人の心を動かすアートディレクション

【第1回】クリエイティブを導く

  • 高橋裕子のプロフィール写真

    髙橋裕子クリエイティブディレクター/アートディレクター

「アートディレクション」と聞いて、あなたはどんなことを想像するでしょうか?
この記事は、コンセントメンバー5名が、それぞれどんな思考や工夫を重ねてアートディレクションと向き合っているのか、実例を交えて語る連載企画です。全5回にわたってお届けします。

イメージ:人の心を動かすアートディレクションvol.1

世界にはたくさんのクリエイティブが溢れ、私たちの毎日を彩っています。
本・ウェブサイトなどのデザイン、イラストレーション、写真、映像……。簡単にいうと、アートディレクションとは、そんなクリエイティブをどのように表現するか考え、実現していくことです。でもそれは、目に見える表層的な部分だけを指すのではありません。
そのクリエイティブを通して、人に何を伝え、何を感じてもらい、どんなアクションにつなげたいのか。私たちは、コミュニケーションそのものの在り方や本質を考えることもアートディレクションの大切な部分だと思っています。
今回のテーマは「クリエイティブを導く」。クライアントや他のクリエイターと、どのように意思疎通しながらクリエイティブをつくっていくのか、その過程と大切にしている観点をご紹介します。

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こんにちは。クリエイティブディレクター・アートディレクターの髙橋です。
企業・組織がメディアを通して情報発信活動を行うとき、担当者の方はそれらをどんなビジュアルで表現するか、検討することがあると思います。その際、企画書や制作方針のロジックまでつくることができても、いざアウトプットに落とし込もうとすると、なかなか納得できる表現にならず悩んでしまう経験はないでしょうか?
そんなとき、向かうべき方向へクリエイティブを導くことが、アートディレクションの重要な役割です。

クリエイティブを「導く」

私は、雑誌デザインからキャリアをスタートし、今では紙媒体、ウェブサイト、映像などさまざまなアウトプットをデザインしています。メディアは変われど「ユーザーにどう伝えるのか」を考える軸は同じだと、いつも感じます。
多くの場合、あらゆるメディアを通したコミュニケーションは、ユーザーに何らかの行動を促すことを目的にしています。でも、その発信の「正しさ」だけでは、なかなか人は動かない。行動を促すためには、相手の心を動かす何かが必要です。それは、単なる主張だけでは時に力不足で、ビジュアルやインタラクションといった非言語の表現がカギとなると考えます。

つくり手同士がコンテンツに込める想いを共有し合いながら、創造性を引き出し、掛け合わせていく作業を、私は「クリエイティブを導く」と呼んでいます。
つくり手とは、単に手を動かすデザイナーだけを指しているわけではありません。企業・組織の担当者やフォト・ビデオグラファー、イラストレーターなど、その発信に携わる全員が、つくり手の1人です。クリエイティブの種(たね)は、つくり手全員がすでにもっているものです。私はその種を分けてもらい、育て、他の花々と束ねて1つのブーケをつくっている。そんなふうに想像しています。

私がクリエイティブを導く上で、大事にしていることは主に3つあります。

これらについて、実例を踏まえながらご紹介します。

1. 焦点が当たる場所を模索する

プロジェクトにはいつもさまざまな条件があります。その中で何を優先するべきか、折り合いをつけるのが難しいことも多々あると思います。私はそんなとき、何もかも叶えたい気持ちをいったん抑えて、何が一番大切なのか、落ち着いて考えることにしています。
そのためにも、プロジェクトの始めに私が最低限押さえておきたいと思うのは「いつ・どこで」「誰に」「何を」「どんな印象で」伝えたいのか。そして最終的にはどんな「ゴール」を成し遂げたいのか。その中の1つが違うだけでも、コンテンツの内容や表現はガラリと変わります。クリエイティブが向かうべき方向を明示し、判断するためにも、それぞれを明確に捉えておくことが大切だと思います。

