サービスデザインツールの目的と活用法

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    佐藤 史サービスデザイナー

Purpose&Usage of Service Design Tools

こんにちは。サービスデザイナーの佐藤 史です。

サービスデザインには、さまざまな専門的メソッドが存在します。サービスデザインの普及に伴って最近ではさまざまな書籍が発行されたりセミナーが開催され、皆さんが所属されている企業や団体の中でも実際にサービスデザインの手法を試みられたり、ツールを活用される機会も多くなっているのではないでしょうか。
しかし同時に、ツールを使うこと自体が目的化してしまったり、本来の意義を踏まえずにやり方の部分だけを表層的に真似してしまったりすることで、やってみたはいいけど効果や成果を実感できなかった、というようなケースも見受けられるようになってきました。
どんなに優れた手法・ツールであっても、使う局面や目的を間違えると、期待した成果は得られません。
そこで、本稿では、コンセントが普段関わっている多くのプロジェクトの中で、よく使われていて、かつ専門性の高い手法・ツールについて、それぞれの目的と活用方法を解説します。一般論よりもむしろ「現場」での活用経験から生まれた、サービスデザイナーならではのTipsもできるだけ盛り込んで書いてみました。

構成としては、サービスデザインの中で飛び交うさまざまな専門的メソッドを、考え方やロジックを示す「概念」、方法論やプロセスを示す「手法」、それらの手法の中で成果物として使われる「ツール」の3つに分けています。「概念」や「手法」を理解しないまま、「ツール」だけを使おうとすると期待する効果は得られないことが多いので、この階層関係を意識しながら読んでください。

概念

手法

ツール

概念

サービスバリュープロポジション(サービス提案価値)

サービスバリュープロポジションとは、そのサービスを通して顧客に提案する価値のことであり、サービスの新規性・有用性・魅力を、顧客の視点で端的にわかりやすく定義したものです。たとえば、Uberの「Your Private Driver」、Airbnbの「暮らすように旅をしよう。」などがあります。
サービスバリュープロポジションは、ビジネスモデルや顧客の利用体験(UX)、機能要件を検討する際の重要な指針となります。「このサービスでもっとも重視すべき価値は何か」「サービスで一貫して提案すべき体験のコンセプトは何か」を、そのサービスの開発・運営に関わるメンバー全員が正しく共有するためにも、サービスバリュープロポジションは必要不可欠です。「提案」という言葉が示すとおり、サービスの価値は事業者サイドから一方的に提供されるものではありません。事業者にできるのは、あくまで顧客に価値を「提案する」だけであり、その内容が顧客の利用文脈にフィットしたときに初めて価値が「共創」される、というのがサービスデザインの根底の考え方になります。
ところで、サービスバリュープロポジションを「キャッチコピー」と混同して説明されている場合がありますが、この2つはまったく別の目的で使われるものです。キャッチコピーは、サービスが開発された後、それを広告等で顧客に訴求して、認知を広めるための文言として使われる場合が多いのに対して、サービスバリュープロポジションは、サービスの開発指針であり、プロジェクトの初期段階で定義されるものです。顧客に一方的に「提供」するものではなく「提案」して受容性を検証し、フィードバックを受けて改善していくものでもあります。
また、サービスバリュープロポジションは、顧客の視点だけではなく、サービスを提供する事業者がもつ既存のブランドイメージとの親和性、競合との優位性や差別化要因、事業の継続性も考慮に入れて検討します。

手法

デザインスプリント

デザインスプリントとは、短期間でリサーチからアイディエーション、プロトタイプ検証に至る一連のプロセスを実行することで、ビジネス上の重要な課題に対する回答を得るための方法論(フレームワーク)です。サービスデザインのプロジェクトでは、主に、検証すべき仮説やボトルネックになっている課題があるときに実施します。
デザインスプリントは、2015年1月に、Googleの子会社でありベンチャー企業投資部門であるGoogle Venturesが一連のプロセスを5日間のステップに則って進めるフレームワーク「The Design Sprint」を公開したことで急速な広まりを見せました。
デザインスプリントを実施する期間中は、特定の場所に「プロジェクトウォールーム」と呼ばれるような専用のスペースを設けて、さまざまな職能のメンバーが集中的にコミットし、クライアントも交えてのワークを繰り返します。ブース内では、シナリオ、プロトタイプなど目に見えるモノをホワイトボード等に貼り出した状態で議論・評価を行うため、「常に全体を俯瞰できる」「職能や立場を超えて建設的な議論がしやすい環境が生まれる」「検討過程での見落としリスクを減らせる」「意思決定の速度が早まる」などの効果が期待できます。

