クリエイティブのコミュニケーション デザインの造形力を探る(2)

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企業/ユーザー間のコミュニケーションは、理屈が正しくとも「情報がある」だけでは伝わらない。伝えたい情報を形に落とし込むときには、ターゲットの感情を動かし、行動を促すようデザインする必要がある。情報に血を通わせるためにデザイナーがしていることは何か。形に落とし込むプロセスにおける試行錯誤やデザイナーの役割について、前回に引き続き、コンセントのクリエイティブグループを率いる4人のアートディレクターが持論を展開する。

オンライン座談会の画面

髙橋裕子(写真左)

アートディレクター
京都工芸繊維大学大学院修了。雑誌などの出版物のデザインをはじめ、企業・大学の広報物などでは企画面からの提案にも携わる。2012年から雑誌「オレンジページ」のアートディレクションを担当。コミュニケーションデザインを得意とし、メディア問わずユーザーにとって響く表現を提案している。

山口陽一郎(写真左から二番目)

アートディレクター
映像ポストプロダクション勤務を経て2011年にコンセント入社。
ウェブサイトやアプリなどのアートディレクション・デザインをはじめ、リサーチ、デザインガイドライン作成、映像制作、社外に向けたデザインセミナーへの登壇などを幅広く担当する。

白川桃子(写真右から二番目)

アートディレクター
静岡大学教育学部卒業。雑誌やムック、学校案内、教科書、広報誌など、紙媒体・ウェブを中心に幅広くアートディレクション・デザインを手掛ける。媒体の特性に合った柔軟なディレクション・デザインを得意とする。

本間有未(写真右)

アートディレクター
札幌市立高等専門学校(現・札幌市立大学デザイン学部)視覚デザイン学科専攻科卒業。2002年に株式会社アレフ・ゼロ(現・株式会社コンセント)入社。雑誌や企業の広報冊子、教科書などのデザインを通して得た編集デザインのスキルを生かし、紙媒体やウェブサイトなど、幅広くアートディレクションを手がける。

課題を知る・深掘りするためにやっていることは?

髙橋:今日は主に、ものづくりにおいてコンセプトを形にするときに取り組んでいること、さまざまな人とコミュニケーションを取りながらプロジェクトを進めていく方法について話したいと思っています。コンセントでは、課題を知ることからスタートすることが多いかと思いますが、それぞれどんな手法で課題への理解を深めていますか?

本間:八海醸造株式会社様(以下、八海山)のコーポレートサイトのリニューアルプロジェクトを担当したときは、一度現地に足を運んだだけではその魅力を把握し切れないと感じ、撮影もかねて何度も通いました。働いている方のお話を直接伺って地域や商品への思いを知ったり、季節によって良さの変わる現地の空気を時間をかけて感じる。その酒造りの現場や食文化を自分が直に体験することで、クライアントの伝えたいことの本質的な部分を理解するように努めました。そうすることでつくるものにも人の肌感のある温かさが生まれたというか、実のあるアウトプットになったんじゃないかなと思います。

髙橋:実際に現地を見て、その後何回も足を運ぼうと思ったきっかけは?

本間:八海山が運営している関連施設「魚沼の里」を情報収集のために一度訪れたら、事前に聞いていたことやサイトで見た印象よりも、魅力にあふれた素晴らしい施設だったんです。この良さを正しく伝えるためには、季節ごとの魚沼を見る必要があるのではと思いました。何度も通う中でクライアントの「知ってほしい」「魅力を伝えたい」という熱い気持ちも受け取って、魅力が伝わる見せ方を考えていきました。

八海山コーポレートサイトのトップページ。現地の雪山の写真が大きくレイアウトされている

髙橋:確かに体験ベースで組み立てると魅力がより伝わりやすいかもしれないですね。クリアに物事を伝えるための情報設計を、ユーザーとして体験することで決めていったという感じでしょうか。
山口さんはどうですか?

