特許庁 I-OPENプロジェクト イノベーションのためのサービスデザイン(16)

  • サービスデザイン
  • コミュニケーションデザイン
  • 画像:長谷川敦士

    長谷川敦士代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト

本記事は、一般社団法人 行政情報システム研究所発行の機関誌『行政&情報システム』2023年6月号に掲載の、長谷川敦士による連載企画「イノベーションのためのサービスデザイン」No.16「特許庁 I-OPENプロジェクト」からの転載です(発行元の一般社団法人 行政情報システム研究所より承諾を得て掲載しています)。

画像:Service Design for Innovation 16

本連載の記念すべき第1回で取り上げた「デザイン経営」宣言を発表した特許庁は、実際に庁内でデザイン経営の実践活動を展開し、そこで生まれた事業が「I-OPEN プロジェクト※1」として現在進行している。今回、このI-OPENプロジェクトを取り上げ、その成功している要因を紹介する。

※1 https://www.i-open.go.jp/

1. 「デザイン経営」宣言からI-OPENプロジェクトへ

I-OPENプロジェクトとは、様々な社会課題の解決に取り組むスタートアップ、非営利法人や個人事業主を「I-OPENER」と定義し、このI-OPENERと知財やビジネスに精通した専門家の「サポーター」とが一つのチームになって、共に考え、行動し、知的財産を活用しながら社会課題を解決できるようにする伴走支援プログラムである。

内容としては、I-OPENERのアイデアに対して、専門家がメンタリングし、それぞれが取り組む社会課題に対する想いや強みを再確認する過程を経て、知財戦略、ブランディング、成長戦略などを検討する。I-OPENプロジェクトは特許庁の事業として実施されているが、直接的に特許出願数を増やすことを目標とするのではなく、その手前の2021年に制定した特許庁のミッションである「知」が尊重され、一人ひとりが創造力を発揮したくなる社会を実現する」ことを目的に、「創造力を発揮しようとしている人をサポートし、社会課題を解決する」ことを目標としているプロジェクトであると言える。

この事業は、前述の通り、特許庁・経済産業省が2018年に公表した「デザイン経営」宣言と同じ頃に始まった、「デザイン経営プロジェクト」がきっかけとなっている。

特許庁では、「デザイン経営」宣言の検討の時期に、庁内でデザイン経営プロジェクトがスタートした。そこでは、若手職員を中心として、カスタマージャーニーマップを活用した現状の課題分析と新しいサービス改善・事業創出の検討が行われた。この段階ではまだ可能性の模索であったが、この取り組みによって特許庁内でのデザインの活動(サービスデザインアプローチ)の有効性が認識され、これが「デザイン経営」宣言の公表、そしてデザイン統括責任者(Chief Design Officer: CDO)の設置につながっていく。

その後、特許庁内では正式にデザイン経営プロジェクトが発足し、部門を超えて60名近くの職員がメンバーとして加わり、プロジェクトが遂行された。ここではテーマを分けて6つのチームが発足し、それぞれ課題とユーザーを設定し、探索を行った。

さらに、ここで見いだされた課題をもとに、2019年度には、2025年に開催される大阪万博をターゲットにした複数年度にわたる取り組みがスタートした。この取り組みの中で見いだされた可能性を具体化したものがこのI-OPENプロジェクトとなる。

表1にI-OPENプロジェクトの流れを示す。

表1 I-OPEN プロジェクトまでの経緯

表:2018年3月から8月までの準備期間ではまで若手職員が CJM 作成、「デザイン経営」宣言報告書公表、CDO を設置。2018年8月から2019年3月までの初期推進組織期間では6 つのテーマでデザイン経営プロジェクトチーム発足。2019年7月からの万博プロジェクトチーム活動期間では万博チーム発足、未来洞察・質的調査を実施特許庁 MVV(Mission/Vision/Value)を策定。2021年4月からI-OPEN 事業開始。

(出典)著者作成

通常、こういった取り組みは単年度のプロジェクトになりがちであるが、万博をターゲットにした取り組みとして設定することで複数年度の取り組みとなったことはこのプロジェクトが継続的に実践できた大きな要因としてあげられる。このことは後述する。

