デザインポートフォリオという観点

イノベーションのためのサービスデザイン [1]

  • 長谷川 敦士代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト

※本記事は、一般社団法人 行政情報システム研究所発行の機関誌『行政&情報システム』2018年8月号に掲載の、長谷川敦士による連載企画「イノベーションのためのサービスデザイン」No.1「デザインポートフォリオという観点」からの転載です。

画像:Service Design for Innovation 1

1. サービスデザインの時代

行政をとりまく社会環境の複雑化や、めざましい ICTの進展などを背景に、多様化・個別化された課題やニーズに対応していくための利用者中心の行政サービス改革が求められている。この課題に対して、実践のためのアプローチとして「サービスデザイン」に対しての期待が高まっている。

平成29年5月に日本国政府のIT戦略本部で決定された「デジタル・ガバメント推進方針」でも、「サービスデザイン思考に基づく業務改革(BPR)の推進」が方針の一つとして挙げられ、平成30年1月に発表された「デジタル・ガバメント実行計画」では、利用者中心の行政サービス改革を推進するための方針として「サービス設計12箇条」が策定された。また、同計画に基づき、サービスデザイン思考の意義、手法、事例などのガイドが公開されるなど、日本において政府・行政機関へのサービスデザインの本格的な導入が進められようとしており、また関心も高まっている(文献1)。

しかしながら、このサービスデザインとは具体的にいったいどういったものなのであろうか。また、 サービスデザインとサービスデザイン思考とはなにが異なっているのだろうか。そして、このサービスデザインは、行政サービスにどうやって活かしていくべきなのであろうか。サービスデザインという言葉をよく聞くようになると共にこういった疑問も多く聞かれている。

本連載では、行政サービスに限らず新しい事業開発手法として注目を集めているサービスデザインという概念をいろいろな視点から論じながら、はたしてそれがどういったものなのかを探っていきたい。

連載第1回となる今回は、先日経済産業省と特許庁から発表された「デザイン経営」宣言を取り上げながら、デザインを取り巻く考え方の全体像を探ってみる。

2. 「デザイン経営」宣言

2018年5月、経済産業省と特許庁は、デザインによるわが国企業の競争力強化に向けた課題の整理とその対応策を「『デザイン経営』宣言」として報告書にとりまとめ、公開した。本報告書は、「産業競争力とデザインを考える研究会」の検討結果としてリリースされたものであり、その活動内容および報告書全文は以下のサイトから参照することができる。

「産業競争力とデザインを考える研究会」の報告書を取りまとめました|経済産業省
http://www.meti.go.jp/press/2018/05/20180523002/20180523002.html(2018年5月23日)

本報告書は、日本国内での多種多様なデザインの専門家と実務家が集い、日本におけるデザインの現在地とこれからを議論した成果であり、デザインの業界向けではなく一般の企業経営者に向けて、どのようにデザインを経営に取り込んでいくべきかについての考え方と指針を示したものだ。

本報告書においては、まず「デザイン経営」の効果として以下のような定義がなされている。

「デザイン経営」の効果 =
ブランド力向上 + イノベーション力向上 = 企業競争力の向上

サービスデザインとイノベーションについて考えていく本連載の1回目として、まずはこの枠組みをお借りして個々で扱われているデザイン、そしてサービスデザインとは何なのかを考えてみよう。
上記の定義は、図1のようなベン図で示されている。

図1:「デザイン経営」の効果

画像:ブランド構築に資するデザイン(Design for Brand)とイノベーションに資するデザイン(Design for Innovation)のベン図。

出典:経済産業省・特許庁『「デザイン経営」宣言』より

ここでは、ブランド構築に資するデザインとイノベーションに資するデザインという言葉が用いられている。まずはこれらを整理しよう※1。これらの2つのデザインは、それぞれブレイクダウンすると以下のような分野となる。

※1:このレポート公開に際して、2018年6月13日には「『デザイン経営』宣言カンファレンス」が開催され、本研究会での議論の経緯などが解説された。本稿での「デザイン経営」の解釈は一部この解説によっている。

