サービスデザインとイノベーション

イノベーションのためのサービスデザイン[5]

  • 長谷川 敦士(Atsushi Hasegawa)代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト

※本記事は、一般社団法人 行政情報システム研究所発行の機関誌『行政&情報システム』2019年12月号に掲載の、長谷川敦士による連載企画「イノベーションのためのサービスデザイン」No.5「サービスデザインとイノベーション」からの転載です(発行元の一般社団法人 行政情報システム研究所より承諾を得て掲載しています)。

画像:Service Design for Innovation 5

1. サービスデザインとイノベーション

前回、サービスデザインの実践のための人材像を検討するため、サービスデザインを組織に導入する論点について考察した。今回は英国でのサービスデザイン事例である、InHouse Recordsを取り上げながら、サービスデザインを推進するために求められる能力を考えてみよう。

2. Case: InHouse Records

InHouse Recordsは、英国のサービスデザイナーHoda Judah Armani氏によって2017年に設立された音楽レーベルである。設立から2年で、現在大手であるユニバーサルミュージックグループ傘下として活動を続けている(写真1)。2018年にはLondon Design Awardを受賞するなど社会的にも評価を受けている。今回はこのInHouse Recordsを事例として取り上げる。

さて、突然ではあるが、英国では米国と並んで犯罪者の再犯率の高さが社会課題となっている。刑務所での更生を終えても定職に就けなかったりする事情によってまた犯罪に手を染めてしまっている。もちろん、刑務所では職業訓練などのプログラムが実施されているが、これらがあまり機能していないことを意味している。

Armani氏は、この課題に取り組むために、サービスデザインのアプローチを使って刑務所の調査を行った。具体的には、18ヶ月にわたってエスノグラフィリサーチを行い、囚人たちのインタビューや観察を行った。ここでは、囚人たちの個々人のスキルに着目し、「囚人は現在の刑務所制度では注目されていないスキルをもっているのか?」そして「これらのスキルを再利用できるのか?」といった点が意識された。この調査の結果、Armani氏は現在の刑務所では囚人個々の能力やスキルはあまり考慮されておらず、一律単純労働などに従事させられている現状があることを課題と捉えた。この状況では囚人の尊厳は保たれているとは言えず、これが囚人たちの社会復帰の阻害要因であるという仮説をもった。さらに、これを解決するための施策に対して、以下の洞察を得た。

  • 不足している能力・スキルではなく、強みに着目する
  • 安全で物事を可能にする環境をつくる
  • 持続可能な関係を維持する
  • 最適なアーキテクチャを検討する
  • 対話を重視する

氏は、本稿執筆のための筆者のインタビューに対して、「前世紀の刑務所は身体的な罰を与えていたが、現代は精神的な罰を与えている」と語っているが、まさにそのメンタルな部分が現代の刑務所制度の課題であると考えたと言える。

そこからArmani氏は、組織を立ち上げ運営をする「起業」というアプローチが上記の洞察に対応する解決策であると考え、囚人を組織化した音楽レーベル「InHouse Records」の立ち上げを行った。つまりInHouse Recordsは、単なる音楽レーベルではなく、囚人によって運営されている事業であり、犯罪者更生プログラムでもあるのである。

同レーベルにおいては、囚人はこれまでの彼らの社会経験をもとに事業運営をすることを求められる。調査を通して、囚人たちは主に教育の問題によってビジネスに関与するにあたって不足するボキャブラリーや知識があることはあらかじめわかっている。しかしながら、やはり調査によって、権威的な教育は不安や自己妨害の原因となることが明らかになっているため、そこは、オルタナティブ教育(代替教育)の形式の一つで学校に通学せず家庭で学習するホームスクーリングや、ゲームの活用などの新しい方法の探索が行われた。

これらのアプローチの結果、InHouse Recordsでは、囚人たちはソングライティング、マネジメントなどの習得や学習に意欲を見せ、不足していた読み書き能力や計算能力、そしてビジネス推進について飛躍的な成長を遂げる結果となった。

3. InHouse Recordsの成果

InHouse Recordsは、単なる実験ではなく、独立した音楽レーベルとして機能している。複数の刑務所で毎月50以上のデモ曲が作られており、その成果はユニバーサルミュージックを通じて世界中へ販売されている。

