。「未来への12の着目テーマ」を発想の土台に、具体的なアイデアを考えていく。

このテーマを社内に掲示したところ、プロジェクトメンバー以外の社員からも、「こういうことができそう」「こういう可能性もあるのでは」という意見が集まり、議論が組織全体に広がっていきました。

新規事業で重要なのは、課題からすぐに解決策を考えるのではなく、一度未来の状態を言語化することです。そうすることで、発想の起点が現在の制約から解放され、組織全体で新しい可能性を考えやすくなります。

「未来から発想する」3つのポイント

  • 現状の課題をもとに、そのままアイデアを発想しようとしていないか?
  • 「未来にこんな状態を実現したい」という手段を抜いた視点で語れているか?
  • 未来テーマがチーム全員の発想の起点として共有されているか?

5.アイデアを練り上げる

アイデアは"形"にしないと消えていく

新規事業のアイデアは、面白い発想が生まれても、言葉にならないまま止まってしまったり、他者に共有できないまま消えてしまったりすることも少なくありません。

だからこそ重要なのが、「アイデアを練り上げる」プロセスです。

編集することで、議論が前進する

今回のプロジェクトでは、発想したアイデアを「誰に向けたものなのか」「どんな価値があるのか」「どんな体験なのか」という軸で整理しながら、CISとして形にしていきました。

*CIS:コンセプトインプレッションシートの略。コンセプトや体験をストーリーとしてまとめたドキュメントのこと。参考記事:ひらくデザイン|サービス開発の初期段階に効果的なツール「コンセプトインプレッションシート」の活用

作成したCIS(コンセプトインプレッションシート)の資料。

今回作成したCISの一つ。提案価値と体験の流れを可視化しながら、議論を深めていった。

「なんとなく面白そう」という感覚だったものが、ドキュメントになることで、可能性があるのか・どこが弱いのか・次に何を試すべきかが検討しやすくなります。最終的には複数のアイデアを整理し、簡易的なドキュメントとして整理したことで、「学校で試してみる」「イベントで検証する」「業界関係者に反応を聞く」といった、具体的な次のアクションにつなげることができました。

新規事業では、「アイデアを出すこと」も重要ですが、「ステークホルダーと議論できる状態までアイデアを編集すること」が、次のアクションにつながる重要な点です。事業アイデアは市場の反応を得ながら修正を繰り返し、少しずつ結実していくものだからです。

「アイデアを練り上げる」3つのポイント

  • アイデアが「誰に向けたものか」「どんな価値があるか」まで言語化されているか?
  • 「なんとなく面白そう」で止まらず、弱点や次の検証ポイントを議論できる形になっているか?
  • ステークホルダーに共有し、議論できる状態まで編集されているか?

おわりに:思考を“ほぐす”デザインアプローチ

今回ご紹介した5つのアプローチは、新しいアイデアを生み出すためのテクニックではありません。問いを見直し、ユーザーを実感し、関係性を捉え直し、未来を描き、アイデアを形にしていく。そのプロセスを通じて、組織が新しい価値を考え続けられる土壌をつくるためのアプローチです。

  1. 1.問いをずらす
    ・既存商品の改善に閉じず、新しい価値領域を探索できる
  2. 2.ユーザーを“実感”する
    ・人の顔や感情が見えることで、発想の土台やモチベーションの源になる
  3. 3.関係性を描き直す
    ・構造的な課題や本質的な課題を発見し、組織で共有できる
  4. 4.未来から発想する
    ・現在の制約から離れ、組織全体で創造的な議論を広げられる
  5. 5.アイデアを練り上げる
    ・発想を議論・検証できる形にし、次のアクションにつなげられる

新規事業開発では、つい「どんなアイデアを出すか」に意識が向きがちです。しかし実際には、その前段階として、「どんな視点で考えるか」「どんな未来を目指したいのか」を組織で共有できることが重要なのではないでしょうか。

そして私たちが大きなやりがいを感じるのは、新しい価値を考え続けられる土壌が生まれる瞬間や、「これをやりたい」と思える熱量が組織の中に立ち上がる瞬間です。これからも、人や組織の中にそうした熱量と実感を育みながら、未来への可能性が生まれ続ける場をつくっていきたいと思います。

[ 執筆者 ]

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コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

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