サービスデザインと組織文化 Service Design Global Conference 2018 イベントレポート

  • サービスデザイン
  • 小橋 真哉のプロフィール写真

    小橋真哉サービスデザイナー

写真:「Service Design Global Conference」の様子(その1)

去る10月11日〜10月12日、アイルランド・ダブリンで開催された「Service Design Global Conference」に参加してきました。これは、Service Design Networkが毎年主催している国際会議で、私自身は昨年に続き2度目の参加になります。

今年のテーマは、「Designing to Deliver」。リサーチや構想ではなく、よりサービスの実装、提供にコミットするという視点からさまざまなトピックが発表されました。全体の傾向としては、組織変革、文化、マインドセットというような組織レベルでのサービスデザインの浸透に関するトピックが議論されていました。また、AIやIoT、機械学習などのテクノロジーに関するトピックも多く、改めて問われるデザインやデザイナーの役割についての考察、データの信頼性・透明性に関する研究活動、具体的にそうしたテクノロジーを組み込んでサービスデザインを実践するためのフレームワークやワークショップなども多数行われていました。
さらに、今回のカンファレンスでは、開催地アイルランドCork州の「Cork County Council(Cork州議会:CCC)」とそのイノベーションセンターである「Service rePublic」が筆頭スポンサーを務め、オープニングの基調講演にCCCのChief ExecutiveであるTim Lucey氏が登壇したほか、いくつかのセッション、ワークショップを行いました。

組織文化を変えるためのサービスデザイン

写真:「Service Design Global Conference」の様子(その2)

このような多岐にわたるトピックの中で、個人的に興味深かったのは、「Organizational Change(組織変革)」「Cultural Change(文化変革)」というようなキーワードです。

“Culture eats strategy for breakfast.”
「文化は戦略を朝食に食べてしまう」

これは、デザインエージェンシーKoosのFloor Smit氏が発表したプレゼンのタイトルです。この言葉通り、組織文化はときに組織全体の戦略をもおびやかすほどに強力な影響をもっています。
冒頭で紹介したCork州の取り組みでは、事前に行った意識調査で、公共サービス改善の取り組みに対して最もネガティブな反応を見せたのは、市民でも企業でもなく、行政の職員だったと言います。割合としては、市民が10%、企業が18%、職員が59%なので、かなり大きなギャップです。
固有の文化をもっているのはデザイナーも同様で、Harmonic DesignのPatrick Quattlebaum氏のプレゼンでは、組織内での価値観や慣習、言語の異なる集団を「部族(Tribe)」になぞらえ、異なる部族同士の「競争的なコラボレーション(Competitive Collaboration)」が重要だと提言しました。

このように、公共・民間を問わず、カンファレンス全体を通して組織文化に関するトピックは多く、前述のCork州のほか、民間企業ではBMW、adidas、Air France-KLM、Victoria and Albert Museumなどの企業が、組織文化を変革するための具体的な取り組みを紹介していました。それぞれ興味深い事例や取り組みが紹介されていましたが、全体に共通するポイントをまとめると、下記の4つになります。

1.スモールスタートの重要性

Cork州の取り組みは、当初は大学との連携による1つのプロジェクトからスタートしました。その後、いくつかの活動を経てイノベーションセンター「Service rePublic」を立ち上げますが、それも初めは外部のデザインエージェンシーSnookが支援し、住宅サービスとコミュニティ助成金サービスという2つのパイロットプロジェクトを実施しています。
BMWの例でも、当初3人程度の規模からスタートし、社内で徐々にスケールアップさせてきた経緯が紹介されました。興味深いのは、はじめのフェーズではマインドセットとビジョンの提供にフォーカスし、ある程度根付いた後にツールキットを整備してスケールさせていったという点です。
このように、はじめは小さなアクションから始め、ときには外部とのパートナーシップを有効活用しながら、徐々にスケールさせていくというのが一つの特徴として挙げられます。

変遷図

BMWにおけるサービスデザイン推進の変遷
出典:Florian Fischer & Anna Marchuk: Delivering a Service Design Mindset
https://www.slideshare.net/sdnetwork/florian-fischer-anna-marchuk-delivering-a-service-design-mindset

2.既存文化へのハイブリッドな適合

既存の業務プロセスやプロジェクトの進め方をいきなり変えるのではなく、少しずつ適応させながらソフトランディングを図るという特徴も見られました。中でも多かったのが、アジャイル開発とサービスデザインの融合に関するトピックで、adidasの事例では、アジャイルの考え方とCX(Customer Experience)の考え方を融合させた「Agile CX」という方法論を軸とした組織変革に取り組んでおり、また別の発表では、事業の最適化を担う「プロダクトマネージャー」と、イノベーション施策を実施する「サービスデザイナー」の位置付けに関する説明もされていました。これらの捉え方や解釈についてはまだ議論の余地があると思われますが、既存のプロセスや体制の中でサービスデザインをどう位置付けるかを考慮し、ハイブリッドに適合させていくことの重要性を示唆しています。

