視点のデザインで体験をつくる、VRコミュニケーション

  • 渡邊 徹全天球映像作家「渡邊課」課長

「アーティストのライブを目の前で体験する」「好きなアイドルの彼氏になる」——近年、VRはゲームやエンターテイメント領域など、楽しむ目的でのコンテンツへの活用が目立つ形で取り上げられています。一方で、企業や組織、自治体のコミュニケーションツールという側面でのVR活用についてはまだ認知度は高くないのが現状です。

VRは(より主観的な)視点をデザインすることで、オーディエンスへ擬似体験を提供し、具体的な感情変化や行動をもたらすコミュニケーションツールとして活用できます。今回は、実際のVR活用事例をご紹介しながら、VRを介したコミュニケーションの可能性についてお話ししたいと思います。

1. VRは“体験”のデザイン

こんにちは。コンセントで実写VR映像制作を専門に活動するチーム、全天球映像作家「渡邊課」課長の渡邊徹です。僕自身はエディトリアルデザインの出身で、コンテンツを制作する際、ページの構成と要素でメッセージを伝えるということをずっとやってきました。誌面をデザインする時は、読後感や納得感を意識しながら、読み手とのコミュニケーションをどのように醸成するかや、内容理解を促すためにいかにエンターテイメント化して興味を引き出すかを考えています。それはVRの企画においても同じで、オーディエンスが没入するきっかけとなるVR体験の入口と出口をどのように設け、その間にどういう感情の揺らぎを与えたいか。VRにおける情報取得のシチュエーションやタイミング、情報とのタッチポイントの設計は、ユーザーインターフェース(UI)の設計や紙面の設計に似ています。
VRの制作は、映像企画というより「体験をデザインする」という感覚が近いと感じています。

写真

VRを体験するためのヘッドマウンドディスプレイ

2. 受動メディアから能動メディアへ、VRならではの表現とは

まず、VRの特長を3つ挙げてみたいと思います。

当事者意識を生む

2D映像との違いとして、VRはオーディエンスが自分の視点で対象物を見ることで、実際とほぼ同じ体験を提供できる点が挙げられます。フレーム越しの映像の中の出来事ではなく、目の前で起きている“自分ごと”として没入感をもってコンテンツに向き合えるため、当事者意識をもてることや、内容が腑に落ちやすいことが強みです。

ゴーグルを付けた瞬間から世界に没入できる

映画やドラマなどのフレームの映像作品は、つくり手の映像スキルや2D映像の制作セオリーを踏襲したプロットやカット割りなどが重要視され、それによってオーディエンスを世界観に引き込んで伝えることを可能にしています。それらのスキルはかなり高度で熟練を要求されるため、作品の仕上がりは監督の手腕に因るところが大きいです。
一方で、VR作品ではオーディエンスにゴーグルを装着してもらえさえすれば、コンテンツの世界観の入り口に立ってもらうことが容易に叶います。さらに、そこでオーディエンスが直面する体験の設計がしっかりとできてさえいれば、世界観に没入させた上でコミュニケーションを醸成することができます。

「経験のトレース」という体験をつくることができる

これまでのVRコンテンツは、ミュージシャンのライブを見るような擬似体験ができるエンターテイメント領域や、部屋の内見をバーチャルでできるような不動産業界での活用が目立ちました。しかし近年では、業務上での危険予測や、慣れが必要な環境への順応など、トレーニング教材としても効果が認められており注目が高まっています。

例えば体感度の高さを効果的に活用し「ベテランの視点をトレースする」という下記のような事例です。

(例)

  • 建築現場:危険な作業の手順をVRで体験し、危険予測を立てられるように。
  • 医療現場:名医の執刀を新米医師がVRで追体験できるトレーニング教材として。

工場見学や産地体験、企業体験、大学見学など実際に実施しようとすると相手に移動などの負荷ががかかるコミュニケーションも、VRで映像化することで容易に体験を提供できます。
他にも、雰囲気や世界観を感じてもらう場、従業員や職員の成長を促す場など、企業や組織、自治体がVRの活用で得られる好機はまだまだあるでしょう。

3. 施策にVRを取り入れる際のポイント

VRには「ライトVR」と呼ばれる、映像ベースのインタラクションのないものと、「ヘビーVR」と呼ばれるインタラクションを組み込んだものがあります。ヘビーVRにはCGや体験するデバイスも専門性の高いものが求められるなど、簡単には導入できない制作や開発のハードルがあります。

「渡邊課」では、ライトVRに分類されるような、実写映像やCGアニメーションを用いた追体験ものを主に制作しています。ただ、ライトVRだからといって体験としての質が落ちるかというとそうではなく、前項でも挙げた体験の設計次第で、深いコミュニケーションを伴った体験をしてもらうことが可能です。

それでは、実際のVR導入事例を見てみましょう。

株式会社PIVOT:就活生向けの採用イベントでVR活用

社内の様子を見せて会社見学の申し込みが増加

写真:採用イベントの出展ブースにて、学生が椅子に座りVRを視聴している。

就活イベントに出展する際に制作した事例です。学生に足を止めてもらうための施策の一つとして社内をVR体験できるコンテンツを用意しました。
コンテンツをつくる際にまず挙がったのが「時間に限りがある中で多数の企業ブースを巡らなくてはならない学生に向け、VRをどのように用いると効果的なのだろう?」という疑問。

