デザイナーの責任と、デザイン倫理 20th Information Architecture Conference 2019 総括レポート

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    長谷川敦士代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト

写真:IA Conference 会場の案内板

1. 概要

3月13日〜17日(メインカンファレンスは3月15日〜17日)の5日に渡り、例年までIA Summit(IAS)と呼ばれていたインフォメーションアーキテクチャ(Information Architecture)分野の年に一度の国際会議、IA Conference(IAC)がフロリダ州オーランドにて開催された。


IACは2000年に始まったIASから数えて今年で20回目を数える。これまで実務者のナレッジ共有、研究分野としてのインフォメーションアーキテクチャの探索、実務者と研究者、教育者をつなぐ場として主にウェブデザインの分野でさまざまな功績を残してきた。

これまでは、ASIS&T(全米情報科学技術学会)主催であったものが、今年から専門家団体であるInformation Architecture Institute主催となり、これに伴い名称も変更となった。

今年の参加者は250名と、例年の半数近くに減っている。いわゆるInformation Architectという職種が減少していることもあり、参加者は企業のUX担当者、Taxonomist、エージェンシーやコンサルタントが主となる。

今年のメインテーマは、Gateways: Legacy with Purpose。なかなか直訳が難しいが、日本語にそのまま訳せば「節目 - 目的への遺産」とでもなろうか(関係ないがいまレガシーという言葉が未来に向けて使われる傾向は若干違和感がある。オリンピックはレガシーのためにやる、的な。なんとなくレガシーは結果という考えがあるからか)。

これに伴い基調講演にはインタラクションデザインの分野で標準となっているテキスト『Designing for the Digital Age』などの著者として知られるKim Goodwin氏、コーチングコンサルタントのDonna Lichaw氏、デザイナー/エンジニアであり、最近ではいくつかの活動団体において成果を出しているEduardo Ortiz氏、GoProの開発に寄与しているHa Phan氏、そして白クマ本(オライリー社の『Information Architecture』)の著者であり、最近ではUX分野の出版社Reosenfeld Mediaを主宰するLouis Rosenfeld氏と豪華なラインナップが揃っている。
Rosenfeld Media
https://rosenfeldmedia.com/

カンファレンスは、基調講演以外はGrowth、Perspective、Meaningful Workと銘打たれたパラレルセッションとなる。今年は日本からはわたくし長谷川を含めて6名が参加していた。参加者での情報共有も踏まえて今年のトレンドをまとめてみたい。


2. デザインの倫理と責任、これからのデザイン

まず、全体として今年のIACでは、デザイナーの責任、デザイン倫理について言及しているセッションが多かった。これまでもそういったセッションはみられていたが、今年は基調講演も含め、なんらかの形で倫理に関わるセッションが多かった。

特にその中で個人的にも一番インパクトがあったのが、Kim Goodwin氏の基調講演「Bring Back Human-Centered」だ。ここでは「UXはすべての意思決定によって生み出される」とまず断じた上で、それではデザイナーとはなんなのかと説き「デザインとはスキルセットに過ぎず、Human-Centeredは達成すべき目的、使命である(Design is just a skill set, Human-Centered is a mission)」と宣言。「我々の仕事は、すべてのスキルセットがよりHuman-Centeredな意思決定をなせるようにすることである(Our job: enable all the skill sets (including ours) make more human-centered decisions.)」と喝破した。

その上で、Human-Centeredとは、マズローの欲求段階を上げることではないかと提示し、ビジネス目標のためのデザインを見直すべきであると提案を行った。これはHuman Centered Designはスキルやプロセスではなく、デザイン哲学であると認識された2000年代の概念をさらに塗り替える大きな視座の転換となる提案だと感じた。

また氏は、「自身の事業に不都合であれば適用しないようなものは価値とは呼べない(If you don’t apply it when it’s inconvenient, it’s not value.)」とも主張した。いま、企業経営はデータドリブンになっているが、そもそも設定している指標や目標がユーザーへの価値に繋がっていないケースはまだまだ多い。現実的に考えると実現のハードルはなかなか高いが、企業がそういった姿勢をそもそももてるかどうかは長期的には意味をもってくるであろう。


ちょっと俯瞰して見ると、現実問題としていま、デザイナーには与えられた問題を解決するという立場だけでなく絶対的な判断の基準が求められている。つまり、デザインが事業の後工程であった時代から事業をつくり出す状況になった今、依頼に応えるのではなくデザイナー個々人の価値観で行動を起こさなければならい。Dark UXの依頼には断固として断る態度を示さねばならず、いちデザイナーとして社会をよくする責任を負わねばならない。Goodwin氏の講演からはこのメッセージを読み取った。


