行政向けサービスデザイン導入プレイブック開発プロジェクト イノベーションのためのサービスデザイン(11)

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    長谷川敦士代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト

※本記事は、一般社団法人 行政情報システム研究所発行の機関誌『行政&情報システム』2021年12月号に掲載の、長谷川敦士による連載企画「イノベーションのためのサービスデザイン」No.11「行政向けサービスデザイン導入プレイブック開発プロジェクト」からの転載です(発行元の一般社団法人 行政情報システム研究所より承諾を得て掲載しています)。

※都合によりvol.10に先行して、vol.11を公開しています。

画像:Service Design for Innovation 11

1. プロジェクト概要と背景

1-1 プロジェクト概要

サービスデザインネットワーク日本支部(以下SDNJ)では、2021年度1月から9月にかけて、タスクフォース活動として行政職員向けのサービスデザイン導入プレイブック(実践ガイダンス)を構築した。本プロジェクトでは、自治体の行政職員の方々が、ゼロからサービスデザインに取り組む状況を想定して、「最初の一歩」をどこから踏み出すかの視点で設計された。また、本プロジェクトはコロナ禍においてではあるが、典型的なサービスデザインのアプローチにのっとって実施されている。今回は、このプレイブック構築の背景から、実際に作られたプレイブックまでを紹介したい。

1-2 サービスデザインネットワーク

本稿でもたびたび登場しているサービスデザインネットワーク(Service Design Network 以下SDN)は、2004年に設立された、国際的なサービスデザインの実践者と研究者による国際組織である。毎年国際会議Service Design Global Conferenceを主催している他、定期媒体であるTouchpointの刊行、国際的なサービスデザインの賞であるService Design Awardの運営などを行っている。SDNは支部(Chapter)制度をもっており、国や地域ごとの支部ごとにそれぞれの地域や状況に合わせた活動が行われている。SDNJは、筆者らを発起人として2013年に設立され、これまで日本カンファレンスやイベントの主催、ドキュメントの翻訳、研究会活動などを実施してきた。

SDNは会員組織であるが、SDNJは関心のある人であれば誰でも参加できるコミュニティとなっており、現在コミュニケーションプラットフォームSlack上でやりとりがなされている。ここ数年のサービスデザインに対する関心の高まりを受けて、SDNJでは、2020年末に、コミュニティメンバーの関心に合わせたタスクフォースを設置し、活動を開始した。

タスクフォースは、Issue Driven(課題駆動型)とCommunity Driven(コミュニティ駆動型)とに大別され、Issue Drivenでは、持続可能性とサービスデザイン、貧困とサービスデザイン、行動変容と組織のデザインといったテーマに分かれている。Community Drivenでは次世代サービスデザイナーの会、最新サービスデザインナレッジ共有といったテーマとなっている。これらは、参加しているコミュニティメンバーから自発的に提案され、組織されている。最終的に合計10のタスクフォースが組織され、2021年より活動を開始した。

1-3 行政と自治体のサービスデザインタスクフォース

「行政と自治体のサービスデザイン」タスクフォースは、そういったなかで現在行政や自治体のサービスデザインを実際に推進しているメンバーの課題意識に基づいて設置された。2021年9月に発足したデジタル庁は、その前身である内閣官房IT総合戦略室時代からサービスデザインアプローチに取り組んでおり、2018年にはサービスデザイン実践ガイドブック(β版)も刊行している。こういった活動に呼応して、地方自治体においても昨今のDX推進の背景も後押しする形でサービスデザインへの関心が高まっている。しかしながら、これまでデザイン経験のない行政職員にとって、サービスデザインアプローチの理解・実践にはどこから始めたらよいか戸惑うところも多く、なかなかサービスデザインアプローチを取り込むところまでは到達していないケースが多く見られている。

そこで、特に自治体職員に向けた「サービスデザイン入門」とはどういったものなのかを検討し、解決策を生み出すことを目標にタスクフォースが結成された。

2. 活動の方針

2-1 当初の洞察と活動仮説

タスクフォース内での当初検討のなかでは、これまでのサービスデザイン導入ガイドは、デザインの非エキスパートであり、専任でもない自治体職員に真にフィットした目線で教示ができていなかったのではないか、という仮説が立てられた。

