プロダクトインクルージョンとは何か ダイバーシティの視点から得るインクルーシブデザインのヒント
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こんにちは、インクルーシブデザイナーの佐野です。
2021年9月22日に、書籍『Google流 ダイバーシティ&インクルージョン インクルーシブな製品開発のための方法と実践』(株式会社ビー・エヌ・エヌ)が刊行されました。本書のテーマとなっているのが、Googleが実践するインクルーシブデザインのアプローチである「プロダクトインクルージョン」です。
ここで言う「プロダクト」とは、実体のあるプロダクトだけではなく、デジタルプロダクト全般を指しています。つまり「モノ」としての実体がないサービスデザインやコンテンツ企画、ブランディングなどにも十分に活用できるインクルーシブデザインの考え方ということです!
本記事では、この書籍に書かれた内容をもとに「プロダクトインクルージョン」の意義と、デザイン・開発プロセスへの取り入れ方をご紹介します。
プロダクトインクルージョンって?
プロダクトインクルージョンとは、「プロダクトのデザインと開発の全プロセスをインクルーシブ・レンズを通して見つめ、プロダクトをより良いものにし、さらにはビジネス面での成長も加速させることだ」と本書で述べられています(「インクルーシブ・レンズ」の詳細は後述します)。
「インクルージョン」がどういうことかピンとこない人がいたら、「疎外(エクスクルージョン)の反対」と考えてみましょう。何らかのプロダクトやサービスを使った時に「あ、これは自分向けにつくられていないんだな……」と感じたことはありませんか? 例えば、日中は会社勤務なのに、問い合わせ手段が平日営業時間内の電話しかなくて困った……など。
つくり手が想定しているユーザーの中に自分が入っていないと感じたとき、私たちはがっかりしたり、「こんなサービスを使うものか!」と思ってしまうことさえあったりします。ユーザーにこのような気持ちを抱かせることなく、より良い体験や価値を提供するためには、「自分も包括(インクルード)されている」と感じてもらうことが重要です。
Googleアシスタントに代表されるように、Googleは世界中の「すべての人」に向けたプロダクトやサービスをつくっていますよね。あらゆる人種、ジェンダー、性的指向、宗教、信条などをもつユーザーたちが疎外感を感じることなく受け入れられるプロダクトにするためには、つくり手側が多様な視点をもつことが不可欠です。
「私がつくっているプロダクトのターゲットは『世界中のすべての人』じゃないんだけど……」という人もいるでしょう。プロダクトインクルージョンは、なにも「すべての人」がターゲットの時だけ発動するものではありません。想定するターゲットの範囲に関わらず、どんなプロダクトに対しても「見過ごされているユーザーはいないだろうか?」という観点を組み込むことが重要なのです。
どうしてプロダクトインクルージョンは大事なのか?
見過ごされているユーザーを把握するために、開発・デザインプロセス全体にインクルーシブな視点を組み込むメリットは主に2つあります。
- 1.全ユーザーにとってより良いプロダクトにするためのヒントを得られる
- 2.「ユーザーにこれからなり得る人」を取り込むチャンスが得られる
1. 全ユーザーにとってより良いプロダクトにするためのヒントを得られる
見過ごされてきたユーザー層に目を向けると、これまで考慮していなかった機能や使用方法に気づくはずです。人それぞれ、もっている視点も、抱えている実情やニーズも、好みも異なるからです。多様性のある視点をまとめることで、より広い層に支持され、豊かで革新的な最終プロダクトが生み出せると本書では述べられています。
人間誰もがもつ無意識の偏見は「アンコンシャス・バイアス」と呼ばれます。このアンコンシャス・バイアスが働くと、自分たちとよく似た人たちを多数派のペルソナとして設定してプロダクトをつくってしまいます。このようなバイアスは、近しい属性の人間が集まっている組織やチームの内部検討だけでは気づくことができません。だからこそ意識的に、あえてさまざまな観点から検討することが重要です。
多様性(ダイバーシティ)とは、人種、年齢、ジェンダーなどの社会的アイデンティティーだけではありません。これまでの経験、価値観などのバックグラウンドや個人的な属性や、場所、言語、利用可能なインフラなどの違いも含まれます。「反映できていない社会やカルチャーはあるだろうか?」「複数の言語のサポートの必要性は?」「通信速度や所得、デジタルリテラシーの差によって使えない人はいるだろうか?」 プロダクトに対して、このような問いをもってみましょう。
少数派のためにデザインすることが多数派のためにもなるわかりやすい例はクローズドキャプション(ユーザーが表示・非表示を切り替えられる字幕機能)です。英国ではクローズドキャプションを利用している人は750万人いますが、そのうち聴覚障害者は150万人にすぎません。英語が母語でない人や、訛りが聞き取れない人、オフィスや図書館など音の出せない環境で動画を見る際にも役立っているからです※1。
※1 出典:3Play Media,
, 2021(閲覧日:2021年10月18日)/『Google流 ダイバーシティ&インクルージョン インクルーシブな製品開発のための方法と実践』117ページよりこのように見過ごされてきたユーザーの立場や観点を取り入れることで、それまでは見えていなかったニーズ、あるいは考えもしなかった解決策を見つけられる可能性が高まります。
2.「ユーザーにこれからなり得る人」を取り込むチャンスが得られる
皆さんはインクルーシブデザインやアクセシビリティをプロジェクトに組み込もうとする際に、次のような壁にぶつかったことはないでしょうか?