写真:デザインスプリントを行っている様子

<活用する場面とポイント>
デザインスプリントは、サービスの検討段階から、最終的な開発に向けて機能要件を整理している段階に至るまで、プロジェクトのさまざまな場面で実施されます。
例えば、ユーザー調査の結果に基づいて価値を抽出した後、サービスバリュープロポジションとソリューションを検討する場面や、サービスの機能要件がある程度定まった段階で具体的なユーザーインタラクションを検討する場面などで用いられます。しかし、検討課題とリソースさえあればどんな場面にも適用してよいわけではありません。短期間で成果の出るアウトプットを創造するためには、何を解決したいのか、焦点を絞り、全員が集まるべきだと判断できる重要度の高いテーマを設定することが重要です。

コンセントでも、「コンセント サービスデザインスプリント」という名で、サービスのコンセプト策定や機能要件の整理を目的としたプログラムを提供しています。

Lean Startup / Lean UX

Lean Startupとは、スタートアップやイノベーションに伴うさまざまな問題を解決するためのマネジメント理論の1つであり、日本のトヨタから始まったLean(無駄のない)生産方式の概念に基づいています。
不確実性の高いマーケットを狙って新規サービスを開発しようとする場合は、顧客像も明確化しにくく、需要があるかの判断も難しいため、多大なリソースを投入して開発したサービスが結局、需要がなかった(=使われない・売れない)という失敗が生じることもあります。
Lean Startupでは、そのようなリソースの「無駄」を避けるために、まず、事業戦略の元になる仮説を、以下のような複数の要素に切り分けて、リスクの高いものから検証を行い、MVP(※)を使って科学的に検証することを提唱しています。

  • そのようなタイプの顧客は存在するか?
  • 顧客が抱えている課題(ニーズ)は存在するか?
  • そのサービスで顧客の課題を解決できるか?

そして、検証を通して得た学びに基づき、戦略の一部を修正すること(=「ピボット(方針転換)」)を繰り返しながら事業を拡大させていくことを目指します。

Lean UXは、この考えをUXデザインに応用したものです。
ドキュメンテーションによる報告や机上での議論に時間を割くのではなく、ラフなスケッチやワイヤーフレームを活用して、デザイナー以外のメンバーを巻き込みながら、ユーザーの抱えている問題や潜在的なニーズをともに発見するコラボレーティブなデザインを重視することが特徴です。

※MVPとは、「Minimum Viable Product」の略で、必要最小限の製品やサービスを意味します。文字通り、単一の最重要機能だけを実装したアプリの場合もあれば、ランディングページやバナー広告のようなものの場合もあります。下の写真のように、実際に顧客に見せながら、仮説の検証を通してMVPを構築していきます。

写真:実施に顧客に見せながら検証している様子

<活用する場面とポイント>
人間中心設計やUXデザインのプロセスは、調査・分析・レポーティング等に伴う活動量の多さから、往々にして時間がかかってしまう場合がありますが、そのような状況を打破したい場合に有効な方法論・マインドセットです。「Lean」という言葉に象徴される通り、時間をかけてリッチな機能をつくることに力を割かないので、例えば、開発期間や予算が限られている中でコストを抑えつつ確実な成果を生み出す必要があるプロジェクトの場合に用いると有効です。最初の段階で「検証することが可能な仮説」が設定されており、ラピッドにMVPを作成してテストできることが条件なので、そもそも仮説自体の設定が難しく、ゼロベースから価値探索を行うプロジェクトには適していません。他にも、マルチステークホルダーが関わる複雑なビジネスモデルの場合や、サービスのライフサイクルがとても長く効果検証に時間がかかる場合などにもあまり適していません。

リビングラボ

リビングラボは、製品・サービスの開発分野においてエンドユーザーが開発者や研究者とともにアイデア創出や有用性の評価に参加する手法であり、ビジネス分野だけではなく、地域社会や生活者が抱える課題の解決手法としても位置づけられるものです。
リビングラボが誕生した当初は、文字通り実生活空間に近い空間で新しい技術を試す「実験室」という位置づけで、あるプロダクトや技術を、擬似的な生活空間の文脈の中で観察するためのリサーチ手法でした。その後、実験室の枠を超えて、エンドユーザーが主体的に開発プロセスに介入するという発展を遂げていきました。ユーザーを、観察対象から共につくるパートナーとして捉えるかたちに変化し、より社会性を帯びた活動へ発展していったわけです。欧州においては、行政のスキームにおける市民参加事業としてのリビングラボという色合いが濃く、多面的に捉えられる取り組みになっています。そのリビングラボが、ICTの発展とオープンイノベーションの高まりに呼応する形で注目を集めてきているというのが現況です。
リビングラボでは、企業・行政・生活者など多様なステークホルダーが、共創・対話型のワークショップなどを通じて、課題発見、アイデア創出、タッチポイントのデザインといったサービス開発の一連の流れを継続的に体験します。エスノグラフィと同様、現実の場で生活者、つまり顧客とコミュニケーションすることで潜在ニーズを発見することにつながるため、定性調査の手法の1つとして利用されるケースもあります。

