コンセントの人材育成ツール「技術マトリクス」とは? デザイン経営に役立つ人材育成スキルマップ
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こんにちは、デザインマネージャー・シニアサービスデザイナーの大崎です。今回はデザイン人材のための育成ツール「技術マトリクス」について紹介します。
技術マトリクスはコンセント社内で運用している(壮大な!)スキルマップのこと。今回はその内容と具体的な運用方法について解説します。
デザイン経営の頻出課題:人材育成
私は大手企業を中心にデザイン経営に関する支援を行っており、さまざまな業態に応じたデザイン人材育成に関する仕組みづくりにも携わっています。コンセント社内では事業部門の管掌と並行して、社員(デザイン人材)の評価・育成に関する制度設計を行っています。加えて、社会人のための“未来の学校体験”「Xデザイン学校(
)」のアドバイザー・講師としても活動しており、デザインを学び仕事に生かすためのプログラムを提供しています。経済産業省・特許庁の『「デザイン経営」宣言』(2018年)以後、多くの事業会社でデザイン機能の内製化が進んでいます。さまざまな企業のデザイン経営を支援する中で、必ずといってよいほど登場する課題が「デザイン人材の育成」です。
これまでデザイン人材を採用してこなかった企業が、既存の人材育成制度にデザイン人材の要件を載せきれないという声があったり、長期的に人材が活躍し得る育成・業務環境を築けなければ、デザイン人材の採用についてアクセルを踏み切れないという声を聞いたりします。
デザイン人材を雇用するわけですから、企業の社会的責任という意味でも、育成に向けた整備は必須となります。とりわけ無期雇用の枠組みで採用する上では、長期視点で物事を見ていく必要があります。
デザイン人材の育成制度に関しては、その企業の事業環境や業務の仕方によって個別に最適化する必要があります。しかし「デザイン経営」自体がまだ若い領域であるため、たたき台にすべき育成制度のモデルはまだ多くないのが実情かと思います。
コンセントは1971年に創業し、50年以上存在しているデザイン集団です。200名を超えるデザイン人材が在籍し、その多くが正社員として活躍しています。社会変化に対応、もしくはその推進を担いながらも、長期的に人材育成をし続けてきた歴史があります。
今回は、デザイン人材の育成に関して悩みを抱える企業担当者のヒントになればと思い、デザイン技術を見える化し長期的な人材育成に活用し得るコンセントの技術マトリクスについて、解説をしていきます。
デザイン技術を見える化する「技術マトリクス」
技術マトリクスは、デザイン人材のスキルマップです。
32個の技術項目と、それぞれに対する5段階の水準が示されたものです。職種ごとに必要な技術項目も定義されています。コンセントでは2018年から運用を開始し、社会の変化に合わせて毎年内容を更新し続けています。今回解説するのは2021年度版です。
※企業が取締役や監査役の保有するスキルを公開するために一覧化したものを「スキルマトリックス」といいますが、それとは全く異なるものです(念のため)。
コンセントの「技術マトリクス」。非常に情報が多く文字が細かいためダウンロードしてご覧ください。
2022年度版の技術マトリクス、2023年度版の技術マトリクスもご確認いただけます。
32個の技術項目
コンセントのデザインの対応範囲は、狭義のデザイン(造形やUI)、広義のデザイン(UXやサービスデザイン)、経営のデザイン(ビジネスモデルや組織モデル)の全てにわたっています。技術が広範にわたっていますので、必然的に項目が多くなっています。
技術項目を全て挙げると、以下の32項目あります。
事業開発支援/組織開発支援/コミュニケーション戦略立案/ウェブガバナンス構築支援/技術戦略立案
コ・クリエーション/プロジェクトプランニング/プロジェクトリード/プロジェクトマネジメント
ネットワーキング/アカウントリレーション/ネゴシエーション
マーケティング&デザインリサーチ/プロトタイピング/エンジニアリングリサーチ
アートディレクション/プロダクトデザインディレクション/テクニカルディレクション、クオリティ・技術管理
エクスペリエンスデザイン/情報設計/エンジニアリング設計/コンテンツマネジメント/コンテンツデザイン/UIデザイン/グラフィックデザイン/先行表現/進行管理/グラフィックディレクション/ライティング/特殊技能/フロントエンド・バックエンド実装/QA(品質保証)
技術項目のそれぞれの難易度や粒度感にばらつきがあるように見えますが、コンセントの人材ポートフォリオから見て社員の成長に貢献し、成果を出すものであればそれで良いという判断をしています。
脱線しますが、コンセントはデザイン会社ですので、全てのデザイン人材がクライアント企業へのプロジェクト提案を行います。そのため、営業職寄りの「アカウントリレーション」というような技術項目も含めたものとして設計されています。
