デザイン経営とブランディング 対談:データビズラボ 永田ゆかり氏 × コンセント 大崎優(後編)
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コロナ禍、DX、SDGs、デザイン経営。経営の在り方に変化が迫られる中、ビジョンの見直しやリブランディングに取り組む企業が増えています。
「人間中心のデータビジュアライズと活用」をミッションに掲げ、昨年2020年10月の社名変更を機にリブランディングを実施したデータビズラボ株式会社(以下、データビズラボ社)の代表永田ゆかり氏と、コンセントの取締役で企業のデザイン経営の推進を支援するDesign Leadershipのメンバーの大崎優が対談を実施。ビジョンやブランディングの捉え方、経営との関係についての対談の内容を前編と後編に分けてご紹介します。本記事はその後編です。
永田ゆかり氏
データビズラボ株式会社 代表取締役社長
早稲田大学政治経済学部卒。アクセンチュア、楽天、KPMGなどを経て、データビズラボ株式会社を創業。現・同社代表取締役社長。データ分析、データ視覚化(ビジュアライゼーション)のコンサルティングの他、研修・セミナー講師、各種講演などを国内外で多数務める。内閣府 日本学術会議 総合工学委員会社会に資する可視化の小委員会 委員、Tableau Ambassador、Tableau ZEN MASTER 2019/2020/2021、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。
著書に (SBクリエイティブ)がある。
大崎優
株式会社コンセント取締役/シニアサービスデザイナー
武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。サービスデザイナー、アートディレクター。2004年株式会社アレフ・ゼロ(現 株式会社コンセント)に入社し、2015年より株式会社コンセント取締役を務める。グラフィックデザイン、新規事業開発支援、製品・サービスのデザイン、企業の開発フロー構築支援、ブランディング支援などを行う。2012年にサービスデザイン事業部を立ち上げ、サービスデザイン人材の育成にも携わる。特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)評議委員。「Xデザイン学校(X DESIGN ACADEMY)」アドバイザー・講師。コンセント Design Leadershipメンバー。
ビジョンの実現に向けて
DX推進の根本的な課題
大崎:前半で、永田さんにとって「データの視覚化」がもつ意義やビジョンについてお聞きしました。後半ではそのビジョンの実現に向けたお話や、2020年の社名変更を機としたリブランディングについてお聞きしたいと思います。
デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速によって、今後、データがより蓄積され視覚化できる材料が増えていきます。ただし、その中から業務で役立つ情報や行動を変える情報を整えるのは難しい。企業はどのような情報や指標があれば、社員や会社の行動を変えられるのかがわからない場合もありますよね。データ視覚化の価値を訴求したり実現していく上での課題にはどんなことがありますか?
永田氏:社会という大きな観点では、課題はやはりデータリテラシーやデジタルリテラシーだと思います。だから、デザイン人材と同様に、DX人材やデジタル人材の必要性が問われているのかなとも思うのですが。
データリテラシーの重要性についてはさまざまな方々が話題にされています。チャートやグラフの読み方をはじめ、どういうデータを使っているかを確認したり、解釈したりといった基礎力はとても重要です。欧米と比べた日本の教育環境の差もあるのかなと思っています。高度なデータ分析の手法などへの理解が必要なのではなく、データを解釈できる基礎的なデータリテラシーが必要だなと。
トップマネジメントのマインドを変える
大崎:そうしたリテラシーの課題に対して、取り組みをされていらっしゃることはありますか?