<活用する場面とポイント>
活用のケースは主に2つです。1つはアイデア創出から検証まで、一貫して顧客(生活者)視点を保ち続けたいケースです。もう1つはプロジェクトを企業のCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)活動として位置づけたいケースです。
活用のポイントは、顧客(生活者)との間で信頼関係が生まれるようなプロセスやインセンティブの設計をしっかり行うことです。また、プロジェクトメンバーは、立場が異なる人間同士の対話を促すファシリテーションのスキルが不可欠になります。その他、顧客(生活者)やその他ステークホルダーとの機密保持や知的財産権などの取り決めを予めクリアしておく必要もあります。

「リビングラボ」の事例はこちらのページもご参照ください。

エスノグラフィ

エスノグラフィとは、顧客がもつ言葉にできない潜在的な価値観や生活背景を知ることを目的とした調査手法です。自ら現地を訪れて、特定の集団と活動をともにしたり(参与観察)、人々の動きをつぶさに観察すること(行動観察)によって、顧客の日常的な体験、生活上の慣習や嗜好性、地域や組織をとりまく文化等を把握するために実施します。
「エスノグラフィ」という単語自体は、民俗学、文化人類学のことであり、研究者が特定のコミュニティに一定期間滞在して自ら観察・体験することで、人間社会の現象を質的に把握し記述したことから生まれた言葉です。過去には、欧米の研究者が当時は未開とされていた地域を研究のために訪れて多くの優れたエスノグラフィを残しました。
サービスデザインの分野で用いられる「エスノグラフィ」は、その学問領域の調査アプローチをデザインプロセスに適用したものであり、本来のエスノグラフィの意味と区別するために、「エスノグラフィ調査」「デザインエスノグラフィ」「ビジネスエスノグラフィ」と呼ばれる場合もあります。

写真:エスノグラフィを行っている様子

<活用する場面とポイント>
デザインプロジェクトで実施される調査には、主に、課題の発見を目的とした調査と、課題の解決策を検証するための調査の2つが存在しますが、エスノグラフィは、前者の場合に効果的な調査手法です。
特に、新規事業領域の探索や、サービスバリュープロポジションを検討しているプロジェクトでは、そもそも何が課題なのかが不明瞭で、特定の調査テーマを設定することすら難しい場合が多くあります。そのようなとき、エスノグラフィを通して、まず現場に足を運び先入観のない視点で顧客を深く理解することで、新しいビジネス機会に繋がる仮説の発見につながります。

コンテクスチュアルインクワイアリ

コンテクスチュアルインクワイアリは、「文脈調査」とも呼ばれ、顧客が普段日常を過ごしている場所や、サービスが提供される場所を訪問して、現場の社会的・物理的環境や顧客が行っている作業を、観察に基づきインタビューする調査法です。
コンテクスチュアルインクワイアリでは、インタビューする人とインタビューされる人は、「質問する(もしくは調べる)人・回答する人」というスタンスではなく、インタビューする人がされる人に弟子入りして教えを乞うようなスタンスを取ります。これは「師匠と弟子モデル」と呼ばれています。
いわゆる熟練者にとって、日常無意識に行っている行動は本人にとっては当然すぎることなので、人に指摘されない限り気づかない場合もあり、インタビューを受けても「当たり前すぎて説明するまでもないだろう」という心理が働きがちなものです。しかし、その「日常的すぎて当たり前なこと」の中にこそデザイン上のヒントは多くふくまれており、そこを引き出すことがこの手法の目的です。

<活用する場面とポイント>
サービスバリュープロポジションが定義された後、顧客の利用文脈をもとに具体的なシナリオや操作ステップを考えて、アクティビティシナリオやインタラクションシナリオとして視覚化する場合や、既存サービスの問題点を明らかにすることで改善策を探るプロジェクトで実施します。
なお実施する際は、同じ調査手法でも、フラットな視点で現場に足を運ぶエスノグラフィとは異なり、事前に何かしらの疑問や仮説をもとに「見る観点」を決めておいた方が良いでしょう。例えば、定量的なデータやオンラインアンケート等に寄せられた声を元に、何を明らかにしたいのか、きちんとテーマを定めて調査設計をしておくべきです。

