世界観を表現する「イラストディレクション」 人の心を動かすアートディレクション(5)
- コミュニケーションデザイン
「アートディレクション」と聞いて、あなたはどんなことを想像するでしょうか?この記事は、コンセントメンバー5名が、それぞれどんな思考や工夫を重ねてアートディレクションと向き合っているのか、実例を交えて語る連載企画です。全5回にわたってお届けする本連載の最終回記事となります。
世界にはたくさんのクリエイティブが溢れ、私たちの毎日を彩っています。本・ウェブサイトなどのデザイン、イラストレーション、写真、映像……。簡単にいうと、アートディレクションとは、そんなクリエイティブをどのように表現するか考え、実現していくことです。でもそれは、目に見える表層的な部分だけを指すのではありません。そのクリエイティブを通して、人に何を伝え、何を感じてもらい、どんなアクションにつなげたいのか。私たちは、コミュニケーションそのものの在り方や本質を考えることもアートディレクションの大切な部分だと思っています。
今回のテーマは「イラストディレクション」。この記事では皆さんにイラストレーションの魅力と、そのディレクションの楽しさをお伝えできればうれしいです。記事内では、発注を受けて描かれた作品や、あらゆる事業の媒体で採用された作品を「イラストレーション」としてお話しします。
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こんにちは。コミュニケーションデザイナー/アートディレクターの白川です。
私は普段、企業の広告プロモーション、コミュニケーション支援などメディア問わずお仕事をしています。その中でも特にイラストレーションを使用したクリエイティブに関わることが多くあります。イラストレーターとのお仕事を重ねていくうちに、イラストレーションの魅力を広く伝えたい、より良い共創のヒントを共有したいという想いが湧き、2021年には『たのしく、イラストディレクション!』という書籍の編著もさせていただきました。
イラストレーションには、イラストレーター自身がもつバックグラウンドや考え方といった独自のフィルターを通して描かれた世界が存在します。そこには描いた人の血がかよっていて、その数だけ魅力があります。また、見る人の数だけ自由な解釈があります。描かれたその先にもさらに物語が紡がれていくように。
はじめに|イラストレーションの役割を知ろう
皆さんなら、クリエイティブを考える過程でどんなときに「イラストレーションを使おう」と思いますか?例えば、ある特定のユーザーに届くようにしたいとか、印象を華やかにしたいなどさまざまな理由があると思います。イラストレーションを採用するときは、そもそもイラストレーションがクリエイティブでどんな役割を果たしてくれるのか知っておくことが大切です。その役割は大きく2つあります。
一つは「解説」。文字だけだと伝わりづらいものを直感的に伝わりやすくしたり、目に見えないものを可視化して理解しやすくしたりと、視覚的なサポートをすることができます。
もう一つは「演出」。伝えたいことを強く印象付けたり、ターゲットに合わせて与えるイメージをコントロールしたり、非現実な世界を描いたり。イラストレーションは見る人の想像力を刺激し、心を揺さぶることができます。
イラストレーションは、そのクリエイティブをゴールに導くための大きな助けとなるもの。役割をきちんと理解しておけば、何のために描いてもらうかという目的を明確にすることができます。
イラストディレクションで大切な3つのこと
クリエイティブには必ず、それをつくり届けることで達成したいゴールがあります。そのために適した表現は何か。それを考えることがデザイナーの役目の一つです。
イラストディレクションは、クリエイティブの制作過程で「イラストレーターに依頼する/描いてもらう」という一タスクのように思われるかもしれません。でも本当は、ゴールを目指すために何を描き、相手の心をどんなふうに動かすのか、さらに相手の解釈が掛け合わさることでどんな物語を紡いでいきたいのか。受け手の一連の行為全体を俯瞰しながら考え、つくり上げていくことが求められます。そして、クリエイティブがもっと豊かになっていく。そのために、私が大切だと考える3つのことを紹介します。
1. イラストレーターの個性をつかむ
例えばこれは、トマトジュースを想定した3種類のパッケージです。同じトマトジュースでも、訴求ポイントやターゲットによって表現方法を考える必要があり、その表現をかなえるイラストレーターやフォトグラファーに依頼することが、ディレクションにおいて大切なステップとなります。