5段階の技術水準
32個の技術項目に対して、以下の水準でそれぞれレベル分けしています。
例えば、「事業開発支援」の「レベル4」では「プロジェクトスコープにとどまらないビジネス戦略提案(提携戦略等)ができ、実行までのプロセスを示し、継続的に実行・伴走できる。顧客企業を取り巻く環境を踏まえた業界課題について高いレベルで議論ができる知見をもつ。顧客マネジメント層の信頼を得られる」というように定義しています。
総じて「レベル3」を業務リード相当の水準として設定しており、多くの者がまずは「レベル3」を目指し努めます。
業務理解ができていないような「レベル0」を入れると、正確には6段階での技術水準が設定されることになりますが、現実には「私は2と3の間の2.5」というような表明をするメンバーもいます。それも運用上問題ないので認めています。
職種による必要技術
技術マトリクスには32個の技術項目がありますが、それを全て習得せよというものではなく、職種ごとに身に付けるべき技術があらかじめ定義されています。職種ごとに必須技術と推奨技術の2種類を定義しています。
職種による必須技術一覧。星印が付いている技術が必須技術、付いていないものが推奨技術です。
職種は以下の13種類を設定しています。
例えば「サービスデザイナー」の必須技術は、事業開発支援、組織開発支援、コ・クリエーション、プロジェクトプランニング、エクスペリエンスデザイン、マーケティング&デザインリサーチであり、推奨技術はプロトタイピングとしています。
職種による必要技術は、あくまで身に付けるべきものとして定義しており、それ以上の技術習得を制約するものではありません。自身のキャリアイメージから、必要技術を超えて習得するように動くことは頻繁にありますし、むしろ推奨しています。
「技術マトリクス」の使い方
重要なのは使い方です。デザイン人材は、専門職としての価値観が一部に含まれますので、各メンバーがもつ「技術」に触れることは非常にセンシティブなことになります。使い方は慎重を期する必要があります。コンセントでもトライアンドエラーを重ねて今の運用に至っています。
人材育成のための共通言語
コンセントでは期初に個人で目標を立て、その達成度合いが期末の人事評価の一部になるような評価制度を採っています。その目標管理の中で個々人が、「今年は『事業開発支援』技術をレベル3からレベル4に引き上げる」というような目標設定をしています。その技術習得達成の実績を評価の一部とする、という運用がなされます。
目標管理は、個人とその上長の1on1の中で運用されるので、上長は部下がその技術を高められるような支援を行います。上長は、技術を高められるようなプロジェクトに部下をアサインしたり、研修や社外講座を紹介したりと多角的に支援をしていきます。個人の成長の表明と、それを組織が支援するという枠組みが、技術マトリクスによって行われています。
コンセントの社内育成制度「コンセントデザインスクール」では、技術マトリクスの技術項目をもとにプログラムを設計することも。
デザイン技術は急速に多様化が進んでいますので、上長と部下が全く別の職種ということもあり得ます。例えば「サービスデザイナー」の上長に「コミュニケーションデザイナー」の部下が就くというケースはざらにあります。そういった異なる職種間でも技術水準が明確にわかるという点においても意義が大きいです。
また、コンセントでは全社員の技術マトリクスに関する情報を人事部門が集約しています。それにより、人事部門は現場のスキル獲得の全社傾向を概観し、育成施策の実施に生かすことができています。
「技術マトリクス」は給与査定のツールではない
非常に重要な点になりますが、技術マトリクスはあくまで育成のためのツールです。例えば「事業開発支援がレベル4なので、給与がXX円だ」というような、絶対的な給与査定のためのツールではありません。「この技術をレベル3から4に上げられた」という個人目標の評価参考情報として利用します。
個々の技術水準への値付けは難しい問題です。32個の技術項目はそれぞれ市場価値が異なり、その価値も年ごとに変動します。昨年までなかった新しい技術が生まれることも多いですし、既存の技術の陳腐化も数年単位で起こります。それに世の中のデザイン人材が呼応し、技術の需給関係がどんどん動いていきます。技術の市場価値の変動に合わせてダイナミックに給与を変動させる制度設計では、社員の労働環境(ひいては生活環境)を不安定にし、伸び伸びと成長し合える組織文化を形成し得ません。
また、技術変化が早い領域であるがゆえに、特定技術においては上長よりも部下の方が技術水準が高いということが起こり得ます(業務能力全般が部下より低いということはあり得ません)。そういった面でも技術水準イコール給与という運用は立ち行かなくなります。