ブランド構築に資するデザイン:
プロダクトデザイン、グラフィックデザイン、コミュニケーションデザイン

イノベーションに資するデザイン:
デザイン思考、ヒューマンセンタードデザインアプローチに基づく事業開発

端的に言うとブランド構築に資するデザインとは、ものやサービス自体をいかにデザインするか、そしてそれらをどのように知らしめていくかという部分でのデザインとなる。これには、いわゆる形のデザインだけではなく、デジタルプロダクトやサービスのユーザーインターフェイス(UI)デザインも含まれるだろう。これらは企業活動のうちで顧客が見たり触れたりすることで実際に価値を感じる接点であると言え、その体験を積み重ねることで独自性を感じていくことが、ブランド構築となるのである。

これに対して、イノベーションに資するデザインとは何であろう。これはブランド構築に比べると直接的なものや形のデザインでないぶん、わかりにくいが、「形そのものではなく、デザインの知見を活用して、新しい事業やサービス、課題解決を見出していくアプローチ」のことを指す。もちろん、最終的にプロダクトやサービスとして世に出ていけばそれはなんらかの形で人が触れるものになるが、触れられるものだけではなく、それが考え出される過程そのものについてもデザインと呼んでいることになる。この分野は、2000年以降ビジネス全般で普及が進んでいるデザイン思考や、そのデザイン思考の前提となっているヒューマンセンタードデザイン(Human Centered Design: HCD)などが代表的なものとなる。

このデザイン思考やHCDについては、本連載においてより深掘りをしていくが、これらは「イノベーションに資する」と銘打たれているだけあり、イノベーションのためには欠かせないアプローチであると考えられている。

日本語では長く技術革新と訳されてきたために技術的な発明と受け取られがちな「イノベーション(innovation)」という言葉であるが、単なる発明であれば「インベンション(invention)」であり、イノベーションとは呼ぶことはできない。イノベーションはもともと「新結合」と呼ばれる、広い意味をもつ言葉であるが、こんにちでは人々の行動や価値観に変化をもたらすこと自体を指している。

その背景としては、社会の変化により技術的な発明だけでは人々に変化を与えることは難しくなってきたことがある。そして、人々の価値観に影響を与えるには、人々にとっての新しい「意味」が必要であり、その「意味」とは人々の置かれている状況や文脈を踏まえなければつくり出すことができない。この新しい「意味」をつくり出すために求められているのがデザインのアプローチなのだ。

3. 「デザイン経営」とは、デザインポートフォリオの組み方

このブランド構築とイノベーションのための2つのデザインは、共通する部分もあるが、異なる部分もある。しかしながら、これからのビジネスにおいてはどちらも必要であることは間違いがない。この2つのデザインをどのように組み合わせるのか、あるいは統合させるのかといった判断が「デザイン経営」となる。

すなわち、デザイン経営とはこの2つのどちらに重きをおくのか、その比率を決めるポートフォリオの組み方と言える。業種や規模などの種別によって、どちらに比重を置くかは経営者の判断となる。しかしながら、こんにち、BtoBでもBtoCでも、はたまた民間企業でも公共部門でもこの2つのデザインを意識しなければ事業を行うことは難しい。

プロダクトをつくっている企業であればそのプロダクトがどのように見えるのか、体験されるのかが肝となるであろう。同様にサービスを提供している企業ではそのサービスの品質が勝負のしどころとなる。これらは「ブランド構築に資するデザイン」と言える。しかしながら、いかにそのプロダクト、サービスに行き着くかという道をつくれなければ組織は生き残ることができない。一度成功したものがあったとしても、そこから発展させるだけではいつか限界を迎えてしまう。

プロダクト、サービスどちらであっても、既存のものからの改善においては、技術的な発展と、ユーザーニーズを反映させた発展とが考えられる。これらは、マーケットにおいて改善として捉えられ、一定の評価は得られるため、一般に多くの企業や組織においてはこの改善が主流となっている。しかしながら、社会的背景が大きく変化しているとき、こういった改善的な変化は目先の最適解、すなわち局所最適解に陥ってしまうことが多い。こうしたときにまったくかけ離れた視点からイノベーティブな社会への提案がなされると、一気にこれまでの製品やサービスは陳腐化してしまう。