「今回のターゲットではないので対応は必要ありません」
本書では次のように述べられています。
見過ごされているユーザーの割合はそこまで多くないだろう、だからビジネスとしての対応優先順位が低くても問題ないだろう、という考えは間違いです。「現在のユーザー」ではなく「ユーザーにこれからなり得る人」と考えましょう。プロダクトやサービスに積極的にインクルージョンを組み込むことは、未開拓の顧客を取り込むチャンスです。
見過ごされてきた人々のもつ機会と購買力(『Google流 ダイバーシティ&インクルージョン インクルーシブな製品開発のための方法と実践』21ページより。書籍ではモノクロです)
消費者のダイバーシティ&インクルージョンへの期待の高まりが、ブランド、プロダクト、サービスの選択に影響を及ぼすという研究結果もあります。
2019年8月に米国で行われた調査では、ダイバーシティやインクルージョンを感じる広告に触れたあと、64%の消費者が広告対象に対するアクションを取っています。さらに、調査対象である2,987名の多様なバックグラウンドをもつ消費者の中でも、「見過ごされてきたユーザー」であるラテンアメリカ系、黒人、アジア・太平洋諸島系、LGBTQ+、ミレニアル世代、ティーンエイジャーで高い傾向が見られました※2。
※2 出典:Google,
(閲覧日:2021年10月18日)/『Google流 ダイバーシティ&インクルージョン インクルーシブな製品開発のための方法と実践』40ページよりもちろん米国と日本では人種の割合や文化的背景が異なるので、この研究結果がそっくりそのまま日本にも当てはまるとは思っていません。ただ、少数派として見過ごされがちなユーザーほどダイバーシティ&インクルージョンの取り組みに対し関心を向ける割合が高く、その層の共感を得ることが企業にとっての競合優位性になるということは明らかです。
デザイン・開発プロセスに「インクルーシブ・レンズ」を適用しよう
プロダクトインクルージョンをデザイン・開発プロセスに組み込む方法を具体的に紹介するにあたって、重要なキーワードがあります。それが「インクルーシブ・レンズ」です。
私たちは自分自身のバイアスを完全になくすことはできません。この世のあらゆる文化、他者の好み、課題、ニーズを何もかも完全に理解することは到底不可能です。自分自身が「すべてのダイバーシティを完全に理解できている人間」になれないからこそ必要な、「自分とは異なる他者視点でものごとを見つめる」ためにレンズ(他者の観点)を通す感覚。それを本書では「インクルーシブ・レンズを適用する」と表現しています。
インクルーシブ・レンズを適用するためには、意識的に多様な観点を持ち寄ることが重要です。
日本における一般的な「インクルーシブデザイン」は、障害当事者をデザインプロセスの上流から巻き込んで共創していくことを指しますが、ここで言う「多様な観点」は障害の有無に限りません。
他のプロジェクトチームや、マーケティングや人事部門など、当該のプロダクト開発担当と異なる部門の人を巻き込んだ共創でも十分「多様な観点」を取り入れられます。
よくある誤解ですが、「もち寄った多様な観点すべてを取り入れなければインクルーシブではない」というわけではありません。あくまで目的はバイアスを明らかにし、排除されているかもしれない人々を把握することです。
Googleはプロダクトインクルージョンのデザイン・開発プロセスにおける重要なタッチポイントを4つ設定しています。デジタルプロダクトやサービスデザインであれば、概ねこのフレームワークを適用できるでしょう。
- 1.アイデア出し
- 2.UXリサーチとデザイン
- 3.ユーザーテスト
- 4.マーケティング
ここからは本書で取り上げられている、タッチポイントごとに取り組めるインクルーシブ・アクションをご紹介します。
1. アイデア出し
