小さな挑戦が自分のキャリアと組織を動かす——ANA Study Flyとコンセントが考える、心が動く学びとは【後編】
- デザイン経営
- 教育・人材育成
前編では、一人ひとりの心が動き、自ら学びたくなるためには何が必要なのか、ANA Study Flyとコンセントそれぞれの取り組みから考えました。
そこから見えてきたのは組織全体の課題や目指す方向を捉えながら、その中にいる一人ひとりに向き合うという姿勢です。両社とも、参加者に自分なりの気付きが生まれ、そこから小さな行動につながることを変化の起点として捉えていました。
後編では、これまで培ってきた経験や専門性を生かしながら挑戦できる機会や環境に着目し、小さな挑戦が本人の仕事やキャリアへ還元され、さらに次の挑戦を生む「学びと成長の循環」について考えます。
プロフィール
渡海 朝子(TOKAI Asako)
ANAビジネスソリューション株式会社 経営企画室、ANAホールディングス株式会社 未来創造室(兼務)全日本空輸株式会社客室乗務員(兼務)
全日本空輸(株)にて約20年間客室乗務員として乗務に当たる(国内線/国際線チーフパーサー資格、ファーストクラス資格、チームリーダーなど)。2021年度ANAグループ社員提案制度において、提案した社員のタレントマネジメントによる人材活用最大化案が最終審査通過、2022年6月ANAホールディングス(株)未来創造室に出向し、現在はANAビジネスソリューション(株)経営企画室にて『ANA Study Fly』スキルシェア事業化推進プロジェクトリーダーを務めている。客室乗務職掌を兼務。
高石 有美子(TAKAISHI Yumiko)
サービスデザイナー/アートディレクター
早稲田大学第一文学部卒業後、アレフ・ゼロ(現コンセント)に入社。エディトリアルデザイナーとして雑誌、ギフトカタログ、教科書等多岐にわたる媒体を手がけた後、サービスデザイナーに転身。戦略とクリエイティブをつなぐ人材として事業開発やブランディング等さまざまなプロジェクトに携わるほか、最近は教育にデザイン導入を実践する活動にも取り組む。Service Design Network日本支部事務局としても活動。
「失敗」との距離が違う2つの現場
高石:ANA Study Flyでは、普段の業務で培った知見やスキルだけでなく、自分の好きなことや得意なことも生かしながら研修を展開していますよね。普段とは少し違う役割をまず社内の仕組みの中で試せる。そこで新しい役割やキャリアを体験できる仕組みが面白いと感じました。
渡海:ありがとうございます。ANAグループの本業では、安全を守ることが何よりも重要です。機内、整備、空港などそれぞれの現場で一つひとつの業務を確実につなぎ、お客様を安全に目的地までお届けすることが求められます。
一方でANA Study Flyの講座づくりでは、お客様の反応を受け取りながら試行錯誤を重ねて改善していくことが必要です。本業とは性質の異なる挑戦の場だからこそ、まずやってみることを意識的に大切にしています。実際、講座をつくってみたものの思ったほどお客様に選んでいただけなかったこともありました。そんなときは、「お客様の視点で考えられていなかったのかもしれない」と振り返り、仲間とアイデアを出し合いながらつくり直していきます。
挑戦する社員がいて、それを仲間が応援し、参加者の皆さんが受け止めて反応を返してくださる。そうした関わりの中で、安心して挑戦できる場を一緒につくっている感覚があります。誰かが挑戦する姿を見て「私もやってみよう」と次の人が動き出すこともありますね。
高石:航空の仕事には安全という絶対に守るべき基準があるんですね。一方、われわれデザインの仕事では目指すべき方向はあっても、最初から唯一の正解がわかっているとは限りません。仮説を立てて試し、違えば戻ったり修正したりしながらより良い答えを探していくことが仕事のプロセスに含まれています。
そのため研修でも、「最初から正解を当てようとしなくていい」「まず試して、違ったら戻ればいい」と伝えることがあります。
ただ、正解が1つではないとわかっていても失敗への抵抗感や怖さは感じるんです。だからこそ、まず試してみることができ、その結果を次に生かせる環境があることは挑戦する上でとても大切ですよね。
軸足を残して、半歩ずつ拡張する
高石:挑戦するときに一歩踏み出すのって、結構大変だと思うんです。だから、いきなり大きな一歩ではなく最初は半歩くらいでもいい、私はそう考えています。ピボットするように片足を軸足として残したまま、少し向きを変えてみる。そうやって少しずつ試しながら、自分ができることや会社として提供できることを広げていくことが大切だと思っています。
専門性をもっと広げるために、「ちょっと勉強してみる」「少し踏み出してみる」ということをもっといろいろな人にやってみてほしいんです。
