2020年代のサービスデザイン イノベーションのためのサービスデザイン(8)

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    長谷川敦士代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト

※本記事は、一般社団法人 行政情報システム研究所発行の機関誌『行政&情報システム』2020年12月号に掲載の、長谷川敦士による連載企画「イノベーションのためのサービスデザイン」No.8「2020年代のサービスデザイン」からの転載です(発行元の一般社団法人 行政情報システム研究所より承諾を得て掲載しています)。

画像:Service Design for Innovation 8

1. Service Design Global Conference 2020

去る10月22、23日の2日にわたり、サービスデザインの国際会議Service Design Global Conference 2020(SDGC20)が開催された。当初サービスデザインのメッカであるデンマーク、コペンハーゲンにての開催が予定されていたが、コロナ禍によってオンライン開催へ変更となった。

今年のテーマは、「Embracing Changes(変化を受け入れる)」。サービスデザインを巡る社会の変化、そしてコロナ禍による生活の変化、そしてこれからの社会のあるべき変化、そういったすべての変化を受け入れていく、というテーマ設定となった。

カンファレンスは、2日にわたり開催された。初日は基調講演、ケーススタディなどのショートセッション、そして質疑を含めたモデレータとのディスカッションセッション。そして2日目はさまざまなトピックに分かれてのワークショップが開催された。例年ショートセッションでは、さまざまなサービスデザインの事例や新しい手法などの提案が行われるが、本年も公共サービス、ヘルスセクター、そして民間企業といったさまざまな領域でのサービスデザインの実践や組織化などのトピックが共有された。また、コロナ禍を反映して、コラボレーションツールを提供するMural社からオンラインコラボレーションの話題なども提供された。

例年、基調講演では、世相やグローバルなデザイン業界のトピックを反映した話題が提供されるが、今年はインクルーシブ・ダイバーシティが主テーマとなった。3つの基調講演は、カナダのOCAD Universityのデザイン学部長Elizabeth(Dori)Tunstall氏による「デザインの脱植民地化」、AirbnbのInclusive Design LeadのBenjamin Earl-Evans氏による「インクルーシブサービスデザイン」、そして、黒人やラテン系の人々に影響を与える人種や健康の不公平に挑戦するために若者を教育する非営利団体Creative Reaction Labの創設者であり、社長兼CEOでもあるAntionette Carroll氏による「正義のためのリデザイナー」と、2020年代のデザインを考える上で欠かせない論点が提示された。

今回は、この基調講演の内容を紹介しながら、日本におけるこれからのサービスデザインについて考えていきたい。

2. 脱植民地化デザイン

デザインの脱植民地化

9:00 CEST(ヨーロッパ中央時間)という、日本は夕方16:00、西海岸では深夜0時というまさに世界を股にかけた時差のなかで始まったSDGC20であるが、ヨーロッパ15:00、日本で22:00、西海岸でも6:00というちょうどまんなかの時間に実施された基調講演は、カナダのOntario College of Art and Design University(OCAD University)のデザイン学部長Elizabeth(Dori)Tunstall氏による、「Decolonising Design:Six Respectful Steps for Embracing Change(デザインの脱植民地化:変化を受け入れるための6つの尊重すべきステップ)」と題されたものであった(図表1)。

図表1:Elizabeth(Dori)Tunstall氏


Elizabeth(Dori)Tunstall氏のポートレート。

Photo Credit:Ishmil Waterman

「Decolonize(脱植民地化)」という言葉は、さまざまなデザインイベントなどで2019年頃から用いられるようになってきている。AIGA(American Institute of Graphic Arts:米グラフィックアーツ協会)のメディア「Eye on Design」によるAnoushka Khandwala氏の記事「What Does It Mean to Decolonize Design?(デザインを植民地化するとはどういうことか)」をもとにまずは脱植民地化デザインという概念を整理しよう。

What Does It Mean to Decolonize Design?

