新人デザイナーの可能性を開く書籍対談(4)『文化人類学の思考法』編

  • 坂本理絵デザイナー

コンセントの代表取締役社長の長谷川敦士と新卒1年目社員が1冊の本をテーマに対談。本から得られた気付きを通して、それぞれのデザイン観やデザインへの思いを語り合います。

写真:坂本と長谷川が机を面して対談している様子。

坂本理絵(写真左)
デザイナー

武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科を卒業。グラフィックデザインを学び、紙媒体、ウェブ、ブランディングなど幅広い分野で制作を行う。2022年、コンセントに新卒入社。UX/UI設計やグラフィックデザイン、コンテンツ企画など幅広いプロジェクトに携わる。

長谷川敦士(写真右)
代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト

東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。「わかりやすさのデザイン」であるインフォメーションアーキテクチャ分野の第一人者。2002年に株式会社コンセントを設立。企業ウェブサイトの設計やサービス開発などを通じて、デザインの社会活用、デザイン自体の可能性の探索を行っている。

書籍紹介

『文化人類学の思考法』松村圭一郎・中川理・石井美保編|2019年4月刊行|世界思想社出版
写真:『文化人類学の思考法』の書籍。

あたりまえを疑う。言うは易しだが、これが思うようにできない。手ぶらでやろうとすると気づかぬうちにかつての「あたりまえ」のなかに囚われてしまう。生活のあたりまえ、男女のあたりまえ、会社や仕事のあたりまえ、経済や文化のあたりまえ、国家のあたりまえが劇的に変わっていこうとしているなか、これまでの「あたりまえ」から出ていくためには、優れた道具が必要となる。
文化人類学は「これまでのあたりまえ」の外へと出ていくための「思考のギア(装備)」だ。本書はその最先端の道具が一式詰まった心強い「道具箱」だ。

出典元:世界思想社出版「文化人類学の思考法」
WIRED日本版元編集長・若林恵氏推薦文より一部抜粋(閲覧日:2023年2月28日)

1. 誰もがもつ「価値観の偏り」

長谷川:この本の主題は、「文化人類学とは『これまでのあたりまえ』の外に出ていくための『思考のギア』である」というものでしたね。文化人類学を学ぶことで、何か気付きはありましたか?

坂本:自分の中にある、偏ったものの見方を自覚することができました。文化人類学について学び始める前は、自分はどちらかといえばフラットなものの見方をしている方だと思っていました。でも、「この世界のさまざまな文化・価値観・仕組みは、発展途上国の未熟なものから先進国の成熟なものへ向かっているのである」というような考え方が、実はとても偏っているのだということに気付きました。

長谷川:何か思い浮かぶ具体例はありますか?

坂本:例えば明治時代の文明開化は、日本がふるい文化や価値観を脱ぎ捨てて、より洗練され成熟したものにアップグレードされていった良い出来事のように語られることが多くあります。しかし見方を変えてみれば、経済力・影響力をもった大国に、日本の昔からあったものが「ふるくて野蛮なもの」と見なされ、踏み荒らされた歴史であるともいえると思います。

長谷川:「ああ、自分たちの社会も違う見方ができるんだ」と気付くことができますよね。未熟・成熟という考え方自体にそもそも問題があるようにも思えます。未熟というのは、熟するという1つのゴールがあって、そこにまだ至ってないという考え方ですから。

坂本:私自身の価値観の偏りは、まだ自覚できていない部分で他にもきっとあると思います。それは一部の人にあるものではなく、誰にでも必ずあるものだということも、本書を読んで感じました。自らの偏りに気付いたときは、見て見ぬふりをせず、覚悟をもって向き合っていかなければならないと思います。

長谷川:私たちが自らの社会や一人ひとりの人生を問い直すために、重要な考え方ですね。こういった気付きを得られることが、文化人類学の魅力であり、学ぶ醍醐味ではないでしょうか。

* 文化人類学:人間の衣食住・生活様式・言語・価値観などを研究する人類学の一分野。
フィールドワークによる参与観察を主な研究手法としている。

写真:長谷川と坂本が話し合っている様子。

2. 「無知の知」こそ問題解決の糸口

坂本:文化人類学は「こんなふうに世界を捉えてもいいのか!」というような発見に出合えること自体、とても楽しい体験を得られる学問ですよね。

長谷川:知的好奇心をくすぐられますよね。本の中で、何か印象に残ったエピソードはありましたか?