インタビュー(半構造化インタビュー、デプスインタビュー)

サービスデザインのプロジェクトで実施するインタビューでは、事前に質問内容を細かく用意して一問一答式で行う形式(=「構造化インタビュー」)だけではなく、「半構造化インタビュー」「デプス(深層)インタビュー」という形式を用いることが多く、いずれもアンケート調査では得られにくい(つまり定量化しにくい)細部の情報の把握に向いています。

・デプス(深層)インタビュー

一問一答式の構造化インタビューと違い、質問内容を事前に定めず対話に近い形式で対象者から情報を引き出すインタビュー形式を非構造化インタビューと呼び、「デプス(深層)インタビュー」はその一種です。対象者が答えたことに対してさらに、「なぜそうしているのですか?」「いつから、そうするようになったのですか?」等、発話した内容の動機・背景を尋ねることで、個人の奥深くに秘められた心理や感情、考えなどを聞き出す技法です。

・半構造化インタビュー

構造化インタビューと非構造化インタビューの中間に位置づけされる形式で、大まかな質問事項は事前に決めますが、対象者の答えによっては多少の脱線を許容し、ヒントになりそうな情報をさらに詳細に尋ねたり、回答から新たに湧き上がってきた問いをその場で深く掘り下げたりする形式のインタビューです。短時間のインタビューで有用な情報を引き出したいときによく使われます。

デプスインタビューも半構造化インタビューも、その場で話の対象や論点を拡縮して、自由な発話と限定的な質問など即時的に使い分け、質問を繋げていくテクニックが必要です。
事前に質問内容を細かく用意しない分、気軽に実施できる調査手法と思われているようですが、慣れないうちは、調査テーマに関係する業界や顧客の関心事・嗜好については可能な範囲でインプットした上でインタビューに臨んだ方が良い結果を生みやすいでしょう(かといって事前情報に引っ張られて先入観を抱かないように気をつける必要があります)。また、対象者に信頼感をもっていただけるよう、インタビュー時の服装や振る舞いについても十分に留意すべきです。

<活用する場面とポイント>
半構造化インタビューは、主に特定の調査テーマのもとで、対象者がサービスを利用するときの状況や文脈を明らかにしたい場合に実施します(コンテクスチュアルインクワイアリの項も参照)。
デプスインタビューは、主に特定の調査テーマがまだ定まっていないときで、深掘りしてさらに調べると有用そうな事柄を探している場合に実施します。
例えば、何かのオンライン予約サービスを開発するプロジェクトで、顧客がデートでレストランを探して予約するときに「どうやって探して」いるのかを知りたい場合は半構造化インタビューが、そもそもデートやレストランに関する新しいサービスを検討するプロジェクトで、顧客がデートで外食するときに「何を感じているか、どう思われたいか」を知りたい場合はデプスインタビューが、それぞれ適していると言えます。ただ、実際には明確な線引きは難しく、調査においてどこまでを前提としてフレーミングするか、どこまで潜在的な価値を掘り下げるかに合わせて調査設計を行います。

ラダリング

ラダリングとは、サービスのもつ属性と便益に対して、「なぜそれが必要なのか?」「なぜそれを選ぶのか?」「それはその人にとってどんな意味をもつのか」という動機や心理的要因を考えることで、サービスの情緒的価値と顧客の本質的要求を明らかにする分析手法です。表層の事実や発話に「はしご」をかけて登り、その上位概念(心理・価値観)を探ることで新しい発見を得ることからこう呼ばれています。
上位概念を遡って考えるときは、例えば下記のような3階層で捉えることができます。

  • 顧客の事象 例:「〇〇がほしい」「いつも〇〇を使っている」
  • 顧客の動機・要因 例:「〇〇したいから」「〇〇だと思うから」「◎◎がいやだから」
  • 顧客の本質的要求 例:「こういう人に見られたい」「○○というものは、こうあるべきだ」

ちなみに、あまり上位概念に登りすぎると「幸せになりたい」のような抽象的すぎる結論で終わってしまい、分析結果として使いにくくなってしまうので抽象度には注意が必要です。