同様に「Evil by Design(デザインによる悪)」といったセッションや、Lou Rosenfeld氏のキーノート「Information Architecture for Truth(真実のためのインフォメーションアーキテクチャ)」、Eduardo Ortiz氏のキーノート「Disrupt the Status Quo with People-Centered Design(人中心のデザインで現状維持を打ち破る)」などもデザインの新しい責任を問いかけて、新たな活動のありかたを提言するものであった。そういったセッションにはどれも、デザインは意思決定であるということをあらためて確認して、デザイナーという人の判断が社会を変えるということを自覚させるような共通点が見られた。

ちょうどこのカンファレンスの直前に、ドミニク・チェン氏のウェルビーイングに関する記事がWIREDにて掲載された。僕自身ちょうどこの記事を読んだこともあり、人々が意思決定を行う「情報」というもののありかたを規定しているインフォメーションアーキテクト(IA)という仕事の責任と、我々の意思決定、専門家以外の人の意思決定が結果に対して影響を及ぼすことへの責任も実感した。やはり、情報をデザインする専門家は、自分の意思決定だけではなく、社会の意思決定をより正しい方向に導く責任ももたなければならない。

「わたし」のウェルビーイングから、「わたしたち」のウェルビーイングへ:ドミニク・チェン


3. IA思考

いくつかのセッションではIA思考(IA Thinking)について述べられていた。これは、サイトやコンテンツをどうするかを考える思考方法ではなく、いわゆるインフォメーションアーキテクチャ領域以外にもインフォメーションアーキテクチャのアプローチは活用できるという視点の話で、ちょうど「デザイン」と「デザイン思考」の関係性と同じである。『デザイン組織のつくりかた(Org Design for Design Orgs)』を書いたPeter Merholz氏は、「Org Design is (largely in large part) an IA Challenge(組織のデザインは(主に多くの点で)IAの挑戦である)」と題されたセッションで、このIA思考を提示した。彼の書いたOrg Designの本は彼がGrouponなどのデザイン役員として働き始めた際に、組織の課題や必要な施策というものはサイトをデザインするときの課題の整理と施策と構造が一緒なのではないか、と気づいたことに端を発するという。そして、そこから一般化していくと、IA思考とは、1. システム思考(Systems Thinking)、2. 構造(Structure)、3. 意味(Semantics)という3つの領域からのアプローチと定義できるという。

このことは、僕自身たいへんしっくりくる話で、自身のデザインフィールドをインフォメーションアーキテクチャ領域からサービスデザイン領域へ拡大した際の自分の使いうる思考手段、あるいは自身の企業経営やコンサルティング業務一般において、自分がIAであることによる能力の恩恵を受けている感覚は自覚していた。これを言語化したという意味でたいへん興味深かった。自分自身のIA思考については一度別途整理してみたい。

Merholz氏も20年のキャリアをもつIAであるが、同様に2000年代初めに編集者からIAにキャリアを変えたベテランのChristian Crumlish氏の講演でも同様に彼が現在製品部門長(Head of Product)を務めるに至ったキャリアを紹介しており、そのなかでIAスキルをプロダクトマネージャースキルへの対応づけたエピソードを紹介していた。

やはりインフォメーションアーキテクチャの業界も、20年を経て成熟してきたということも関係するように思う。ちょうど白クマ本の著者の一人でもあるPeter Morville氏とも、立ち話の中で我々IAの責任とIAコミュニティの責任という話になった。彼は今のアメリカの政治の混乱の中、自身やコミュニティになにができるのだという課題意識をもっているという話から始まり、どういったアプローチがコミュニティの関与とありうるかの意見交換となった。一般にデザインの領域の人種はリベラルな価値観をもつことが多いが、こういったデザインコミュニティの集まりに来ると、そのリベラルな価値観が社会で認められていくことに関与していこうとする人の割合が、日本と比べると比較的多く感じる。IA思考の話にしても、デザインの倫理の話にしても、業界が成熟してきているというとき、その成長の恩恵に預かった自分自身がその成果を社会にフィードバックしていかなければならないということを実感させられる。


4. デザインリーダーシップ

同じように共通してみられたトピックとしてデザインリーダーシップの話題があった。デザイントランスフォーメーション(DX)と並んで、ちょっとそこより認知が劣るキーワードとしてのデザイントランスフォーメーションというような紹介がなされていていたが、実は興味をもってDXについて周りの人にどれくらい普及してるの?というようなことを聞いて回ったのだが、単にTransformationというキーワードでの一般化は進んでいるが、DXは知らんなというような人もいた。このあたり、アメリカという国の大きさによって共有される論壇ができにくくなっているということが関係するのかもしれない。