コンセントの人事評価においては、個人目標の達成状況と、業務実績、日々の活動状況、組織貢献を総合評価する運用をしていますが、技術水準が総合的に高い社員は当然高い業績を達成しますので、技術項目だけを切り出して給与査定する必要がない、ということも付け加えておきます。
長期的な組織成長に不可欠なリスキリングのために
リスキリング(Reskilling)とは、職業能力の再教育のこと。上述のようにデザイン分野は技術の陳腐化が発生する領域ですので、リスキリングを含めた「学び続けること」全般に対し組織側で支援する枠組みをもつことが重要です。技術マトリクスがあることで既存の技術の深化だけでなく、拡張的に技術を開発することに対して組織内で共通言語を持つことができます。
例えば、コンセントが創業から携わっている「エディトリアルデザイン」という領域があります。情報を編集し、雑誌や書籍、広報誌などの誌面に落とし込むデザイン技術です。しかし、紙の刊行物は減り続けていますので、「エディトリアルデザイン」技術の一本槍ではキャリアとしても立ち行かなくなりました。
そこで、「エディトリアルデザイン」をより広義に捉えた「コンテンツデザイン」として、デジタル環境に適応しながらも、広告・広報領域のコミュニケーションメディアを超えて、事業や企業のビジョンデザインまで対応できるよう、技術や職種を再定義しました。
そのため組織側は、個々のメンバーのデジタル環境への適応や、広告・広報領域から事業戦略領域への拡張を支援することになります。社内タスクフォースを設定し、研修やOJTでの学習を促進する動きをしていきます。
ブランディングに対する育成タスクフォースの様子。コンテンツデザイナーがブランド戦略に関する知見を吸収し、技術拡張することを支援するような取り組みを実施した。2回のオンライン講義と、全6回のオンラインワークショップで構成。
中途採用やデザイン業務の活用にも
技術マトリクスは人材育成のためにつくられたものですが、コンセントでは技術について示す共通言語として機能しています。
例えば、デザインプロジェクトで必要な人員をアサインするときには、「コミュニケーション戦略立案のレベル3以上のメンバーが必要」というようなやりとりが行われます。それによって、業務の内容と対応すべき人員の技術レベルが明確化され、デザイン品質を一定に保つことができています。
また、中途採用の選考過程においても、技術マトリクスで定義された基準をもとに採用可否の議論が侃々諤々なされることもあります。
「技術マトリクス」の意外な成果
技術マトリクスを運用した成果として、大きかったのは若手社員の行動変化です。
先述のようにデザイン領域は、狭義のデザイン、広義のデザイン、経営のデザインと急速に範囲が広がっていますし、技術の入れ替わりも激しい世界です。このような環境の中で、若手社員の目線からは「何を学べばいいの?」というような戸惑いがありました。目の前の業務で学ぶことはもちろんありますが、2〜3年の時間軸の中で自分をどう成長させるかのイメージをもちづらい状況にあったのです。同じように、若手社員を支える上長からも困惑の声が上がっていました。
技術マトリクスができたことで年単位での育成方針が言語化され、育成が効率的に行われるようになった点は大きな成果といえます。
また、組織構造の柔軟性も向上しました。「プロダクトデザイナーの上長はプロダクトデザイナーでないといけない」というような束縛から解放され、組織設計を職能ベースから柔軟に組み替えることができました。職能ベースの組織割りは社員の技術深化に有効である一方、顧客提供価値が固定化されやすかったり、技術拡張を妨げられたりといったデメリットもあります。
激しく変化する市場に価値提案し続けなければならないデザイン会社のビジネスモデルから見ると、提案価値が固定化され、顧客への柔軟な伴走ができない体制は致命的です。技術マトリクスによって、人材育成と戦略的な組織デザインを両得できたことは、事業の目線からも大きな成果でした。
全てのデザイン人材が働きやすく
コンセントの技術マトリクスは、秘伝のタレのように社内に閉ざしていました。人材育成の肝の部分でもあり、競争力の源泉でもあると思っていました。しかしながら、私たちのミッションは「デザインでひらく、デザインをひらく」です。50年以上続くデザイン組織の社会的責任として、人材育成の知恵を公開し、社内外を超えて社会全体のデザイン人材が活躍できるようにすることは私たちの使命です。
スキルマップ自体は特別な手法ではありませんが、技術定義の粒度感や運用については、各社各様の工夫をされているものと思います。私たちも何度も試行錯誤を重ねて今に至ります。
最後に蛇足ですが、本稿では「デザイナー」ではなく「デザイン人材」という表記を用いました。「デザイナー」ですと、一般的に狭義のデザインのみに携わる者との誤解が生じやすいため、ここでは使用を避けました。デザイナーから見ると「デザイン人材」は、なんだかむず痒い単語ではありますが、ご容赦ください。
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