永田氏:「データ分析スキルやデジタルリテラシーを向上させるためにサポートしてほしい」というお問い合わせを多くいただくこともあり、国内外でDXをテーマにした講演やセミナーをよくさせていただいています。企業向けワークショップや研修などのトレーニングコンテンツも開発していますが、こうした活動を継続的に行うことによって、トップマネジメント層のマインドが変わっていくこともあります。
大崎:なるほど。コンセントでも、デザイン思考やデザインプロセスについての講演や企業研修などを行っているのですが、近年では特に企業の経営層向けや、官公庁や行政機関の管理層向けの研修を行うことが多くなっていますね。
永田氏:参加者がデータ活用やDXに関する知識がほぼない状態からスタートすることも多いのですが、データの活用、視覚化の価値を感じてくださるからこそ、時間をかけて研修させていただく甲斐がありますよね。
「伴走」を大切に課題解決に取り組む
大崎:データビズラボさんが扱うデータ領域とコンセントのデザイン領域とで、課題意識は似ているところがありますね。
永田氏:本当ですね。ただデータ分析は一般的に難解なところがあるので、伝え方においては課題をより感じています。
大崎:一般的な観点での良し悪しの判断もしづらいですよね。デザインの場合、正しいかどうかはさておき、好みだけでも一応の判断はできる。一方、データ分析や視覚化の場合はお客さま自身でジャッジするのはなかなか難しいと思います。
永田氏:デザインとデータで異なるのは、構造を根本から変えるとなったときのコスト感かなと思いました。投資対効果の投資の部分が、デザインの方が見通しをつけやすいのかもしれません。
お客さまの望む分析を行うにはデータの構造から変えなければいけないこともあります。例えば数十年前の古いデータベース、いわゆるレガシーシステムを今も使用されている場合など、これまでデジタル投資をされてこなかったブランクを埋めるには大規模な投資が必要になります。また、多くの利害関係者との調整が必要になり時間もかかります。特に今の社会的なDX推進の流れで、こうした課題に直面している企業は多いです。
データビズラボでは、こうした現実を受け止めながらお客さまに伴走して活動し、モダナイゼーション(近代化)を支えています。
永田氏が考える「デザイン経営」
「ブランディング」がデザイン経営の軸
大崎:近年「デザイン経営」を導入する企業が増加し、われわれコンセントでもさまざまな業態の企業や行政機関から、デザイン活用の相談をいただくことが増えています。永田さんはビジネスへのデザインの活用や「デザイン経営」をどう捉えられていますか?
永田氏:私の「デザイン経営」の考え方はブランディングが軸になっていますね。企業ブランディングについてはインナー(社内) / アウター(社外)向けにかかわらず「デザイン経営」の観点で考えることが大切だと思っています。ロゴやクレド(Credo)をはじめ視覚化できるもの全てが、私どもの顧客ニーズに合ったデザインになっているか、心的印象を意識してコントロールすることが重要だなと。
大崎:経済産業省・特許庁が公表した『「デザイン経営」宣言』(※1)の中でも、「デザイン経営」の役割として、「イノベーションに資するデザイン」と「ブランディングに資するデザイン」に分けられています。永田さんの中でブランディングがデザイン経営の軸になっている理由は何でしょうか?
※1 経済産業省・特許庁「デザイン経営」宣言
永田氏:創業時は実務が忙し過ぎて会社経営のことは何も考えられなかったのですが、最近思う社長の業務(CEOアジェンダ)は、究極的には「採用」「ブランディング」「ネットワーク」の3つかなと考え始めています。
起業してからの1人の奔走期間が短期間あり、その期間は自分のことしか考えなくてよかったのですが、仲間が増えお客さまが増えるにつれ、経営のことを思考しなければすぐにボトルネックがくると限界を感じるようになりました。日々の業務や社内外でのコミュニケーションをヒントに長く考えて、この3つに収斂された感じです。
その1つがブランディングなのですが、インナー / アウターのどちらも大切だと考えています。インナーでは採用や従業員のモチベーション管理、エンゲージメントなどに寄与できるようなデザインを、可視 / 不可視にかかわらずつくっていきたいです。アウターでは、私どものビジョンと似たビジョンをおもちのお客さまと、良いタイミングでご一緒できるようなブランディングをしていかなければならないと思っています。
「ファーム」としてのブランド認知を上げる
大崎:ブランディングをごく初期段階のCEOアジェンダの1つに入れていらっしゃるのは興味深いですね。「ブランディング」をもう少し分解して語っていただくとどうなりますか?