サービスデザインのコンセプトは抽象的な部分があり、それゆえに可能性があるアプローチであるといえる。しかしながら、サービスデザインを専門としない行政職員のみなさんにとって、どこから始めればよいのか、なにを学べばよいのかが端的にわかりづらくなってしまっていることも否めない。

そこで、タスクフォースでは、通常サービスデザインアプローチで設定する「ペルソナ」をより具体化した、「特定の行政職員個人」を想定ユーザーとして、導入のガイドブックを作成する、という方針が立てられた。

2-2 ペルソナの設定

「ペルソナ」は、「ターゲットユーザー」と勘違いされやすいが、これらは別のものである(ペルソナについての解釈はいくつかあるため、本稿ではアラン・クーパー氏による定義を用いる)。ターゲットユーザーは、そのサービスを利用してもらうユーザー群を指すのに対して、ペルソナはデザインを行う際に意思統一を行うための、いわば「補助線」の役割を担う手法である。このため、ペルソナはチーム内で意識がぶれないような具体的な個人を想定したものとならなければならない。ペルソナの定義においては、調査に基づいたものでなければならないが実在する個人は用いてはならないとされている。それは、特定の個人を想定してしまうとその人の経験や個性によって、個別性が高まりすぎてしまうからである。また、ターゲットユーザー内に複数の属性が考えられる場合、属性ごとにペルソナを設定することが推奨されている。

特定の個人を想定したペルソナを設定した場合、提案されるサービスは、その個人にしか使えないものになってしまうのではないかという質問がよくなされる。その答えはNOとなる。それは、ペルソナを用いて検討されたデザインは、個人を想定することでサービス内に一貫性が生まれ、そういった一貫性をもったサービスは想定したペルソナ以外の人にも使いやすいものになるからである。

今回は「自治体職員」という多様なターゲットユーザーに対して、考えられる属性を洗い出すだけで時間がかかってしまうことが容易に推測された。このため、本プロジェクトでは、実際にインタビューに応じていただける市役所職員の方2名をそのまま想定ユーザーとして、その2名が理解しやすいガイドブックを作ることで、具体的な導入ガイドになることを目指すことにした。

3. 活動のアプローチ

3-1 ダブルダイヤモンド型のアプローチ

プロジェクトの遂行にあたっては、サービスデザインの基本に従いダブルダイヤモンド型の枠組みでプロジェクトを設計した(図1)。まずはインタビューを行い、広く洞察を行い、そこから今回チャレンジする課題を特定させる。そこから解決策のアイデアを発散させて、具体的に解決策へと収束させる。

図1:プロジェクトのアプローチ
プロジェクトのプロセス説明図。1.インタビューの実施、2.インタビューに基づいた洞察を整理、3.解決すべき課題の定義、4.解決策の展開、5.具体的な解決策のプロトタイプ、6.プレイブックのエディトリアルデザインの順番で示されている。

(出典)筆者作成

このダブルダイヤモンドアプローチは、抽象的な枠組みであるが、プロジェクト検討においては汎用的に用いることができる強力なものである。今回は熟練したメンバーが集まっていたこともあり日割りでのプロジェクト計画は行わなかったが、プロジェクトはこのダブルダイヤモンドにのっとって想定した。

3-2 インタビューの実施

プロジェクトの冒頭では、まず実際の市役所職員の方2名へのインタビューを実施した。インタビューはオンラインであったが、実際の日々の業務内容から始まり、DX推進という課題への向き合い方、「サービスデザイン」という言葉の認識とその期待など、幅広く話を伺った。インタビューからの洞察としては、「サービスデザイン」という言葉だけが一人歩きしており、自身の武器としてどう使えるか腹落ちしていないため、「あったらいい」=「なくてもよい」ものになってしまっていることが伺えた。それと同時に、DXを含め変化を起こしたい、という機運は高まっており、そのなかでサービスデザインに可能性がありそうだ、という期待は感じられた。

