デザイナーが変わる、デザインを変える Service Design Global Conference 2023 参加レポート

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    川岸 亮平サービスデザイナー

年に1度のサービスデザインの祭典、Service Design Global Conference 2023が、2023年10月5日と6日に開催されました。開催地はドイツ・ベルリンで、昨年同様にオンライン配信も実施されました。コンセントからは現地渡航組3名とオンライン組3名で参加しました。

この記事では、カンファレンスで語られた内容の一部を紹介するとともに、その内容を受けて渡航メンバーの川岸が感じたことや考えたことをお伝えします。

画像:司会がカンファレンスを始める挨拶をしている

SDGC2023 のテーマは “Catalyst for Change”

デザイナーである自分は、謙虚であるか

“Catalyst for Change” が今年のカンファレンスのテーマでした。Catalyst の和訳としては「触媒」または「何かを触発する人」が挙げられます。カンファレンスの前は、なぜ「触媒」という間接的な意味が込められている「カタリスト(Catalyst)」という言葉が用いられているのか腑に落ちていないところがありました。しかし、終わる頃には、「カタリスト」でなければならないと感じるようになりました。

「私たちは、デザイナーが物事を解決する存在だと教えることをやめなければならない(We have to stop educating designers as fixers )」という Kelly Ann McKercher 氏の言葉は衝撃的でした。「デザインは課題解決である」「複雑な問題であふれている今日、デザインの重要性がますます高まっている」「デザイナーの不足が叫ばれている」。そのような言葉にうれしくなってしまっている「デザイナー」の自分がいるのではないか。McKercher 氏の言葉は自身を顧みるきっかけになりました。

画像:Kelly Ann McKercher 氏のトーク中のスライド “We have to stop educating designers as fixers.”

Kelly Ann McKercher 氏によるサプライズトーク “designing with(out) humility”

社会の中でデザインが生かされていると感じる場面や、デザイナーが変化に貢献しているのではないかと感じる場面は確かにあります。しかし、デザイナーは字のとおり、デザインという行為に携わる「人」であることに変わりはありません。デザイナーの魅力の一つは、さまざまな種類のプロジェクトに関われることだと考えますが、それはデザイナーがあらゆることができるということを意味しません。

McKercher 氏は、デザイナーが関わる仕事は多岐にわたる可能性があることを示しつつも、「デザイナーの仕事がいつも必要とされているわけでもなければ、必ずしもデザイナーが正に必要な存在でもない (The work isn’t always needed and we aren’t always the right people)」と指摘しました。「デザイナーを解決者だと捉えるのはやめるべきである」というメッセージは、デザイナーは必ずしも物事を解決しないどころか、生む必要のない混乱さえもたらすこともあることを伝えているのではないでしょうか。

McKercher 氏の言葉を踏まえると、デザイナーが人や社会に対して大きな変化をつくり出せる可能性は、自身の想像以上に低いと謙虚に自覚すべきなのだと感じました。しかし、それでも、変化を生むためのきっかけをつくることはできるはずです。むしろ、そのきっかけをつくり出す過程を少しずつ地道に、かつ前向きに取り組むことこそ、デザイナーが社会に変化を起こす「カタリスト」となる方法なのではないかと考えます。

デザイナーが変化を起こすために、人を傷つけてはならない

画像:Giulia Bazoli 氏と Pardis Shafafi 氏のキーノート中のスライド “First, Do No Harm.”

Giulia Bazoli 氏と Pardis Shafafi 氏のキーノート “Do No Harm framework for design”

「何よりもまず、人を傷つけない(First, Do No Harm)」。Designit Oslo の Giulia Bazoli 氏と Pardis Shafafi 氏のキーノートセッションでの言葉も記憶に残るキーフレーズの一つです。

インタビュー調査など、人々の気持ちをくみ取ってプロジェクトを進めることはデザインにおいて重要です。しかし、時には、思い出したくないような過去を抱いている方もいるかもしれません。それを無理やりに引き出してでも、プロジェクトを進めることがデザインなのでしょうか。

「デザインで物事を改善したい」。しかし、自身が生み出そうとした変化は、本当に良い変化なのか。変化を生み出したいだけではなかったか。自分自身が関わったプロジェクトの中での振る舞いを思い返しました。

何が良いのかという判断をすることは、デザイナーに必要な行為の一つだと考えます。しかし、プロジェクトに関わる人や、プロジェクトによって影響を受ける人を傷つけないことを大前提としなければなりません。その上で、物事を良くするための努力をすることがデザイナーのもつべき姿勢だと感じました。

恐れるべきは、AIではなく、変化したデザイナーである

画像:Billy Seabrook 氏のトーク中のスライド “Generative AI isn’t replacing people but people who use Gen AI are replacing people who don’t.”

Billy Seabrook 氏のトーク “AI At Your Service”

去年の SDGC2022 のトピックと比較すると、今年はAIというワードが含まれているテーマが複数あり、かつキーノートにも選ばれていました。サービスデザインの文脈でもAI、特に生成AIへの関心が高まっていることを感じます。

IBM iX の Billy Seabrook 氏は、「生成AIはデザイナーの代替とはならないが、生成AIを使わないデザイナーは、使うデザイナーに立場を奪われる( People who use Gen AI are replacing people who don’t)」 と述べました。生成AIに関するトークの中で印象深かったのは、どの登壇者も「生成AIがデザイナーの代替となる」と言っていなかったことです。「共感」などの人間がもつ能力がデザインには必要という理由が挙げられており、デザイナーが生成AIに取って代わられることはまだ先になると語られていました(少なくとも現時点の生成AIでは、という条件はついたとしても…)。

画像:Cameron Hanson 氏のトーク中のスライド “Real human empathy is still the crucial ingredient for design research. Use GenAI as a tool in research, but not a replacement for humans.”

