神戸市   生活保護業務のサービスデザイン支援

ユーザー視点で課題を発見し、
デジタル申請サービスをデザイン

神戸市では以前より公共サービスの改善においてさまざまな先進的な取り組みを行ってきました。そのような取り組みの一環として神戸市の生活保護業務において、ユーザーの制度理解や制度への信頼向上、行政職員の業務負担軽減を目指し、サービスデザインプロセスを適用し支援しました。そのために、包括的な視点から取り組むべき課題定義と解決策の策定を行いました。

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[ プロジェクトのポイント ]

  • プロジェクトを「ライブトレーニング」として位置付け、行政職員自身もサービスデザインのプロセスを理解しデザイナーと共創できるようプロジェクトを計画、実施
  • 「解決すべき課題を定義する」というそもそもの段階から「解決策の策定」までを、ユーザーや職員自身に対するリサーチを通して一次情報を得ながら、行政職員と共創的に実施
  • プロジェクトのフェーズごとにデザインアプローチの実践を支援するワークショッププログラムやツールキットを使い、デザインアプローチを実践的に習得しながら具体的に検討
写真1:「発見フェーズ」のワークショップの様子(2019年7月開催)
写真2:「発見フェーズ」のワークショップの様子
写真3:インタビューガイドと結果を整理するためのワークシート
写真4:構想したユーザー体験を検証するためのコンセプトインプレッションシートのページ(1)
写真5:構想したユーザー体験を検証するためのコンセプトインプレッションシートのページ(2)
写真6:構想したユーザー体験を検証するためのコンセプトインプレッションシートのページ(3)

プロジェクトの背景

私たちの生活を支える公共サービスは、テクノロジーの進展や行政サービスに対する期待の高まり、多様性を考慮したサービスを限られた財源でどのように効率的に提供していくのか、といったさまざまな課題に直面しています。

神戸市ではこれらの課題に対し以前より先進的な政策を実施してきました。シリコンバレーのスタートアップとの連携、中小企業に対するデザイン思考教育プログラムの実施、ヘルスケアデータを活用するプラットフォーム構築、行政へのデザイナーの採用などです。

行政サービスは基本的に税金を使って運用されているため、探索的なアプローチであるデザイン思考を実践することに構造的なハードルがあります。しかし、本プロジェクトではコンセントのデザインチームPUBLIC DESIGN LAB.として「ライブトレーニング」というコンセプトを取り入れ、このハードルを乗り越えました。

問題解決までのアプローチ

本プロジェクトでは、長期的に神戸市の行政職員がユーザーの課題を把握し解決策を策定できることを目指しプロジェクトを「ライブトレーニング」と位置付け、計画、実施しました。ライブトレーニングとは、イギリス、コーク州の行政サービス改善などで取り入れられていた、プロジェクトの実施にサービスデザイナーが伴走し、知識移転を行いながら実際の課題解決にあたることを言います。これは課題解決プロジェクトでありつつ、行政職員の能力育成を副次的な目的としてもたせたプロジェクトです。

本プロジェクトは、ダブルダイヤモンドプロセスのフレームワークにのっとり、調査によるユーザー理解と課題定義から始めました。「プロジェクトの背景」でご紹介したように、デザイン会社との共創によって課題定義からスタートできることそのものが貴重な機会でした。

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ダブルダイヤモンドプロセス。2つのダイヤモンド(ひし形)は拡散的思考と収束的思考によって課題定義からはじめて、プロトタイピング(試作と検証)を繰り返し解決策の実現をことの重要性を表す。
画像出典:https://www.designcouncil.org.uk/news-opinion/what-framework-innovation-design-councils-evolved-double-diamond

発見フェーズ

「発見フェーズ」ではワークショップを通し、生活保護サービスとはどのようなものであるのか、利用するユーザーにはどのような方々がいるのかを理解していきました。

とくに注力したポイントは、調査を実施するためのユーザーの特徴理解と実際のユーザーに対するインタビューの実施です。ユーザーの特徴理解では、ユーザーを理解し、サービス改善のための気づき(インサイト)を得るために、年齢や性別といったデモグラフィック情報だけではなく、どのような考え方や価値観をもっているのかといったサイコグラフィック情報でのセグメンテーションと調査対象者の選定が重要になります。
コンセントは、これまでのプロジェクトで開発した「こんな人いるなぁ」ワークを実施し、サイコグラフィック属性によるセグメンテーションの実施を支援しました。このワークは、実際にユーザーと触れ合っており豊富な一次情報を持っている行政職員との共同ワークです。テンプレートを使い、できる限り多くユーザーの特徴を端的に書き出します。それらのカードに対して質的な分析を行うことにより、短い時間で専門知識がなくても質的なセグメンテーションをクイックに実施することができます。