<活用する場面とポイント>
ラダリングは、そのサービスを通して顧客に与えたいブランドイメージの検討や、競合サービスとの比較・差別化要因の場面で用いると効果的です。
例えば、同じ「価格が安い」という便益でも、A社のそれは「とにかく手軽に済ませればいい」という顧客が多く利用しているが、B社のそれでは「背伸びしない感覚が逆に気に入っている」という顧客が多いという分析結果が生じることもあります。このような分析を活用して、顧客が数あるサービスの中からそれを選ぶ(もしくは好む)理由が洞察できます。
また、ラダリングの考え方は、顧客調査だけに限らず、定性的な情報全般の分析・洞察に対して広く応用できます。目に見える事象だけを見て結論を下すのはなく、「それは主として何のためにそうなのか」「なぜそうなっているのか」を常に問いかける視点は、対象物を問わず、サービスデザイナーにとっては欠くことのできないものですので、ものごとを見る視点として普段から意識しておくと便利です。

プロトタイピング

プロトタイピングは、試作品を用いて新しいサービスをシミュレーションして検証することであり、プロジェクトの検討段階に合わせてさまざまな手法が存在します。

サービスバリュープロポジションを検討している段階では、主に「コンセプトインプレッションシート」をプロトタイプとして用います。
「コンセプトインプレッションシート」とは、そのサービスをプロモーションすることを想定して、具体的な利用シチュエーションを紹介する擬似的なパンフレットの形にしたもので、サービスバリュープロポジションとビジネスモデルを説明するシートです。
顧客へのインタビューの際にこのシートを見せながら、「使いたいと思うか?」「お金を払っても良いと思うか?」といった質問をすることで、サービスの有用性を確認することに役立ちます。また、コンセプトインプレッションシートはグラフィックデザインのトーン&マナーも意識して作成されるため、そのサービスのブランディングイメージの方向性を確認することにも役立ちます。

サービスバリュープロポジションが決まり、サービス利用体験を検討する段階では、主に「ストーリーボード」をプロトタイプとして用います。
「ストーリーボード」とは、顧客体験の視点からサービスの利用シーンを、数コマの漫画や動画などの形式で視覚化したものです。
ストーリーボードをつくってみることで、そのサービスを頭で思い描いていたときは便利でおもしろそうだったが、「実際のシチュエーションだと女性はこんなふるまいをしないはず」「このステップはすごく手間がかかるのでスマートフォンで操作するのは無理では?」という具合に、新しい発見を得ることができます。

最後に、サービス利用体験が決まり、具体的なタッチポイントのデザインや機能要件を検討する段階では、さまざまなプロトタイプ作成アプリが活用されますが、より手軽なツールとして、下の写真のようなペーパープロトタイプも多く用いられます。

写真:プロトタイピングツール「Handmock(ハンモック)」を使った検討(その1)
写真:プロトタイピングツール「Handmock(ハンモック)」を使った検討(その2)

コンセントで開発したモバイル端末のUIデザインを検討するためのプロトタイピングツール「Handmock(ハンモック)」を使った検討例

ペーパープロトタイプの良さは、グラフィックデザイナー以外のメンバーでも一緒に手を動かして検討に参加できることです。そのため、デザインスプリント形式のプロジェクトやリビングラボにおける共創ワークショップで多く活用されています。

<活用する場面とポイント>
サービスデザインのプロジェクトの場合、プロトタイプは、顧客に対する検証のツールであると同時に、事業者に対するプレゼンテーションのツールとしても多く活用されます。
例えば、サービスの事業化を承認する経営層や、そのサービスに投資・協力する提携先等のステークホルダーに対しても、プロトタイプは広く用いられています。
サービスのビジネスモデルを説明し意見を仰ぐ場面であれば「コンセプトインプレッションシート」が効果的です。また、そのサービスに使われているテクノロジーや利用体験の新鮮さを伝えたい場合は、「ストーリーボード」が向いています。さらに最近では、より効果的なプレゼンテーションのために「コンセプトムービー」をつくる機会も増えました。また、サービス開発に必要なリソースについて承認を得たい場合は、プロジェクトの初期段階であっても、操作インタラクションを再現するプロトタイプをつくって、そのサービスの機能要件を明確に示すことが必要です。
いずれにせよ、プロトタイピングでは、事前に「何を検証したいのか」「誰に伝えたいのか」をよく考えてアウトプットやテンプレートに縛られず、適切な形態・表現方法を柔軟に追求することが重要になります。

ツール編

ワークモデル

ワークモデルは、顧客が普段日常を過ごす現場、顧客を取り巻く人間関係、顧客が起こす行動等を以下に述べる5つの視点でモデル化する手法です。利用文脈とそこに潜む問題点を可視化することで、サービスの機能要件やインタラクションデザインに関する示唆を得ることができます。

