デザイン経営に役立つ「成長するプロジェクト計画」の立て方

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    大崎 優取締役/シニアサービスデザイナー

イラスト:3人の若い男女のプロジェクトメンバーが階段を登っていく様子を用いて、切磋琢磨しながらプロジェクトを遂行していくイメージを伝えている

サービスデザイナーの大崎です。多くの企業のサービス開発に携わっておりますが、ここ数年で、デザインを経営の視座でどう活かすか、デザインの知見をクライアント社内で蓄積・運用するための組織化についてご相談をいただくことが増えてきました。コンセントでも、そのような相談に対して「Design Leadership」を設立し対応に当たっています。

「デザイン経営」という言葉は広く普及し、すでに業務内で実践されている方も多くいらっしゃると思います。今回はそのような方に向けて、プロジェクトを通して組織のデザイン力をあげる方法「成長するプロジェクト計画」をご紹介します。

※この記事は、社会人のための“未来の学校体験”「Xデザイン学校(X DESIGN ACADEMY)」2019年度リーダーコース「プロジェクトプランニング」講座において筆者が行った授業の一部を抜粋して紹介しています。

デザイン人材の育成能力が勝敗を分ける

デザイン人材の育成はひいては企業のデザイン力強化に直結するため、企業の提供価値そのものの品質を左右するものとなり死活問題になりえますが、その育成強化に苦慮している企業が多くあります。デザイン人材を今後どのように継続育成するか、社内制度やキャリアパスのケーススタディはあれど、「現場の日々の業務」の視点では参照事例が少ないことも遠因となっているようです。

変化と深化の育成効果

デザインは、変化の速い分野であり、市場を先行する先駆的な視点が不可欠です。いきおい育成が高難度になり、属人的な能力向上はあれども組織レベルでの底上げはおろそかになりがちです。テクノロジーの進化、マーケティング手法の進展、デザイントレンド、生活者体験や習慣の変化。デザイン人材がキャッチャップし、先行すべき項目は多方面に存在します。

しかし、同時にデザインは高い専門性を必要とし、長期的な技術習得や知見の深化も不可欠です。デザインの習熟は一朝一夕にはいかず、美意識を磨き上げたり、精緻なディレクションを行うといった、高度な身体化のレベルまで水準を上げる必要があります。

イラスト:1人の男性デザイナーがデザインもしつつ、本を読んで知識や技術を深めたり、人と会話してインプットしたりして、考えて探求している様子。

組織で高いデザイン力をもつには、短期変化と長期深化の両軸で考えるべきですが、それらを漫然と個人の自己研鑽に頼る組織運営をしていては効果的な育成効果は得られません。

変化と深化の学習は、個人レベルでは「興味」に引っ張られ高度な組織化に結びつかず、一方で業務レベルに目を移すと、同じ作業の反復や既知の課題の連続、成熟しきった技術に浸ることで、変化学習が進まない問題が構造的にあります。

そこで、日々のプロジェクト遂行の中でいかに変化と深化の育成効果を高めるか、その業務オペレーションの設計が重要になります。今回紹介する「成長するプロジェクト計画」はその育成効果を最大化させ、デザイン技術の継続的な内部蓄積を可能にする方法です。

成果達成と学習効果をバランスさせる

プロジェクトは当然、成果達成のために計画・遂行されます。しかし、「成長するプロジェクト計画」では、その成果達成の観点だけでなく、学習効果の観点を加え両者のバランスをみながら、プロジェクトを設計していきます。

成果達成に向けてのプロジェクト計画

まずは成果達成に向けてプロジェクトを設計します。

  • 達成すべき成果(問題解決・価値創出など)を整理・分解し、課題のレベルに落とす。
  • 必要期間の中でどのような意思決定が必要か決める。
  • 整理分解された課題を、時間軸の中にプロットし、どの時点でどんな状態になればいいか明示する。
  • 各期限の中で達成すべき状態に合わせ、必要な個々のアクションを設定する。
  • 予算や人員、スケジュール、成果物を設計する。