イラストレーションやそれを描くイラストレーターには、それぞれ独自の世界観や得意な表現手法があります。だからこそイラストレーターに依頼するときには、そのクリエイティブで目指す表現と、イラストレーターの個性や強みがマッチしているのか。また、相手がクリエイティブで目指すゴールに共感してくれて、一緒にゴールを目指せる人なのかを見極めて検討することが大切です。
コツとしては、イラストレーションを構成する要素を細かく分解して見てみること。描いているモチーフや主線の有無、配色、テクスチャ、構図などを意識して見ると、その人ならではの表現に気付き、個性を深くつかんでいくことができます。
さらに私は、相手への理解と共感の気持ちをもつことを大切にしています。発注する私が目指したいクリエイティブを主張するだけではなく、イラストレーター自身がもつ作家性も尊重したいと思っているからです。それがお互いに信頼関係を築き、同じゴールを目指すパートナーになるための秘訣ではないでしょうか。
2. 対等に意見し合える関係をつくる
イラストディレクションをするときは、クライアントとデザイナー、イラストレーターが一緒にゴールを目指すチームになるべきだと思います。それには、発注する側、される側という関係ではなく、お互いが対等な立場で意見を出し合いながら、より良い選択や判断をしていけるようなコミュニケーションが必要です。
デザイナーはクライアントのビジネスゴールをしっかり理解して、その内容をイラストレーターに共有する責任があります。と同時に、先述の通り、デザイナーはイラストレーターの良き理解者であるべきだとも思います。デザイナーがどんなふうにコミュニケーションを取りもつか。その存在や振る舞いは、より良いクリエイティブを生むチームになるための要です。お互いの創造性を引き出し合いながら、自分では思いつかないような観点や表現を取り入れることができるのも、チームになる醍醐味です。
3. 完成する最後まで、愛情を注ぐ
冒頭でもお伝えしましたが、イラストディレクションは「イラストレーターに依頼する/描いてもらう」という一タスクではありません。納品に至るまでは、イラストレーションを生かせるようなレイアウトやあしらいを含め、アウトプット全体のデザインを検討したり、イラストレーターとクライアントの間に入り適切にフィードバックしたりと、気も手も抜くことができません。
そして、イラストレーションを制作する際は、最後まで完成状態が想像しづらいというケースもあります。そのため、もしかすると制作途中でクライアントや発注者自身が不安を感じることもあるかもしれません。でもそんなときこそパートナーを信頼し、お互いのコラボレーションを楽しみつつ最後まで愛情を注ぎながら進めることを大切にしています。
3つのケースで見るイラストレーションの力
ここから、イラストレーションの力が発揮されたケースを実際のプロジェクトと共に紹介します。
ケース1|書籍『たのしく、イラストディレクション!』
一つ目は、イラストレーションによって「解説」と「演出」を両立させながら1冊の書籍の世界観をつくったケースです。
私が編著を担当した書籍『たのしく、イラストディレクション!』は、イラストレーションの力を生かしたコンテンツづくりをしたい人に向けて、イラストディレクションのノウハウや魅力を伝える内容です。書籍の内容はもちろん、この1冊の中でも、解説面・演出面ともにたのしく描ける
氏のイラストレーションをたっぷり用いて、イラストレーションの力を体現することを目指しました。随所に深川氏のアイデアや遊び心がちりばめられています。詳しくは以下の記事でもご紹介しています。株式会社コンセント|ニュース|白川桃子の編著『たのしく、イラストディレクション!』刊行のお知らせ(2021.1.22)
【ポイント1】パッと見て伝わる・理解しやすくする
左は書籍冒頭にある目次のページ。通常だとこのように、文字だけで構成するのが一般的です。でもこの目次にある内容はイラストディレクションを進めるステップの説明も兼ねていたので、別のページでは各ステップを、ゴールに向かう山登りに見立ててイラストレーションで表現しました。文字だけで列挙するよりも、イラストディレクションを進める全体像が直感的にわかりやすくなったと思います。
【ポイント2】世界観を演出しながら内容の想起もかなえる
5章分の扉のイラストレーションと紙面デザイン
書籍では、全体を貫いて登場するキャラクターやストーリーを設定して世界観をまとめました。5章立ての各扉は、各章のストーリーを表す大切なパート。他のページよりもイラストレーションの密度を高めて異なる印象を与えるようにし、切り替わりを感じやすくしました。
(左)「表現を読み解く」のページ、(右)「金額について考える」のページ