まず同記事によるとこの言葉は、しばしば「多様性(Diversity)」と同義のように扱われているが、しかし同一視してはならない概念であるという。では、どういったものであるのか、そしてこの脱植民地化という考え方はどういった意味をもつものであろうか。

「脱植民地化」とは、言葉通り先住民族の資源を奪い取ったり、西洋のイデオロギーを埋め込むような行為である「植民地化」と対になっている概念である。「脱植民地化」は、もともとはかつての植民地から宗主国が撤退をすることを意味していたが、現代ではそこに思想的な意味が込められている。それは、欧米がこれまで他国を植民地化することで社会が成立してきたことを振り返り、これまでそういった文化の多くが流用されたり盗用されたりしたことを認めることであるという。

同記事によると具体的に、デザインにかかわる「脱植民地化」は、「デザインの歴史」「デザインの価値観」「デザインワーク」の3つの観点から論じることができるという。それぞれ紹介しよう。

デザインの歴史の脱植民地化

まず、現代のデザインの価値観や歴史は、「欧米の男性デザイナー」が定義した善し悪しの「正典(a canon)」によって定められている側面があるという。これによって、たとえばガーナのテキスタイルはデザインではなく「工芸品」として扱われ、現代のデザインとは異なるものとして扱われることとなる。こういった現象は結果的に、多くの文化圏のデザインの歴史と実践とを劣ったものと見なすことにつながっているという。

ロンドンにある世界有数の美術大学であるセントラル・セント・マーチンズのシンバ・ヌキューブ氏の研究によると、植民地主義はデザイン基準にも影響を与えているという。たとえば、西洋では空間の近似には直接的な遠近法が最良であると考えられており、実際そのように教育されている。しかしながら、歴史的には三次元空間の表現方法は単一ではなく、たとえば日本の遠近法は三次元ではなく平面にしか基づいていないが、イメージを作成するためには効果的な方法であると言える。しかしながら、デザイン基準は西洋文化に依拠してしまっているためこのような他の基準を取り入れることが難しくなってしまっているという。

氏は、このように西洋的なデザイン教育によって教えられてきた基準が普遍的なものではないということに気づくことがデザインの「歴史の脱植民地化」の重要な鍵であるという。

デザインの価値観の脱植民地化

デコロナイジング・デザインという研究グループのメンバーであり、教育者でデザイナーであるダナ・アブドゥラ氏によると、「脱植民地化とは慣れ親しんだものを打ち砕くこと」であるという。氏は、現在のデザインは、「現状を破壊するものではなく、確立された秩序を打ち砕くものでもない(design today does not disrupt the status quo, it does not disorder the established order.)」という。氏によればこれはデザインが置かれている資本主義というシステムによっているという。氏は「資本主義は植民地化の道具であり、現在の西洋社会では真の意味での脱植民地化はほとんど不可能であることを認識しなければならない」という。

現代のデザインの仕事では、「慣れ親しんだものを打ち砕く」ために、ユーザーのニーズを観察するところからスタートする。しかし、氏は果たして異なった民族の人々に自分たちのデザインしたものがどのように受け止められるかまで考えているか、と問う。文化や教育によって好まれるデザイン嗜好性は異なっており、西洋的価値観での美醜の前提を解体すべきであるという。それはつまり、デザインは「正しい」教育を受けたものがすべての答えをもっている、という概念を捨てなければならない、ということとなる。

デザインワークの脱植民地化

また、デザインという仕事の進め方についても脱植民地化を意識する必要があるという。デザイナーは基本的にニュートラルな立場であり、クライアント(依頼主)の依頼に対してそれに合わせて対応できる、という前提に立ってデザインワークは成り立っている。しかしながら、ユーザーの価値観や経験を理解することができないとき、デザイナーはその立場から降りるべきであると氏は主張する。これは、主体(クライアント)のアイデンティティを反映したメッセージを発信することができるデザイナーが必要である、ということを意味する。

氏はこの側面はダイバーシティとインクルージョンの議論と重なるものであるといい、「誰と」「どのように」コラボレーションするか、という形で現実の世界において、我々に選択が迫られているという。