というものが、プロジェクト計画での大枠の流れです(この部分は一般的なプロジェクト計画と相違ないものですので詳述は避けます)。

今回は、話を単純化するために、6週間という期限の中で「状態」「アクション」「成果物」のみを例示します。

図表:全6週間の期間の中で、1週間毎に目指すべき「状態」、必要な「アクション」、作るべき「成果物」を記した表。1週目。状態:公開情報レベルで顧客ニーズが把握できている。事後リサーチの実行イメージがついている。顧客への共感がチーム内で生まれている。アクション:予備調査(デスクリサーチ)、リクルーティング、デプスインタビューの調査設計。成果物:調査まとめ資料、調査設計書。2週目。状態:顧客の行動様態、価値観、顕在潜在ニーズが、ファクトをもとに把握できている。アクション:デプスインタビュー、観察調査。成果物:インタビューログ。3週目。状態:対応すべきニーズや押さえるべき価値観が特定され、サービスの提案価値が定義されている。アクション:ワークモデル分析、価値マップ分析。成果物:ワークモデル、価値マップ。4週目。状態:提案価値を、顧客体験の中でどう提案するか設計できており、サービスイメージが可視化されている。アクション:カスタマージャーニーマップ作成、モックアップ作成、コンセプトシート作成。成果物:カスタマージャーニーマップ。5週目。状態:想定顧客に対して、価値検証ができている。アクション:ユーザーテスト、テスト結果分析。成果物:ユーザーテストログ。6週目。状態:ニーズ検証済の提案価値がサービスイメージとして表現されている。事業計画ができている。アクション:モックアップ・コンセプトシート修正、事業計画書作成。成果物:サービスモックアップ、コンセプトシート。

顧客ニーズ調査からサービスコンセプト開発、検証までを6週間で行うプロジェクト計画の例。ここでは1週間ごとに状態を区切っていますが、実際の記述に時間軸の決まりはありません。理想的な「状態」にするための各アクションの完成度・粒度のバランスが取れていることが重要になります。

実際のプロジェクトでよく発生することとしては、初期に設計した「状態」を忘れてしまい、アクションの目的がすり替わってしまったり、過大・過小な完成度を目指してしまうということです。

その点で、このような「状態」の形でプロジェクト進捗を事前に明記することで、プロジェクトの迷走を防ぐことができます(とりわけ強い意思決定者の一言で起こる「混乱」を未然に防ぐ効果は絶大です)。

「成長するプロジェクト計画」では、ここに3つの観点、メンバー個々の学習設計、リスク管理、期待値設計を加え、成果達成とのバランスを取っていきます。

メンバー個々の学習設計

メンバーが各アクションの中でどのような学習を期待するかを設計します。具体的にはプロジェクト計画をするリーダーが各人への学習計画を立てますが、メンバーへのヒアリングを重ねたり、対話型のワークショップの実施などをすると、精度や納得感が高まり効果が上がります。

学習設計の中でのポイントは2つです。

一つは、「すでにできること」に終始せずに適切なチャレンジがあることです。これは先に述べた「変化と深化」の育成の必要から、刻々と変わる市場課題に対応する姿勢や、技術深化を意識的に表明することでもあります。

もう一つは、シニアレベルのメンバーの分も記載すること。学習や育成という観点になるとどうしてもジュニアレベルの問題に限定されがちですが、組織視点で観ると問題はシニア側にも同様にあります。ある程度の自然成長が期待されるジュニアに比較して、管理監督にまわるシニアは、失敗が許容される挑戦機会に乏しかったり、ライフステージの観点からも学習時間が限られる傾向があります。その点から、この学習計画ではシニアの学習を明示し、シニアも含めた学習のフォローを全員でしていく姿勢が重要になります。

