クリエイティブを研ぎ澄ます 人の心を動かすアートディレクション(2)
- コミュニケーションデザイン
- コンテンツデザイン
「アートディレクション」と聞いて、あなたはどんなことを想像するでしょうか?
この記事は、コンセントメンバー5名が、それぞれどんな思考や工夫を重ねてアートディレクションと向き合っているのか、実例を交えて語る連載企画です。全5回にわたってお届けします。
世界にはたくさんのクリエイティブが溢れ、私たちの毎日を彩っています。
本・ウェブサイトなどのデザイン、イラストレーション、写真、映像……。簡単にいうと、アートディレクションとは、そんなクリエイティブをどのように表現するか考え、実現していくことです。でもそれは、目に見える表層的な部分だけを指すのではありません。
そのクリエイティブを通して、人に何を伝え、何を感じてもらい、どんなアクションにつなげたいのか。私たちは、コミュニケーションそのものの在り方や本質を考えることもアートディレクションの大切な部分だと思っています。
今回のテーマは「クリエイティブを研ぎ澄ます」。デザイナーがクリエイティブのディティールをつくり込む際の視点やこだわる理由、想いについてご紹介します。
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こんにちは、コミュニケーションデザイナー・アートディレクターの桜庭です。ここでは「クリエイティブを研ぎ澄ます」というテーマで、冊子の装丁デザインを例に挙げてお話しします。
はじめに質問です。クリエイティブを「研ぎ澄ます」とは、どういうことだと思いますか?
よく「感性を研ぎ澄ます」という表現を耳にします。それは感覚を鋭く持ち、敏感である様子のこと。この記事では、デザイナーがディティールまでこだわり、繊細につくり込んでいくデザインの過程を指しています。
それは例えばこんなこと。
「クリエイティブを研ぎ澄ます」ことの一例
これは決して、デザイナーのエゴでしているのではありません。そのこだわりはひとえに、その1冊に込めたメッセージをより強く伝えるため。この記事を通して、デザイナーがクリエイティブを研ぎ澄ます過程とその理由について、少しでも共有できればうれしいです。
1冊を通してストーリーを描く
私が制作を担当した「文化服装学院様(以下、文化服装学院)学校案内リニューアル」では、既存コンテンツをもとに企画・再編集・ビジュアルデザインを行いました。
制作した学校案内のテーマは「ファッションのすばらしさを伝える」。シンプルですが、文化服装学院の原点となる考え方です。このメッセージを読者に強く感じ取ってもらうために。クリエイティブを研ぎ澄ます工程は、その1冊を貫くテーマの設定と咀嚼から始まります。
【製本】印象的な手触りと違和感を仕掛ける
表紙。ボール紙に白と黒のインクで印刷。
メッセージを読者へ届け、心を揺さぶるまでを1つのストーリーとして想像してみてください。
始まりは、学校案内の冊子に触れて手に取るシーンです。その際、冊子の装丁は見た目のかっこよさだけでなく、モノとしてのたたずまいや手触りの印象を大切にします。
表紙は灰色で、ザラザラとしたボール紙を使用しました。学校案内ではあまりない素材です。視覚要素はストイックにタイポグラフィーだけ。クラフト感がにじみ出る紙を主役にすることで、ファッションに限らず「モノづくり」が好きな人の感度をくすぐるようなファーストインプレッションを狙っています。
表紙をめくると、一回り小さい判型のページが現れる。
目新しい装丁に惹かれた読者が、表紙をめくります。
すると、最初の数ページだけ様子が違うことに気づくでしょう。冒頭はその後に続くページと判型・紙をあえて変更しました。冊子本体に一回り小さい別冊が挟まっているようなつくりで、読者が違和感を感じるよう意図的に仕掛けています。
これは「ファッションのすばらしさを伝える」というテーマと、学校案内の役割として「文化服装学院を理解してもらう」ためのコンテンツを、完全に切り分けて見せたかったからです。コンテンツの訴求をより強くするための方法の1つは、それぞれの存在の純度を高めること。今回は2つの異なる世界観を1冊の中に共存させる必要がありました。表紙をめくった時点で、その2つのコンテンツがあることを直感的に伝えるため、別冊のような仕様にしているというわけです。
【全体構成】映像をつくるように起承転結を組み立てる
冊子の全体構成。デザイン制作の現場では「台割」と呼ばれる。
この資料は、今回制作した学校案内の全ページ構成を一覧化したもの。150ページ弱もある長篇冊子です。
これを小説のように最初から最後まで、一字一句目を通す読者はまずいないでしょう。最初になんとなく全体をパラパラめくり、不意に目に留まったページを拾い読みしていくのではないでしょうか。そんな読者の行動を想像すれば、単調なページが延々に続けば当然飽きてしまいます。だからこそ、パラパラとページをめくる手を思わず止めてしまう、読み出すきっかけを意図的に仕掛ける必要があります。
ページ数が多い冊子では、構成や表現に「起承転結」をもたせることを心がけています。特に私がこだわるのは「起」と「転」の部分。目に留まりやすい冒頭の印象が、その先を読み進めたくなるかどうか左右するからです。
冒頭ページ。
一風変わった手触りの表紙をめくると、現れる違和感。別冊のような判型が違うパートです。開くと「FASHION」の文字を取り巻くいくつもの言葉とビジュアルの断片が散らばっています。でも、何かが見えそうでまだ見えません。読者はその先に何があるのか気になって、さらにページをめくります。すると一瞬で目を惹く2つの全身写真が登場。トーンの異なるページが接続することで生まれるインパクトが、読者を一気にコンテンツの世界観へと引き込んでいきます。これが「起承転結」の「起」です。
色ベタ背景のストッパーページ。
裁ち落とし写真を使ったストッパーページ。