・シーケンスモデル

顧客の仕事の流れを時系列で記述します。仕事の中で顧客が本当に成し遂げたいタスクや無駄なステップなどを解き明かすことで、利用体験のデザインや機能要件の優先度づけに役立てられます。

・人工物モデル

顧客が仕事の際に用いる道具とその使われ方を記述します。現状の道具の使い方に対して満たされていない潜在的要求を探ることで、新しい機能アイデアやインタラクションデザインに対するヒントを得ることができます。

・物理モデル

顧客が普段仕事をする場所や物理環境を記述します。サービス利用体験を設計する際、制約条件や留意事項を理解するのに有効です。

・フローモデル

組織における仕事の流れを、役割(ロール)の関係性の視点から記述します。仕事の中で、どのようなタスクが発生し、情報がどう取り交わされているかを洗い出します。サービス利用体験のデザインと、その背後にあるデータの流れやしくみを理解することに役立ちます。

・文化モデル

組織の人間関係を、影響力、感情、慣習などの観点から記述します。他の4つのモデルの背景に潜む心理的・文化的要因を探ることで、サービスコンセプトとサービス利用体験のデザインにあたって留意すべきことを洗い出します。
例えば、「シーケンスモデル」を見ると、顧客が特定のタスクをいつも急いでやっていることがわかるが、その理由が上長からのプレッシャーにあることが「文化モデル」を併せて見ることによって理解できたり、2つの部門間に価値観の違いが存在することが「文化モデル」に記述されているが、彼らが普段働く場所がオフィス内で遠く離れていることがそれを助長していることが「物理モデル」を併せて見ることによって理解できたりします。

<活用する場面とポイント>
ワークモデルは、コンテクスチュアルインクワイアリで得られた事象を分析するために生まれた手法であり、主にビジネスの現場で使われるサービス・製品の開発(もしくは改善)プロジェクトで、調査結果をまとめて分析する場面で用います。
しかし、そのような場面に限らず、質的な概念や情報全般を分析・視覚化するためのテクニックとして、デザインプロジェクトのさまざまな場面で幅広く活用できる手法でもあります。
訪問調査や行動観察で得た情報を記録する際は、文章でメモするだけではなく、常にこの5つの観点で物事を観察して記録することを心がけておくと、調査観点の漏れを防ぐことにつながり、調査した結果を他のメンバーにもわかりやすく共有することにも役立ちます。

ステークホルダーマップ/サービスエコロジーマップ

昨今のサービスビジネスは、BtoBtoCモデルや、CtoCモデルのように、ビジネスモデルが必ずしも事業者対顧客の対構造では捉えきれないものが増えています。そのようなとき、サービスビジネスを取り巻く複雑な環境を理解して、長期的な戦略を議論するためのツールとして、ステークホルダーマップとサービスエコロジーマップが使われます。

ステークホルダーマップとは、自社のサービスビジネスに影響を与え得る全ての利害関係者(顧客も含む)とその関係性を視覚化したものです。
そのサービスから利益を得る人・団体(「利益」は金銭面以外の利益を含みます)、そのサービスビジネスの成否に影響力をもつ人・団体、逆に、そのサービスが生まれることで不利益を被る可能性のある人などに注目します。下の図は、介護業界に向けた新規事業を検討する際に作成したステークホルダーマップの一例です。(事例の詳細はこちらのページもご参照ください)

サービスエコロジーマップは、そのサービスを取り巻く「生態系」つまり業界・社会環境・経済圏を成り立たせている要素を、人・組織に限らず洗い出して視覚化したものです。
そのサービスに関係する要素の因果関係や価値の流れ、その業界・社会・経済圏に潜む課題やしがらみ、慣習とその要因などに注目します。下の図は、地域住民へのエスノグラフィ調査の結果をもとに作成した「子育て」に関するサービスエコロジーマップです。このマップは、地域における課題や新しい価値を発見するためのワークショップの場で活用されました。(事例の詳細はこちらのページもご参照ください)

<活用する場面とポイント>
サービスデザインのプロジェクトでは、ステークホルダーマップとサービスエコロジーマップはともに、

  • ターゲット顧客層の定義
  • 新規事業領域の探索
  • 社会的課題の発見
  • サービス開発プロジェクトにおける関係者との連携の図り方の検討
  • サービス開発プロジェクトで予測されるリスク要因の把握

