ビジネスモデルの「変化」と「文脈」を発見する

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    佐藤 史サービスデザイナー



Summary
新規でサービスを企画検討したり、既存のサービスを分析したりする際には、「カスタマージャーニーマップ」や「ビジネスモデルキャンバス」などさまざまな記述の手法が用いられる。しかし、昨今の先進的なサービス成功事例のなかには、ステークホルダーどうしの関係性が複雑、社会の変化やトレンドなど組織外因子の影響を無視できない等の理由により、従来の記述法だけでは、分析には不十分な側面もでてきた。本記事では、分析のために「CVCA(Customer Value Chain Analysis:顧客価値連鎖分析)」と「文化モデル」を組み合わせた新しい記述を試みたことと、その有効性や今後の可能性と課題について考察する。

Points
  • サービスの成功要因を読み解くためには、ユーザー体験やビジネスモデルだけではなく、企業外に存在する影響因子や、企業の内的要因にも着目すべきである。
  • 従来から存在するサービス記述手法である「CVCA」と、定性的な情報の分析に用いられる「文化モデル」。この二つを組み合わると、一見、複雑そうであったり、合理性が見えにくそうだったりするビジネスモデル構築の”真の要因らしきもの”の読み解きに効果がある。
  • これからは、先進的で新しいタイプのサービスも次々と生まれるだろう今後、企画検討や分析のための記述方法も、従来のやり方に拘泥せず常にアップデートしていく姿勢がサービスデザイナーには必要である。



こんにちは。サービスデザイナーの佐藤史です。
私は昨年、サービスデザインに関する国際的組織Service Design Network日本支部のSIG(Special Interest Group)である「サービスビジネスモデル研究会」という活動に参加しました。

この研究会の目的は、国内の先進的なサービス事例を調査し、その特徴や成功要因を分析することです。発起人はコンセント代表取締役の長谷川で、私と他に数名、コンセントのメンバーが運営を担当し、研究活動そのものは、デザインエージェンシー、一般企業、大学等サービスデザインに携わる数十名の有志によって行われました。

写真:サービスビジネスモデル研究会の様子

新規でサービスを企画検討したり、既存のサービスを分析したりする際には、さまざまな記述の手法が存在します。比較的よく知られているものでは「カスタマージャーニーマップ」「サービスブループリント」「ビジネスモデルキャンバス」などがありますが、この研究会で試みた記述の手法が、従来にはない斬新な内容だったので、本記事では、検討プロセスも交えつつ具体的にご紹介したいと思います。

調査対象としたサービス、企業事例は以下の9事例です。

  • Air レジ( https://airregi.jp/ ):クラウド型POSサービス。著名なサービス企業であるリクルート社の新規事業という点に注目。

  • マネーフォワード( https://moneyforward.com/ ):個人向け口座管理サービス。昨今話題にも上がることが多いFinTechの最新事例として。

  • airCloset( https://www.air-closet.com/ ):「衣料+サブスクリプション」という従来にない独自のサービスビジネスに注目。

  • メルカリ( https://www.mercari.com/jp/ ):スマートフォンで利用できるフリマアプリ。手続きの簡単さなど顧客体験のユニークさに注目。

  • QB ハウス( http://www.qbhouse.co.jp/ ):理容分野という既存領域において、1,000円カットというユニークなサービスを展開している点に注目。

  • スノーピーク( https://www.snowpeak.co.jp/ ):キャンプ関連用品メーカー。商品販売に限らず、顧客とのイベントなど独自の体験を提供している点に注目。

  • ヤマト運輸( http://www.kuronekoyamato.co.jp/ ):運輸サービス事業のなかでも、競合より高い顧客評価を獲得している点に注目。

  • Pivotal Labs( https://pivotal.io/jp/labs ):米国に本社を置くシステム開発企業。東京にもオフィスがあり国内のシステム開発業界からも高い評価を得ている。BtoB領域におけるサービスビジネスの事例として注目。

先進的なサービスを分析するためには、どう記述するのが有効か?


研究会では、調査を実施する前に、調査したサービスをどのような手法で記述すれば分析に有効であるかをメンバーで議論しました。
議論の結果、まず我々は「CVCA」という手法に着目しました。
「CVCA」とは「Customer Value Chain Analysis(顧客価値連鎖分析)」の略で、サービスに関係する全てのステークホルダーおよび、ステークホルダー間で発生する価値(お金、情報、便益など)のやり取りを整理して記述することで、どのような価値が、誰に提供されるのかを可視化する手法です。