渡海:その「軸足を残したまま広げていく」という感覚はすごく近いですね。ANA Study Flyの場合、軸足にあるのは、ANAグループがこれまで大切にしてきたホスピタリティやチームワークです。新しいことに挑戦するときも、「お客様にどう喜んでいただくか」という軸は決してブレさせずに、そこから届ける内容や相手を少しずつ広げています。
例えば、最初はオンラインで個人のお客様に向けて提供していましたが、そこから法人のお客様にも届けるようになりました。相手や形式は変わっても、自分たちが社会に届けることやお客様に寄り添うという軸は変わっていません。その軸があるから、「ここは守りながら挑戦すればいい」と本人たちも安心できるのだと思います。
ANAという会社が挑戦できる場所を用意していて、本業という戻る場所もある。そこに軸足を置きながら、自分が学んできたことを少し外へ出してみる。そうすると航空の仕事では出会わなかった方々と出会い、世界が広がることを実感できます。「もう一つ別の世界に行ってみよう」と、そこからまた半歩ずつ領域が広がっていくのではないでしょうか。
高石:今まで培ってきたものを軸にしながらその周辺へ少しずつ領域を広げていくという考え方は、コンセントにも近いです。
私たちも、デザインを軸にしながら、その考え方や方法論を生かす領域を広げてきました。ビジュアルや制作物をつくるだけでなく、事業開発や組織開発、人材育成、経営など、デザインが求められる領域そのものが広がる中で、私たちも事業を拡張させてきたんです。
新しいことに挑戦するからといって、それまで培ってきた経験や専門性を手放す必要はありません。むしろ、変わらない軸があるからこそ、そこから半歩外へ踏み出し、自分たちが提供できる価値を広げていけるのだと思います。
積み上げてきたものを大切に、学び直す
高石:その意味で、実は「リスキリング」という言葉に少し違和感をもつことがあるんです。
それまで各自が積み上げてきたキャリアや知見があるのに、「時代が変わったから今までの技術はあまり役に立たない。今度はAIを使えるようになってください」といった、リセットを求めるような使われ方をすることがありますよね。でも、今まで身に付けてきたものの価値って時代が変わったからといってそんなにすぐなくなるものなのだろうか、と思うんです。
もっているスキルの使い方や届け方を変えれば、まだ十分生かせるものがあるのではないかと。
渡海:私も、これまで学んできたことや経験してきたことがなくなるわけではないと思っています。皆さんが感じてきたことや学んできたことは、経験としてきちんと蓄積されています。
そう考えるとANA Study Flyで起きていることは、「リスキリング」というより「アップスキリング」に近いのかもしれません。もともとのベースがあるから、新しいものもうまく使える。新しい知識を加えながらどんどん彩り豊かになっていくようなイメージです。
例えば、ワインを学んでいた人がチーズについても学ぶ。新たな知識や関心が加わることで、機内でお客様と交わす会話の幅も広がります。講師として学んだことがお客様とのコミュニケーションの新しいきっかけになり、本業で提供できる価値にもプラスになるんです。
実際に、ANA Study Flyの講座に参加した方が後日飛行機に乗ってくださり、講師を務めた客室乗務員に「先生」と声をかけてくださったこともありました。講座での出会いが、機内でも普段とは少し違うコミュニケーションの入り口になったんです。
高石:客室乗務員だけでなく講師という新しいキャリアがその人の中に生まれているんですね。しかも、どちらかに切り替わるのではなく、講師として得た経験が客室乗務員の仕事にもプラスになる。まさに軸足を残しながら、少しずつ自分の領域を広げているんですね。
渡海:そうなんです。また、講師をすること自体が新しい学びにもつながっています。
受講者から質問をいただくと、「次はもっといい講座をつくりたい」「今日答えられなかった質問に次は答えたい」と思い、講師自身が学び直すんです。人のために学ぶとすごく意欲が湧くんですよね。
高石:それはすごくいい循環ですね。評価のために「やらされる」のではなく、「人のためになりたい」「もっとこういうことができるようになりたい」という自発的な意欲が、結果として自分の仕事の質に返ってくる。学ぶことと仕事が切り離されずに循環しているのがとても印象的です。
コンセントでも、デザインの考え方や方法論を専門領域外の方々に伝える研修では、どうすれば相手に伝わるのかを考えながら言葉や表現を工夫します。それを通じて講師自身の業務への理解が深まったり、デザインを実践する際の質を高めることにもつながると感じていますし、他のメンバーからも同様の声を聞きます。人に伝えることは、自分自身の理解を深めるいい機会になりますよね。
成功の反対は「何もしないこと」
渡海:ANA Study Flyでの挑戦は、本業にも生きてくると思っています。自分で考えて、自分で挑戦して、結果を受け取る。その小さなサイクルを回すことが本業での仕事の仕方にもプラスになります。