写真:「Service Design Global Conference」の様子(その3)

3.効果測定

スモールスタートで始めるときに重要な点として効果測定が挙げられますが、この点においても各企業ともに高い意識で取り組んでいました。パフォーマンスダッシュボードによる見える化やBIツールの活用、実際のユーザーに対する調査などでエビデンスを収集することで、参加者自身に意義や共感を感じてもらうのと同時に、周囲にも継続的に成果を示していくことが重要だと言えます。

写真:「Service Design Global Conference」の様子(その4)

4.遊び心と楽しさ

最後に、基本的な心構えですが、参加者のモチベーションを上げるための遊び心と楽しさです。ワークショップの雰囲気づくりやゲーム性を取り入れたツールの活用、親しみやすさを高めるための世界観の設計など、各企業ともにさまざまな工夫を行っていました。実際に、私が参加したService rePublic実施のワークショップでも、アイデアを大きなレゴブロックに書いて優先度順に積み上げるというようなワークを行いました。これは実際に市民向けのワークショップでも実施しているらしく、属性の異なる幅広い参加者のモチベーション向上が期待できそうです。

写真

Service rePublic主催のワークショップの様子

プロセスを越えて文化に踏み込む

こうした各企業の取り組みをふまえると、組織内においてサービスデザインを浸透させ、組織をイノベーション体質へと変革させるためのアプローチは、下記のようなモデルでとらえられるのではないかと思います。

「事例」「プロセス」「文化」のモデル図

大きな領域として、「事例」「プロセス」「文化」という3つに分けています。「事例」は具体的に扱う対象のサービスやプロジェクトで、「プロセス」はサービスデザインの具体的なツールや手法、「文化」は職員のマインドセットや組織文化を指します。はじめはワークショップなどの小さな取り組みからはじめ、次は短期間のデザインスプリント、さらに期間が長いパイロットプロジェクト、そして日常的な業務へと徐々にスケールさせていくモデルですが、重要なのは、「事例」「プロセス」「文化」という3つの領域のバランスを常に保ちながらスケールさせていくというところで、中でも「文化」への働きかけが特に重要です。いかに事例やプロセスを充実させたところで、それが文化として根付いてなければ、まさに「朝食を食べる」ぐらいにあっけなく破綻してしまいます。さらに、このサイクルを回す上で求心力となる「ビジョン」をはじめに示すことも当然重要なポイントになります。

今回発表された各事例は、一つ一つは当たり前のことをやっているように見えますが、このモデルの原則を忠実に守っています。当初から組織文化にフォーカスし、サービスデザインの手法やプロセスを「正しく」実行することよりも、ときには組織の文化に適合するようにアレンジを加えながら、いかに早く、職員のマインドセットを変える最初のサイクルを回すか、ということに実直に取り組んでいました。
サービスデザインと言うと、どうしても「カスタマージャーニーマップ」や「サービスブループリント」といった個別のツールや手法がフォーカスされがちですが、重要なのは、そういった「プロセス」を越えて「文化」に踏み込むことであり、推進する側の我々サービスデザイナーも、組織に適合させるためのサービスデザインの位置づけを常に模索し、アダプティブに融合させ続けることが重要だと感じました。

昨年マドリッドで開催されたカンファレンスでは、初日のメンバーズデイで「Service Design is a New Normal」という指針が打ち出されましたが、今年は、民間企業も含めて、実際にサービスデザインを組織レベルで実践している具体例がぐっと増え、「New Normal」という捉え方がより現実味を帯びてきたことを肌で感じました。
それぞれの企業、組織において、サービスデザインは、デジタルシフトの促進、顧客体験の改善、業務の効率化などさまざまな面で成果を見せ始めており、「思考(Thinking)」から「実践(Doing)」の段階に成熟してきたと言えます。
日本の企業や行政においても、これからサービスデザインを浸透させていく動きが進められると思いますが、私自身もサービスデザイナーとして、職員のマインドセットや文化に対する働きがけを視野に入れながら、今後も活動を続けていきたいと思います。

Service Design Global Conference プレゼンスライド(Slideshare)

写真

今回の会場になった「The Convention Centre Dublin」とカラトラバ設計のサミュエル・ベケット橋

写真

アイルランドと言えばもちろんアイリッシュパブ

写真:ラップアップの様子

最終日には日本からの他の参加者と一緒にラップアップ。今年は大勢のメンバーが参加していました(写真はラップアップした後の乾杯ですが)

[ 執筆者 ]

テーマ :

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

ページの先頭に戻る