デザインプロセスの最初期の段階でインクルーシブ・レンズを適用できれば、よりよい結果が得られます。ここでは多様性のある参加者を集めて、ターゲットユーザーの定義やプロダクトのユースケースを意図的に広げていくことが重要です。
プロダクトチームとは異なる部門の人に参加してもらったり、SNSをリサーチしたり、歴史的に見過ごされてきたコミュニティーの人々と話をしてみるのもよいでしょう。
2. UXリサーチとデザイン
モックアップやプロトタイプを作成し、見過ごされてきたコミュニティーの人や、既存顧客からフィードバックをもらってみましょう。
この段階においては、プロダクトチームの通常業務からなるべく遠い部門の人を呼んでデザインスプリントを実施したり、プロダクトチームがインクルーシブ・レンズを適用することを受け入れられるよう、認識合わせをしたりすることも重要です。
ギャップや思いもよらない部分を補えるユーザーの視点を得るようにしましょう。
3. ユーザーテスト
自分たちのアイデアが、多様性のある人々にどのように受け入れられるかを確認できるチャンスです。
見過ごされてきたコミュニティーの人々に試してもらったり、ショッピングモールなど来場者の多いイベントで実施したり、オンラインサービスを利用したリモートテストなどをやってみたりするとよいでしょう。
ユーザーテストの結果から問題点を見定められるのはもちろんのこと、多様性のある視点から得られたフィードバックが新たなアイデアを検討するヒントになります。
4. マーケティング
プロダクトによって人々の体験をどのように向上できるのか、より多くの人々に共感してもらえるリアルなストーリーを語る必要があります。1つの広告やキャンペーンだけでダイバーシティを表現しきることは難しいですが、ブランドやプロダクトライン全体で統一されたストーリーやイメージを表現していくことが重要です。
実際の利用者にストーリーを語ってもらったり、キャンペーンや販促資料を見過ごされてきたコミュニティーのユーザーにレビューしてもらったりするのもよいでしょう。
「できない」ではなく、まずは自分が「やるかやらないか」
この記事をここまで読んだあなたは、「プロダクトインクルージョン」という考え方を知ってしまいました。つまり、もう「知る前の自分には戻れない」ということです。
私は、今すぐ取り組めるインクルーシブデザインの第一歩は「視点の獲得」だと思っています。まず「誰かを排除していないだろうか?」という問いが自分に備わることがスタートだからです。
いちデザイナーとして、自分のつくっているものが「誰かを排除している」ことを自覚するのはつらいです。しかし、それを直視することで「どうやったら解決できるだろう?」「そもそもなぜこの排除は生まれてしまったのだろう?」など、今までは考えてもみなかった角度からデザインを見つめ直すきっかけになり、新たな解決策やニーズを発見することにつながります。
本書ではプロダクトインクルージョンを「エキサイティングで終わりのない発見の旅」とも表現していました。本当にその通りだと思います。
本記事では紹介しきれませんでしたが、書籍の中ではエグゼクティブの説得方法、メンバーの巻き込み方など、組織でプロダクトインクルージョンに取り組むためのヒントもたくさん紹介されています。社内推進を目指す人、すでに担当している人も必読ですので、ぜひチェックしてみてください!
『Google流 ダイバーシティ&インクルージョン インクルーシブな製品開発のための方法と実践』
- ■著者:アニー・ジャン=バティスト
- ■翻訳:百合田香織
- ■デザイン:上坊菜々子
- ■日本語版編集協力:安藤幸央、佐野実生
- ■出版社:株式会社ビー・エヌ・エヌ
- ■仕様:A5判/280ページ
- ■ISBN:978-4-8025-1216-9
- ■発売日:2021年9月22日
- ■定価:本体2,600円+税
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