Service Design Global Conference 2023直前!ダイバーシティ課題は今?

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    中安晶サービスデザイナー/インクルーシブデザイナー

オープニングトークをしている Danish Design Center のChristina Melander氏

今年も開催を10月に控えた国際的なサービスデザインの祭典、Service Design Global Conference(以下、SDGC)。2023年のテーマは「Catalyst for Change(変化を媒介するもの)」と発表され、テーマに合わせて「サービスデザインは、変革を速めるだけでなく、その品質と影響力も向上させる要素となるか?」という問いが発せられています。ここで問われているのは当然ながら「これからの私たち」だけでなく、「今までの私たち」は変化のために何をしてきたのか、ということでもあります。

この記事では、先進ダイバーシティ事例のレポーティングや、卵巣がん患者の意思決定を支援する情報媒体制作などのダイバーシティ課題に取り組んできた中安が、去年のSDGC2022にデンマークで現地参加してきた経験を踏まえ、我々デザイナーに提示されたダイバーシティや包摂・平等に関わる提言や課題と「その後」を振り返ります。これまでに求められてきた変化と現在地を見つめ、SDGC2023に向けた予習を始めましょう。

クリエイティブ・ジーニアスの危険な神話

SDGC2022でまず思い出したいのが、フランスを拠点に活動するインクルーシブ・デザイン・コンサルタントであるSandra Camacho氏が提唱した「クリエイティブ・ジーニアスの有毒性」に関する議論です。クリエイティブ・ジーニアスはSandra氏の用語で、テック産業などによく見られる先導的で個人のキャラクター性の強い経営者や創業者、リーダーのことを言います。排他的で、ユーザー中心でないデザインを生み出す危険性を助長するものとして、デザイナーの「ナルシシズム」を問題とするSandra氏のプレゼンテーションでは、このような一見独創的に見えるクリエイティブ・ジーニアスのあり方に対置する形でデザイナーの謙虚さと自己点検の重要性が説かれました。

プレゼンテーションを行うSandra氏。スライドには「クリエイティブ・ジーニアスの危険な神話」の文字

プレゼンテーションを行うSandra氏

ここではナルシシズムの強いアイコニックな個人のクリエイティビティを過度に礼賛するあまり、チームメンバーに心理的・業務的な負荷がかかり、意思決定に偏りが生じてユーザー中心のデザインから離れるといった「クリエイティブ・ジーニアスの神話」の問題点が指摘されましたが、この時に挙げられたのは、故スティーブ・ジョブズ氏やイーロン・マスク氏といった象徴的なテック・ジーニアスの存在でした。

直近のニュースで、業績悪化や名称変更、度重なるサービスの変更に伴いユーザーの新興SNSへの乗り換え現象が大きな話題になるなど、急進的で物議を醸す変化を続けているX(旧Twitter)ですが、その変化のきっかけをイーロン・マスク氏の就任に見るのであれば、氏の就任のおよそ3週間前に鳴らされたSandra氏の「クリエイティブ・ジーニアス」のあり方に対する警鐘は、その後の展開を予言するような示唆的なものであったと言えます。

イーロン・マスク氏を例に挙げると別次元の話と捉えてしまうかもしれませんが、このような個人への集権的な環境はどの集団でも起こりうることです。それが生み出すデザインへの悪影響を避けるための手段としてプレゼンテーション内で強調されていたのは、「チームによるクリエイティビティを強化すること」、そして「ユーザーの声を聞くこと」でした。

デザイナー一人ひとりが自制的な謙虚さを保つためには、ユーザーの生の声を大事にする、チームメンバーと意見を交換するといった、変化に柔軟な取り組みが必要となります。

国内に目を転じれば、2022年の大河ドラマで大きなヒットを記録した「鎌倉殿の13人」について、脚本の三谷幸喜氏が「(自分は女性を描くのが苦手だと言われるため)女性スタッフの声を聞いて、『女性はこんなこと言わない』など、意見をなるべく取り入れた」と発言したことが一部で話題になりました。「もし今回、女性の描き方が以前より少しでもマシになっていたとしたら、それは彼女たちのおかげです」と明言する氏の姿は、まさにクリエイティブ・ジーニアスと言えるような、著名なクリエイターでありながらも、自分の限界に自覚的な新たな姿勢を志向している点でヒントになるかもしれません。

参考文献:成馬零一「“日本三大悪女”北条政子も人間だった 『鎌倉殿の13人』三谷幸喜の女性の描き方の変化」 Real Sound(最終閲覧日: 2023/8/18)

全てのステップで「女性はどうなんだ/What about women?」と聞け

次に触れたいのが、インドで「女性中心デザイン/ Women-centric design」を掲げるクリエイティブファームUnconform Studioを主宰するMansi Gupta氏の提言です。Mansi氏のプレゼンテーションは、氏が提案していたサービスアイデアをクライアント男性から「それは前試して駄目だったから却下だ」と割って入られ中断した、という印象的なエピソードから始まりました。