図表:調査(デザインリサーチ)に対するリーダー、サブ、エントリーそれぞれの学習計画を1週間毎に記した表。<br>
1週目。リーダー:短時間で成果を出すリサーチの幅と粒度を適切に指導できるようになる。要所を押さえた調査設計を指導できるようになる。サブ:デスクリサーチ指導の質が向上する。調査設計の質が向上する。エントリー:生産的なデスクリサーチができるようになる。2週目。リーダー:調査技術を指導できるようになる。(エントリーが、デザイン・リサーチの意義を言語化できるレベルまで)。サブ:調査技術が向上する。エントリー:サブのインタビューを傍らで観察し、デザインリサーチの全体像を体験する。3週目。リーダー:価値分析プロセスを、デザイン経験のないものでも腑に落ちる形で外部化(説明資料化)できるようになる。サブ:価値分析プロセスをエントリーに指導し、分析リードが取れるようになる。提案価値への統合を、自信をもって言語化できるようになる。エントリー:価値分析プロセスを経験し、次回以降、独力で実行できるレベルになる。4週目。リーダー:CJMでの課金ポイント、価格について経営企画と密に連携し、検証項目の質を上げる。「成功する」事業計画を目指す。サブ:リーダーが介在しない形で、検討密度の濃いCJMを完成させられるようになる。エントリー:CJMを一度独力で作成し、サブのレビューをうける。CJMの設計精度が向上する。5週目。リーダー:ユーザーテストに、事業部の人間を同席させ、デザインプロセスの理解醸成を促し、事後の連携が容易になるようになる。サブ:ユーザーテストの分析精度が向上する。エントリー:ユーザーテストの実行精度が向上する。6週目。リーダー:事業計画と「デザイン」の因果関係を外部化し、デザイン活用についての理解が得られるような理路を構築できるようになる。サブ:コンセプトシートにおける提案価値のライティング技術、想起させる体験の表現技術が向上している。エントリー:ライティング技術が向上している。<br>
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先のプロジェクト計画に学習計画を充てた例。ここでは3名のメンバーそれぞれの学習計画を例示。リーダー(シニア)の学習は、監督・指導の質向上と他部門連携、サブ(中堅)はプロジェクト成果への中心人物として動くこと、エントリー(ジュニア)の学習は基礎技術の習得としている。

リスク管理

プロジェクトにはリスクがつきものです。プロジェクトマネジメントの視点に立つと、どうしてもリスク「回避」の姿勢が強く意識付けられますが、本来的にリスクは「管理」するものです。時には、成果達成・学習効果のためにリスクを取りに行く場面も出てくるでしょう。

「成長するプロジェクト計画」では、学習計画された項目に関して、リスクを明示してチーム全体で意識するようにします。特にプロジェクトの中での重要アクションに対して、組織能力の観点や、偶発的観点からリスクが高いと考えられる場合は、対応やフォローを厚くするなどの工夫が必要になります。 このように、あらかじめリスクを察知し万全にすることで、リスクを取りに行くという判断も可能になるのです。

期待値設計

プロジェクト設計における「期待値」とは、成果やアクションにおける必要な達成水準のこと。成果そのものはプロジェクトメンバーで決められないことが多いものですが、その成果をどの期間でどの人員で行うかを考慮する際にも「期待値」の概念が重要になります。

やみくもに期待値を上げすぎて時間もお金もかかる(もしくは達成の確率が低い)のも良くないですし、逆に期待値を下げすぎて、成果が下振れし、企業の競争力を失うことも危険です。

  • リサーチはどの規模のものをどの期間で行い、どの粒度のアウトプットを目指すのが適切か?
  • プロトタイピング(試作検証)で用いる成果物の完成度はいかほどが適切か?
  • 創出するアイデアの実現時間軸はどれくらいが適切か?

などが期待値設計でよく話題に上る項目です。

「成長するプロジェクト計画」の考えでは、その検討材料に「学習計画」の結果も含みます。先進領域に着手する、初めて取り組むプロセスがある、人員の能力が限定的である、そのような条件に配慮し、適切な期待値に設計しなければなりません。

