サービスデザインを実践する人材像 イノベーションのためのサービスデザイン(4)

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    長谷川敦士代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト

※本記事は、一般社団法人 行政情報システム研究所発行の機関誌『行政&情報システム』2019年8月号に掲載の、長谷川敦士による連載企画「イノベーションのためのサービスデザイン」No.4「サービスデザインを実践する人材像」からの転載です(発行元の一般社団法人 行政情報システム研究所より承諾を得て掲載しています)。

画像:Service Design for Innovation 4

1. 組織へのサービスデザインの導入

前回、サービスデザイン推進のための人材像として、組織とサービスデザイナー関与の3つのパターンを示した(連載第3回)。また、具体例として英国政府のGDS(Government Digital Service)という部門などの活動を紹介した。

こういった組織的なサービスデザインの推進は現在多くの企業や公共組織で急速に進められている。こういった取り組みは、本連載の第1回で紹介した『「デザイン経営」宣言』のように「デザイン経営」と呼ばれたり、あるいは「デザイン組織」と呼ばれたりしている。また、「組織のデザイン化」というアプローチ自体は、デザイン変革(デザイントランスフォーメーション/Design Transformation)とも呼ばれている。

筆者らコンセントでは、サービスデザインの実践者としてこれまでも数多くの企業のデザイン変革を支援してきたが、国内外の事例を通じて共通してみられる論点が得られた(図1)。

図1:組織のデザイン変革における論点

リーダーシップ

  • サービスドミナントロジック型の経営・事業ビジョン
  • デザイン重視姿勢
  • 組織全体のコミットメントを引き出すコミュニケーション

サービス/事業開発

  • サービスデザイン手法の導入
  • ピボット前提の事業計画
  • 共創型ビジネスモデル実践

組織の変革

  • 横断的顧客視点を重視する組織構造
  • デザインリソースを活かす形態
  • 新しいデザイナーの職種定義

能力育成

  • 非デザイナー向けデザイン教育の組織的実践
  • デザインリーダーの育成
  • 共創指向の普及

出典:株式会社コンセント作成

ここでは、組織のデザイン変革にあたって検討すべき論点をリーダーシップ、サービス/事業開発、組織の変革、能力育成の4つに整理している。一般的に組織がデザインを導入する際には、これら4つの視点をもちながら導入プロジェクトを計画・推進する必要がある。

次節から、それぞれの論点について解説する。

2.リーダーシップの必要性

まずは1つ目の論点、もしくはスタート地点として、組織のリーダーがデザイン導入の自覚をもち、組織に対して宣言を行うことが求められる。組織においてデザイン重視の経営を行うことは、企業においてイノベーションを生み出すために導入する、あるいはこれからの社会に対応したサービスドミナントロジック型の事業運営を行うために導入するといった、さまざまな観点から合理的に選択されうるものであり、企業としての意思決定としてなされるものでなければならない。例えば、IBMのジニー・ロメッティCEOは自身のCEOビジョンのなかでデザインの重要性を述べて、それに基づき後述するIBMデザインプロジェクトを実践した。また、日本の特許庁でも、宗像直子長官が特許庁においてデザイン経営を推進することを宣言し、CDO(Chief Design Officer)を設置し、デザインプロジェクトを実践した。

組織でのデザイン導入は、こういった組織トップの関与がなければ難しい。一般的に、多くの場合、組織トップはデザインの重要性は認識できていることが多い。しかしながら、それを外部に表明したり、組織全体に対してメンバーの関与を引き出すところまでコミュニケーションできていないことが多い。こういった場合は、組織トップのデザインへの関心や関与を可視化するような活動やサポートが必要となる。

また、デザインを重視する姿勢といっても、例えば顧客重視の姿勢であったり、サービス型のビジネス(サービスドミナントロジック型の事業)への転換の表明であったりすることもある。Amazon.comのジェフ・ベゾスCEOは、自社のビジネスがサービスドミナントロジック型であることを明示しており、こういった姿勢も組織においてサービスデザインが必要とされるためのメッセージとして機能する。

トップの関与は組織でデザイン思考を一般化させる「デザイン組織化」においては前提とすべきものであるが、次節から述べる3つの論点はデザイン組織化を推進するにあたって並行して検討すべきものとなる。

3.サービス開発や事業開発の実践

デザイン組織化において、まず欠かせないものはサービスや事業開発の実践となる。これはサービスデザインプロジェクトの実践やデザイン思考の事業活用の部分であり、一番イメージしやすいものであろう。エスノグラフィ調査に基づき新しいサービスのきっかけを探索したり、企画の初期段階からプロトタイピングを繰り返すようなデザインのアプローチは、従来の事業開発のスタイルとは異なる点も多く、このアプローチの実践はデザイン組織化の中核をなすものとなる。

