コロナ禍に考える組織と文化のデザイン DXでさらに重要性が増す企業文化

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    大崎 優取締役/シニアサービスデザイナー


写真:窓辺の机にパソコンが置いてあり、コンセントのウエブサイトが開かれている。

こんにちは、コンセント シニアサービスデザイナーの大崎です。

コロナ禍により、多くの企業では出社の機会が減り、従業員間のリアルな接点が希薄になりました。オフィスの縮小移転・売却のニュースが増え、物理的なオフィス空間をベースとしない企業文化や組織のあり方も、活発に議論されるようになりました。

ここでは、コロナ禍によって変化した組織と企業文化について、デザインの視点から考えていきたいと思います。

テレワークや兼業・副業は、企業活動の前提に

この原稿の執筆(2021年1月)時点では、全国のテレワーク実施率は22.0%。この時期は11都府県にて緊急事態宣言が出ている状況であり、その前提では少なく感じるかもしれません。ただし、テレワーク実施者のうち、コロナ禍収束後もテレワークを継続したいとの回答が76.4%(「そう思う」「どちらかといえばそう思う」の合計)もあるように、今後テレワークが定着していく流れがデータからも想像できます。

円グラフが三つ。左から、テレワークの実施率(n=1,100)、テレワークを行なっている22%、行なっていない78%。次のグラフ、コロナ禍収束後もテレワークを行いたいか(n=242)、そう思う34.7%、どちらかといえばそう思う41.7%、どちらかといえばそう思わない18.2%、そう思わない5.4%。最後のグラフ、兼業・副業の実施傾向(n=1,100)、現在、兼業・副業を行なっている8.5%、将来的には行なってみたい40.5%、兼業・副業を行う気はない50.9%

出典:「第4回働く人の意識に関する調査調査結果レポート」 2021年1月22日、公益財団法人日本生産性本部。調査対象は20歳以上のわが国の企業・団体に雇用されている者(雇用者=就業者から自営業者、家族従業者などを除いたもの)1,100名。性・年代別にサンプルを割り当てて回収。調査期間は2021年1月12日(火)~13日(水)

テレワークの普及を受けてか、兼業・副業の意向率も40.5%と高い水準です。オフィスに出社する時間的・空間的制約がなくなり、複数の仕事を掛け持ちするハードルが下がってきていることも要因のひとつと考えられます。

「企業」とは何か? 「組織」とは何か?

そもそも「企業」とは何でしょうか。テレワークや兼業・副業が一般化すると、そんな思いもわき起こってきます。

整理するために調べてみます。「企業」とは「生産・営利を目的で、生産要素を統合し、継続的に事業を経営すること。また、その経営の主体」。一方、企業と似た「組織」という言葉は「ある目的を達成するために、分化した役割を持つ個人や下位集団から構成される集団」とあります(広辞苑(第6版)より)。

その定義から見ると、企業と組織は、なんらかの目的のもとに活動する主体である点は共通していますが、その目的が営利に限るのか、それ以外の目的も含むものなのか、このニュアンスが異なるようです。人間の集団として機能する「組織」が形成されるには、営利以外の「目的」をしっかり共有しているかどうか、が鍵になるともいえるでしょう。

ベン図。企業と組織を表す円が重なった部分が「社会的目的」である。社会的目的が認知・共感されている企業・組織を目的共感型組織という。広肆苑(第6版)より、企業とは、生産・営利を目的で、生産要素を統合し、継続的に事業を経営すること。また、その経営の主体。組織は、ある目的を達成するために、分化した役割を持つ個人や下位集団から構成される集団のことをあらわす。

多くの企業は営利以外の社会的目的を掲げていると思います。ただし、全ての企業が、従業員やその他ステークホルダーにしっかり認知・共感を受け、活動に生かされている「目的共感型組織」として機能しているかどうかは確認が必要です。

テレワークが増え、企業の物理的認知や物質的権威が薄まっていくこと。兼業・副業が普及し、企業との関係が複数企業と比較され相対化されること。そのような点から、企業の社会的目的への共感性・求心力がますます重要になってくることは間違いありません。