I-OPENプロジェクトは、2021年度から正式に事業としてスタートし、本原稿執筆時の2023年3月末段階では2022年度である二期目が終了している。2021年度はI-OPENERは10者採択され、合計20名のサポーター(知財専門家11名、ソーシャルイノベーション専門家9名)が伴走支援を行った。2022年度は同じくI-OPENER11者が採択され、23名のサポーターが支援を行った。

支援を受けた事業はどれもその後継続的な発展を見せており、このプロジェクトの意義の高さが感じられる。本事業の成果は「I-OPENフォーラム※2」として一般に公開されている。

※2 I-OPENフォーラム2022https://www.i-open.go.jp/forum/

2. I-OPENプロジェクトの推進要因

I-OPENプロジェクトは、特許庁という行政組織において、デザイン(サービスデザイン)のアプローチから生み出された事業が継続して展開されている事例として理解することができる。I-OPENプロジェクトの成功はこのプロジェクトから生み出された事業が社会的に成功することをもって測るべきであるが、事業開始から2年が経過し、プロジェクトに参加したI-OPENERからだけでなく、サポーターとして加わった知財の専門家、ソーシャルイノベーションの専門家からもプロジェクト参加の意義が述べられている。このことから、この段階ではこのプロジェクトはいったん事業として成功していると言えそうである。

本章では筆者らが行ったI-OPENプロジェクトの調査研究をもとに、本事業の成功要因について整理する。筆者らは、I-OPEN推進の要因を探るため、I-OPEN実践の経緯を追うと共に、特許庁内の関係者及び準備段階から加わったソーシャルイノベーション専門のエージェンシーなどへのインタビューを行い、その要因の分析を行った。

その結果、以下の4つの観点から特徴的な傾向が見いだされた。

(1)プレイヤーの要因
主体的な参加と、ネットワーク型のつながり

(2)マネジメントスタイル
プレイヤーの活動を支えるマネジメントスタイル

(3)複数年度のプロジェクト設計
単年度で終わらないオープンなプロジェクト

(4)メンバーが持つデザイン教育
プロジェクトのキーパーソンが持つデザインの知見と能力

以下順にこの内容を説明する。

(1)プレイヤーの要因

まずあげられるのは、メンバーの主体的な参加である。
前述の通り、I-OPENのきっかけとなる「デザイン経営プロジェクト」の段階から60名ものメンバーが、通常業務とは別にプロジェクトに参加している。メンバーはいつでもプロジェクトを抜けることができるという状況で参画しているが、それぞれ自己実現などの異なったモチベーションを持って参加を行っている。

これらのメンバーのモチベーションは、「組織として定められたことを遂行する」のではなく、「課題を見つけて実践する」態度としてプロジェクトの中で現れており、このことは次のマネジメントスタイルにもつながる一つの大きな特徴となる。

また、プロジェクトメンバーの外部とのネットワークも大きな要因としてあげられる。主要メンバーの持つデザインエージェンシーなどとのネットワークにより、プロジェクトへのサポートに適切なタイミングで取り込むことができている。

このことは、デンマーク政府のイノベーション研究所 MindLabを経て2014年よりDanish Design Centre CEOであるクリスチャン・ベイソンが『Leading Public Design: Discovering Human-Centred Governance』の中で新しい公共ガバナンスにおいて「リスクを共有し、リソースを活用することができる官民パートナーシップの戦略的編成も重要なテーマ」と述べていることと呼応する。

(2)マネジメントスタイル

本プロジェクトを支えた要因としてはマネジメントのあり方も大きな影響を持つ。本プロジェクトは、特許庁内でプロジェクトとしてマネジメント担当がついていたが、このチーム長のマネジメントはプレイヤーの意思や行動を尊重しつつ、庁内での理解を得るべく取り組みや成果を可視化する、という方針で行われた。幾度かマネージャーは交代しているが、このマネジメントスタイルが継続されたことで、チームメンバーは自由に動けることになり、活動に拍車がかかった。

(3)複数年度のプロジェクト設計

本プロジェクトは、単年度ではなく複数年度の取り組みが最初から見込まれていた。また、当初から短期的な目標を明確に定めない「オープンなプロジェクト」であった。

このことは、プロジェクトの自由度とまた毎年の積み重ねによる継続的な発展の両方に寄与している。こういった支援プログラムにおいて、大きな価値設定はもちろん当初からしっかりなされるべきであるが、そこで生まれる新しい価値は原理的にプロジェクト実施前には想定することができない。実際に実施することによって見えてくる側面がある。