こういった洞察をふまえ、さまざまな課題を比較検討した上で、本プロジェクトで解決すべき課題として、「いかにサービスデザインで変化を起こせることを実感してもらえるか」ということに焦点を絞ることに方針が定められた。

3-3 アイデアの拡散と収束

設定された方針に基づいて、「変化を起こせることを実感」できる体験をいかに生み出せるか、のアイデアが出された。この「実感」は、サービスデザインの理論や手法を「知る」ことでは得ることが難しい。実際に体験をすることで感覚を獲得することが可能となる。

プロジェクトでは、「納得感(腹落ち感)はどのように形成されるか」という問いに対してのブレインストーミングを実施した。そこから、「インタビューの実施」「シナリオプラニング」「共創活動(対話の場)」「ユーザーテスト(ユーザビリティテスト)」「ステイクホルダーマップの作成」といったタスクを試してみることによって、実施前にはもてなかった新しい視点が得られるという仮説が立てられ、これらを試してみるプレイブック(実践ガイダンス)を作成するというアイデアが生まれた。

このアイデアについて具体的に検討を進めていくと、それぞれのタスクは熟練しているサービスデザイナーにとっては日常的なタスクであるが、初めての人が1人で実施するにはさまざまな困難が想定されることが見えてきた。そのため、タスクはより本質的なものに絞り、それらの遂行をできるだけ簡易にするようにタスク内容や教示を検討することにした。

その結果、最終的には具体的なタスクとして、ユーザーの視点で現在のサービスを実際に使って評価してみるワークと、サービスをストーリーボードで企画してみるワークの2つに絞ったプレイブックを作成することとなった。

3-4 プロトタイプの作成

この方針に基づいて、プロジェクトチームでは二手に分かれて具体的なプレイブック内容の制作に入った。それぞれのタスクに対して、導入と教示部分の執筆と、行ってもらうワークシートの作成とを行った。制作にあたっては、まずは大枠のラフなバージョンを作成し、チーム内でそれらを評価しながら精度を上げていき、一通り仕上がったところで両者を統合し、最終的に教示や文言などの統一を図った。加えて、プレイブックとして読みやすく使いやすいようにフォーマットを整えて完成となった。

4. プロジェクト

4-1 オンライン環境でのプロジェクト

プロジェクトは、2021年1月から9月という、まさにコロナ禍のなかで実施された。そのため、約10名のプロジェクトメンバーは、プロジェクト期間中一度も物理的には会うことなく、最初から最後までフルリモート環境で実施された。

このプロジェクトの運営には、コミュニケーションツールSlack、オンライン会議ツールZoom、そしてビジュアルコラボレーションツールMiroを用いて実施された。

なかでもMiroは、インタビューの記録(1人がインタビューしている間に、他の聞いているメンバーがMiro上に気づきやメモを貼り付ける)、アイデアのブレインストーミング(付箋カードを使ってブレインストーミングする)、定例ミーティングの議事録(To Doなどを記載、作業自体も同じボードに残す)、プレイブックの構成の検討などほぼすべての検討作業をこの上で行った。

プロジェクト自体は、完全なボランティアで行われているため、早朝や夜などのメンバーの業務時間外にミーティングがもたれた。そのため、常に全員が参加することができるわけではなかったが、視覚的に議事録を追うことができ、かつ作業環境も保全されているMiroをコラボレーションツールに使ったことで、欠席してもキャッチアップしやすい環境をつくることができたといえる。

4-2 ビジョン駆動型のプロジェクト

プロジェクトは、課題意識によって集まったメンバーで進められたため、構成メンバーはもともと顔見知りであったわけではない。そういったなか、1名とりまとめを行うプロジェクトマネージャーを設定したが、基本的に上下はないフラットな形で進められた。しかしながら、プロジェクトの課題意識やゴールなどについて当初議論してからスタートしたため、目指すビジョンを共有することができ、プロジェクト内のタスクを各自で自発的に引き受けながら進めることができた。これはプロジェクトメンバーのモチベーションの高さによるところが大きいが、たとえコミュニケーションが不十分なオンライン環境下であっても、ビジョンを共有することでプロジェクトが円滑に進むことのよい実例ともなった。