具体的な進め方を、私がアートディレクションを担当したプロジェクト、法務省 保護局様(以下、法務省)の「『社会を明るくする運動』広報 マルチチャネル展開」を例に説明していこうと思います。
このプロジェクトは、犯罪や非行の防止と、犯罪や非行のない安全で安心な明るい地域社会を築くための全国的な運動です。2021年度と2022年度の2年にわたり、このプロジェクトのコミュニケーションデザインを担当しました。
最終的なアウトプットは、ポスターやリーフレット、CM動画、SNS発信展開など多岐にわたります。それら全てで共通のストーリー設定やクリエイティブトーンを用いて発信しています。

制作した複数のクリエイティブ:

2022年度に制作したクリエイティブの一部。左上からポスター・リーフレット、動画(イメージ)、SNS発信。

プロジェクトでは、先ほど挙げた観点を次のように整理しました。

図説:プロジェクトの始めに押さえておきたい4つの観点と成し遂げたいゴールについて、具体例をまとめたもの。「いつ・どこで」は「ポスター、リーフレット、動画」。「誰に」は「社会問題に興味がある層」。「何を」は「共感をいざなう|支援者・法務省の想い・メッセージ」と「理解度を上げる|更生保護の仕組み・参画方法」。「どんな印象で」は「誠実さ、希望、性別問わないニュートラルさ」。最後の「ゴール」は「ビジネスゴール|更生保護の仕組みを知り参画者を増やしたい」と「ユーザーゴール|受け入れるコミュニティの重要性に共感してもらう」。

もちろん、全てが始めから明快に定義できたわけではありません。現状の課題を洗い出し「ターゲットの状況は?」「あるべき社会とは?」といった問いかけを繰り返して、リサーチやディスカッションを重ね、その過程で少しずつ問いの答えが埋まっていきました。
初回である2021年度は、ある程度焦点を当てる場所が決まった時点でラフを起こし、それをベースにまた焦点を狭めていく……というようにブラッシュアップしていきました。焦点を当てる場所とアウトプットを行き来しながら、それぞれの強度を上げていく方法です。
最終的にこのプロジェクトで焦点を当てたのは「人の言葉で想いを語り伝える」ということ。これがクリエイティブ全体のコンセプトになっています。
これまで取り組みの概要を説明するにとどまっていた発信を、一歩踏み込んだ形で表現する。具体的には、非行に至った少年少女や立ち直りを支える保護司など当事者の姿を描写しリアルな心情を伝えることで、ユーザーの理解と共感を促すことをねらいとしています。

これをクリエイティブで表現し、伝えるために、2021年度と2022年度ともに、主人公やストーリーを具体的に設定していきました。2021年度は保護司と保護観察を経験した青年。2022年度は、非行に至った過去をもつ女性と、似た境遇をもつ少女としています。

メインビジュアル2点:

左が2021年度、右が2022年度のメインビジュアル。イラストレーションは雑誌などで活躍する山崎真理子氏が手がけている。

2. 具体を示して創造性を刺激する

焦点が決まったら、一度具体的なビジュアルをラフに起こして提示し、制作チームやクライアントの担当者と共有することがあります。そうすると互いの創造性が刺激されて、そこから新しい発想が生まれたり、メッセージの強度が上がったりするからです。
このプロジェクトでも、2022年度に主人公とストーリーの方向性がある程度見えた段階で具体的なポスタービジュアルに落とし込んだラフで提案を行いました。
表現手法はイラストレーションを選択。どんなシーンを描くかや想定ターゲットの嗜好を踏まえ、「誠実さ」「希望」「性別を問わないニュートラルさ」を兼ね備えたタッチがいいと考えました。また、いわゆる行政らしさを感じるような堅い印象から脱するために、雑誌などで見かけるトレンド感のあるテイストを選んでいます。
具体的にラフで提案したビジュアルは、次の3つの方向性です。

ビジュアルのラフ:3つの案がある。案Aは鳥を見上げる少女とそばにいる保護司。案Bは海と少女。案Cは砂浜にいる少女の顔を朝日が照らしている様子。

提案したビジュアルのラフ。方向性違いで3案制作した。

「人の言葉で想いを語り伝える」というコンセプトは、3案とも共通です。鳥の目線で見た女性と少女・世界とつながる広い海・少女の顔を照らす光など、見た人に希望を感じさせるよう、絵の印象を強める手法を組み合わせた形で提案しました。
法務省の担当者に案をしぼってもらう際は、ユーザー視点をもって検討してもらうようにお願いしました。「ポスターとして印象に残るかどうか」「メッセージにマッチするのはどれか」など、判断軸はいろいろあると思います。
その中でもユーザーの立場を想像することは、とても大切な観点だと考えています。このラフ提案を起点にコピーもブラッシュアップを重ねましたが、ビジュアルが具体的になったことで、伝えたいメッセージがより表情豊かになっていきました。