日本社会においては、日常生活が物質的に充足し、生きる意味や働く目的への関心が高まってきている点も見逃せません。社会的目的への共感性や自分ごと化が起こらない企業は、そういった点からも危機感をもつべきなのかもしれません。

写真:空きビルのフロアイメージ

2020年9月時点で、企業の6割がオフィス移転・分散・改装を検討しているという調査データがあります。(オフィスナビ株式会社による、2020年9月17~25日でのインターネット調査。353件回答回収)※写真はイメージ。

従業員体験と顧客体験の2つのデジタル化

企業の提案価値の視点からも見ていきます。

コロナ禍により、DX(デジタル・トランスフォーメーション)が活況です。DXは、顧客への提案価値および業務オペレーションをデジタル化するのと同時に、そのしくみに組織や行動を最適化していく取り組みです。

その中でも、事業のパフォーマンスを左右するポイントとしては、「顧客への提案価値」の社内共通認識を維持し、部門を超えて一貫した顧客体験を創出できるかにあります。それは相応に工夫が要り、苦労も多いものですが、ここにテレワーク=従業員体験のデジタル化が加わることで、状況がさらに難しくなります。

「私たちは何者なのか、何が目的なのか」への共感性が薄れ、「顧客に何を提供しているのか」の像が組織内でずれていくこと。従業員体験と顧客体験の2軸が無形化・デジタル化することで生じる、このような齟齬を解消する動きが必要になってきます。企業の社会的目的と顧客提案価値とを紐付けた情報をデザインし、組織行動がぶれないようにする必要が出てくるのです。

顧客体験と従業員体験の有形・無形による違いの説明図。 事業主体と顧客への提案価値が共に有形の場合、従業員は有形な提案価値(=製品)への明確な共通認識を持ちながら情熱を持って仕事に取り組む。事業主体が有形で、顧客への提案価値は無形の場合、従業員は部門を超えて、無形な提案価値への共通認識を持ち、一貫性のある顧客体験を提供するよう努める。事業主体が無形(従業員体験のデジタル化)で顧客への提案価値も無形の場合、従業員は自分たちが何者で、何が目的かの共通認識を持続させた上で、部門を超えて、提案価値への認識を共有し、一貫した顧客体験を提供するよう団結する。

事業主体も提案価値も無形化した場合(図下段)、従業員はその価値の拠り所を見失いやすくなります。そのため、両方の価値を言葉や絵・映像、イベントなどにデザインし、認知の拠り所をつくる必要があります。

ビジョンをデザインし、組織文化を育む

社会的目的と顧客提案価値を紐付けた情報。それは、どのようにデザインすれば良いのでしょうか。

社会的目的と顧客提案価値を紐付けた情報は「ビジョン」であり、そのデザインをビジョンデザインと呼びます。ビジョンデザインは以下の3つの視点でアプローチし、意味を定義します。

  1. 1.組織:組織と従業員はどうありたいか
  2. 2.顧客(ユーザー):将来の顧客への提案価値はどうあるべきか
  3. 3.社会:社会と企業の関係性はどうあるべきか
ビジョンと3つの視点の説明図。中央に目指す理想像としてのビジョンがあり、周囲の三方向に組織、ユーザー、組織がある。アプローチ1は組織。ビジョンのヒントは自分たちの中にある。アプローチ2はユーザー。ビジョンのヒントは未来のユーザー像にある。アプローチ3は社会。ビジョンのヒントは社会との関係性にある。

それぞれに、インタビューなどの調査や情報収集、ワークショップでの共創、プロトタイプを用いての検証を繰り返し、意味を精査していきます。プロセスの詳述はここでは避けますので、気になる方は組織と顧客を動かす「ビジョンのデザイン」をご覧ください。

ビジョンはつくったらそれで終わりではありません。それを育む活動が必要です。継続的な従業員接点の中からビジョンへの認知を強化・持続すること。トップダウンとボトムアップを融合させる対話環境を設定すること。社内の暗黙知交流や、市場変化に対応し変化させるような共創空間をつくること。そのような工夫によってビジョンを育んでいきます。