イラストレーションは世界観の演出を兼ねつつも、そのページで伝えたい内容を想起しやすいものに。例えば「表現を読み解く」のページは、イラストレーションの細部まで観察する人物を大きくし、スコープのしぼり方も図解としてわかりやすく表現。「金額について考える」のページは、信頼関係を想起できる握手の表現を大きくあしらっています。また、さまざまな条件が関わり合って金額が決定することを伝えるパートでは、各要素を示すモチーフがバランスを取りながら積み上がっている表現にしました。
【ポイント3】漫画調で構成することで、たのしく記憶に残す
各テーマの導入部分は、最初は文章をメインに構成していましたが、途中でガラリと表現を変えて漫画調に。文章のみで伝えることもできたのですが、そうすると端的に完結してしまう印象になったので、そこを漫画にし、登場人物のやりとりやシチュエーションをセットで伝えることにしました。文章だけよりもたのしく読めて、記憶にも残りやすくなると同時に、登場人物たちの人となりや心情、成長も垣間見れて、より読者が共感しやすくなったと感じています。
[制作者コメント]
イラストレーター/
イラストレーションが関わる本ということで半端なものは描けないなと思いすぎて、初めはなかなか思うように進められなかったですが、度々のスケジュール調整やラフの段階での細かい指示など本当に寄り添って描きやすい環境をつくってくださいました。あとはタイトルの通り楽しさが伝わればという想いでした。
編集者/伊藤千紗氏
本書において深川さんのイラストレーションは、ページを彩るための単なる挿絵ではなく、白川さんが読者に伝えたいことをより直感的に感じられるようにするために必要不可欠なものでした。白川さんと深川さんの二人三脚で紡ぎ出される、ことばの先の表現に、立場も忘れて感動しっぱなしでした。
ケース2|放送大学学園 入学生募集プロモーションムービー
2つ目は、実写映像とイラストレーションを融合させて、本来は目に見えない人の感情を描写したケースです。
放送大学学園様は、テレビ(BS放送)、ラジオ、インターネットなど多様なメディアで授業を受けられる大学です。入学生募集のためのTVCM・トレインチャネルムービーを制作しました。イラストレーションは人の内面をしなやかに表現できる
氏に依頼。プロジェクトについて、詳しくは以下の記事でも紹介しています。株式会社コンセント|事例紹介|放送大学学園 入学生募集のプロモーション戦略策定/クリエイティブ開発
【ポイント1】リアルと空想を融合させた独自の世界観を醸成
15秒/30秒という短い映像の中で、実写パートとイラストレーション(アニメーション)パートを織り交ぜて制作しました。そのように構成した意図は、登場人物の心理描写を役者の演技だけでなくイラストレーションを活用することで、実写では表すことができない感情を可視化し、短時間でも印象的かつ独創的な世界観にしたかったからです。
動画の主人公は、学びたい気持ちがあるのに勇気が出ず一歩が踏み出せないでいます。その複雑で繊細な心境と、学びとの出合いによって世界が広がるイメージを表現しました。制作過程では「何を実写映像で、何をイラストレーションで表現するか」の認識合わせがスムーズにできるよう、クライアントやパートナーとは絵コンテを通してコミュニケーションを取っています。
【ポイント2】イラストレーションの色彩で心の動きを描写
イラストレーションでは、色彩を変化させることで登場人物の心境の変化を描写しました。モヤモヤした気持ちのシーンではダルトーンのやや濁った色相にし、後半でポジティブな気持ちになっていくシーンでは、ビビットトーンの色鮮やかでカラフルな色相に転調しています。
髪の色は、あえて実写とは反対色の白に。前半と後半のトーンとのコントラストによって、人物も感情の色のどちらも引き立つよう、またテキストが加わった際にもそれぞれが調和できるように設計しています。
髪の色の検証
CM
[制作者コメント]
イラストレーター/
ムービーとグラフィックの両方で実写とイラストレーションが組み合わされて表現されるということが本制作の特徴となっていました。それぞれのトーンがリンクしつつ、一つにまとまるような一体感がもたせられるとよいかと思い、モデルの方がまとっている雰囲気をイラストレーションでも的確に表現できるよう、細かなニュアンスをくみ取れるように意識しながら制作を行っております。その上で放送大学さんで学ぶ楽しさや知的な印象がしっかりと伝わるような色味や形を探りつつ、描かせていただきました。
放送大学学園 広報課 専門職員/守口真史氏
緻密に設計されたイラストで描かれたのは、広がっていく「学びの世界」とともに「自分自身の可能性」。それはまさに、本学が「学び」を通して、延べ約180万名の学生に提供してきた価値に他なりません。同時に「実写の人物をどう魅せるか」だけを考えていた私たちのこれまでの発想自体が固定概念だったことに気付かされ、イラストレーションによって本学の新たな表現の世界と可能性を広げてくださいました。