このようにして策定したセグメンテーションからプロジェクトの目的を踏まえて、解決可能な課題はどこにあるのか、どのような人に話を聞くべきなのかなどを行政職員とディスカッションをしインタビュー対象者を絞り込んでいきました。

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左/ワーク実施風景。100近いカードをもとに、ユーザーをより理解するためにどのような観点が重要かをディスカッション。
右/生活保護サービスの流れと利用上の課題について整理。

そして、実際のユーザーに対するインタビューの実施では、行政、ユーザーの協力を得て、実際の生活保護受給者に対しご自宅へ訪問してのデプスインタビューを行いました。制度利用に関する課題把握はもちろん、制度利用の前後における行動文脈の把握やふだんの暮らしの中で抱えている課題などについても情報を収集しました。得られた結果は、カスタマージャーニーマップなどで整理、分析を行い、制度の改善を行っていくためのヒントとなるような課題やチャンスを洗い出しました。

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左/「こんな人いるなぁワーク」のカード。
右/インタビューガイドと結果を整理するためのワークシート。

当初は生活保護業務の改善には制度についてしっかりと知ってもらうことが重要ではないか、という仮説を立てていました。調査結果からは、それ以外にもユーザー視点から課題を幅広く発見することができました。以下に得られた発見をご紹介します。

  1. 1.相談前段階での情報提供
    初回の保護申請相談前には、生活保護を受給するまでの手順や条件に関する情報が不足しているため、先行きが不透明で利用者の不安が大きい。来所前に手続きの流れや受け入れ条件のイメージがつきやすくするためのコミュニケーションが必要である。
  2. 2.心理面での安心感の担保
    コミュニケーション面で自信がもてないため、なにか疑問点があった場合に、ケースワーカー(※)に相談したくても躊躇するケースが見られた。また、生活保護を受けていること自体を周囲に知られることに強い抵抗感があるケースも見られ、安心感を担保するための心理面でのサポートが必要である。
    ※ここでのケースワーカーは、生活保護利用者の自立を促すことを目的にユーザーを支援する行政職員のこと
  3. 3.利用可能な制度・サービスの横断的な周知
    生活保護以外の支援制度・サービスを利用できるケースも多いが、利用者視点で、利用可能なサービスを横断的に探すことができない。ケースワーカーが相談の一次窓口になるケースも多いが、管轄外のサービスや制度についてはうまく説明しきれていないのが現状。行政、もしくはその他組織が連携し、利用者視点で横断的にナビゲートすることが求められる。
  4. 4.利用者の状況やタイミングに合わせた制度の周知
    現状、権利や義務、手続きに関する情報提供は、受給開始時に一律的にしか行われておらず、利用者は情報を把握しきれていない。利用者によって理解力にも差があるため、利用者の状況や理解力に合わせて適切なタイミングで情報を伝える最適化が必要である。

定義フェーズ

基本的に行政サービスは市民全員のものです。理想的にはあらゆるユーザーに対して要求を満たすサービスをつくれればよいのですが、現実的にはサービスを提供できる量には限界があります。そのため、ユーザーの心理的・身体的多様性の理解、期待されるユーザーにとっての価値、行政職員にとっての価値、実現可能性などさまざまな要素を考えながら、取り組むべき課題に優先度をつけていく必要があります。

このプロジェクトでは、ユーザーに対するインタビュー調査から発見した課題やチャンスをもとに、行政職員とともにワークショップ形式でディスカッションを行い、ユーザーにとって最も解決すべきで、行政職員の業務コストの削減にもつながるような課題は何なのかを「How might we」形式で問いとして定義しました。How might weとはサービスデザインプロジェクトで頻繁に利用する手法です。解決すべき課題を「我々はどのようにしたら〇〇ができるだろうか」という構文で定義し、課題をステークホルダーで共有し、もしかしたら解決が可能かもしれない、というニュアンスをもたせて文章化することによってチャレンジを促進します。

最終的に私たちは「どうすれば、生活保護のユーザーに、制度についてわかりやすく説明できるか?」という問いを立てました。一読すると特別な問いではないように見えますが、背景として手続きに関して不備があった場合、その対応を各ケースワーカーが個別に対応している現状があり、ユーザー側の個別の状況の違いに合わせて、情報を伝えるタイミングや情報量を個別最適化することが必要なのではないか、という議論があります。つまり、制度という体系だった情報をまるごと理解してもらうのではなく、ユーザー視点でのわかりやすさを改めて追求しようという問いです。