坂本:「国家のない社会」があるという話が興味深かったです。現代では、国家のある社会が圧倒的多数を占めています。だから国家のない社会とは、「まだ」国家のない遅れていて不完全な社会なのだと考えてしまうけれど、実際は違う。そこでは首長の権力を限定的なものにとどめる仕組みがあり、集団と首長は対等な関係を保つことができている。国家のない社会とは、平等性を選び取った「国家に抗する社会」なのだという内容でした。国家のない状態からある状態への道筋しか想像できていなかった私にとっては、目から鱗の発見でした。

参考:松村圭一郎・中川理・石井美保編『文化人類学の思考法』P.113「第8章 国家とグローバリゼーション 国家のない社会を想像する」

写真:坂本の手元。本を読んでいる様子。

長谷川:そういう発見にたくさん出合うと、メタ的な想像力も働きますよね。AとBしか存在しないと思っていたけど、実は想像もしていなかったCという現象も存在していた。もしかしたら、他の事柄に関しても、思いも寄らなかった現象が存在しているかもしれない。いまとは全く異なる見方をすれば認識できるかもしれない、と想像できるようになる。

坂本:確かに、何事においても、自分が知らない・認知できない領域が必ず存在するという考え方ができるようになる気がします。

長谷川:「無知の知」ですね。さまざまな物事に対して、こういった謙虚な態度で向き合うことが重要ではないでしょうか。この態度は、批判的思考、クリティカルシンキングにもつながると思います。

坂本:『文化人類学の思考法』の推薦文にあった、「あたりまえを疑う」思考のことでしょうか?

長谷川:そのとおりです。例えば、ここに1つの課題があります。この課題を解決するためにどうすればいいだろうと考えるとき、「そもそもこの課題は本質的なのか?」「真に解決したいことは何なのか?」というようなところから考える。これが批判的思考です。

坂本:私は何かを発想しようとするとき、つい手元にすでにあるものを膨らませるとか、延長線上を探るというような、狭い範囲で考えることに陥りがちな自覚があります。でも、自分にはまだ知らない、認識できていないことがあるという前提があると、「別の視点から見られないか?」「別の軸で捉えられないか?」と立ち止まって自問する習慣が身に付く気がしますね。

長谷川:だからこそ、デザイナーはもっと文化人類学を学ぶべきだと私は思っています。文化人類学は、物事は全く異なる位相・軸で考えることができるのだということを私たちに教えてくれます。その学びは、デザインや問題解決を考えていくときに必ず生きるはずです。

写真:書籍の写真。背景に対談する二人の手元がぼかしで映っている。

3. 「よそ者」の視点をもっていることの価値

坂本:文化人類学のアプローチが問題解決に生きるというのは興味深いですね。デザインの現場では、どう生かすことができるでしょうか?

