DX推進におけるサービスデザイン イノベーションのためのサービスデザイン(15)

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    長谷川敦士代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト

本記事は、一般社団法人 行政情報システム研究所発行の機関誌『行政&情報システム』2023年2月号に掲載の、長谷川敦士による連載企画「イノベーションのためのサービスデザイン」No.15「DX推進におけるサービスデザイン」からの転載です(発行元の一般社団法人 行政情報システム研究所より承諾を得て掲載しています)。

画像:Service Design for Innovation 15

1. DX白書とデジタルスキル標準

独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)は、2021年12月、デジタルトランスフォーメーションの推進をめぐる社会背景、求められる戦略や人材、技術を日米の比較から論じている「DX白書2021」※1を公開した。同書ではDX推進のために必要な考え方や方法論などが述べられている。また、各種統計的な情報も掲載されている。

※1 DX白書2021

その中で興味深いのはDX推進の手段として、デザイン思考とアジャイル開発、DevOpsが挙げられているところである。アジャイル、DevOpsはそれぞれ開発手法やそのマネジメント手法であるため、DXとの親和性が高いことはわかりやすいが、デザイン思考が第一に挙げられている点が興味深い。同白書の中では、デザイン思考は顧客価値を探索し、実現するための重要な手段として位置づけられており、単なる「デジタル化」におさまらない「デジタルトランスフォーメーション」において、「なにをやるか」を設定するためにデザイン思考が求められているということがわかる。

このDX白書を受けて、経済産業省/IPAでは、今年度(2022年度)に「デジタルスキル標準」と呼ばれるDX推進のために必要なスキルセットをまとめ、2022年12月21日にver.1.0として公開を行った。ここでは、「DX推進」を具体化し、組織規模やDXの段階(成熟度)などを踏まえ、その中で求められる職能や、そこに対応するスキルを整理している。

こういったスキルをまとめる理由としては、DXに限らず、新しい領域の考え方が広がっていくとき、求められるスキルや、職種名などは、様々な名称で展開され、なかなか集約されないということが挙げられる。これは、流動的かつ探索的に生まれている職種がもつ定めともいえ、日々変化する業務内容を考えるとなかなか普遍的な職種名をつけることができなくなる。その結果、企業内での便宜的な名称でやりすごしてしまったり、あるいは世で使われている名前を借りてきたものの、組織内でしっくりこなかったりといった結果となることが多い。

いずれにせよ、その定義やどういったスキルが必要なのかといった探索に、労力をさかれてしまうということが起こる。もちろん、組織の中での職種の定義や重視されるスキルといったものは、企業文化そのものともいえるため、最終的には企業ごとにオリジナルのものが定義されることが望ましい。しかしながら、組織規模によってはなかなかそこまで手がまわらなかったり、働く側からすれば転職などを考えた際には共通した名称があったほうが好ましかったりするという状況がある。

2. DX推進スキル標準の人材5類型

このデジタルスキル標準化事業は、こういった背景を踏まえ、DX推進のための職務を定義する目的で実施された。2022年度事業として行われたこの試みは、2022年夏から冬にかけて検討が行われた。デジタルスキルは、大きく「ビジネスアーキテクト」「デザイナー」「データサイエンティスト」「ソフトウェアエンジニア」「サイバーセキュリティ」の5つの領域にまず類型化された。そのうえで、この5類型それらについて分科会が開催される形式で検討が行われた。

筆者はそのうち、デザイナー部門の座長の役割を担うこととなった。デザイナーの分科会の委員には、実務としてDX推進に取り組んでいる、デザインエージェンシーのリーダー、事業会社のチーフデザインオフィサー、デザインリサーチやUIデザインの専門家、企業のDX推進担当者などが集まった。その中で、6回にわたる広範囲の議論、および2回にわたる5類型を横断した議論を経て、図1のような類型モデルが定義された(図1ではデザイナー以外も記載)。

図1 DX推進スキル標準 人材類型

検討においては、前述の通り、DX導入を検討する企業の規模:大企業/中小企業と、DX導入の段階:これから導入検討から始める/すでに導入を始めておりより促進を図りたい、という4象限を想定し、そこから、大企業×すでに導入を始めておりより促進を図りたいパターンと、中小企業×これから導入検討から始めるパターンの2パターンのペルソナを作成し、これを用いながら検討を行った。

検討当初、「DX推進におけるデザイナー」という観点から、「ビジネスデザイナー:デザインアプローチに基づき事業の仕組みづくりを行う」、「サービスデザイナー:事業自体の設計を行う」、「UXデザイナー:事業のユーザー体験設計を行う」、「UIデザイナー:ユーザー接点となるアプリなどのデジタルプロダクト設計を行う」、「グラフィックデザイナー:コンテンツやデジタル以外の媒体などのデザインを行う」、といった5類型を想定しながら検討が進められた。

ビジネスデザイナーは、デザインのケイパビリティを踏まえながら、それをどういった事業モデルに落とし込むか、企業のマーケティングやブランディング、そして、収益構造など、すべての要素を同時に検討しかつ、ユーザーリサーチやプロトタイピングなど、初期段階におけるデザインアプローチを先導する役割を担う。