「コンセントデザインスクール」ウェブサイトのスクリーンショット

コンセントの社内育成制度「コンセントデザインスクール」。コンセントのミッションは「デザインでひらく、デザインをひらく」ですが、社会に対し主体的に「デザインでひらく」ための技術をメンバー間で学び合う場としてデザインしました。プログラムは年間で数十回開催され、部門を超えた交流にも役立っています。プログラムの中には、デザインの技術について書籍化されたものもあり、「デザインをひらく」実績にもつながっています。

ビジョンをもとにした共創活動により、組織文化は形成されていきます。組織文化はつかみどころがないものと捉えられがちで、企業ビジョンの求心力が及ぶ範囲が文化であり、ビジョンデザインの対象範囲として意識すると、対応が明快になってくるでしょう。

マネーフォワード社の「People Forward本部」

ここで、企業文化を競争優位と捉え、文化浸透のための組織をつくった先駆的な事例を紹介します。

株式会社マネーフォワード様(以下、マネーフォワード)が2020年12月に社内に設立した「People Forward本部」です。既存の人事機能に文化浸透の活動を一体化させ、企業の文化づくりに力点を置いた組織です。

マネーフォワードは2年ほどの短期間に組織・売上規模が約3倍に急成長、これからも拡大が見込まれています。そのような状況の中で、変化の激しい環境に柔軟に対応でき、より一層社内のエンゲージメントを高められるような人事・文化浸透機能をつくる必要がありました。

People Forward本部は、人事機能に文化の視点を導入した「HRポリシー」の作成や、各施策へのカルチャーレビュー、グループ会社との文化連携の活動に加えて、経営の意思決定に文化の視点をもれなく反映させていく、といった企業経営に直結するような重要な責任も担っていきます。

People Forward本部で中心的に活動するVPoC (Vice President of Culture)の金井恵子さんはデザイナーです。UIデザイナーのキャリアをもち、コーポレートデザインやミッション・ビジョン・バリュー策定にも携わっています。デザインの力で、約1,000人となる組織の文化浸透を牽引しています。詳しくはPeople Forward本部の活動をご覧ください。

Peaple Forward! HR×Culture
写真

People Forward本部のメンバー。VPoCの金井恵子さんは下段右から2番目。

文化とモードの組織デザイン

ビジョンをデザインすることで形成される組織文化。単一の文化のもとに一致団結して企業活動が行われるのが理想であるものの、部門ごとの成果を意識するためには、「文化」と「モード」の2層を意識する必要があります。

文化とモードの関係の説明図。文化という大きな円の中に、モードという4つの小さい円が内包されている。4つのモードは互いに紐付いている。

モードとは、組織文化に内包される部門単位の個別の行動様式と捉えるとわかりやすいでしょう。企業内の共通の文化の中で、部門ごとの成果のために意識的に行動や価値観といったモードを変えていく考え方です。

ゾーンマネジメントという考え方

ここに、ゾーンマネジメントというアイデアがあります。これは、「キャズム理論」を示したジェフリー・ムーア氏の著書『ゾーンマネジメント』で提言されているもので、変化が激しい破壊的な市場環境下での組織運営や資源配分について体系的に整理されたものです。

4つのゾーンのマトリクス図。ゾーンは上下にふたつずつ並んでいる。左上は破壊的イノベーションと収益パフォーマンスのトランスフォーメーションゾーン(変革)。新規事業を拡大する(CEO直下の新部門)[2-3年投資回収]。右上は持続的イノベーションと収益パフォーマンスの「パフォーマンスゾーン(成果)」。既存事業で成果を出す(ライン部門)。[翌年度投資回収]。右下は持続的イノベーションと支援型投資のプロダクティビティゾーン(生産性)。生産性を上げる(スタッフ部門)。[翌年度投資回収]。左下は破壊的イノベーションと支援型投資のインキュベーションゾーン(事業創造)。新規事業を育む
(R&D、事業開発部門)。[3-5年投資回収]。