このように、具体を示すことはビジュアルの進むべき方向性を確立させていくことにつながります。同時に、その他の表現の創造性を引き出すきっかけにもなり得ることがあります。

3. 細部に独自性を引き出す

イラストレーションやスチル・映像撮影など、最終的なクリエイティブに落とし込んでいく際は、イラストレーターやフォト・ビデオグラファーといったその道のプロのクリエイターと一緒に取り組みます。クリエイターに企画やディレクションの意図を的確に伝え、期待通り、さらにはそれを上回るようなアウトプットを引き出すことも、クリエイティブを導く過程では大切な部分です。
2022年度のキービジュアルで描くことになったのは、海のシーンでした。イラストレーションを依頼する前に法務省の担当者と制作チームで、描くシーンの場所・時刻・登場人物の服装など、設定を具体的にディスカッションして決定していきました。表現したい細部まで、方針に齟齬がないかを検証していくためです。
海といってもいろんな海があります。例えば沖縄の海と東北の海では、異なる印象になることはイメージできるのではないでしょうか。その印象の違いは、海の色や周辺に描かれるモチーフなど繊細な描写に表れます。
これは、イラストレーターへ依頼する際に用意した資料の一部です。

イラストレーターへの資料の一部:ラフを入れ込んだデザインがある。その横に「時間は朝」「海」「登場人物は中学生女子」など、イラストのモチーフについてメモが書かれた付箋が置いてある。

黄緑の付箋は打ち合わせ時に出た、具体的なモチーフのイメージや表現のアイデア。例えば登場する少女はどんな髪型か、背景に何が見えていると世界の広がりを感じられるのかなどを洗い出していった。

ディスカッションの上で決定した登場人物の年齢、職業、服装などはもちろん、表情や登場人物それぞれの心情など、細部のイメージまで書き込んでいます。他にも、法務省の担当者から実際に出会った少年少女たちの姿について話を聞きながら、当事者にまつわるリアルな情報などもまとめて資料にし、共有しました。
イラストレーターやフォト・ビデオグラファーなどのクリエイターへどこまで詳細に伝えるかは、ケースバイケースです。描いてほしいことを詳細に伝える一方で、個人のクリエイティビティを生かしたものにしてほしいとも考えています。このときも、イラストを担当した山崎真理子氏から逆光の表現やコミュニティとのつながりを表すモチーフなど提案をもらいながら、ディティールを詰めていきました。
この共有は、イラストレーションの表現に生きたことはもちろん、映像制作の際にもどのようなストーリーや人物像を描くかの判断基準にもなりました。

動画のイラストレーション2点:海辺に少女と女性が並んで座っている様子。

動画でのイラストレーションの一部。スマホを見る少女は、隣にいる女性への拒絶を表している。

このように、詳細な設定や登場人物の背景まで言語化して共有することは、コンテンツ全体の膨らみや広がりをもたらすための大切なアプローチになります。

さいごに

とある雑誌の制作現場で、実際に誌面では語られない企画の裏設定について、担当編集者と時間をかけて話し合い続けたことがあります。
あえてその話し合いを重ねたのは、お互いの創造性を膨らませるきっかけがほしかったから。編集者、デザイナーといった自分の役割だけに閉じずに、お互いの領域を重ね合わせながらつくる過程を大切にしています。そうやってつくり手一人ひとりの創造性を掛け合わせていくことが、ユーザーを動かすクリエイティブにつながると思います。

私は誰もが「つくり手」だと思っています。アートディレクションの思考を社会にひらきながら、それぞれの創造性を引き出す役割を担っていきたい。そうすることで、世の中に溢れるコミュニケーションが彩り豊かになっていくことを願っています。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

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