山口:僕はウェブサイトのリニューアルプロジェクトを担当することが多いのですが、「知る」というよりは「深掘りする」に近いですね。
以前のプロジェクトで、改善の際には「どこにストレスを感じるポイントがあるのか」というのをユーザーとして感覚的に知っていた方がいいなと感じたことがあったんです。なので、改善に着手する前に、例えば「採用情報を探している30代・男性」という設定で、対象サイトの目的となるコンテンツにたどり着くまでの動線を自分で確認してみるということをやっています。あくまで一般的なユーザーとしてウェブサイトを見たときにどこでつまずくかを考えてみると、今の状態では文字が小さ過ぎるとか、そんな単純な話ではないポイントがいくつか出てくるんですよね。そうやって、行動がうまくいかないストレスポイントを自分で確かめています。

髙橋:現状の課題を知るために、ユーザー設定を自分に課しているということですね。

山口:はい。ストレスポイントを言語化するときは、同時に良かったポイントも文字に起こします。ユーザーの感覚になるべく近づけるように自分ごと化する作業は、プロジェクト開始時によくやってます。

髙橋:私がある食品関連企業のコーポレートサイト内に掲載されるコンテンツをリニューアルしたときは、栄養や健康に関心がある一般ユーザーに向けた情報をより伝わるように整理したいという要望がありました。
競合サイトは当然チェックしますね。同種のコンテンツと比較して差別化できるポイントを探りつつ、時に分解しながら構成要素を確認する。その企業が栄養に関連したコンテンツをリリースするときに、情報量が膨大なコーポレートサイトにおいてどういう道筋を経てたどり着ければユーザーにストレスがかからないのかを考えます。一ユーザーになってとことんサイト体験をすることで、いいところと課題が必ず見つかりますし、情報の深掘りという意味でこういう作業は結構やっています。ここの解釈を間違えると筋違いのものが出来上がってしまったりするので。

山口:コーポレートサイトを訪れる人は目的がはっきりしている人が多いし、情報取得を急いでいる人も多いですよね。そういう状態を想定したときに、本当にここに大きい画像が必要か、みたいなセオリーに対する疑問が生じることもありますし。

髙橋:ターゲットの人格を踏まえた上で、自分の視点をいくつかに分けて情報収集するという形……ユーザーになってみる、ユーザーを憑依させてみる、というのが近いかな。日本でデザイン思考が語られる際の「共感」よりはもっと踏み込んだイメージ。

方針検討の際にアートディレクターはどう動く?

本間:方針検討の際は、どういう方向性にするかをチーム全員で話し合うこともあります。プロジェクトの前段階で行う調査・分析結果に加え、いろいろな職種のメンバーがそれぞれの視点で意見を出し合って、最終的な方針を決めていきます。

髙橋:コンセントの場合は、誰が何をやる、というのは決め込み過ぎず、フランクに話すことも多いですよね。

本間:意見を出し合うときは立場は関係なく、最後に役割を割り振りますね。先ほどの八海山の施設(魚沼の里)のウェブサイトも、「現地の空気感を感じられるサイトにしたい」から始まっていて、まずはその空気感って何なんだろう?とブレストしたんです。魚沼の里のウェブサイトは、現地の気温と天気が表示されるんですけど、それもそのときにメンバーから出た案でした。
ホーム画面で文字がふわっと浮かび上がるのは、稜線をなでた風が町にそっと降りてくるようなイメージ。オーソドックスに表現すると、最初にこういう施設です!と主張の強い写真を見せがちだけど、それだと全体像を把握できない。そういったサイトの表現も、話し合いの中で出た意見が発端になっていて、提案の際に「季節を感じられる施策をさせてほしい」とこちらの方針としてしっかり伝えて実現しました。最初にゴールが明確に決まっていなくても、方向性を話していく中で具体的な案が出てくることもありますよ。

「魚沼の里」ウェブサイトの画面キャプチャ(その1)
「魚沼の里」ウェブサイトの画面キャプチャ(その2)

本間が担当した「魚沼の里」ウェブサイト。サイト上では右上に、現地の気温と天気が表示される

髙橋:話し合うことでインプットからアウトプットまでをつなげているんですね。コンセプトばかり話すのではなく、形にした後のことまでを考えてアイデアを出し合うってことですか?

本間:アウトプットとして「この辺かな」っていう着地点を一緒に探す感じですかね。クライアントに対しては、それを言語化するときもあれば、イメージボードで見せるときもあるし、表現したいことに近い具体的なサイトを提示するときもあります。抽象化したり具体化したりを行きつ戻りつして輪郭をはっきりさせていく。

髙橋:なるほど。クリエイティブは一気につくり上げることが多いですか? 課題設定、方針検討など一般的なプロセスはあるけど、私は並行してビジュアル検討を走らせることも多くて。皆さんはどうですか?