5. 成果物:プレイブック

5-1 プレイブックの構成

プレイブックは共通のイントロダクションに続いて、2部構成となっている。第1部は市民の目線で行政サービスを実際に体験してみるワーク、第2部は特定の利用者を想定して、図を描きながら「あるべきサービス」を企画するワークとなる。前述の通り、これら2つのワークは初めてサービスデザインに触れる自治体職員の方が、まずチャレンジしてみる最初の体験として設計されている。そのため、導入部分では、知識ではなく体験が重要であること、まず体験してみることで見えるものを伝える、ということに注力している。

5-2 体験分析編:課題の発見

第1部となる体験分析編では、具体的に「粗大ゴミ(ベッドのマットレス)を捨てる状況」を想定し、ゴミ捨ての手順を体験してみるワークを行う。現在、多くの自治体では粗大ゴミを捨てる際にはあらかじめ登録などが必要となる。このワークでは、粗大ゴミ回収手続きの申請などを実際に体験してみて、ユーザー視点で迷うことや課題に感じることなどを抽出することを目的としている。

ツールとしては評価シートなどを用意し、それらを埋めていくことで課題を抽出できるように設計している(図2)。

図2:体験分析のためのワークシート
図:フローシート

(出典)行政職員のためのサービスデザイン実践ガイド【ワークシート】サービスデザインネットワーク日本支部編 ver.1.0β(20210831)

ここでは、「実際にユーザーの気持ちで使ってみて」課題が見出される体験をしてもらうことを主眼に置いている。行政側に立ってサービスを提供していても、実際に自分たちでどのようなサービスを提供しているのか実は使ったことがないというケースは多い。ここでは、あえて自分でサービスを使ってみることで、課題を見出すことを狙っている。

5-3 サービス企画編:課題解決策の検討

第2部となるサービス企画編では、体験分析編で見出された課題を解決するために、ストーリーボード(図3)にシナリオを描きながら解決策を企画するワークを行う。ストーリーボードとは、4コママンガのようにコマにユーザーのシーンを描いていき、サービスを企画する手法のことを指す。一見するとマンガのようであるが、連続したシーンを描いていくためには、それぞれのシーンにおいてストーリーは整合性がとれている必要があり、6コマでサービスを体験するストーリーを描くことで、整合性があり、かつ現実的な企画を構築することができるようになる。

図3:体験企画のためのワークシート
図:ストーリーボード

(出典)行政職員のためのサービスデザイン実践ガイド【ワークシート】サービスデザインネットワーク日本支部編 ver.1.0β(20210831)

5-4 テスト運用

本プレイブックは2021年9月に完成し、現在オープンな形で公開されている(https://bit.ly/sdnjplaybook21)。テスト運用はいくつか始まっているが、まだ具体的な成果までは得られていない。今後、テスト運用とそれに基づくインタビューなどで効果を計っていきたい。

6. まとめ

本稿では、自治体職員のサービスデザイン導入に向けたプレイブックの制作の過程と、その内容について紹介した。

プロジェクトはコロナ禍のなか、オンラインで進められたが、半年でプレイブックを構築することができた。

プロジェクトの振り返りとして、サービスデザインのアプローチをふまえるなかで、特に当初にまずインタビューを敢行したことで、多くの洞察が得られただけでなく、チームとしても同じビジョンをもつことができたことが大きなドライブ力となった。どういった状況であっても、サービスデザインのアプローチを踏襲することの意義を改めて感じさせられた。

また、こういった形で作られたサービスデザイン導入の手引きが、これからの日本におけるサービスデザインの普及に役立つことを期待している。ぜひプレイブックを試してみて、コメントなどをフィードバックいただけると幸いである(フィードバック先:https://www.service-design-network.org/chapters/japan/about)。

最後に、本プロジェクトの遂行においては、プロジェクトメンバーとの協力が重要であった。本プロジェクトはメンバー全体の成果である。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

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