その一方で、InHouse Recordsは囚人向け教育プラットフォームとして、刑務所でのトレーニング、そして再犯の予防プログラムとしても機能している。現在InHouse Recordsは英国の4つの刑務所で活動しており、また2ヶ所の刑務所外のサポートハブによって運営されている。実際に参加者の学習成果や行動においては、ポジティブな行動(学習意欲など)では428%の増加、ネガティブな行動(暴力など)では36%の減少が計測されている。また、InHouse Records参加者の86%がこれまで働いたことがなかったにも関わらず、このレーベルを経て2018年に釈放された5人の囚人は現在フルタイムで働いており、再犯率はゼロを維持している。この成果を受けて、現在英国においては、InHouse Recordsへの加入希望者(囚人)が定員の300%超過となっているという。

また、本レーベルはさまざまな企業とパートナーシップを結んでおり、前述のユニバーサルミュージック以外にも、世界最大のコンサルティング会社の一つであるアーンスト・アンド・ヤングや世界的ギターブランドのフェンダーなどからサポートや機材の提供などを受けている。そういった意味で、継続性やネットワークとしての発展性についても今後が期待できる活動体となっていると言えよう。

4. クリエイティブなイノベーションとは

さて、ここまでInHouse Recordsの事例を社会的インパクトとビジネスとしての成果の両面から見てきた。このアプローチの特徴は、当初課題:英国での再犯率の高さの解決、からスタートして、調査に基づく本質的な課題の探索=気づかれていなかった囚人たちのスキルの活用、という視点に到達し、そこへ音楽レーベルの立ち上げという直接的には課題と関係のない、しかし解決のための要件を満たしている案を試作し、成果に結びつけているという構造が見て取れる(図1)。筆者がArmani氏にインタビューしたところによると、氏はプロジェクトに関わった当初は、この研究が音楽レーベルになることはまったく想像しておらず、前述した解決のための洞察を得たときでさえまだそうは考えていなかったという。

図1:通常のデザイン思考アプローチ(左)とInHouse Recordsのアプローチ(右)

説明:通常のデザイン思考アプローチとInHouse Recordsのアプローチの違いを図説した画像。通常のデザイン思考アプローチの場合、当初の課題から真の課題を導き出した後、アイディエーションによって解決策へたどり着くが、InHouse Recordsのアプローチの場合、真の課題に対してArmani氏の独自の洞察をかけ合わせることによって解決策を導き出す。

出典:株式会社コンセント作成

こういった課題解決は、見出された課題に対して対処的に解決を考えるのではなく、いったんその課題を俯瞰した上で、一歩引いたところから解決案を試すというアプローチであり、ミラノ工科大学のRoberto Verganti教授が提唱している「意味のイノベーション」のアプローチに通じるものがある。そういった意味でも本プロジェクトは「クリエイティブな」イノベーション事例であると言えるだろう。

大変インパクトのあるプロジェクトであるため、そういった点が着目されがちであるが、先進的な観点以外のオーソドックスなサービスデザインプロジェクトとしても本プロジェクトは注目すべきところがある。

まず1点目としては、当初課題:再犯率の高さ、という点を起点にしながら、丁寧なインタビューを行い、本質的な真の課題である「囚人の能力が活かされていない」に到達している点が挙げられる。再犯率というわかりやすい、社会的にも重要な課題が存在していると、どうしても「いかに再犯を防ぐか」という視点への答えを探すような調査を行ってしまいがちであり、インタビューや行動の観察もその観点で行ってしまうことが多い。その点で本プロジェクトではオープンに課題探索を行ったことが評価できる。

また、行政を巻き込んだプロジェクトという観点では、適切な成果やエビデンスを示すことによってプロジェクトを先に進めている点、ステークホルダーに対してデザインアプローチを正しく共有し、本質的なアプローチで課題の解決に臨めている点は注目に値する。刑務所という制約が大きな環境において、独立した個人が進めるプロジェクトでありながらも、本質的な調査から遂行し、こういった画期的な成果へ結びつけられるという本プロジェクトの事例はこれからの行政におけるサービスデザインプロジェクト実施において大変参考になるものである。

