「DX推進スキル標準」の活用方法 組織で活躍できるデザイン人材を育成するために
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こんにちは。デザインストラテジストの佐藤史です。
私は、デザインを経営・事業に活用したいと考えるクライアント組織に対する、デザイン人材育成を目的とした教育活動やプロジェクト支援に携わっています。その際には、最初に人材像・育成目標・教育プランなどを検討しますが、経済産業省から発信されている
中の「DX推進スキル標準」をよく参照しています。
DX推進スキル標準とは、DXを推進する人材の役割と必要なスキルを定義したものです。「DX」と銘打たれていますが、DXに限らず組織におけるデザイン人材育成の指針として幅広く活用できる内容ですので、この記事ではその概要と活用方法を紹介します。
1. デザイナーはデザイン以外のことが苦手?
本題に入る前に、デザイン人材*育成に関して私が感じている課題をお話しします。
*この記事では、「デザイン人材」という言葉を、職種・肩書として「デザイナー」を名乗っている人だけではなく、デザインに関する知識や能力を組織で活用している人全般を指す言葉として用いています。
ご相談をいただくクライアント組織のデザイン部門の方々から、「『デザイナー』というと、他部門からは見た目をつくる人たちだと思い込まれてしまう。デザインの価値が自組織に浸透していない気がする」という趣旨の課題を伺うことがあります。いっぽう、同じクライアント組織のデザイン部門以外の方々からは、「デザイナーが自分たちの担当事業にどう貢献してくれるのかわからない」「(デザイナーは)事業活動へのコミットをもっと高めてほしい」という声もお聞きします。
最近は、「デザインは見た目をつくることだけではなく創造的な課題解決の手段だ」という趣旨の言葉がいろいろな場で語られるようになりました(私自身も頻繁に言っています)。ただ、創造的な課題解決のためには、デザイナー自身もビジネス、データ、テクノロジーなど他分野の専門家と対等に対話できるだけのリテラシーをもつ必要があります。
つまり、組織で活躍できるデザイン人材を育成するためには、以下の2つのアプローチが、同時に必要なのです。
- デザイン人材はデザインスキルを向上させるだけではなく、組織の事業活動に関わる他の専門分野に関しても最低限の知識を身に付けること
- デザイン人材以外の人・部門に、デザインの価値と「デザイナーができること」を正しく理解してもらうこと
少し偉そうな物言いになりましたが、実は、ここに書いたような課題意識は私たちコンセントも数年前から抱いています。
一定の実務経験を積んだデザイナーが、プロジェクトを主導する立場にステップアップするためには、経営、ビジネス、エンジニアリングなど幅広い専門分野のスキルが求められます。しかし、「範囲が広くて何から学べばよいか見当がつかない」「どういう段階に到達すれば『できる』といえるのだろう?」といった声がありました。そのような課題意識に応える「学びの見取り図」をつくるためにDX推進スキル標準が活用できるのでは?と考えたのです。
2. 「DX推進スキル標準」とは?
DX推進スキル標準は、組織のDX推進において必要とされる人材を5つの類型(ビジネスアーキテクト/デザイナー/データサイエンティスト/ソフトウェアエンジニア/サイバーセキュリティ)と、その下位区分である15種類のロール、そして、全てのロールに共通するスキルのリストから成り立っています。

出典:デジタルスキル標準 ver.1.2<改定後版>68ページ

出典:デジタルスキル標準 ver.1.2<改定後版>70ページ

出典:デジタルスキル標準 ver.1.2<改定後版>71ページ
それぞれの人材類型は、役割だけではなく、お互いがどう連携すべきかまでを具体的に示しています。冒頭で触れた「デザイナーがどのように自分の担当事業に貢献してくれるのかわからない」という問題なども、上の図のように整理・言語化されたものを土台に関係者同士で対話することで組織内での意識合わせができます。
人材類型の一つである「デザイナー」は、さらに「サービスデザイナー」「UX/UIデザイナー」「グラフィックデザイナー」という3つのロールに細分化されており、各ロールが身に付けるべき共通スキルを4段階の優先度に分けて定義しています。

出典:デジタルスキル標準 ver.1.2<改定後版>112ページ

出典:デジタルスキル標準 ver.1.2<改定後版>114ページ
40項目程度ある共通スキルは、内容が詳しく説明されているだけではなく「学習項目」、つまり何を知るべきか・学ぶべきかまで詳細に説明されています。