長谷川:文化人類学は、実際にその環境に入って行って観察するというフィールドワークが主な研究手法です。フィールドワークって、自分が所属しない共同体を対象にした方がうまくいくんですよ。共同体の内側にいる人には気付けない違和感に気付くことができるんです。

坂本:私の先輩に、出身地から離れた大学に進学した方がいらっしゃるのですが、彼女の大学時代のフィールドワークの話を思い出しました。街へ散策に出て課題を見つけてこようという内容だったのですが、街に慣れた地元の学生よりも、出身地の異なる彼女の方が「これはなんだろう?」「どうしてこんなふうになっているんだろう?」と多くの課題に気付けたそうです。

長谷川:クライアントワークにおけるデザイナーは、まさにその「よそ者」の視点をもった存在です。クライアントの会社や業界の外側にいるからこそ、彼らにとってはあたりまえのことに対して「どうしてこんなことが起きているんだろう?」とか「自覚していないけれど、ここはあなた方の強みなんですよ」というように敏感に気付くことができます。

坂本:なるほど……。無知であること、素人であることが重要な素質であるというのは、意外性がありますね。

長谷川:我々はクライアントの事業・ビジネスに関しては素人でアウェイです。クライアントの文化や慣習に迎合せず、新鮮な視点で立ち向かえるのは「よそ者」のアドバンテージといえます。

坂本:そういえば、クライアント自身から「むしろ素人の新鮮な視点が欲しいんです!」と頼まれる例もあったと聞きました。

長谷川:ただし、本当にただの素人であれば相手にしてもらえません。ヒアリングや調査・分析によって、クライアントの本当の課題を見いだす技術が必要です。我々デザイナーは、クライアントの考える課題や要望を丸ごと額面通りに受け取ってはいけません。違和感を繊細に感じ取り、どうしてそれを課題だと感じるのか、どうしてそうしたいと思うのか、入念にコミュニケーションを重ねながら真の課題を探っていかなくてはならないのです。

坂本:素人の視点をもっていることと、デザイナーとしてプロフェッショナルのスキルを備えていることの、両者のバランスが重要ということですね。

長谷川:そうですね。「よそ者」の視点をもったプロフェッショナルとして課題に立ち向かう。これはデザイナーの使命だと思います。

写真:長谷川が話している様子。

4. デザインという行為を通して物事を理解する

坂本:その使命を果たすために、どうすることが効果的だと思われますか?

長谷川:「デザインすることで物事を理解すること」、すなわち、リサーチ・スルー・デザイン(Research through design)という考え方が最近出てきています。このリサーチは、「調査」ではなく「研究」の意味です。デザインすることを通して研究をするという考え方です。

坂本:リサーチ・スルー・デザイン……。初めて耳にしました。

長谷川:デザインでの「研究」というと、これまでは、最適化を目指すようなものと捉えられていました。例えば、ボールペンのプロトタイプを3パターンつくって、どれが一番書きやすいかを評価しましょうとか。タイポグラフィで、何種類かの文字組をつくって、どれが一番読むスピードが速くなるか、などですね。これはデザインのためのリサーチであり、リサーチ・スルー・デザインとは異なります。

図説イラスト:デザインのためのリサーチの解説。3つのボールペンの形を分析し、最適なデザインを検討する様子が描かれている。

坂本:理解の手法や枠組みをデザインする、ということでしょうか?

長谷川:いや、それともまた違います。それはリサーチデザインといって、より良い研究にするためにどう研究をデザインしていくかというものです。

図説イラスト:リサーチのデザインの解説。ヒアリングやデスクトップリサーチなどさまざまな手法を組み合わせ、研究を設計する様子が描かれている。

坂本:では、リサーチ・スルー・デザインとは……?

長谷川:まだよくわかっていない分野のことを解決しようとするとき、対処法が全く思いつかないというようなことがありますよね。例として、「異文化の人とどうしたら仲良くなれるか」という問いを立てましょう。この課題を解決するために、デザイナーはどんな方法がふさわしいか戦略を立てたり、コミュニケーションのためのツールを制作したりということを試行錯誤していきます。この行為の目的はツールをつくることや手法を考えることではなく、理解そのものです。異文化の人たちがわかり合えない理由は何か、どうしたらわかり合えるのかということ自体を、デザインを行うことで理解していきます。これがリサーチ・スルー・デザインです。