出典:『ゾーンマネジメント 破壊的変化の中で生き残る策と手順』 ジェフリー・ムーア著、日経BP

既存ビジネスの価値向上を目指す右側と、新しい事業を構想し実現する左側。直接収益に寄与する上部と、間接的に業務支援したり事業・技術開発で貢献する下部。それぞれでマトリクスが組まれたゾーンごとに、資源配分や組織運営の方法論を変えていく、という点がゾーンマネジメントの趣旨です。

例えば、パフォーマンスゾーンの業務手法・成果指標・価値観などのモードを、インキュベーションゾーンやトランスフォーメーションゾーンに適用してしまった場合、既存の収益確保に囚われ、不確実性の高い数年後の事業の種を芽吹かせる活動が劣後もしくは排除されてしまう、といった問題が起こります。

もしくは、創造(0→1)を旨とするインキュベーションゾーンと、拡大成長戦略(1→100)を旨とするトランスフォーメーションゾーンが「新規事業開発」の名のもとに混在することで、事業創出の歩留まりが悪化するといった事態も実際に起こっていることと思います。

4つのゾーンごとにガバナンスを分離し設定することで、新規と既存の資源配分と組織運営を最適化し、破壊的変化の只中にあっても、長期的、自立的な企業運営を可能にするのが、ゾーンマネジメントの考えになります。

モードに即した組織のデザインを

これを、組織と文化のデザインの観点で整理します。

4ゾーンごとの組織デザインの説明図。パフォーマンスゾーン、プロダクティビティゾーン、インキュベーションゾーン、トランスフォーメーションゾーンの4つが、単一の文化のもとに協働。

コロナ禍で従業員体験がデジタル化しても、全社で共通のビジョン・文化を設定し維持する施策を講じること、これが前提になります。

その上で、パフォーマンスゾーンでは成果達成モードで組織をデザインし、既存事業の価値を向上させ、数字を達成することを目指します。大胆でなく着実に。リスクマネジメントを徹底し、つつがなく収益を確保します。

プロダクティビティゾーンは、生産性を旨とするモードでデザイン。時間的・経済的非効率をあらため、全社の業務を最適化し支援します。

インキュベーションゾーンは実験と創造モードに。実験はただ「面白さ」だけでなく、市場性・実現性を兼ね備えた真の創造性を追求しなければなりません。

トランスフォーメーションゾーンは、変革と推進モードの組織。事業を軌道にのせるために、自転車の漕ぎ始めのようなシンドさがつきまといます。いきおい、強いストレッチがかかるタフなモードになりがちです。事業の主力化の道が見えた折には、パフォーマンスゾーンを変革し、全社の業容転換を目指すモードに徹します。

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筆者は、自社内で事業の立ち上げを行った際には、実験モード(インキュベーションゾーン)に次いで、現状維持を否定するような変革と推進モード(トランスフォーメーションゾーン)を示し、必然、既存事業部門とのモードの乖離を痛感しつつも、文化としての統一性を保つよう苦心した記憶があります。

その際に必要なのは、モードの概念を共有すること。相互理解のもと、文化の断絶や無理解を防ぐことです。これらのモードを単一の文化・ビジョンを共有する中で調和させ維持させることが重要です。しかもリモート環境にて。これが、コロナ禍に生きる私たちの組織と文化のデザインのありようです。

いますべきこと

従業員体験がデジタル化し、企業との関係が相対化する中で、企業と従業員、そして従業員同士の接点が希薄化する危機が訪れます。

それは事業価値を削り、企業の地力をじわじわと減退させます。それを防ぐためには、企業文化を維持するための相応の投資が必要になります。オフィス撤退などによる固定費減を、社内文化強化の投資に回すようなことも考えるべきしょう。

そして、ビジョンをデザインし、求心力を継続させるしくみを導入します。さらに「文化」と「モード」に分けた組織運営をし、共有のビジョン・文化のもと、社員が物理的に離れていても業績が向上しつづける、強靭で柔軟な組織体をデザインしていく必要があります。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

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