デザインプロセスは、一般的には図2に示すような「ダブルダイヤモンド」と呼ばれるプロセスとして記述される。このプロセスは、1. 課題の探索と2. 解決策のアイデエーション(発想)の2つのタイミングで情報の発散と収束が見られることが大きな特徴となる。1つ目の課題の探索において情報が発散して収束するということは、プロジェクトにおける解決すべき課題は、プロジェクト当初には定義し得ないということを示している。このためデザインプロジェクトにおいては、課題定義までを1つのプロジェクトとして遂行して、課題が定義された段階で課題解決をあらためてプロジェクト化するか、いったん解決すべき課題を想定しておいてプロジェクト全体を定義しておきつつ、プロジェクト途中で方針を変更することを想定しておく、といったことが求められる。

図2:ダブルダイヤモンドプロセス

ダブルダイヤモンド by Design Counsilの図。ダブルダイヤモンドとは、アイデアの発散と収束を繰り返しながら4つのフェーズ(発見・定義・展開・実現)を経て、サービスの価値を磨いていくサービスデザインのプロセスを図で表したもののこと。

出典:英国Design Council公式Webサイト(2019年6月20日時点)を元に作成
旧版にあたる。2020年7月30日時点、本出典URLではダブルダイヤモンドプロセスのアップデート版が紹介されている。

このように、デザインプロジェクトは不確定性を含んでいることから、デザインプロジェクトにおけるプロジェクトマネジメントとは、不確定性を封じ込めるのではなく、不確定性に応じてプロジェクトのほうをコントロールしていくスキルとなる。こういったプロジェクトマネジメントスタイルを事業の企画、運用にうまく接続させることができるかどうかが、民間、公共を問わず、これからの事業開発には求められている。

サービス型のビジネスは、生活者の環境の変化に応じてサービス自体をきめ細やかに見直していくことが求められる。このため、初めに企画したものを運用する、という従来のスタイルではなく、企画はできるだけコストをかけずに軽く始めて、運用しながらデザインし続けていくようなアプローチに変えていかなければならない。発展著しい中国のさまざまなサービスでは、こういった改善のことは「体験の磨き込み」と呼ばれている。こうした、運用しながらデザインを行うようなスタイルはDesOps(Design+Operations)と呼ばれている。DesOpsの実現のためには、デザインの費用がサービスを継続する間ずっとかかり続けることになる。このため、まずサービス企画は投資的な開発コストとして算定し、売り上げから運営費用を引いた利益によってその開発コストを回収するという従来型の損益モデルを見直す必要がある。また、このDesOpsスタイルの事業運営では、不確定性のマネジメントだけでなく、事業計画を流動的に変更しうるようなことも起こりうる。こういったことを想定して、ピボット(事業方針転換)が必要となったときにどのように対処するかについてを考慮しておく必要もある。

4. 組織の変革

続いての論点は、組織の変革である。どこかの事業部や部署で新しい事業モデルを取り入れても、それを企業全体で継続させていくためには組織的な視点が求められる。

組織的な視点においてまず挙げられるのは、生活者(市民・顧客)視点に立った横断組織の設置である。通常、組織は事業の最適化のために、機能組織に分割されていることが多い。しかしながら生活者はそういった企業側の事情とは無関係に、自身の文脈で生活を行っている。このため、生活者視点で見たとき、企業側のどの組織が担当すべきものなのかが曖昧になったり、あるいは複数の部門で担当をする際に、その複数の部門が関わるところで生活者に不便をかけるということが起こる。

こういった状況へ対応するために生活者視点の横断組織を介在させることによって企業の縦割りをカバーするということが行われる例がある。デンマークに2002年から2018年に存在していた国営のデザイン組織MindLabは、複数の省庁によって運営され、生活者視点で省庁間をつないだ行政サービスを企画していた。また、iPhoneやMacで知られるAppleは1990年代に、縦割りの組織構造によって生活者視点が失われてしまったことを自覚し、各事業部の事業部長を所属させた横断組織User Experience Labを設立し、生活者視点での解決を行った。

生活者視点に基づき設立される横断組織は、組織の効率化のための機能分割と生活者視点との両立のための有効な施策である。しかしながら、こういった組織が後付け的に設置されると、プロフィットセンターたる事業組織よりも組織内で優先度が下がってしまうといったこともよく見られる。これを避けるためには前述のAppleのように、事業部長クラスがこの組織の利害関係者となるような采配も必要となる。

また、別の観点で非デザイナー向けのデザイン教育や、従来型デザイナーのさらなる育成も組織を設置して実施する必要がある。次節で述べられるように、デザインの考え方は、デザイナーだけでなく組織内のすべての人が視点としてもつことが望まれる。しかしながら、いまだこういったデザイン教育は一般的に普及しているとは言えず、組織で独自に行う必要がある。