ケース3|リクルートマネジメントソリューションズ 機関誌『RMS Message』
最後は、イラストレーターの創造性が発揮され、当初のプランを上回るクオリティでアウトプットすることができたケースを紹介します。
リクルートマネジメントソリューションズ様が年4回発行している、人材育成や組織開発をテーマにした機関誌『RMS Message』。2019年5月発行号の特集「職場におけるソーシャル・サポート」にて、力強いビジュアルで目を引きながらも、細部まで見応えのある表現ができる
氏にイラストレーションを描いていただきました。【ポイント1】イラストレーターからの提案を素直に楽しむ
発注時、クライアントと共に内容をすり合わせた構成ラフをもとに、海道氏と対面で打ち合わせをしました。印象付けたい雰囲気や表現方法について意見を出し合っていく中で、海道氏は話しながらアイデアをどんどん膨らませて、即興でさまざまなスケッチを生み出してくれました。
キーワードや想起するシチュエーションなどのかけあいから、私だけでは絶対に生まれてこない発想がイラストレーターの手によって生まれてくる過程や、普段あまり目にすることがないリアルタイムでのスケッチを目の当たりにし、気持ちの高揚が止まらなかったことをよく覚えています。仕上がったイラストレーションはもちろん、その過程にある未完成だからこその余白にもワクワクし、デザイナーである私の想定をひょいと超えてくれる海道氏の創造性に心打たれました。
【ポイント2】時には想定したプランを変更する柔軟性をもつ
もともと用意していた案よりも、その場で見せてもらった提案を形にした方がより読者を惹きつけられる。そう感じた私は、一度決まった構成ラフをつくり直し、クライアントへ再提案することにしました。本来であれば業務上、一度通過した制作工程をさかのぼるようなことは避けたいところです。でも、もっと内容に沿ったより良い表現と出合ったときは、イラストレーターの提案を生かす柔軟性や、スケジュールや制作工程に責任をもってコントロールする勇気も、デザイナーには必要です。
(左)デザイナーの構成ラフ、(右)海道氏に提案いただいたラフ
打ち合わせ中のアイデアスケッチ
着彩前から仕上げのイラストレーション
[制作者コメント]
イラストレーター/
打ち合わせの中で突然アイデアラフをお見せしても受け止めてくださり、素直な感想と意見をその場で交わすことができました。両者の意思決定がその場で行える、デザイナーとイラストレーターの良い関係性が仕事を進めやすかったことを覚えています。昨今はオンライン打ち合わせも多く、利便性はありつつもどこか淡白に終わってしまう印象もあります。コミュニケーションは仕事の完成度に影響するので、ラフをカメラ越しに見せたり身振り手振りをしたりと試行錯誤しながら打ち合わせに臨んでいます。この時間での全体像把握が仕事を進める上での安心感や完成度の担保につながると思って大切にしています。
リクルートマネジメントソリューションズ RMS Message編集部/佐藤裕子氏
毎号の打ち合わせでは、なぜこの特集を組むのか、読者に何を伝えたいかなどざっくばらんに議論し、認識の解像度を上げることを重視しています。その場でいくつかの案も出ますが、ラフが出たときには、そんな表現もあったかと驚かされます。内容を深く理解しているからこそ、自由なアイデアを引き出せるのだと感じます。
さいごに|互いの“らしさ”を掛け合わせ、共創を楽しもう
イラストディレクションでは、イラストレーターとパートナーになることで、自分の力だけでは実現できないことができたり、一人では見ることができない景色を見ることができたりします。言葉にできない高揚感や心踊る瞬間に、たくさん出合います。それぞれがもつ熱量と表現したい方向性が重なったクリエイティブに、私はどうしようもなく心惹かれてしまいます。皆さんにも、イラストレーションを自由に感じ、味わい、楽しんでいただきたいです。
そして、イラストディレクションをはじめとするデザインの現場では、それぞれの状況で人のアイデアや技術が複雑に絡み合います。ケースバイケースなことも多く、絶対的な正解が存在しません。クリエイティブ表現としてイラストレーションを採用することに少しハードルを感じる方も、同じゴールに一緒に向かうパートナーを理解することから始めてみてください。まずは互いの力を発揮できる環境と関係をつくることが、より良いものづくりにつながると信じています。
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