Cameron Hanson 氏のトーク “Augmented Intelligence: Using Generative AI in Participatory Design”

一方で、生成AIの台頭は目覚ましく、サービスデザインのプロセスの中でどのように活用することができるのか、試行錯誤の日々が続いています。今まで想像もできなかった速さでの情報整理や情報抽出によって、デザインプロセスは加速するであろうとカンファレンスでも述べられていました。AIに関するセッションを聞く中で、生成AIによって自分が仕事を失う将来は想像しても、同業者に自分の仕事を奪われる日が来る可能性は想像していなかったことに気づきました。

デザイナーとして自分の働き方を変えないことも尊重されるべき大事な選択肢です。一方で、デザイナーも仕事の上でテクノロジーの発展の影響を受けざるを得ない状況であることも事実だと考えます。デザイナーとしてどのように変わっていきたいのか。社会に良い変化をもたらすためには、まず自分自身が目指すデザイナー像を変えていかなければならないと考えるきっかけになりました。

画像:Mauro Rego 氏のキーノート中のスライド “Will Gen AI replace creatives?”

Mauro Rego 氏のキーノート “Designing Services with Generative AI”

決して華々しくはないが、地道な活動こそがサービスデザインになる

画像:Lou Downe 氏のキーノート中のスライド “Service design is 10% design. 90% creating the conditions for service design to happen.”

Lou Downe 氏のキーノート “Bad services: Why most services are failing and what we can do to make them work”

「サービスデザイナーの仕事」と聞いたとき、皆さんがイメージされるのはどのようなことでしょうか。ユーザー調査や、サービスアイデアのプレゼンテーション、サービスのステークホルダーとの共創ワークショップなどが想起されるのではないでしょうか。

しかし実際には、予定の調整や認識齟齬を埋める打ち合わせ、予算と工数の管理、関係各所への申請手続きなど、「デザイン」からイメージされることとは大きく異なる仕事に多くの時間をかけています。もしかすると、「デザインはいつしているの?」と思われるような働き方をしているかもしれません。

「サービスが成り立つための環境や制度などの条件を整えることもサービスデザインの仕事である(Creating the conditions for service design is the work)」という Lou Downe氏の言葉は、今回のカンファレンスで最も勇気をもらった言葉になりました。

Downe氏はキーノートの冒頭で、「機能しないというだけで、良くないサービスになる(Bad services; services simply do not work)」と述べています。ありとあらゆる調整を行い、サービスが成り立つための課題を地道に解決していくこと、それこそがまさにサービスデザインなのだという認識をもつことができるようになりました。

画像:Lou Downe 氏のキーノート中のスライド “Creating the conditions for service design is the work.”

サービスが成り立つための環境や制度などの条件を整えることもサービスデザインの仕事であると伝える Lou Downe 氏

画像:Lou Downe 氏のキーノート中のスライド

Lou Downe 氏のキーノートの中で、サービスデザインの仕事の中にはおよそ「デザイン」の仕事とは思われていないことも大事な仕事だと説明されている。

また、Martin Jordan 氏とKara Kane 氏のトークでも、公共サービスのデザインにおいては、「社会インフラや行政の仕組みなど、影響の大きい変化を生むには、単純に時間がかかる(Change these things〈社会インフラや行政の仕組みなどを指す〉simply takes time)」 と語られました。

ステークホルダーが多い場合や社会への影響を慎重に見極めなければならない状況では、変化が実感できるようになるまでには時間がかかることは当然であり、決してネガティブに捉える必要はないというメッセージのように感じます。

そして、サービスデザインは、地道で時間がかかる取り組みを続けることであるがゆえ、Jordan 氏と Kane 氏による「どんなに小さい変化でも肯定することが極めて大切である( It’s really important to celebrate every little thing)」という言葉は、自身の仕事へのマインドセットをより前向きにするものになりました。

画像:Martin Jordan 氏とKara Kane 氏のトーク中のスライド “Designing public services isn’t a sprint. It’s a baton relay ultramarathon.”

Martin Jordan 氏とKara Kane 氏のトーク “The long slog of public service design”

自身のサービスデザイナー像を、変えていく

今回の開催国ドイツは、デザイン史においてバウハウスをはじめとする重要な役割をもつ国であり、ベルリンは人々が引き裂かれて再び一つになった歴史をもつ街です。このカンファレンスのためにベルリンに着いた日、10月3日はまさに、ドイツの統一記念日でした。

画像:ドイツ国旗

現在、社会の分断や不条理が世界中で明らかになっています。サービスデザインの基礎となる考えに「みんなのためのデザイン」があるとするならば、サービスデザイナーとして今の状況を少しでも良い方向に変化させるために行動することがより一層求められるのではないでしょうか。

また、テクノロジーの発展に対して、デザイナーはどうあるべきかという問いとも向き合う時が来たのかもしれません。デザイナー像を変化させながら、テクノロジーと人間が共存する未来を具体的に想像することが求められているのではないでしょうか。

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ベルリン会場前にて、渡航メンバーの記念写真。左から、川岸、赤羽、矢作

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シュプレー川とベルリンのシンボル電波塔

ベルリンは、それぞれが複雑な思いを抱きながらも、なりたい自分になれる自由な街だと聞いたことがあります。今回のカンファレンスを通して、自分がこれからのサービスデザインやなりたいサービスデザイナー像を柔軟に考え直すことができたのは、そのベルリンの自由な空気を感じたからかもしれません。

ベルリンでの出会いと、素敵なカンファレンスに感謝を。
来年は、ヘルシンキでお会いしましょう。
Danke schön! BERLIN 🇩🇪
Moi! HELSINKI 🇫🇮

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