エレベーターをインクルーシブなものに コンセントのプロトタイピング

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    辻 勝利アクセシビリティエンジニア

写真:PCを持った女性の後ろ姿。下へ行くエレベーターを呼び、扉が開くのを待っている。

私が働いているコンセント本社のオフィスは、6階建てのビルの3階にあります。エントランスからオフィスのある3階に移動するときにはエレベーターを使いますが、実はこのエレベーターが全盲の視覚障害者である私にとっての入社当時の最初の難関でした。これまで働いてきた多くのビルには、当たり前のように音声で停車した階を教えてくれるエレベーターが導入されており、私自身もそれをごく当たり前のように利用してきたからです。

今回は、そんなコンセントオフィスのビルのエレベーターが、私にとっても便利な音声案内のあるエレベーターに改良されるまでの話を書いてみたいと思います。

音声案内がないとなぜ困るのか

コンセント本社のビルには2基のエレベーターが設置されています。エレベーターが到着するとチャイムが鳴ってドアが開きますが、そのエレベーターが上にあがるものなのか、下にさがるものなのかをチャイムの音だけでは判断することができません。 そのため、オフィスのあるビルに到着しても、自分のデスクに行くまでは気を抜くことができないのです。

入社当時、このエレベーターを使いこなすのはかなり難しいだろうなと思って正直ドキドキしていたのですが、実はそれほど時間を掛けることなくある程度自分でコツをつかめるようになりました。

まず、1階にいるときにドアが開くエレベーターは、大抵上にしか行かないということがわかりました。もし間違って下向きのエレベーターに乗ってしまったとしても、地下1階から戻ってくるのにはそれほど時間はかかりません。

エレベーターに乗って3階で降りるのも、乗り込んだエレベーターが動いている時間から、なんとなく3階についたんだなと判断できるようになったので、それほど大変ではありませんでした。

ところが、会議室のある2階と、自席のある3階を頻繁に行き来しなければならないこのビルでは、3階からの移動が大きな問題として残りました。3階には、上向きのエレベーターと下向きのエレベーターの両方が止まりますが、先にも述べたとおり、チャイムの音からはどちら向きのエレベーターなのかを私が判断することができなかったからです。

エレベーター音声案内システムの開発

このエレベーターの問題、私よりも積極的に改善に向けて動いてくれたのはコンセントの同僚たちでした。そもそも当社はテナントとしてこのビルに入居している立場なので、エレベーターそのものを音声案内のついたものに変更するというような選択肢はなく、私自身は正直なところこのオフィスで働く以上、これはしかたがない問題だと諦めていたのでした。

同僚たちが考えてくれたエレベーターの音声案内のシステムはWebカメラ、コンピューター、Bluetooth接続のスピーカーで構成されており、コンセント初の視覚障害社員である私のエレベーター利用をサポートするために以下のような機能を実現できるように開発されました。

  • 音声案内により左右どちらのエレベーターが到着するかを知らせる
  • エレベーターが上に行くのか下に行くのかを音声で知らせる

また、設置場所や建物に与える影響、開発コストなどを最小限に抑えるように以下の工夫がされました。

  • 既存のシステムをできる限り使用する
  • 長時間安定して稼働させるため、電源に接続された状態で使用できる機器を選択する
  • 設置場所のエレベーターホールがミーティングスペースとして利用されていることを考慮して音量に配慮する

実際に再生される音声案内の作成に当たっては、以下のようなことが検討されました。

  • ユーザーの注意を音声案内に向けるため、案内の前にチャイムを再生するようにした
  • より聞き取りやすい音を探すために複数のサンプルを作成した
  • さまざまな駅の音声案内を参考にしながらよりわかりやすい案内を作成した

このような検討を重ねて作成されたシステムは、以下のような流れで音声案内を実現しています。

  1. 1.Webカメラで撮影したエレベーターホールのランプの映像をコンピューターに送信する
  2. 2.コンピューター上のプログラムが受け取った画像を解析してエレベーターの向きを判定し、その結果に応じて再生する音声を選択する
  3. 3.Bluetoothスピーカーが用意されているチャイムとエレベーターの行き先に応じた音声案内を再生する
    • 右側のエレベーターが到着する場合は右のスピーカーで音声を再生する
    • 左側のエレベーターが到着する場合は左のスピーカーで音声を再生する
写真

左:エレベーター横に設置したBluetoothスピーカー、右:エレベーター正面に設置したWebカメラ

このエレベーターの音声案内システムは、提案からエレベーターホールへの設置まで、1ヶ月足らずという短期間で開発が行われました。画像解析や再生する音声の選択にはProcessingというプログラミング言語を使用し、アナウンスの前に再生されるチャイムやエレベーターの向きを表す音声は事前に録音したものを使用しています。

私自身はこの音声案内システムのおかげで、今では3階から移動するときにも違う向きのエレベーターに間違って乗ってしまうことがなくなり、フロア間の移動がとても楽になりました。

さらにこのシステム、エレベーターを待っている間にスマートフォンに注意を向けている同僚たちにとっても有効なようで、エレベーターの向きを間違えることが減ったという感想を聞けたのがとてもおもしろいなと感じました。

今後の改良に向けて

前述の通り、現在当社の3階で稼働中の音声案内システムはコンピューターとWebカメラ、2台のスピーカーを必要とします。 機材のコストを考えると10万円くらいはかかるものですが、今後はもっと安価にこのシステムを実現できたらいいなと考えています。

例えば、カメラを搭載したスマートフォン上で音声案内システムのプログラムを動かすことができれば、もしかしたらスマートフォン1台だけでも同じようなシステムが実現できるようになるかもしれません。

今後はよりコンパクトに設置できるようなシステムの改良や、音声案内システムのソースコードを必要な人にダウンロードして使っていただけるような情報発信もしていけたらいいなと考えています。
これにより、視覚障害者を雇用したいけどオフィスの入っている建物のバリアフリー化が課題だと考えている担当者の方、安心してビル内を自由に移動したいと考えている視覚障害者の方のお役に立つことを願っています。

当社としては、この開発の取り組みがエレベーターというプロダクトをより多くの社員が安心して利用できるものに改善したことをきっかけに、今後もインクルーシブデザインの考え方を製品やサービス開発に活かしていきたいと考えています。本社ビルにお越しの際は、ぜひ3階のエレベーターホールにもお立ち寄りいただき、この音声案内システムをご覧いただけましたら幸いです。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

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