言われたままの仕事だとそこで終わりますが、一度でも「半歩踏み出してみたら、こんな反応が返ってきた」という経験をもつと、同じマニュアルの中でも「もう少しここを工夫できないかな」と考えられるようになる。小さくても自分の意思で挑戦し、反応をリアルに受け取った経験が本人の自信になります。
高石:小さくても自分で考えて動く経験を重ねることは大切ですよね。変化が激しい時代だからこそ、最初から大きく変わろうとするのではなく少しずつ試すことを習慣にしていく。その積み重ねが自分の仕事だけでなく周囲にも広がっていくのだと思います。
私個人としては、「来た波には乗る」ということを大事にしています。自分が計画したことだけをやるのではなく、外から急にやってきた「よくわからないけど、面白そう」ということにも乗ってみる。私たちの仕事柄ということもありますが「まずやってみよう」と考えることが多いんです。
渡海:私もすごく通じるところがあります。ANA Study Flyを始めて私自身が気付いたのは、成功の反対は失敗ではないということなんです。成功の反対は、「何もしないこと」だと思っています。
自分のキャリアを少しでも前に進めたいと思ったら、一歩でなくても、半歩でも動いてみることが必要です。
私自身もANA Study Flyを社内で立ち上げたときは企画書を書いた経験すらありませんでした。それでも「こういう世界をつくりたい」と思って、企画書を出すか出さないか迷いながら出してみました。本当に小さな一歩でしたが、その1%の行動から今のキャリアにつながっていると思います。
だから、大きな挑戦でなくてもいい。今日までと1%だけ違うことをやってみる。それだけでも次に見える景色は変わると思うんです。
そして興味のあることにはアンテナを張っておく。チャンスが来たときにその存在に気付けるように準備しておくことも大事だと思います。うまくいかなくても、それも一つ冒険だと思って取り組めたらキャリアも変わっていくのではないでしょうか。
目の前の一人から、学びと挑戦の循環を広げる
高石:ANA Study Flyを通して、これからどのような人や組織、社会との関係を生み出していきたいですか。
渡海:「大きく世界を変えたい」ということを考えているわけではないんです。まずは、目の前の人がキャリアにおいてハッピーになればいいと思っています。参加したお客様が「受けてよかった」と思い、講師も「伝えてよかった」と思う。お互いに学びや成長が生まれたら、そのマッチングは成功ですよね。
私たちは「学びのキューピッド」みたいなものなのかもしれません。ANA Study Flyに来れば、お客様も講師も成長している実感をもてて、「ここで何かやってみたい」と前向きになれる。そんな場所にしていきたいです。
そして、社員のスキルがお客様から必要とされ、そのスキルをシェアした本人もまた成長していく。その仕組みをANAグループの中だけではなく、航空に関わる方々やお客様、いろいろな企業にも広げていけたらと思っています。
高石:この対談自体も、そういう学び合いだったと思います。航空とデザインでは、仕事の前提も内容も全く違います。ただ、目の前の一人を大切にすることや、これまで培ってきたものを軸に少しずつ領域を広げていくことなど通じる考え方が見えてきました。
こうして互いの実践を知ることで、自分たちが大切にしてきたことを違う角度から捉え直すことができたと思います。こうした機会がわれわれにとって、次の「半歩」を考えるヒントになるのかもしれません。
社会の変化に向き合うことは、新しい知識やトレンドを取り入れることだけではありません。これまで培ってきた経験や専門性を軸に半歩外へ踏み出し、その反応を踏まえてまた次の試みを行う。そのように自分にできることや提供できる価値を少しずつ広げていくことも、変化に対応する一つの方法ではないでしょうか。
そうした小さな挑戦から得た学びや経験が本人の仕事やキャリアに生かされることもあれば、挑戦する姿が周囲の「やってみよう」を後押しすることもあります。
企業に求められるのは一人ひとりに新たなスキルや変化を求めるだけでなく、それぞれがもつ経験や専門性・関心を生かしながら、自ら考え、試すことのできる機会や環境をつくることではないでしょうか。
今回の対談であらためて感じたのは、そうした挑戦を支える上で組織が大切にしてきた価値観や姿勢も、一人ひとりが自分の「軸足」を考えるための手掛かりになるということです。自分だけでは何を軸にすればよいのか定めにくいときも、組織として積み重ねてきたものが個人が一歩踏み出すためのよりどころになる。ANA Study Flyでも、ホスピタリティや目の前の一人に向き合う姿勢といったANAが大切にしてきたものを軸に新しい挑戦が広がっていました。
「大切にする軸」と「新しいことを試せる余白」、その両方があることが一人ひとりの挑戦を後押しするのだと思います。私自身も、これまでの経験の中から何を軸足として残したいのかをあらためて考え、その上でまずは半歩だけ新しいことを試してみようと思います。