出典:デジタルスキル標準 ver.1.2<改定後版>84ページ
以上がDX推進スキル標準の基本的な骨子です。私がこのガイドラインが優れていて組織で活用しやすいと思う点は次の2つです。
1つ目は、必要なスキルを列挙するだけではなく、各スキルの優先度、つまり学習の到達目標となるレベルをロールごとに設定していることです。具体的には下記の4段階で整理されています。
a. 高い実践力と専門性が必要
b. 一定の実践力と専門性が必要
c. 知識として説明可能なレベルでの理解が必要
d. 体系として全体の中での位置づけや他項目との関連の理解が必要
この4つの段階は、aとbが専門知識をもって実行できる能力であり、cとdは実行はできなくても最低限の知識をもち必要に応じて自分で調べたり専門家に相談したりできる能力だと理解しています。「自分が土地勘のない分野のことは難しく感じる」「どのレベルまで到達すればよいかわからない」という課題意識に対して、この整理方法は非常にありがたいです。
2つ目は、各スキルの習得に向けて学習が期待される項目例が一通り挙げられていることです。先に挙げたサービスデザイナーのスキル一覧と、スキル内容の説明一覧を見ながら、「戦略・マネジメント・システム」に関するスキルを向上させる施策を考えるとしましょう。
「ビジネス戦略策定・実行」は、「b.一定の実践力と専門性が必要」に該当するので実行レベルの能力が必要です。この学習項目例を参考にすると、アライアンスに関する一通りの手続きや流れを経験者から聞いて学んで理解したり、ポートフォリオマネジメントの検討をワーク形式の研修で体験してみるなどの育成計画が考えられそうです。
いっぽう、「エンタープライズアーキテクチャ」は、「c.知識として説明可能なレベルでの理解が必要」なので、最低限の知識をもつことがゴールです。その場合は育成計画ではなく、この学習項目例に挙がっている「ビジネスアーキテクチャ」「ERP」「PLM」等の単語の意味を知るための単語集や事例集などのコンテンツを社内で準備する施策が有効です。
このように、DX推進スキル標準を参照すれば、デザイン人材に必要なスキルを定義するだけではなく、スキル向上のための育成計画や学習コンテンツを考えることに役立てられます。
3. 学びの見取り図をつくる
コンセントでは、先に述べた「学びの見取り図」をつくる取り組みを、主に事業開発支援・組織開発支援に取り組むデザイナーを対象に実施しました。具体的にはNotionを使って「Skill Compass」というコンテンツをつくり、DX推進スキル標準で定義されているサービスデザイナーの必要スキルに関して、下記を準備しました。
- 学びのゴール:どういう状態になればスキルを習得(もしくは向上)したといえるのかを判断するための評価軸
- 学びのテーマ:スキルを習得・向上させるための学習方法の説明。具体的には、基本的な概要とプロセスの説明、課題図書、該当テーマに関するコミュニティや最新情報のリンク、社内のプロジェクト事例など
- コンセントの「技術マトリクス」で定義されている各種技術との対応関係
- 必ず知っておくべき用語を説明した単語帳
- 該当スキルに関する最新トピックをメンバーが収集して自由に書き込んでシェアできる場所

コンセントで運用している「Skill Compass」の、サービスデザイナーの必要スキルをまとめたページ
このように体系化したコンテンツを整備することで、メンバーは目標設計をする際に伸ばすべきスキルの選定とスキル向上のための行動(学習)計画を、求められるレベルに合わせて自分で立てられるようになります。
DX推進スキル標準はさまざまな組織が活用できるように、ロール、スキル、学習項目例など人材育成に必要な要素を幅広く詳細に定義しています。しかし、自組織で活用する際は記載の通りに活用するよりも、これをたたき台として自組織の事業特性や組織目標に合わせて最適化した上で活用することをお勧めします。例に挙げたSkill Compassでも、コンセントの事業やプロジェクト実施形態に合わせて一部のスキルの優先度を変更したり、スキル定義に独自の要素を加えたりしています。
DX推進スキル標準の最適化活用例
- 新規事業創出を目標に掲げ、デザイナーにその分野での活躍を強く期待している組織
サービスデザイナーとUX/UIデザイナーに対して「ビジネス戦略」に関するスキル優先度を上げる - 大規模なITサービスやインフラなどを主力事業にしている組織
デザイナー全般に対して「セキュリティ」に関するスキルの優先度を上げる - 一般消費者向けのサービスや商品を主力事業にしている組織
グラフィックデザイナーの役割と活動範囲を広めに定義し、「マーケティング」「ブランディング」などのスキル優先度を上げる
4. 専門家同士の共通理解を助けるために
最後に、DX推進スキル標準は組織のデザイン人材(部門)以外の方に対して、デザインの価値を理解してもらうための共通言語になり得ること、そして、デザイナーに限らず異なる専門分野のプロフェッショナル同士が協力し合うための媒介として活用すべきである点を述べておきます。
冒頭で触れた、「デザイナーというと、見た目をつくる人たちと思い込まれてしまう」「デザインの価値が浸透していないような気がする」という課題は、決してデザイナー個人の力不足なのではなく、そもそも「デザイン」という概念自体の守備範囲が広く、専門家以外の人にとっては、デザイナーは何をしてくれる人なのかが端的に伝わりにくいという側面からきています。
デザイナーがどんなスキルをもち、他の専門職とどう協働できるのか、平たく言うと「何ができて、事業(もしくはプロジェクト)にどう貢献してくれるのか」をわかりやすく整理したことは、DX推進スキル標準の大きな意義です。ここで定義されているデザイナー以外の人材類型(ビジネスアーキテクト/データサイエンティスト/ソフトウェアエンジニア/サイバーセキュリティ)の人たちがデザインの力を活用すること、そして、デザイナーが自身のバリューを発揮するために他の人材類型の人たちと積極的に協働していくことにつながると思います。
DX推進スキル標準を活用することで皆さまの組織内に、ビジネスやテクノロジーなどの基礎知識をもち、他分野の専門家とも対等で建設的な対話ができるデザイン人材が増えていくことを期待しています。
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