Customer Value Chain Analysis(顧客価値連鎖分析)の例

この手法に着目した理由は、今回の調査では、BtoBtoC型サービスである「Airレジ」や、CtoC型サービスの「メルカリ」など、サービスを構成する要素が複雑で必ずしも「顧客(C)と企業(B)」のような単純な構造で捉えられない事例が多かったためです。「CVCA」では、顧客(C)と企業(B)という枠組みに囚われずに、そもそもサービスに関係する全てのステークホルダーを顧客として捉えるという考え方が根底にあります。ですので、本研究会の調査対象である事例のように、複雑で入り組んだサービスのしくみをわかりやすく記述することに適しているのでは、と考えたのです。

しかし、「CVCA」には、同時に課題も存在すると我々は考えていました。
それは、ステークホルダー同士の力関係や、社会のなかでのサービスビジネスの位置付けなどの要素が見えにくいことです。

そもそも我々は、昨今の先進的なサービスの成功要因には、純粋にサービス体験やビジネスモデルが優れていたからだけではなく、以下の要因も含まれると考えていました。

  • 社会の変化が、そのサービスビジネスに与えた影響因子(例:政府の動き、人口動態の変化、社会的事件や流行、新しいテクノロジーの出現)

  • 企業の内的要因(例:組織内の力関係、組織内のイノベーターの存在、企業風土)

そのため、分析には「CVCA」では可視化しきれない要素を、別の何かで補完する必要があったのです。

ここで、我々は、UXデザインにおける定性調査・分析の方法論である「コンテクスチュアルデザイン」で用いられる「文化モデル(The Cultural Model)」という記述法に着目しました。
「文化モデル」とは端的に言うと、業務をとりまくプレーヤー同士の心理的要因を可視化する手法です。わかりやすい例を出すと、例えば、組織内で上司が部下に威圧感やプレッシャーを与える、管理職が何かを改善しようとするが企業文化や人間関係のしがらみが足枷になってうまくいかない、保守的な人物が組織外から参入した特定のプレーヤーに対して疎ましい感情を抱く……等を下記のような円形図の重なりを用いて記述します。(※1)

文化モデル(The Cultural Model)の例

この手法を、業務におけるプレーヤーの関係ではなく、サービスを構成するステークホルダー同士の関係性を記述することに応用できないだろうかと考えました。そうすれば、我々がサービスビジネスの成功要因のひとつだと考えていた、企業の内的要因や社会の変化が、サービスビジネスにどのような影響を与えたかを読み解けるのではないか? そして、それを「CVCA」と並べてみて分析することで、先進的なサービスの成功要因を新しい視点で発見できるのでは? このような作業仮説を立て、サービス事例を調査し記述しました。



ビジネスモデル構築の”真の要因らしきもの”を可視化する


私はこの研究活動で「CVCA」と「文化モデル」を組み合わせてサービスを記述し分析を試みたことで以下の気づきを得ました。

  • そのサービスの過去・現在そして将来予測を、時系列で書き分けた複数の「CVCA」

  • そのサービスに変化が起きた(もしくは起こりそう)な要因を記述した「文化モデル」

この二つの手法を組み合わせた記述法は、現時点のサービスをワンショットで捉えただけでは一見合理性が薄く感じられるビジネスモデル構築の”真の要因らしきもの”の可視化に有効ではないだろうか? と。

ここでは、マネーフォワード社の家計簿管理サービスを「CVCA」と「文化モデル」で記述した事例を紹介します(※2)。なお、このサービスは、立ち上げ時と現在ではやや状況が変わっており、長期的には現在とは異なるビジネスモデルを目指しているのでは? と考えたため、「CVCA」は過去・現在・将来予測の3つの図に分けて記述しました。以下、順を追って説明します。

「CVCA」と「文化モデル」で記述した事例

これは、サービスを利用する前の顧客にとっての現状を表した「CVCA」です。複数の銀行口座を持つ顧客はそれぞれの窓口を通して残高確認をしています。

サービスを利用する前の顧客にとっての現状を表した「CVCA」の例

そして、現時点のサービスを記述した「CVCA」。顧客は複数の銀行口座を持つがタッチポイントはアプリによって一元化されます。お金に関するお役立ち情報も僅かではあるが顧客に届きます。

このように、過去と現在の「CVCA」を見た限りでは、このサービスは、アプリが銀行とのタッチポイント(残高照会など)を一元化して代行しているだけのように見えます。顧客にとっては、複数の口座をあわせた合計の預金残高等(つまり自分が現在使えるお金の総額はいくらか)がひと目でわかることは確かにメリットですが、銀行にとっては、自行のタッチポイント(つまりATMやアプリ等)をこのサービスに奪われることにもつながるのでは? だとすれば、そもそもこのサービスに関わるメリットがないのでは? という推測が生まれます。