実際、事業実施2年を経て、特にサポーターとして加わった知財の専門家から、これまでの知財専門家とは異なる価値を出す新しい振る舞いが特徴として見いだされている。筆者らの研究グループは2023年度にこの点をパターンランゲージとして抽出する研究を行う予定であるが、こういった発見などはプロジェクトを推進しながら見えてきたことであり、複数年度を見越したプロジェクトの成果と言えよう。

行政組織においては複数年度の取り組みは予算の観点からも難しいところがあるが、俯瞰した観点での事業設計を行うことで複数年度にわたるオープンなプロジェクトであることが望まれる。

(4)メンバーが持つデザイン教育

本プロジェクトにおいては、専門的なデザイン教育を受けた職員がプロジェクトにキーパーソンとして参加していたことが特徴としてあげられる。国内外のデザイン修士課程レベルを修了した職員複数人がプロジェクトに参加しており、外部のパートナーと内部の橋渡しとして、またプロジェクト設計などの内部でしかできない主要な方針策定として重要な役割を果たしている。

また、プロジェクトの初期段階においても、パートナー組織と、いわゆる受発注関係のやりとりではなく、共に課題に取り組む共創的な組み方が実践されている。こういったスタイルの実現は、内部のメンバーのリーダーシップの発揮によるところが大きいと考えられる。このことは、デザイン経営の推進には、「中の人」としてのデザイン教育経験者が必要であることを示唆している。現在、国内でも筆者が主任教授を務めている武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科クリエイティブリーダーシップコースをはじめとして、履修証明プログラムも含め、複数の社会人を受け入れる修士レベルのサービスデザイン/ビジネスデザインを学ぶコースが立ち上がっている。行政職員もこういった専門教育を受けることによって組織へのサービスデザイン導入を加速することができると考えられる。

3. I-OPENプロジェクトのチーム体制

以下にI-OPENプロジェクトを推進した体制を示す。前述の通り、I-OPENプロジェクトは、その発足までの準備段階と、実際に事業としてスタートした遂行段階とにフェーズが分けられる。

準備段階においては、特許庁内において、マネジメント、庁内のデザイン専門家、一般の職員というメンバーに、外部のデザイン専門家(デザインエージェンシー)が支援を行うという形で事業が進められた(図1)。

図1 準備期間での体制

図1

(出典)著者作成

これも前述の通り、この体制においては、外部の専門家は設定された要件を遂行するという形ではなく、プロジェクトメンバーと共創を行うという関係性を構築できていることが特徴となる。

2021年度からI-OPENプロジェクトが事業としてスタートすると特許庁の体制に事務局として外部エージェンシーが加わり、そこにI-OPENER、サポーター(知財専門家、ソーシャルイノベーション専門家)が入り、またこの取り組みを監修する有識者委員会が設置されている(図2)。事業実行段階においても、この共創の関係は引き続き維持されている。特許庁のチーム、事務局、I-OPENER、サポーターは、コミュニティプラットフォームのSlackを用いてコミュニティを形成している。

図2 I-OPENプロジェクトでの体制

図2

(出典)著者作成

4. まとめ

特許庁が推進しているI-OPENプロジェクトを紹介しながらその設立の経緯と行政組織において必要となる要因を紹介してきた。

今回紹介した4つの要因は、これからのサービスデザイン実践においてどれも欠かせないと言えよう。行政組織において、これらはそれぞれ実現には課題があるだろう。しかしながら、デザインアプローチによって、生み出されたプロジェクトがこういった形で事業化され、成果をあげているという実績は大きな励みとなるだろう。本事例のような実践が日本でも増えていくことを期待したい。

参考文献

  • Christian Bason, Leading Public Design: Discovering Human-Centred Governance, The Policy Press, 2017

2024年2月2日追記:『行政&情報システム』での長谷川による連載「イノベーションのためのサービスデザイン」について、発行元の一般社団法人 行政情報システム研究所より許可をいただき「ひらくデザイン」に転載しておりましたが、本誌の発行形態の変更に伴い、このNo.16をもちまして転載を終了いたします。
No.17以降は、行政情報システム研究所サイト内「行政&情報システム(AIS)Online」ページにてお読みいただけます。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

ページの先頭に戻る