イノベーションの例としては、AppleのiPodやiPhone、そしてアクションカメラのGoProなどがわかりやすいだろう。これらの製品は、それぞれ技術的にそこまで革新的なわけではない。しかしながら、それぞれポータブル音楽プレイヤー、スマートフォン、そしてアクションカメラという新しい「意味」を社会に提示し、そしてそれによって新しいマーケットをつくりだした。同様に、Uber、Airbnbはサービスにおいて同じことを起こしたと言える。共に宿泊、運送という古くからあるサービスにおいて、それまでは企業から個人へという形でのビジネスであったものを、個人対個人のマッチングの形とすることで新しい形態のビジネスとして生まれ変わらせたのである。

これらのイノベーティブなプロダクト・サービスは、どれも従来からの改善のアプローチからでは生み出すことができない。そこには、新しい着眼点からマーケットをつくり出すためのアプローチが存在している。「デザイン思考」はその一つであり、それゆえに今デザインの業界ではなく、ビジネスの観点から注目を集めているのである(図2)。もちろん、このイノベーションの起こし方には、絶対的な方法などは存在していない。それゆえに、「デザイン」なのである。この不確定性に対してのデザインアプローチの有効性についてはまた回をあらためて解説しよう。

図2:イノベーションと既存製品の改善

画像:既存のプロダクト・サービスはユーザーニーズと技術、それぞれに基づく2つの改善が成せる。改善にあたってデザイン思考が、イノベーションへと導く鍵を握る。

また、この新しい意味を生み出すイノベーションは民間企業だけに限ったものではない。本誌において過去に紹介した、米ニューヨーク市のイノベーションプロジェクト(『行政&情報システム』2017年4月号「海外における公共サービスへのデザイン活用」)は、低所得者向け税還付プログラムの利用を促進させることを実現した官民連携によるプロジェクトであった。

いずれにせよ、これからの企業・組織において、このイノベーションを導くデザインをいかに取り込むかは重要な課題であり、そのことをこの「デザイン経営」宣言は示しているのである。

4. サービスデザインのアプローチ

さて、前述の2つのデザイン分野を示すベン図では、2つの円が重なっている部分がある。実は、本連載のテーマとなるサービスデザインは、ブランド構築とイノベーションの双方に関与するアプローチであり、このベン図の重なりの部分であると言えるものである。

具体的には、イノベーション側のアプローチを用いてサービスを起案・企画しながら、ブランディング側のアプローチによって、接点(タッチポイント)のインタラクション(相互作用)をつくっていく、ということを行うのがサービスデザインとなる。「サービス」と銘打たれているが、こんにちプロダクトが単体のプロダクトとして成立することは少なく、コミュニケーションを含めてなんらかのサービスとして提供されることが多い。このため、サービスデザインとは、事業一般についての考え方であると言えるのである。

次回以降で詳しく取り扱うが、サービスデザインの手法は数多く提示されているが、サービスデザインを考える際の土台となる「サービスデザイン思考」は、以下の5原則が提唱されている(文献2)。

サービスデザイン思考の5原則

  1. 1.ユーザー視点である(user-centered)
  2. 2.共創的であること(co-creative)
  3. 3.インタラクションの連続性(sequencing)
  4. 4.物的証拠(evidencing)
  5. 5.ホリスティックな視点(holistic)

ここで述べられている5つの原則には、ユーザー中心設計/ヒューマンセンタードデザイン(user-centered design/human-centered design)、システム思考(systems thinking)、サービスドミナントロジック(service-dominant logic)、ユーザーエクスペリエンスデザイン(user experience design: UX design)といった領域が含まれている。そこには、時代背景そしてイノベーションのための新しいアプローチが含まれている。

今回は「デザイン経営」宣言の内容を紹介しながら、今日のデザインの広がりを概観した。これからの連載にて、前述の新しいアプローチなどを紹介しながら、サービスデザインを有機的に組み上げて、イノベーションを生み出すためのサービスデザインを探っていこうと思う。

参考文献

  • 1行政情報システム研究所編, 行政におけるサービスデザイン推進に関する調査研究, 行政情報システム研究所(2018)
  • 2マーク・スティックドーン, ヤコブ・シュナイダー, THIS IS SERVICE DESIGN THINKING. Basics -Tools-Cases 領域横断的アプローチによるビジネスモデルの設計, ビー・エヌ・エヌ新社(2013)

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
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