白川:チームの中に客観視できて歯止めを利かせてくれる人が一人いれば、私はとことん夢中になってしまうタイプです。プロジェクトはたくさんの人が関わるので、任せられるところは任せて、自分の感覚の自由度を狭めないようにしてます。

本間:わかる。好きになり過ぎると客観視できなくなるから、バランス感覚を失わないように気を付けていますね。ものづくりをするときは、愛着が湧く前の一ユーザーの視点に戻る、というのはわりと意識してます。コンセントのメンバーはそれぞれの職種に応じたプロフェッショナルの視点をもっているけど、職種関係なく意見できるし、垣根もないですね。

髙橋:そうですね。ところでそうやって絞り出したアイデアをデザインに落とし込むフェーズで、試行錯誤する中で感覚的に「この辺かな」と当たりの付いたデザインの方向性を示すとき、クライアントにどうやって説明していますか?

白川:私は何かしら形をつくっちゃいますね。ものに応じてですが、原寸で製本してもっていったり、イメージボードを共有したり。何か形になっていると、そこから話がひろがることも、これは違うねとなることもさまざまですが、形にすることできっかけが生まれることが多いです。

髙橋:トーン&マナーを決める時はどうですか?

山口:自分もクライアントも形にならないとわからないことも多いので、取っ掛かりとしてひとまず形にしてみますね。備忘録のような役割もすごくあると思っていて。

髙橋:以前にあるプロジェクトで、方針が決まっていざ走り始める段階で「最終的な絵が見えないから不安。1ページだけでもつくってもらえないか」と言われたことがありました。そのとき、つくり始めていたラフデザインを見せたんですが、途端に全員が「こういうことか」と理解して、一斉に同じ方向に向かうのを感じました。もちろん、途中段階で見せてしまうことのリスクはありますが、言葉をどんなに積み重ねていてもかなわない実物の強さを見たというか。場面場面で形にして共通認識を得られるといいのかなと。可視化というのは一つの指標で、間違っていたらそこで気付けるという利点もありますからね。

山口:頼まれてないけどつくる、というのはデザイナーはよくやりますよね。こんな感じかな、とつくってみて、もっていったら評判が良かったっていう。

髙橋:誰もがわかる形にすることは、一つのコミュニケーションツールにもなりますよね。それに対してどう思うかという具体的な意見交換の時間をつくれるし。

本間:ざっくりとした形であってもデザインがあるだけでスムーズに話が進むことはたくさんありますよね。さくっと形にできるのはデザイナーの強みだと思う。

髙橋:言葉やコンセプトを形に変換できることをスピーディーにできて、それをもって話ができるのは確かにいいですね。

本間:逆に言語化は難しい(笑)。

髙橋:言葉だとみんながそれぞれ違う想像をしてることがありますからね。

本間:一度形にすることで、違和感のある部分について全員が同じ目線で「なぜ違うのか」という話ができますしね。

髙橋:例えばデザインの打ち合わせの場で「大人かわいい」と言われたとして、「大人かわいい」という言葉に対して全員のもつイメージが同じとは限らない。そういう場面に対して認識をそろえるものを提供する翻訳力がデザイナーには必要とされていると思っています。それが言葉であっても、形であっても。アートディレクションを始めるタイミングでも方向性を「正しく伝えなきゃ」と感じることは多々ありますし。そういうときに言葉を自分自身で完全に形にするのか、あえて余白を残して人の手を借りるのかは、難しい問題だと思います。そうやって試行錯誤して、言葉と形を往復すること自体がデザイナーの仕事なのかもしれないですけど。

山口:5年ほど前に、ユーザーの洗い出しや調査、要件整理が目的のプロジェクトがあって、頼まれてはいなかったけど、調査結果をわかりやすく示すために画面デザインと遷移を動画にしてつくったんですよ。髙橋さんが言うように、最終成果物をつくるということだけがデザイナーの役割ではないですからね。そこに行き着くまでのプロセスや中間成果物への解像度を上げるためにもっている技術を提供するのも務めだと思っています。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

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