例えばお客さまとのコミュニケーションにおけるブランディングを考える場合、コンセントなら、デザイン制作だけではなくデザインコンサルティングもできるといった「質的な認知の変化」をさせるようなものになるかと思うのですが。ブランディングに対して深い作用を考えられているのかなと思いお聞きしたいです。
永田氏:当社の目下の大きな課題は、私個人の認知や実績でお仕事をいただいてしまっていることなんです。起業初期段階はそうなりがちな企業は多いですし、とてもありがたいことではあるのですが、個としての認知ではなく、ファームとしてのブランド認知を上げていかないといけないなと。そこにブランディングの力がレバレッジをかけるために必要だと思ったんです。
どう印象付けられているのか、どんな事業をしているのかを認識していただくところから、根本的に考えなくてはいけないと思いました。当社のマーケティングの観点でも、真のコンサルティングファームとしてファームに認知を蓄積するようなブランディング活動を考えています。日々の発信や、今回コンセントさんと共にシンボルやロゴタイプを開発・デザインしたことも活動の一環ですね。
データビズラボ社の新たなシンボルとロゴタイプ。永田氏と共にコンセントメンバーが、ブランド定義ワークショップなどを行い開発した。
シンボルの形は、相似形の2つの「SEED(種)」が重なることで、異質なものを大胆に組み合わせ、核となる新たなクリエイティブを生み出す意味と、∞(無限大、インフィニティー)を示し、無限に近いデータから新しい価値を生み出したいというデータビズラボ社の志を表している。
ブランド自体を仕組み化し、会社を「概念」として存続させる
大崎:かなり初期の段階から経営者としてのアジェンダの1つとしてブランディングを捉えて、今も継続的に取り組まれているのですね。
永田氏:個としての私にお仕事をいただくのはとてもありがたく起業初期段階ではいいと思うのですが、ずっとそのスタイルが続くのは違う、データビズラボというファームにお仕事をいただけるようにしたいなと。仮に私がいなくなった後も、データビズラボが概念として存続するようにしたいんです。
大崎:概念。
永田氏:はい。データビズラボを「概念」として存続させるために、永続とまでいかなくても長期的に続くブランドが確立できないかなと。
大崎:データビズラボは会社でもあり概念でもあると。先ほどCEOアジェンダの3つのうちの1つに「ネットワーク」を挙げられていましたが、例えば会社という枠の外にいる人であっても、同じ概念への共感があれば、それは「データビズラボの内側にいる」ということになるわけですね。
データビズラボという概念は、社会に役立てるための装置でもあり、ビジョンが形になったものでもあるとお話を聞いて感じました。企業が成長する流れの中で、ビジョンや組織に対するブランディングを考えていらっしゃるところが、実に興味深いです。
永田氏:ブランド自体も仕組み化できていないと、組織としては存続できません。自分がいなくなってもいつまでも残るような、素晴らしいデータ分析やデータの視覚化が行われるファームにしたいと思うからこそ、デザイン経営の軸としてブランディングを捉え、ファームへのブランドリフトについて日々考え続けているんです。
取材後記に代えて「ビジネスを包容するデザイン」
大崎 優(株式会社コンセント取締役 / シニアサービスデザイナー)
事業は常に挑戦。社会に挑む試みだ。デザイン経営におけるブランディングはその意志を視覚化し、内外に仲間を集める行為そのものともいえる。
私自身、デザイナーであり、人や事業、組織をマネジメントする経営者でもあることから、興味をもって永田氏に「デザインのプロフェッショナルに求める一番重要なこと」を問いかけた。
すると氏は「ビジネスへの深い理解」と即答した。「ビジネスモデルや私どものお客さまのニーズ、事業の展開の仕方、どういった価値の循環があり強みがあるのかといったことを深く理解した上で、デザインしてほしい」と続く。
おそらく力点は「深い」にある。教科書的な乾いた「ビジネス」の響きではなく、「組織とデータを高度に有機的に統合する」データ視覚化事業のその過程と結果に対して、極めて解像度高く捉え、人間味も含めて言語化し対話することが重要であると。
ビジネスに関わる諸事万端をまるっと包容し、対話やカタチに落とせるように。デザインを通して、全ての経営者に勇気と安心を与えられるように。
私たちのデザイン経営の挑戦は続く。