5. サービスデザインを推進する人物像

では、この事例および主催のArmani氏の活動をもとに、サービスデザインを推進するための能力について検討をしてみよう。

まず、基本的にはサービスデザインアプローチを熟知しており、適切にプロジェクト遂行を行っていることが挙げられる。この「デザインアプローチ」に関して、一般的には、英デザインカウンシルが定義したダブルダイヤモンドモデルがよく知られている(図2)。このモデルでは、課題空間=本質的な課題の探索と定義、と解決空間=解決策の探索と定義、において「拡散」と「収束」を行う。厳密に言えばこの進め方は直線的ではないが、概念的にデザインプロジェクトで行うべきことの表現としては妥当と言える。多くの行政プロジェクトの場合、特に課題の探索部分において、確認されている当初課題からの深掘りが行われないことが多く、解決の部分だけにリソースが割かれてしまう。本プロジェクトでは特にプロセスの上流部分の手続きを実施できていることが成果にもつながっている。ダブルダイヤモンドについては、現在提唱した英デザインカウンシルが更新版を提唱しており、ここについてはまた別の機会で触れよう。

図2:ダブルダイヤモンドモデル

タイトル:ダブルダイヤモンドモデル。説明:ダブルダイヤモンドとは、アイデアの拡散と収束を繰り返しながら2つのフェーズ(課題空間、解決空間)を経て、サービスの価値を磨いていくサービスデザインのプロセスを図で表したもののこと。

出典:英デザインカウンシルが提唱するダブルダイヤモンド(図は公開されているものをもとに株式会社コンセントで作成)

加えて、リサーチと分析などにおいても適切な手段をとっており、そういった専門知識はやはり重要となる。自身がリサーチ遂行を担当しないとしてもその意義や遂行によってなされる成果、リスクなどを把握するためにも知識や経験は必須と言える。

さらに、前提にとらわれず調査から本質的な課題を見つけ出したり、課題や求められる洞察に対して柔軟に解決策を見出してくるような姿勢はひとつの能力であると言える。これらは単なるセンスという問題ではなく、ニュートラルに物事を捉え、当たり前を疑う視点として、例えばアート思考と呼ばれるような思考トレーニングなどによって向上させられるものである。この視点は特に本プロジェクトにおいても顕著に見出すことができており、サービスデザインの推進においても重要な点であると考えることができる。

そして、最後に本プロジェクトが実際のビジネスとして成立しており、かつ他のステークホルダーを巻き込みながら社会的な役割を果たしているという点が挙げられる。このプロジェクト推進のリーダーシップ、あるいはアントレプレナーシップというものは特にプロジェクト型のサービスデザイン推進では欠かすことができない。本プロジェクトは事業を実際に立ち上げ、運営を行っているが、特に事業化して立ち上げるところまでの主体性と対応力とは求められるものだと言えよう。また、例えば刑務所の囚人の事業、という限定的な枠組みの中だけでは、運営は職員が行って、というような思考に陥りがちとなる。ここで、運営も囚人が遂行するという解決策に至っているのは、状況を広く俯瞰してリフレーム(再構造化)し、事業に結びつけているからと言える。これは、ある意味UberやAirbnbのビジネスモデルが従来のタクシー業界、ホテル業界をリフレームしたことと似ている。

以上をまとめると、

  • 知識:デザインプロセスの正しい理解
  • 専門性:調査・分析等の専門性
  • 視点:課題分析・発見の着眼点や課題解決における発想の飛躍といった発想力
  • リーダーシップ:プロセス遂行の主体性と、行政職員の巻き込み力
  • ビジネスデザイン:大局的な視点に立ち、事業を構成する能力

といったものがサービスデザインプロジェクトには求められることがわかる。ソリューションの形態にもよるが、必ずしもグラフィックデザインなどの造形的デザインスキルや、UIデザインなどのデザインエンジニアリングスキルが求められるとは限らないことがわかる。しかしながら、デザインの思考過程の中で、試作しながら仮説を見出す、いわゆるアブダクション(仮説形成)思考はいわゆる造形的なアプローチから見出されることが多い。特に本プロジェクトのように、どういった形態で解決が見込めるのかがオープンな状態でプロジェクトを遂行していく際には、そういったアブダクション思考は身につけておく必要はあるであろう。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

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