多様な人々が共に考える「バウンダリーオブジェクト」 チームの相互理解を高めるための何か

  • サービスデザイン
  • コミュニケーションデザイン
  • 石井 宏樹のプロフィール写真

    石井宏樹サービスデザイナー

こんにちは、サービスデザイナーの石井です。
あなたはこれまで、複数の部署や異なる立場の人が関わるプロジェクトにおいて、目的に対する共通理解をもつ難しさを感じたことはありませんか?また、そのために既定路線をたどる検討やさまざまな要望がそのまま詰め込まれた最大公約数的な成果に陥った経験はないでしょうか?

今回のテーマは、そのようなケースを解決に導くために知っておきたい「バウンダリーオブジェクト」の活用についてです。
バウンダリーオブジェクトは、クライアントやパートナーなど立場や専門分野が異なる人々をつなぎ、チーム内の相互理解を生み出すために欠かせない概念です。まずは、そのバウンダリーオブジェクトとはどういう概念なのかを概観します。そして活用の具体例として、コンセントが空間の体験設計を支援した住友化学株式会社様(以下、住友化学)の「SYNERGYCA(シナジカ)共創ラウンジ」のプロジェクトを紹介します。

写真:コンセント社員とクライアントとが一緒になって、付箋を用いてワークショップを行っている様子。

バウンダリーオブジェクトとは?

バウンダリーオブジェクトは、「境界をつなぐためのもの」という意味をもつ概念です。さらに詳しくいうと、異なった背景や立場の人たちをつなぎ、共通の目的に向けた議論を通じて、相互理解を促すためのものを指す言葉です。

この概念は1989年、Susan Leigh Star氏とJames R. Griesemer 氏によって提唱されました。もともとはカリフォルニア大学バークレー校にある脊椎動物学の博物館の編成・運営において、いかに専門家やアマチュアなどの立場を超えて協働できるかという観点を始まりとしています。

科学的理解を深めることに主眼を置く博物館館長や、自然保護の観点や利得の可能性に動機をもつコレクターなど、異なる背景を有する人たちが集ったこのプロジェクトにおいて、標本やフィールド調査資料をバウンダリーオブジェクトとし、それを協力してつくり上げるプロセスを通して相互理解を高めることに活用されました。

論文中では、バウンダリーオブジェクトについて、「複数の関係者の考えに柔軟でありながら、共通のアイデンティティを維持するものであり、その創作プロセスは、多様な考えが集まる中で一貫性を発展、維持させるために重要である」と示されています(同参考文献 p.393。筆者訳)。

※ Susan Leigh Star & James R. Griesemer (1989) “Institutional Ecology, 'Translations' and Boundary Objects: Amateurs and Professionals in Berkeley's Museum of Vertebrate Zoology, 1907-39”,Social Studies of Science.19 (3): 387–420.
http://www.lchc.ucsd.edu/MCA/Mail/xmcamail.2012_08.dir/pdfMrgHgzULhA.pdf(最終閲覧日: 2022/1/27)

バウンダリーオブジェクトをつくる、その過程が大事

私たちのデザインプロジェクトにおいて、バウンダリーオブジェクトは何に当たるでしょうか?

例えば、顧客像や顧客体験を可視化する「ペルソナ」や「カスタマージャーニーマップ」(以下、CJM)は、プロジェクトに携わるさまざまな専門職能をもつ人たちをつなぐバウンダリーオブジェクトであるといえます。

ここで重要となるのは、バウンダリーオブジェクトそのものでなく、それを生み出すまでの共創のプロセスです。部門や職能、立場が異なる人たちが、ユーザー視点に立って議論することで、それぞれが抱える制約や考え方の共通点と相違点が明らかになり、結果としてプロジェクトにおいて何が一番大事なのかという共通理解が生まれます。

バウンダリーオブジェクトをつくる行為を通じて生み出される共通理解は、誰かひとりが示したゴールに対する共通認識とは異なります。すでに答えが出ているという決めつけから脱却し、さまざまな立場から主体性の伴う議論が生まれることは、製品やサービス開発後も共通理解をもって自発的に開発・改善を行えるチーム形成につながります。

「みんなで」「ゼロから」考え、つくる活動を通じてこそ、ペルソナやCJMなどのデザインメソッドは、バウンダリーオブジェクトとして機能するのです。

バウンダリーオブジェクトを活用した例

では、実際にコンセントが携わったプロジェクトでペルソナやCJMをバウンダリーオブジェクトとしてどのように活用したのか、一例を紹介します。プロジェクトの詳細については、こちらの記事でも紹介しています。