しかし、次の図の通り、サービスを利用する顧客と提携先が増えた将来予測の「CVCA」を記述すると別な観点からの推測が生まれました。

将来予測の「CVCA」の例

このサービスでは、投資・証券に関する情報も提供されているので、従来は個人での資産活用には関心がなかった顧客層に対して投資・証券など預金以外のサービスに関心を抱くようになってもらうことも可能だと思います。そしてその可能性は、今後、提携先が増えることでさらに高まります。そして、長期的には銀行が組織外のプレーヤーと提携してお金に関する情報を活用した新しいサービスを開発する機会創出にも繋がるのでは?…と。

そして、最後に下の図の通り、サービスを取り巻く外部影響因子を「文化モデル」で記述しました。
ITベンダーとのしがらみ、金融業界以外から参入した新たな競合の存在、政府からの圧力、テクノロジーの進化……等々が銀行にプレッシャーを与えています。つまり、このような状況が、先に述べたような、銀行が組織外のプレーヤーと提携して新しいサービスを開発する強い動機になっているのではないだろうか? そして、そのような変化が結果として金融業界全体の活性化にもなるし、このサービスの成功要因にもなるだろう……、と結論付けて分析を締めくくりました。

サービスを取り巻く外部影響因子を「文化モデル」で記述した例

「文化モデル」は、ビジネス分析にも有効な記述法


他にも事例を簡単に紹介します。
以下は「Airレジ」の創業時、現在、発展期、将来予測で書き分けた「CVCA」です。
初期の「CVCA」だけを見ると、このサービスは、店員が使うレジ端末を無料で提供するだけのビジネスモデルなので、収益性は大丈夫なのか? という疑問が生まれますが、レジ端末が「顧客との接点になりさまざまなデータを収集・分析する端末」として機能することで、長期的には、店舗のいろいろな業務をサポートし、継続的な収益構造を生むことが期待されることを可視化しました。



また、ヤマト運輸の事例分析では、「顧客接点」となるセールスドライバーが、日々の業務で直面するさまざまな課題に対して、ある程度自分の裁量により対処することを許されている。それが長期的には、良質なサービスの提供につながっていることを、ステークホルダーの感情の流れまでを記述した「CVCA」と「文化モデル」で可視化しました。



なお、「文化モデル」は、私も普段から、サービスや機器を開発する際、その利用文脈を理解する手法として、何度もプロジェクトで活用していましたが、この手法が、サービスの利用体験だけではなく、ビジネスモデルの分析にも活用できそうなことに気づいたことは大きな収穫でした。

実務で活用していくために必要なこと


最後に、研究活動をいったん終えて、まだ課題として残っていると感じたことを何点か述べます。
まず、今回は、試行段階のため主に手書きで記述しましたが、きちんと文書化して業務で活用するためには、矢印や吹出し、アイコンの使い方など、記述ルールを整備する必要があります。
また、組織内外のステークホルダーを幅広く記述していくと、複雑で読み解くことが難しくなる場合もあるので、何をどこまで記述するべきかは明確にしておくべきです。例えば、同じ「文化モデル」でも、先述のマネーフォワードの場合は「組織と外」の関係に、ヤマト運輸の場合は、「組織内の各プレーヤーの関係」が、サービス分析のためにそれぞれ重要な要素であると感じましたので、それに着目してうまく記述できましたが、組織の内外両方とも記述する必要があるサービスの場合は、「文化モデル」も複数に書き分けるべきだと思います。

最後になりますが、これからは国内外を問わず、従来にない先進的なタイプのサービスも続々と登場してくると思います。また、サービスの企画にあたっては、ユーザー体験やビジネスモデルの検討だけではなく、企業の外に存在するステークホルダーとの関わり方や、どのような組織をつくっていくかも併せて検討することが欠かせないと思います。そのようなとき、分析のための記述法も、従来の教科書通りのやり方に拘泥せず、自ら新しいやり方を探索し試みていく姿勢がサービスデザイナーには求められるのではないでしょうか。



※1. 「コンテクスチュアルデザイン」の詳細についてはコンセントメンバーによる下記コンテンツを参照ください。また、この方法論は、本来、サービス・機器が利用される現場の文脈を理解する手法であるため、本来的には「そのサービスをとりまくプレーヤー同士の心理的要因」というよりは、「その業務をとりまくプレーヤー同士の心理的要因」に近いと私自身は考えております。
http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2014/03/19/16931


※2. 調査・分析にあたっては、運営会社である株式会社マネーフォワードのサイトと、おもに以下の一連の情報を参考にさせていただきました。



本記事は、コンセントが運営するオウンドメディア「Service Design Park」にも掲載しています。
http://sd-park.tumblr.com/post/166842458881/servicebusinessmodel-studygroup ※2021年8月2日に運営を終了しています。


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