さて、デザインリーダーシップについては、僕自身もこれからのデザイナーが社会で活動するときに積極的に考えていかなければならない領域だと思っているが、IACではいくつかのセッションでどのようにデザインリーダーシップを育成していくのかというような提案がなされていた。また、デザイントランスフォーメーションの第一歩としてデザインリーダーシップの育成が必要、というような形で枠組みを紹介している人もいた。これはChris Avore氏の「Are you and your organization ready for design transformation?(あなたとあなたの組織はデザイントランスフォーメーションの準備はできていますか?)」と題されたセッションで、デザイントランスフォーメーションを1. デザインリーダーシップの育成、2. チームのデザイン成熟度の向上、3. 組織でのデザインプロセスの吟味、4. 文化としての脅威の排除(Eliminate the Threats)、という4つのステップを挙げていた。つまりのデザイン組織化の第一歩としてデザインリーダーシップが求められるということとなる。

これはだいぶ納得のいく話で、デザインを組織的に展開するとき、やはりその展開する主体というのはデザインのバックグラウンドをもつ人、あるいは関わる人でなければならず、逆にこのことはデザインの領域でリーダーシップを発揮するような人材がこれまで少なかったことも感じさせる(デザインに限らずリーダーシップはどの領域でも重要であるし、どこでも人材育成に苦慮しているわけではあるが)。デザインリーダーシップ自体の育成については何人かが言及していたが、いわゆる一般のリーダーシップ論(チームへの共感と信頼関係、チームのドライブ、etc.)といったものに加えて、「正しい戦いを戦う(Fight the Good Fight)」「議論を促進させる能力(Ability to Drive Discussions)」というような点が指摘として上がっているのが、比較的デザイン領域特有となるであろうか。

Avore氏のデザイントランスフォーメーションが必要となる社会背景としては、固定化されて予測可能な(比較的ではあるが)時代から、相互につながり循環し、関係性で考えなければならない時代へと変化してきたことによって、システム思考型でのアプローチが重要になってきており、それゆえにデザインリーダーシップが求められるという説明がなされていた。このデザインが社会で必要となるロジックについては、この複雑な社会の「厄介な問題(Wicked Problem)」への対応という部分と、ビジネスがよりサービス型になってきているというストーリーとがあるが(もちろん両方正しいが)、この社会認識については一度標準的な見解を整理しておいた方がよいように思う。


5. OTCモデル更新

IAコミュニティにおける「理論家」であるDan Klyn氏とAndrea Resmini氏からは、Klyn氏のインフォメーションアーキテクチャ記述のためのOntology - Taxonomy - Choreographyモデルを更新したOntology - Topology - Choreographyモデル(OTCモデル)が提示された。2つ目のTaxonomy(分類)がTopology(トポロジー、位相)に更新されただけに見えるが、まさにトポロジカルにインフォメーションアーキテクチャを空間的に理解するためのモデルとしての位置付けとなる。もともとこのモデルは、IAの仕事をOntology(意味) - Taxonomy(分類) - Choreography(振り付け=組み合わせ)として階層に分けて理解するためのもので、意味のレイヤーでは本質を探求し、オントロジー - トポロジーのレイヤーでは構造を定義し、振り付けのレイヤーでは実装を最適化するという意味となる。トポロジーシステムになることでより立体的になり、生態系思考になることで実社会への対応づけが具体化するということであったが、レイヤー間の接続、社会との相互作用をどのようにみなすのかといったあたりは、これから深掘りしてみたい。


写真:IA Conference の様子(その1)

6. IA、IoT、これからのIA

IAとの関わりやIoT、スマートスピーカー、ARといったこれからのテクノロジーのためのインフォメーションアーキテクチャというセッションもいくつかみられた。これらはやはり専門にそれらのトピックを扱うカンファレンスなどに比べると、セッションごとの踏み込みの深さや、前提の共有から入ることでのセッションが冗長になるあたりに課題があるが、総じて言えることとしては、やはりオンライン上の情報はすべからずセマンティックな情報として記述されることで、応用範囲は格段に広がりその後の扱いも楽になるということである。

やはりIAS/IACの常連であるAndy FitzgeraldからはセマンティックHTML、Linked Dataなどによってスマートスピーカー、AI、ロボットなどでのインフォメーションアーキテクチャナレッジ活用がなされるという枠組みが示された。これもこのコミュニティでは10年以上前から言われていることではあるが、求められている重要性に対してやはり社会へのインパクトが出せていない。オープンデータ、情報学(Informatics)などの他の領域とのコラボレーションが必要なのではないかと思う。


7. まとめ

以上、20年目のIA Conferenceに参加した所感をまとめてみた。

インフォメーションアーキテクチャという専門分野よりも、この時代にデザインに関わるものとしての普遍的な価値観のトピックが全体的に目立っていた。

デザインを社会で活用し始めた世代(含む自分)の本気を感じた。自身を戒める意味でも大変有意義なカンファレンスであった。


写真:IA Conference の様子(その2)
写真:IA Conference の様子(その3)
写真:IA Conference の様子(その4)

※本コラムは、長谷川のMediumからの転載です。

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