そこで考えたのが、企業の「いつもの」雰囲気を感じてもらうことでした。
VR映像では説明的な要素は極力廃して、見る人に「会社に行った」という雰囲気を味わってもらう内容にしました。オフィススペースでの業務、打ち合わせ風景、社内の部活動といった“いつもの風景”をおだやかな空気感で再現し、場面転換のトランジションにインフォグラフィックを詰め込むことで、飽きのこない展開とちょっとした企業の情報を盛り込みました。

重要なのは「情報を盛り込みすぎないこと」。何を体験してもらえば印象に残るかという議論がないままVRの制作が始まってしまうと、仕上がりも見る側が困惑するものになってしまいます。なので、見る側の視点に立って何を感じてほしいかを第一に考えて、伝えるポイントをしぼりましょう。
企業の「ありのまま」をシンプルに伝えた本件では、会社見学の申し込みが5〜6倍増加しました。

ポイント

  • 情報を盛り込みすぎない
  • いつもの雰囲気をありのままに再現する

株式会社PIVOT様との事例

株式会社朝日新聞社:既存事業×VRで医療・介護分野の新規事業を開発

認知症への理解向上のための教材として朝日新聞社様と企画開発した医療・介護系VRコンテンツ。講義パートとVR映像パートで構成した講座のうち、VR映像パートを担当しました。認知症のご本人とそのご家族、専門医へのインタビュー動画などの視聴で理解を深めた上で、認知症の人の視点を再現したVR映像で当事者体験をします。

自分の視点で当事者体験をすることにより、一歩踏み込んだ認知症に対する理解や共感が生まれ、実際に認知の人が困っている場面に居合わせたとしても、主体的な解決策を自ら取ることができるようになるのではないでしょうか。受動的に解を教わるのではなく、能動的に自分で解を導き出すという、これまでの映像教材では実現できなかったことがVRでは可能になります。

VR映像のワンシーン

「認知症フレンドリー講座」のVRコンテンツの一場面。レビー小体型認知症の初期症状で現れやすいとされる「幻視」を再現した。

視聴する前段階における期待値の醸成もVRには必要です。VR視聴前の講義パートでは「あなたにはこういう視点でVR映像に臨んでもらいます」と主体的に没入できるような導線を設けることで、視聴後も、映像の中で起きていたことが自らの体験としてより鮮明に記憶に残ります。VR視聴前後の体験のデザインをワンセットで考えることが有効です。

ポイント

  • 体験を通して能動的な行動を促す設計
  • 導入から視聴後までの導線をワンセットで作り込み、期待値を醸成

株式会社朝日新聞社様との事例

株式会社パラダイスインターナショナル:Web記事広告にVR動画を活用

韓国の「パラダイスインターナショナル」というカジノを有する複合施設のPR映像。新聞のWeb広告と連動したコンテンツとなっています(株式会社パラダイスインターナショナル様、株式会社 産業経済新聞社様タイアップ広告)。文字や写真、映像だけでは伝えきれない、“現地に行かないとできない体験”への期待値をどう盛り上げるかということに着目して企画しました。

写真

電子ジンバルに載せたVRカメラ。街中での撮影に使用。

経験をしたことのない人には心理的なハードルが高いカジノ。そこで、カジノのテーブルに座るところを映像のハイライトに設定し、観光地を巡りながらカジノを体験し、最後にラグジュアリーなディナーで締めるという濃密な旅行体験を設計しています。

現地での非日常をあらかじめ疑似体験することで、赴いた際の心理的なハードルを下げ、体験ハードルの高いコンテンツへの誘客をサポートしました。

ポイント

  • 現地行動に関する期待値を高める体験の設計
  • 入りづらい…などといった観光地への心理的ハードルを下げる仕組みづくり

4. VRコンテンツが企業や組織にもたらすもの

前述の通り、VRはコミュニケーションと体験をデザインすることで、企業や組織そのものや事業・技術への理解を促進するツールとなります。

例えば、飲料メーカーが飲料をPRする際の施策として、原材料の産地へプレスツアーを行い、採れたての食材を実際に口にするなど現地体験を行ったのちに、実際の商品を届けるという方法があります。この際にベストな選択は、もちろん現地での実体験かもしれません。しかし、これをVRに置き換えてコンテンツ化すれば、デジタルがゆえの無限の再現性が得られ、コミュニケーション施策のコストを抑えつつ、受け手にとって価値ある体験を提供することができます。

また、場のPRにおいてもVRは有効です。観光客で混み合う有名観光地。人ごみを気にせず、天気にも左右されないVRでの観光体験を提供することで、現地の混雑の緩和や、オススメしたい別の観光資産への誘致にも活用できます。

VRはオフラインとデジタル施策の間にある、体験ベースのコミュニケーションツールです。

ポイント

  • その体験を通してどのような価値を提供するか
  • 何の視点で体験してもらうか

この最重要ポイントをベースに、「オーディエンスに自身の役割を認識してもらった上で、映像空間の中でどういう風に振る舞ってもらいたいか」というVR企画の設計の肝が押さえられれば、発信したいメッセージをオーディエンスの心に残る形で伝えることができるでしょう。

VRコンテンツはこれからも発展を続ける分野です。VRについてのご相談は、お問い合わせフォームから受け付けております。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

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