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調査から発見したさまざまな課題をもとに多数の問いを立て、最も注力すべきものを決定した。

展開フェーズ

課題を定義した上で、その解決に向けた具体的なアイデアをブレインストーミングで多数検討しました。幅広く検討したアイデアを精査し、生活保護サービスの体験の価値を高めつつ、行政サービスの運営コストを下げられるようなユーザー体験とそれを実現するソリューションの検討を行いました。

本プロジェクトでは、生活保護業務において毎月申請が必要な収入申告というタスクに着目し、それをスマートフォンアプリとして再構成しました。具体的にはアイデア発想のワークショップで出た「タスクを管理するカレンダー」というアイデアをもとに、手続きや予定のリマインドから入力のナビゲーション、および申請までをシームレスにつなげるようなコンセプトに拡張し、「必要な手続きを確実に実行できる」サービスを構想しました。このサービスでは、申請を行うための郵送や役所に出向くというプロセスを簡略化したり、リマインドやステップバイステップでわかりやすく入力ができる機能を提供することなどにより、申請漏れや申請間違いを減らし、ユーザーの体験価値向上とともに行政職員のサービス提供コストを下げることを目指しました。

構想したユーザー体験は、コンセプトを検証するためのコンセプトインプレッションシートと、紙芝居的に操作できるアプリのモックアップとして具体化しました。これらはプロトタイプ(試作品)として、実際にユーザーが利用して価値があるかを検証するために、ユーザーや行政職員の協力を得て、ユーザーテストを実施しました。

画像:構想したユーザー体験を検証するためのコンセプトインプレッションシート

クリエイティブのポイント

このプロジェクトでのクリエイティブのポイントは2つあります。
まず1つ目は、リサーチに基づき新しい視点で課題を定義した点です。
サービスデザインのプロジェクトではユーザーを理解し課題を定義していくプロセスが重視されます。
このようなプロセスでは、ユーザーから得られた一次情報を定性的に分析し、顕在 / 潜在ニーズを捉えたり、サービスの利用前や利用後も含めた体験全体を俯瞰してサービス利用のボトルネックを特定する、といった抽象化思考というクリエイティビティが求められます。神戸市のケアワーカーは、日々ユーザーに寄り添いユーザーひとり一人を深く理解していますが、だからこそ俯瞰的な視点での課題抽出が難しいという状況がありました。サービスデザイナーとの共創的なアプローチによりこれまでとは違う視点で課題に光を当てることができました。

当初、制度の適正な利用のために、特にユーザーの権利や利用における義務といった制度の周知を行うことが有効であるというテーマを立てていました。しかし、実際のユーザーの状況や考え方を理解することにより、制度をしっかりと理解してもらうのではなく、どうすれば必要な情報を個々人の状況に応じて個別最適に必要なときに、わかりやすく提供できるかというデザインチャレンジとして再定義しました。本プロジェクトにおけるユーザーリサーチの一次情報はプライバシーの問題もあり開示することは難しいですが、生活保護業務を考えていく上で、ライフヒストリーとも呼べるような個々人のこれまでの経緯を理解することが重要だという気づきを与えてくれました。また一緒に取り組みを推進いただいた行政職員の方からは「生活保護業務における画期的な取り組み」というコメントをいただくことができました。

2つ目は、プロセスの全体を通じて具体的なアウトプットを創出することによりプロジェクト推進を支援したことです。
プロジェクトをライブトレーニングとして実施するために、プロセスやメソッドを理解するためのワークショッププログラムや「こんな人いるなぁワーク」などのツールキットのデザインを行いました。

またリサーチの実施を支援するために、「インタビューガイド」を作成し、インタビュー結果をデザイナーと行政職員でともに素早く整理するためのワークシートなどもデザインしました。そして、もちろん解決策のアイデアを具体化したコンセプトインプレッションシートやアプリのモックアップといったUXデザイン、エディトリアルデザインのノウハウを活かしたアウトプットの創出も行いました。

本プロジェクトでは、ダブルダイヤモンドプロセスの展開フェーズまでを実施しました。開発フェーズにおいては、セキュリティの問題や、具体的な開発をどのように行っていくか、その他の政策との連携など複合的な観点での検討が続けられています。

[ プロジェクト概要 ]

クライアント名 神戸市 様

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