坂本:「デザインのためにリサーチする」「リサーチをデザインする」ではなく、「デザインという行為を通して理解していく」ということですね。

図説イラスト:リサーチ・スルー・デザインの解説。未知なるものを、デザインという行為を通して理解していく様子が描かれている。

長谷川:この本を企画に選んだ理由はまさにここにあります。「デザインという行為を通して物事を理解する」というアプローチが、これからデザイナーに要求されるようになってきます。
我々は世の中をどう認識しているのか、そもそも何を見ているのかをあらためて問い直すことは、デザインの態度を考える上で必須になってくると思います。文化人類学が確立してきたまなざしをデザイナーが獲得していくことには、大きな価値があるのではないでしょうか。

5. デザインが生きる場へデザインを届けたい

長谷川:デザインするぐらい深くコミットすることは、実はすごく学習効果が高いんです。仕事で対象の分野について勉強して、広報誌やウェブサイトなどをつくりますよね。そうすると、その分野にかなり詳しくなりませんか?

坂本:確かにそうですね。私は卒業制作で系外惑星をテーマにしていたのですが、制作に取り組む以前より天文学への理解が深まりました。

長谷川:学校教育でもそういった手法が取り入れられていますよね。教科書を読む・ドリルを解くなどではなく、その題材で何かデザインさせてみる。例えば、歴史の年表をつくるとか。

坂本:授業を考える授業みたいなものもありますね。自分で問題をつくってみるのが理解の一番の近道だと言う先生がいたことも記憶に残っています。

長谷川:現在は、教師が生徒にレクチャーするという受動的な学習スタイルが中心にあって、能動的な学習スタイルは副次的なものとして扱われていますよね。そうではなく、いっそ全ての授業を能動的な学習スタイルでやったらどうかとか考えたりしますね。

坂本:教育現場でもデザインのアプローチを生かせるというわけですね。

長谷川:先ほどまでは「デザイナーには文化人類学が必要だ」という話をしていましたが、逆も然りです。文化人類学の研究にデザインが生かされる場面もあるはずです。フィールドワークでは、研究対象である共同体に実際に入っていって研究を行うため、影響を与えたり、変化させたりしてしまうことは避けられません。これは長い間研究者にとって課題と捉えられていました。

坂本:観察者がどうしても対象に影響を与えてしまう。フィールドワーカーの悩みの種ですね……。

長谷川:そこで、どうしても影響を与えてしまうのなら、責任ある態度でやるべきだという考え方があります。その状況にどう参与していくかだけでなく、どんな影響を与えてしまうかも含めてデザインするんです。フィールドワーカーがデザインのことを踏まえておくことには、大きな価値があると思います。

坂本:なるほど。そう考えると、デザインが活用できる学問やシーンはもっとたくさんありそうですね。

長谷川:そのとおりです。多くの分野で、デザインのアプローチは有効であるはずです。そのためにも、デザインをみんながやれるものにしなければならない。限られた人だけがもつスキルのままにしておくのではなく、全ての人が主体的にデザインしていける世の中にしていく。コンセントには、その一端を担う使命があると思っています。

写真:長谷川・坂本が机を面して対談している様子。

対談を終えて

文化人類学を通して、自分の偏りに気付くことや、全く異なる視点・軸で物事を捉えようとする姿勢を身に付けることは、デザイナーにとって重要な価値になるということを発見できました。「デザインという行為を通して物事を理解する」リサーチ・スルー・デザインのアプローチがこれからのデザイナーには要求されるようになり、さらには他の分野でも活用されていくようです。
新しい分野へ関心を広げていくことは、自らの価値観のアップデートにつながるということを再確認することができました。自分に気付きを与えてくれる他分野へ、デザイナーとして何か還元できないだろうかという想いがより一層強くなったのを感じます。「デザインを必要とする場所にどうデザインをひらいていくか」という問いに、時間をかけて向き合っていきたいです。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

ページの先頭に戻る