図表:調査(デザインリサーチ)に対するリーダー、サブ、エントリーそれぞれの学習計画に加えてリスク管理、期待値設計を1週間毎に記した表。<br>
1週目。リスク管理:調査実行のスコープが過度に広からないようにコントロールする。調査設計はサブに全て実行させ成長機会をつくる。期待値設計:時間を絞った調査である点、インサイト発見の調査でなく、調査のあたりをつける調査である点を決裁者に明示する。2週目。リスク管理:何もインサイトが出ないことを回避するために、調査報告はリーダーや決裁者に毎日行い、調査方法や分析観点は質をキープする。期待値設計:調査の量(人数)ではなく、検討の深さ、密度の濃さを目指す点を決裁者に明示する。3週目。リスク管理:サブの分析リードの進捗をリーダーに細かく報告する。必要成果に満たないと判断された場合はリーダーが早急に介入し、質を担保する。期待値設計:価値マップの質に対する決裁者の期待値をあげて表現し、サブにストレッチをかける。4週目。リスク管理:作業の物量が多いため、ユーザーテストでの検証項目をリーダーが早期に設計し、検証モック制作の生産性をあげる。期待値設計:モックアップそのものの質に決裁者の注意が向かないよう、議論をファシリテーションする。5週目。リスク管理:チーム外の人間がユーザーテストに参加するが、テストの質が落ちないように、リーダーがコントロールする。期待値設計:事業性検証の精度、妥当性が強く重視されるため、ユーザーテストの設計や方法は決裁者と事前にインプットし合意や共感を得る。6週目。リスク管理:検証結果から、イテレーションを追加する策(期間延長の可能性)を講じておく。期待値設計:事業性の判断軸に迷いが生じると論点が拡散する。そのため、事前に事業成功要因を明示し、的を射た判断ができるようにする。

調査に対する成果、作業負荷、意思決定のバイアスについて、プロジェクト期間について、リスク管理と期待値設計を適切に行っている。本来的には期待値設計はリスク管理の一部分ではあるが、学習設計との相関を意識するために、切り分けて明示する。

コンセントのようなデザインエージェンシーでは、求めれられる成果に合わせて必要人材を選び、プロットする考えが全てではありますが、事業会社ではデザイン人材は限定されるもの。限られた人員で必要な成果を上げ、同時に学習効果を出すためには、期待値を設計し最適なストレッチでプロジェクトを遂行する必要があります。

重要なのは、成果そのものを下げることではありません。設定された成果の達成がチームメンバー能力総和でも難しい場合は、リーダーが深く現場にコミットし能力の底上げをすることが必要ですし、そうでない場合は調整や学習支援にまわるのも良いです。つまりはバランスです。

全体のバランスを見て調整する

最後に、全体の設計ができたところで個々の項目のバランスを見ていきます。

  • 必要な状態に対するアクションは適切に設計されているか?
  • 学習計画に寄りすぎ、リスク回避や期待値設計が過剰になっていないか?
  • 成果達成に寄りすぎ、プロジェクトの達成自体が危ぶまれる危険な設計になっていないか?
  • メンバーの自律的な学習やフォローが生まれる全体設計になっているか?

あたりを考慮して全体を調整していきます。

成長実感を得る

「成長するプロジェクト計画」、最後にその利点を示します。

近年の人材市場においては、一人ひとりが、その環境で成長実感を得られるかという視点が重要視されます。「やっているうちに分かる」というような暗黙知的な育成に頼るわけにはいきません。

イラスト:1人の男性デザイナーが前方を見据えて軽やかに走っている姿を通して、プロジェクトを通して伸びやかに成長していくイメージを伝えている

デザインプロジェクトは、早期に目に見えるカタチにアウトプットされ、成果が見えやすいものもあれば、1年以上先まで成果が見えないような新規開発プロジェクトもあります。

「成長するプロジェクト計画」では、学習成果が見える化され、プロジェクト途上での早期フィードバックが可能になります。それにより、プロジェクト中に何度も成功体験が形成され、改善や育成のループが回り続けます。

振り返りと知見の蓄積

プロジェクト事後の振り返りは、個々の成長の視点では行われないことが多いと思います。「成長するプロジェクト計画」では学習計画が明示されるため、個々の活動の振り返りのツールとして活用でき、学習効果の質が向上します。

企業のデザイン業務の全てはチームとして行うため、明示された学習計画を通しての個々人の振り返りはメンバー共有のものとなります。学習成果が閉じたものとならず、他のメンバーの学びを間接的に自分の学びとして吸収することができます。これが知見の蓄積のスピードを早め、組織全体のデザイン力を向上させる結果へと繋がります。

「成長するプロジェクト計画」は、組織のデザイン能力を上げ、知見の全体への波及と共に、暗黙知ではない知識の継続的な蓄積を可能にするのです。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

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