事例|住友化学「SYNERGYCA(シナジカ)共創ラウンジ」体験構築・コンテンツ企画制作

「SYNERGYCA共創ラウンジ」は、オープンイノベーションを目的として住友化学グループの全社員が利用する施設です。当施設の開設プロジェクトには、空間設計、提供するコンテンツ制作、運用計画策定、施設のブランドコミュニケーション策定などを担当する複数社が関わっていました。住友化学社内からもさまざまな要望が挙がる中で、プロジェクトのコアチーム内で「何のためにこの施設は存在するのか」の軸をもつことが重要でした。

そこで、本プロジェクト序盤に、住友化学のプロジェクト担当者と空間設計・運用を担当するコクヨ株式会社、コンセントでワークショップを実施しました。内容は、想定エンドユーザーや社内のステークホルダーに実施したインタビュー結果をもとに、ペルソナとCJMを作成するというものです。ワークを行う上で意識したことは、「それぞれの人が参加する余地、考える余地を用意すること」です。

具体的には、はじめから完成されたペルソナを用意するのではなく、インタビュー結果を共有した上で、メンバーの考えをもとに議論しながら肉付けしていきました。作成したペルソナをメンバーがロールプレイし、他のメンバーが質問をすることで、イメージをすり合わせ、さらに認識を共通化できるようなプロセスを踏みました。

画像

議論するために用意したペルソナのフレーム。ペルソナのストーリー、目的意識、主観的な気持ちなどの記入項目が用意されている。

そのペルソナをもとにしたCJM作成においても、メンバーが複数のペルソナ視点で想定するアクティビティをそれぞれの立場から洗い出し、体験の流れを可視化しました。

最後は、CJMを批評する機会を設け、ユーザー視点や空間設計からあまりにもかけ離れたアクティビティがないか、必要性や妥当性の観点からアクティビティに優先順位を付けました。

写真:コンセント社員とクライアントとが一緒になって、付箋を用いてワークショップを行っている様子。

CJM作成の様子。

こうして、ユーザー体験を参加者それぞれの観点から議論し、バウンダリーオブジェクトとして可視化していくことで、職能や立場による思考や価値観の偏りを自認し、プロジェクトチーム全体として大事にするべきことの共通認識を得られました。

このワークショップで制作したCJMは、プロジェクト全期間にわたり「なぜ自分たちは、これをしたいのか」に立ち戻って議論するための土台として活用されました。

ワークショップで作成したCJM

作成したCJMはオンラインホワイトボード上で、見直しや修正を行う。

プロジェクトに、バウンダリーオブジェクトを活用しよう

「あー、自分がプロジェクトでやっていた『あれ』が、バウンダリーオブジェクトだったのか」と思われた方も多いかもしれません。ペルソナやCJM作成は、あくまでも共通認識を獲得するための手段の1つでしかありません。共通の目的に向かって議論することを促すものという意味では、「SYNERGYCA共創ラウンジ」自体も、会社という枠を超えた多様な考えを理解し合う場というバウンダリーオブジェクトだとも考えられます。

大事なことは、「みんなで」「ゼロから」つくるプロセスそのものです。たとえ遠回りをしても、多様な人たちを巻き込みながらつくり上げる価値を、「バウンダリーオブジェクト」という概念から再考してみるのはいかがでしょうか。

次の関連情報も合わせてご覧ください。

【メディア掲載】

本記事でご紹介したバウンダリーオブジェクト活用事例である住友化学 「SYNERGYCA 共創ラウンジ」体験構築・コンテンツ企画制作プロジェクトに関する記事が、2022年9月1日発行の月刊『宣伝会議』10月号の特集に掲載されています。

『宣伝会議』2022年10月号特集2「人とブランドをつなぐ! 新時代のクリエイティブパートナー」に、「SYNERGYCA 共創ラウンジ」設立プロジェクトに関する鼎談記事と寄稿記事を掲載

【イベント開催】

9月29日(木)、バウンダリーオブジェクトを活用した共創のためのチームビルディングについて、そのポイントや効果をご紹介するオンラインセミナーを開催します。

オンラインセミナー「新規事業開発における、あるべき共創の姿とは?~フレキシビリティのあるチームビルディングが成功の鍵になる~」を開催

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

ページの先頭に戻る