等を目的に用います。その他にも、ステークホルダーマップは、顧客を取り巻く人と組織の関係性をわかりやすく整理するので、ペルソナ像の検討に効果的です。また、サービスエコロジーマップは、顧客が存在する社会的環境をわかりやすく整理するので、シナリオの検討に有効です。
なお、ステークホルダーマップとサービスエコロジーマップは、プロジェクトメンバー全員の視点を揃えて検討観点の抜け漏れを防ぐためにも、プロジェクトの初期段階、具体的にはプロジェクト計画時や調査が完了したあたりの段階で視覚化するべきです。また、視覚化をする際は、視点の偏りを避けるためにも、組織や職能を超えた多くの人々を交えて実施するのが望ましいでしょう。

価値マップ

価値マップは、顧客視点から見た価値の全体像を視覚化したものです。顧客がもつ価値の中にはさまざまな価値があり、そのなかには相反する価値、因果関係にある価値のような相関関係が存在します。また、さまざまな価値の中にも、現状、満たされている価値とそうではない価値があります。価値マップは、それら複数の価値の関係性をひと目で理解することに役立ちます。

価値マップの例

価値マップを作成する際は、まず、調査で得た発話・事象をもとに、そのとき、顧客が何を考えていたかを振り返りながら、顧客の「生活価値」をひとつひとつのカードに記述していきます。通常、このカード記述のプロセスでは、KA法(※)という分析手法が用いられます。
そして次に、このカードを大きな壁やテーブルに配置します。このとき、内容がどことなく似ているカード同士は近くに、そうでないものは遠くに離して配置します。これを何回も繰り返すと、近しいカードの集まりが何群かできてくるので、次は、そのグループを説明する見出しを考えます。そしてさらに、グループごとの位置を並び替えたり、相関・対立・因果関係にあるグループとグループの間に境界線や矢印を引いたりしながら、顧客が抱く価値の全体像を示す「マップ(地図)」をつくりあげます。

なお、カードの配置からグルーピングとマップ化に至る一連の流れは、親和図法と呼ばれています。単なるグルーピングや情報整理の手法と混同されやすいのですが、グルーピングが、単に「青い」「赤い」「男性」「女性」のように最初から自明な仲間同志を集めていくだけのことを指すのに対して、親和図法は、グループを先に決めるのではなく、個別の情報ごとにまず「近い」「遠い」「関係している」「相反している」等を位置関係で示していく過程で、自ずと浮かび上がった集まりをグループにすることが大きな違いです。このようなプロセスを経ることで、「なぜそれが必要なのか?」「なぜそれを選ぶのか?」「それはその人にとってどんな意味をもつのか」等、個別の価値を表層的に眺めるだけでは気づけなかった、より本質的な顧客価値の発見につながります。

顧客の本質的な価値については、こちらのページもご参照ください。
定性調査の活用法

※KA法とは、表層的な事実と現実の行為の裏に潜む、顧客の本音・潜在意識・価値観を探る手法です。もともとは、紀文食品の浅田和実氏が開発した手法ですが、千葉工業大学の安藤昌也教授がそれをサービスデザインの手法としてブラッシュアップしました。

<活用する場面とポイント>
価値マップは、サービスバリュープロポジションの定義に活用します。価値マップを見ながら、「自社の強みが活かせる価値はどれか?」、「既存サービスでは未だ満たされていない価値はどれか?」等、事業者側の視点による検討もふまえて、サービスバリュープロポジションを定義します。また、サービスの開発フェーズに進んだ後でも、下記のような場面において顧客価値を捉え直す指針になります。

  • 価値の相関・因果関係に注目して、サービス利用体験を見直す
  • 価値の相関・因果関係に注目して、サービス拡張戦略を検討する
  • 相反する価値の部分に注目して、サービス利用に伴う顧客にとってのリスク要因を想定する
  • 競合他社がすでに提供している価値を考えることで、サービスの差別化方針を検討する

このように価値マップは単なる分析結果のアウトプットではなく、企業によってはサービス戦略そのものとして長期的に活用されるべきツールです。

また、価値マップを作成する過程で、親和図法を用いてカードの分類や位置関係を考える際、人によって解釈が割れることが多いので、必ず複数のプロジェクトメンバーで相応の時間(最低でも半日以上)を確保したうえで作成すべきです。そして、視覚化の際は、構造と全体像が誰にでも理解できるようグラフィック的なわかりやすさにも十分留意して作成しましょう。

シナリオ(構造化シナリオ)

シナリオとは、顧客に対して与えたい体験を仮説のストーリーで視覚化したものであり、「ペルソナ」と併せてWebサイト戦略策定や製品開発などさまざまなデザインプロジェクトで広く活用されています。サービスデザインのプロジェクトでは、構造化シナリオという3つのシナリオを検討段階によって使い分けます。