Mansi氏は低所得の女性が経済的自立のために小銭を貯金するための封筒型のプロダクトを提案していたのですが、そのクライアント男性(銀行のVPだったそうです)は、以前に「胸ポケットに簡単に収納できる」プラスチック製の小銭入れを配ったが誰も使わなかったので、Mansi氏の提案は意味がないと主張しました。しかし、インドの女性が一般的に着用するクルタやサリーのほとんどには胸ポケットがついておらず、小額紙幣などはブラウスや下着の隙間に挟むことが多いため、固いプラスチックケースを女性ユーザーが好まないのは当然の話でした。

プレゼンテーションを行うMansi氏。スライドには「“みんな”のためのデザイン=画一的な男性のためのデザイン」の文字

プレゼンテーションを行うMansi氏

「その時、私は自分の服の存在しない胸ポケットにそのケースを入れるふりをして、地面に落ちるさまを見せつけてやるべきだった」とMansi氏は語りましたが、残念ながらこのように女性ユーザーの生活実態を大きく捉え損ねたサービスの事例はインド国内のみならず世界で、そして日本でも枚挙に暇がありません。SDGC 2022の中でも複数のスピーカーによって繰り返し引用された『存在しない女たち』でもその驚くべき実態が紹介されています。

『存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(河出書房新社)

Mansi氏は、そのような当事者たるユーザーを無視したデザインを行わないためには「女性はどうなんだ/What about women?」と常に問い続けることが大事で、その問いがない「“みんな”のためのデザイン」は、結局マジョリティ男性のためのデザインに収束していってしまうため、男性中心的な社会においてはプロジェクトのメンバー選びから調査、構想、検証に至るまであらゆるフェーズでその問いを繰り返す必要があると述べました。

「これは我々の問題と言える」カンファレンス会場で明らかになったデザインコミュニティのダイバーシティ課題

昨年のSDGC2022はクロージングトークにて司会者から「女性たちが見事にぶちかました(absolutely smashed)カンファレンスだった」と語られた通り、女性スピーカーたちの素晴らしさが非常に目立った大会でした。しかしながら依然として私たちの暮らす社会やデザインコミュニティ全体を見れば、男性中心的なプロセスの影響は色濃く、セクシュアルマイノリティのためのデザインに関しては大会での発信が目立たなかった点も含め、「脱男性中心的なデザイン」は2023年のSDGCでも重要な議題であり続けるでしょう。

コペンハーゲンの街中で掲げられたアライフラッグ

滞在当時現地ではLGBTQ+ の映画祭「MIX CPH」の開催を控えており、街中の各所でレインボーフラッグやアライフラッグが見られた。

最後に、同じくデザインコミュニティの課題として、私自身が現場に行って感じた課題について触れたいと思います。2日間のカンファレンスの中で印象に残った一幕があります。会冒頭のアイスブレイクのタイミングで、「現地参加いただいている皆さんはどこから来たのか聞いてみましょう」という司会の提案から、参加者が司会の挙げる国や地域に挙手で応じるというシーンがありました。その結果は想像よりも衝撃的で、過半数をヨーロッパ、3割ほどを北米勢が占める中で、アジアは1割ほど、アフリカからの参加者は0名でした。

発表を聞く大勢の参加者の様子

会場の様子。大まかなデモグラフィも読み取れる。

SDGC2022で基調講演を務めたDanish Design Centre (DDC)のCEOであるChristian Bason氏は、この結果を受けて、「(オンライン参加者は別として)少なくともこの部屋を見回してわかることは、我々はアフリカからの参加者をあまり、正確には一人も集めることができていないということです。南米やアジアのデザイナーも決して多くありません。我々はデザインコミュニティの中で不利益を被っている人々の声を拾い上げることに失敗しており、これは問題であると言えるでしょう」と述べ、デザイナーのコミュニティとして多様性を担保する責任があることを示唆しました。

個人的な感覚としてはBlack Lives Matter運動に呼応するような形で「脱植民地化のデザイン」や「アボリジニの世界観に根ざした自然中心デザイン」などの刺激的なテーマがあった2年前のSDGC2021に比べ、変化を起こすための心構えには注力したものの「デザイナーとして何を克服し、何を善とするのか」という問いが散乱してしまったと感じる2022年の大会でした。

このような人種・ジェンダー・セクシュアリティを含めた構成員の多様性の課題に対して、今年のSDGC2023ではどのような応答がなされるのか、その上で「Catalyst for Change(変化を媒介するもの)」がもたらす変化のゴールがどのように語られるのか、私自身もオンライン参加で確かめつつ、コンセントから現地渡航するメンバーの報告も楽しみに待ちたいと思います。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

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