我々はなにを考えるべきか

ここまで、「デザインの脱植民地化」という考え方について紹介してきた。今回基調講演を行ったTunstall氏は、多様性とインクルージョンを越えて、デザインをモダニズム的なプロジェクトから切り離すことで、デザインを脱植民地化することへ実際に取り組んでいる実践を紹介した。具体的には、OCAD大学でのカリキュラム、ガバナンス、雇用のそれぞれにおいて脱植民地化を実際に進めている事例が共有された。

また、氏は、自身の実践から、これからの社会がデザインの脱植民地化を進めるために行うべき、6つのステップとして提示した(図表2)。

図表2:変化を受け⼊れるための6つの尊重すべきステップ:Six Respectful Steps for
Embracing Change

  1. 1.先住⺠族の要求を優先する。
    Put Indigenous demands first.
  2. 2.制度の⼈種差別と⽩⼈⾄上主義を認める。
    Own up to the institutionʼs racism and white supremacy.
  3. 3.BIPOC(※)コミュニティとの真の関係を築く。
    Establish authentic relationships to BIPOC communities.
  4. 4.⾃分の関⼼事だけでなく、BIPOCコミュニティの関⼼事を募集する。
    Make the call for applications about BIPOC community interests, not just your
    interests.
  5. 5.体系的排除を考慮した資格基準を定義する。
    Define qualification standards that take into account systematic exclusion.
  6. 6.(変化を起こせるまでの)採⽤の実施。
    Hire (in 3ʼs) for critical mass.

    (※)BIPOC: Black, Indigenous and people of color(⿊⼈、先住⺠、有⾊⼈種の⼈々)

(出典)SDGC20 Tunstall⽒のプレゼンテーションをもとに筆者が構成

日本では、一般的には「植民地化」と言われてもあまり当事者感覚をもてない人が多数であろう。しかしながら、デザインの影響力が大きくなり、より政治的になってきている今、デザイン自体が実は西洋的な価値観に基づいているというこの脱植民地化という議論は、日本でも考えてみる必要があるであろう。

3. インクルーシブサービスデザイン

Airbnbの課題

宿泊サービスAirbnbのInclusive Design Leadである、Benjamin Earl-Evans氏は「Inclusive Service Design(インクルーシブサービスデザイン)」と題した基調講演を行った(図表3)。

図表3:Benjamin Earl-Evans氏の講演

氏はAirbnbのなかで、横断的にインクルーシブデザインを監修する立場にある。氏が着任して感じていた課題は、Airbnbにおいて、「黒人のゲスト(宿泊者)が泊まれないケースがある」ということであった。これは原因として、ホスト(家の貸主)が、プロフィール写真の黒人の顔を見て(偏見によって)なんらかの理由をつけて宿泊を断ってしまうことに起因すると考えられていた。ここで写真の提示が問題であると言ってしまうことは簡単だが、しかしながら、Airbnbという見ず知らずの人を家に上げて泊めるサービスにおいて、相手を信頼できるようになるステップは重要なものであり、ただ写真をなくせばよい、というものでもないということも明らかであった。プロフィール写真は、信頼、快適さ、人と人とのつながりの源になっている、と氏はいう。

そして一方で、偏見(bias)というものはすべての人がもっているものであると氏は指摘する。そもそも偏見を含むバイアス、先入観は、人間が進化のなかで生存戦略として獲得してきたものであり、簡単になくすことはできない。そういう観点から、偏見はなくすものではなく、その存在を自覚することがデザインにおいては必要であるとし、その上で、いかに人を判断せずにサービスを提供できるようにするか、が氏が目指すデザインであると述べた。

これはインクルーシブデザイン全体に共通して言えることであろう。我々のもっている認識にふたをするのではなく、特性を理解した上で一人一人に対しての選択肢を提示すること、氏の講演ではあらためてそういったインクルーシブデザインの中心的な考え方が述べられていた。