・バリューシナリオ

サービスバリュープロポジション、つまり顧客にとっての利便性、嬉しさやビジネス側のメリットを記述したシナリオです。

イラスト:バリエーシナリオの例

・アクティビティシナリオ

サービスが利用されるシチュエーションにおける顧客の具体的な行動、情動を記述したシナリオです。

イラスト:アクティビティシナリオの例

・インタラクションシナリオ

顧客がサービスを利用するときに用いるタッチポイントの具体的な操作を記述したシナリオです。
操作の効率性や機能性を検討、評価する際に用いられます。

イラスト:インタラクションシナリオシナリオの例

<活用する場面とポイント>
「バリューシナリオ」は、サービスコンセプト策定の際、そのサービスの魅力や新規性を議論したり、細かい技術的要件の議論に進む前の開発目標など比較的抽象度の高い項目を検討したりする際に用いられます。
サービスコンセプトやアイデアが決まった後、そのサービスの提供のされ方が、有効であるか、効果的であるかを検討する際には「アクティビティシナリオ」を用います。具体的なプロダクトやUIをデザインする際、機能要件や仕様を巡ってメンバー間で意見が分かれ、解釈の相違が生じたときは、このアクティビティシナリオが正しく定まっていないことに起因する場合が大半ですので、タッチポイントの具体的な検討に進む前に必ず作成しておくことをお勧めします。
具体的なプロダクトやUIを検討する際は、「インタラクションシナリオ」を用います。サービスというものは、昨今の優れたスマートフォンアプリ等を見てもわかる通り、利用体験が同じでもインタラクションの違いによってその印象や満足度は大きく変わります。インタラクションシナリオは、ユーザーインタフェースに関する知見をもったデザイナーやエンジニアと一緒に検討することをお勧めします。一緒に検討することで、フィージビリティ観点からのレビューも併せて実施できますので、この後の実装工程をスムーズに実行できることにもつながります。
このようにシナリオは、自分の頭の中のアイデアを手軽に視覚化できるツールとして、プロジェクトのさまざまな段階と場面で活用できます。特に、アイデア創発のワークショップで、細かい制約を取り払って参加者の発想を自由に発散させたいときに効果を発揮します。
検討した結果は、コンセプトインプレッションシートやストーリーボードとして綺麗に視覚化しておくと、その後のアイデア検証やプロジェクトオーナーへのプレゼンテーション等の場で活用でき便利です。

構造化シナリオは、書籍『エクスペリエンス・ビジョン: ユーザーを見つめてうれしい体験を企画するビジョン提案型デザイン』(著者:山崎和彦、上田義弘、高橋克実、早川誠二、郷健太郎、柳田宏治 発行:丸善出版)の中でも紹介され、新規ビジネスモデル創出プロセスの中の一手法として、広く用いられています。

サービスブループリント

サービスブループリントは、サービスが顧客に提供されるプロセスを時間軸に沿って視覚化したものです。顧客の行動、具体的なタッチポイント、サービスの提供現場におけるスタッフの行動、そのサービスを支援、運営するシステムに関わるスタッフの行動などを時系列で記述します。
時系列で視覚化するという意味では、カスタマージャーニーマップと似ていますが、カスタマージャーニーマップはサービスを顧客視点から視覚化するのに対し、サービスブループリントは、顧客側から見たフロントステージだけではなく、サービスを提供するバックステージの視点も含めて視覚化するのが特徴です。顧客の目には直接見えないバックステージの動きまで記述することで、顧客体験を決定づける重要な要因を事業者が理解し、タッチポイントから後方業務に到るまで人材や資源の活用方法を計画することに役立てられます。

<活用する場面とポイント>
サービスブループリントは、主に次の2つの場面で視覚化します。1つは、カスタマージャーニーマップやアクティビティシナリオで顧客のサービス利用体験を定義したあと、それを実現するために必要な人材や資源の活用方法を計画する際です。このプロセスを飛ばしてインタラクション設計に進むと、顧客体験は素晴らしくても実現するためのオペレーションに膨大なリソースがかかりサービスが成立しないなどということになりかねません。また、サービスリリース後も、状況の変化に応じて定期的に内容を見直すことが望ましいでしょう。
もう1つは、組織設計や業務プロセス改善のためのプロジェクトで、日常業務のフローに潜む問題点を抽出し、その解決策を検討する際です。
いずれの場合でも、サービスブループリントは、組織を横断したチームによる共同作業で作成することが望ましいです。企業組織内にはさまざまな部門が存在しますが、異なる部門どうしで対話をしながらサービスブループリントを作成することで、部門間の協力体制を築き、サービス戦略における各部門の責任分担について共通認識を得やすくなるからです。

サービスブループリントの例

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