サービスデザイナーは、実際に、どういったサービスが展開されるかについての検討を行うため、ユーザーリサーチを行い、そこから具体的なサービスモデルを検討し、プロトタイピングを行い検証し、具体的なサービスモデルを構築する。

UXデザイナーは、このサービスモデルに基づき、そのサービスがどういった形で遂行されるのかといった体験の全体設計、およびそのために必要なリサーチなどを行う。

UIデザイナーは、具体的なアプリやウェブサイト等の設計を行い、魅力的で使いやすいサービスの実現を図る。

ビジネスデザイナー、サービスデザイナー、UXデザイナー、UIデザイナーはまだすべてのロールが一般化しているとはいいがたいが、特にDX推進を考えたときに、これからの社会で求められるデザイナー像であるといえる。

グラフィックデザイナーは、DXに限定された話ではないが、その企業のブランディング方針やその他のデザイン展開なども踏まえながら、コンテンツのデザインやコミュニケーションのデザイン全般を担っていく。DX推進といえども、ユーザーとのコミュニケーション上では様々な接点が必要とされる。そういった部分においてはUIデザイナーだけでなく、アナログメディアも踏まえたデザインを行うデザイナーも必要であるという議論から、グラフィックデザイナーというロールが設定された。この「グラフィックデザイナー」という名称は、当初「クリエイティブデザイナー」「ビジュアルデザイナー」といった名称も検討されたが、一般的な認識にあわせてグラフィックデザイナーという呼称となった。

これらの5つのロールについて、議論の中で、現時点でもまだ普及しているとはいえない呼称が5つも並ぶことで、このドキュメントを手にする事業者にとって、DX導入のハードルが上がってしまう懸念が挙げられた。こういったドキュメントは社会を牽引する役目をもつため、ある程度は「これから普及させたい概念」を提示することが必要となるが、それ以前にハードルが上がってしまうことは避ける必要がある。そのため、いくつかのロールを統合して、最終的には「サービスデザイナー」「UX/UIデザイナー」「グラフィックデザイナー」という3つのロールに統合することになった(表1、図2)。

表1 デザイナ 人材類型の中の3つのロール

図2 各ロールがデザインする対象

3. デザイナー類型の特徴

このようなデザイナー類型の中での特徴的なトピックであるが、大きく2点挙げられる。

まず「サービスデザイナー」というロールの役割である。サービスデザイナー(含むビジネスデザイナー)は上流のビジネスを規定するデザイナーであるため、例えば他類型で定義された「ビジネスアーキテクト」で兼ねられると考えられることが多い。また、実装ができるデザイナーのほうが優先され、その結果役割として軽視されることもよくみられる。

しかしながら、実際にDX推進を実践している組織の声を聞くと、サービスデザイナーがいないことによる弊害は大きいという。サービスデザイナーのような存在がいないと、ビジネスとしての展開の幅が、どうしても現場課題の居所的解決になってしまうという。その結果、UXデザインや実装などが進み、形になって一通り揃った後に、意外と小粒な策しか実施されていなかったことに周囲が気づく、といったことが起こるという。せっかくDXという新しい可能性を開くアプローチに取り組もうとしているのに、これでは単なる「デジタル化」もしくは現状課題の最適化になってしまう。

こういった事態を避けるのが、サービスデザイナー、あるいはサービスデザイナー的に振る舞う人材の役割となる。つまりサービスデザイナーを「なにをやるか」を策定する人、ととらえたとき「どうやるか」を実現するUX/UIデザイナーとどちらを優先するのかが問われるのである。この点は、これからの日本において、特に重視されていくポイントであろう。

また、もう1つの特徴的なトピックは、ユーザーインターフェイス設計(UI設計)の役割である。アプリやウェブサイトなどの操作する画面、いわゆるUIは見える「画面」の形で提供される。しかしながら、例えば、建物は見えている内装やインテリアの裏側に構造や配管があるように、アプリも見えている画面の裏側に情報設計が存在している。この部分の設計がきちんとなされていないと、見せかけだけのアプリデザインになってしまう。

筆者は、もともとUI設計の分野からキャリアをスタートさせたが、残念ながら、今の日本では、UIデザインにおける教育は十分とはいえない。

このため、未だアプリや、ウェブサイト等の設計においては、表面的に(それっぽい)インターフェイスで作られているものが多い。サービスの開始当初は、そこまで手をかける余裕がないかもしれない。しかし、これからの時代、消費者向けサービスであれ、市民向けサービスであれ、組織内部向け(イントラ等)であれ、きちんとした設計がなされていなければ、その後のバージョンアップや、改修等に耐えることができない。そしてそのことは、後々より大きな支出を招くことになる。この意味で、正しいUI設計は、日本のDX推進においては、1つの大きなカギとなることが考えられる。

こういったガイドラインが一般に共有されることで、社会で職種名やその業務内容が広まっていき、それによって人材の育成が活性化することが期待される。現在、経済産業省/IPAでは、これらの職種名や職務内容を、企業が人材募集に使いやすくできるようなフォーマット化や、流通しやすくするための検討も行っている。特に、サービスデザイン人材のような、これからの社会を牽引する重要な人材については、なおいっそう人材市場の活性化が望まれる。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

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