次に、パラパラとページをめくる手を止めるために必要なもの。それは印象的なアイキャッチです。今回は全面色ベタのページや、全面写真のみのページを随所に差し込みました。このようなページを私は「ストッパー」と呼んでいます。これが「転」のきっかけ。読者の手や視線がパッと止まり、次のコンテンツに移る空気を感じさせるのです。
こんなストーリーを組み立てるとき、私は読者と一緒に頭の中でページをめくっています。1見開きを1コマになぞらえた、映像を流すイメージ。「起」が「承」に移り変わる速度はどうか、「転」の切り替えができているか。何度も映像を再生して確認してみます。
【レイアウト】焦点は多彩性か、情報取得か
読者の手が、どこかのページでふと止まる瞬間があります。そのページには、どんな風景が広がっているでしょうか。
先述した通りこの学校案内には、2つの性質をもつコンテンツが共存しています。1つは「ファッションのすばらしさを伝える」というテーマに沿ったコンテンツ。もう1つは、学校案内として「文化服装学院を理解してもらう」ためのコンテンツです。
「ファッションのすばらしさを伝える」ためのページ。
この2つの見開きページはレイアウトが異なりますが、実は全て構成要素が同じです。ファッションというテーマに備わっている多彩な側面を誌面でも表現するために、あえて異なるレイアウトにしました。変幻自在なレイアウトで、多彩なクリエイティブ性を表現しています。
「文化服装学院を理解してもらう」ためのページ。
もう1つの「文化服装学院を理解してもらう」ためのコンテンツ。ここは、世界観を表現することより情報の読み取りやすさを重視して整理しました。
学科紹介は、学科ごとに同じ要素で繰り返し展開しますが、あえて構成要素をブロックで固定したままレイアウトを変えていません。同じ項目を同じ場所に置くことで、特定の情報取得に速度をもたせています。
【書体】世界観の軸はエレガントか、ポップか
クリエイティブを研ぎ澄ます過程は、さらに細部のデザインパーツへ。世界観を演出するために重要となる要素の1つが書体です。
左は特集ページ、右は学科紹介ページのパーツ。2つのテーマによる書体の使い分け。
「ファッション」という華やかな世界と、それに対する憧れ。これを伝えるために私が意識したのは、海外のモードファッション誌のようなムードを取り入れること。エレガントな書体を大きく配置し、あしらいは最小限に抑えて、ダイナミックなレイアウトで魅せています。
一方、学科紹介ページの書体は趣が違います。学校そのもののリアルな雰囲気に寄せて、親近感や楽しさが伝わるトーンの書体を選びました。骨太な書体に、立体感やパターンをあしらったポップな意匠。さらにメインの書体とは真逆な印象の繊細な書体をサブに使い、遊びやメリハリを加えています。
【ディティール】細かな積み重ねが体験をつくる
デザインには、トーン&マナーという考えがあります。書体や罫線の太さ、斜線の角度、色彩設計など、細かなパーツに至るまでデザインルールを設定したものです。このトーン&マナーを冊子全体で踏襲することで、世界観の完成度が高まっていきます。
とかく主立ったビジュアルのないページは、トーン&マナーを取り入れるための要素が乏しいもの。今回の学校案内では、就職実績紹介でグラフが延々と続くページがそれに当たります。この細かいグラフにも、立体感とパターンをあしらってトーン&マナーを反映しました。
こうした細かな積み重ねが冊子の世界観を演出する一要素となります。もしかすると、その部分が読者の目に留まるのはほんの1秒程度かもしれません。しかしその1秒の積み重ねが、読者が体験するストーリー全体を構成する一部となります。ほんの1秒の体験を印象的にする。それも、クリエイティブがもつ側面の1つではないでしょうか。
【改訂】無意識の領域をデザインする
今回紹介した文化服装学院の学校案内は、前年度に制作した学校案内の改訂版。一度デザインした制作物を翌年にリデザインしたものです。このプロジェクトに限らず、特に学校案内などはもともとあった媒体をリニューアルするケースも多くあると思います。ここからは、その改訂という視点の「クリエイティブを研ぎ澄ます」過程を紹介します。
左が2019年度の冊子、右が今回制作した2020年度の冊子。表紙を開いた時の印象の違い。
前年、制作を終えて完成した冊子を手にした時のこと。分冊部分がめくりにくく、表紙を開くと同時にその部分が丸ごとめくれてしまう危険があることに気付きました。これはページの左右幅を狭めて、本体より一回り小さい判型にしているためです。そこで次年は、左右ではなく天地を狭め、本体を持った時に指が分冊部分に届く判型にしました。
判型を変更する。これは簡単に聞こえますが、レイアウトの設計を土台から直さなければならないという、地味なのにとてつもなく手間がかかる作業です。その他にも、分冊部分の存在感をより強くするために、中表紙を全面色ベタにしたり、新聞のようにガサガサした紙に変更したりと、前年度版から少しずつアップデートしました。
さいごに
この記事で紹介したクリエイティブの数々は、第三者からすると、ほんの些細なことにしか思えないかもしれません。でも、読者が気に留めない範疇で、デザイナーはたくさんデザインをしています。読者の体験をより良いものにするために。より魅了するために。それはつまり、その1冊に込められたメッセージをより強く、確実に訴求するためともいえます。読者の無意識的な体験を、デザインの行為の中でいざないたいのです。
デザイナーがデザインしているのは、読者がその1冊に出合い、読み進め、心を揺さぶられるまでのストーリーです。目を留めるその1秒を、よりドラマティックに演出したい。そのために、私はほんの1mmにもこだわります。些細なデザインの思考を幾重にも積み重ねて、読者へメッセージを届けています。それが、私にとって「クリエイティブを研ぎ澄ます」ということです。
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