インクルーシブデザインとビジネスの両立

氏はそういった状況のなか、チームを率いて30を超えるプロトタイピングによる実験を行い、課題の解決に取り組んでいったという。そういったなか、導かれた解決策が、「家を借りる相談をするコンタクト時にはプロフィール写真は見られないが、契約が成立した段階で公開される」という仕様であった。黒人に対しての偏見は、ぱっと見の反射的なものであり、いったん契約をした後にはそれを覆すようなものではないという仮説からこのような形となった。

しかしながら、Airbnbは3,000人を超える従業員がおり、50を超えるプロダクトチームが動いている組織であり、他部署からのこの施策の実装に対しては多くの抵抗があったという。それらは、以下のような原因に分類されるという。

【個人観点】

  • 時間がかかる:インクルーシブデザインの実施には時間がかかる
  • 自分には関係ない:長期的成果を直感的に理解できない
  • なんか違う:習慣と異なることに違和感をもつ
  • どこからはじめたらよいかわからない:インクルーシブデザインはまだ分野として新しく知識が普及していない

【ビジネス観点】

  • リソースが足りない:特に初期段階では外部リソースが必要
  • 対象者は少ない:潜在的なユーザーを見逃してしまっていることが多い

氏のプロジェクトはそういったなか無事にリリースにこぎつくことができ、そしてこれまで潜在的に取りこぼしてしまっていたユーザーを取り込むことにつながり、最終的にこの施策はビジネスとしても成果につながったという。これは、優れたユニバーサルデザインは結局のところ健常者にも使いやすくなり、利用者から愛されるという事例にも通じる。

インクルーシブサービスデザインのために

Evans氏のこの事例は、Airbnbという大規模なサービス事業者においてもインクルーシブデザインが日常になっていくということを予感させる好事例であろう。

氏はAirbnb社に掲げられているフレーズ「We imagine a world where you can belong anywhere.(どこにでも居場所がある世界)」を紹介しながら(図表4)、Airbnbにとって人を制限しない、インクルーシブデザインが重要であると説き、その実現に向けて求められる以下の3つの視点を提示した。

  • 課題を自分ごと化する(Own the problem)
  • 自分のバイアスに挑戦する(Challenge your bias)
  • 誰かのためにではなく、ともに実践する(Build with, not for)

これらはインクルーシブデザインに限らず、サービスデザイン全般に求められる概念であるといえるが、これからの社会ではますます求められていくものであろう。

図表4:Airbnb社の野外広告

4. これからの日本のサービスデザイン

ここまで、SDGC20の基調講演からこれからのサービスデザインを考える上での重要な論点となりそうなトピックを紹介した。

どちらにも共通する、根底に流れる思想は、デザイナー、デザインにかかわる人々個々人の「当事者性」である。デザインは、いまや最終の仕上げのための技術ではなく、事業自体、社会自体を動かすものとなった。デザイン研究家のK. クリッペンドルフは、プロダクト、サービスとデザインの対象が変化してきたいま、デザインとはディスコース(言説)であると述べた。デザインとは、形あるものやサービスではなく、当事者にとってどのように語るかという「意味」であるということである。

従来デザインは組織の表現機能として、つまり代弁者としての役割を担ってきていた。それゆえにデザイナーは透明で、ニュートラルであるという原則が共有されていた。しかしながら、この「デザインの脱植民地化」は、その「デザイン」というアプローチ自体が偏っていることを明らかにした。

もはやデザインは、「誰かがやるもの」でも、「組織の声」の代弁でもない。デザインに携わる人はすべて個々人の判断で、価値を具体化していかねばならない。この「デザインにおいての当事者性」はもちろん日本も含めたグローバルなデザインのこれからのメインの課題となっていくだろう。

日本でのサービスデザインは、まさにいま始まったところであり、だからこそチャンスであるともいえる。公共セクター、民間企業問わず、「組織」ではなく「人」がサービスデザインを実践していかなければならない。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

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