このことにいち早く取り組み始めたのが冒頭に紹介したIBMとなる。IBMでは2014年よりIBM Design Thinking Labという組織を設置し、この組織が世界中のIBM社員に対してデザイン教育を行っていく体制を構築している。この教育組織のために、高名なデザイナーであるダグ・パウエル氏をデザインプリンシパル(最高位デザイナー)として迎え入れ、この教育機関として独自にデザイナーを採用し(2017年で1,500名)、世界中に教育のためのデザインスタジオを設けている。この組織は2018年度までで10万人のIBM社員へのデザイン研修を行っている。

また、さまざまなサービスを手がけるリクルートグループでは、ホールディング直下の機能会社リクルートテクノロジーズに300人規模のサービスデザイン部門を設置している。この部門は、事業会社に対してコンサルティングを行うだけでなく、独自に採用・教育を実施し、育成されたサービスデザイナーを移籍させ、サービスデザイン文化向上を図っている。

こういった組織をどのような体制にするかは、もちろんデザインだけの話ではなく組織の事業全体と関わってくる事項である。しかしながら、デザインを重視する経営を考えた場合、デザインの扱いは既存組織のなかで検討するだけでなく、MindLab、IBM、リクルートのようにデザインのための組織変革を検討する必要がある。

5. 能力育成

続いての論点は、優れたサービスデザイナーの育成と、組織構成員全体でのデザイン理解の向上といった、能力育成である。

組織において、デザイン思考が既存のビジネスと乖離し、一部のデザイナーのみが意識している状態では効果を出すことができない。組織全体でデザインの視点をもつことによって、組織全体でサービスを向上させていくことができる。このため、非デザイナー向けのデザイン教育が求められる。前述のIBMでも、IBM Design Thinking Labの活動はエンジニアやセールスといった非デザイナー向けのデザイン教育であり、またリクルートでもサービスデザイナーを事業会社における事業企画者にあたるポジションに配置することで組織全体の「デザイン濃度」を上げている施策であるといえる。

大規模な組織変革の例としては、ドイツの通信大手であるDeutsche Telekomも挙げられる。社員数24万人を誇る同社では、これからの彼ら自身の変革のために、デザイン思考へと移行するプログラムを独自に企画し遂行している。このプログラムでは、人間中心設計、サービスデザインの思想を経営幹部、組織マネジメント人材、従業員のそれぞれ向けに設計し、7つの重点コンセプトに基づきながら遂行を行っている。

Deutsche Telekom Design-Driven Transformation
7つのコンセプト

  1. 1.コミュニケーション:主体性の醸成
  2. 2.サポート:必要なスキルと知識の提供
  3. 3.ツールボックス:必要な作業ツールを提供
  4. 4.ラボ:チームをサポート
  5. 5.コミュニティ:一体感をつくる
  6. 6.ネットワーク:常に知識を共有する
  7. 7.ハブ:成果を増殖させる

同社はこの成果によって、2016年のサービスデザインアワードも受賞している。
このような組織のデザイン思考の底上げ、一般化も多くの企業で実践が始まっている。

6. デザイン組織を支える人材

ここまで、組織へのデザイン導入である「デザイン組織化」について、留意すべき論点を述べてきた。こういったデザイン組織化は民間企業、行政機関を問わずにグローバルに進んでいる。この際には、本稿で述べたように、リーダーシップに基づいて、サービス/事業開発、組織の変革、能力育成の3つの施策をバランスをとりながら実行していくことが求められる。

デザイン組織化の推進は、多くの場合CDO(Chief Design Officer)といった、組織のデザイン戦略を担当する役割の立場の人によって計画・推進される。

CDOは、デザインの専門家であることに加えて組織全体の経営にまで関与している必要があるため、なかなかCDOに必要な要件を明示することは難しい。どのようにCDO的役割を創出するかは今後の各組織で大きな課題となるであろう。ちなみに、本稿の冒頭で述べたIBMでは、IBMが買収した外部企業の人材であるフィル・ギルバート氏をゼネラルマネージャーとして迎え入れ、プログラムを推進した。また、特許庁では、長官に次ぐポジションである特許技監である嶋野邦彦氏がCDOを務めている。

このようにCDOは組織ごとに事情が異なってくるが、デザイン組織化を率いるチームは多くの企業でデザイナーが務めている。この組織変革の仲介役は「カタリスト(Catalyst/触媒)」と呼ばれている。サービスデザインファーム大手のFjord(フィヨルド)は、コンサルティング会社のアクセンチュアのグループとなったことに伴い、従来までのサービスデザインの直接コンサルティングだけでなくアクセンチュア全体の変革のためのカタリストとしての役割を果たしている。

次回以降では、こういったサービスデザインの遂行、組織変革と多様な役割が求められるサービスデザイナーなどの人材像について検討をしていく。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

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