ビジョンデザインを現場につなぐ 策定で終わらせない設計とは?
- デザイン経営
- サービスデザイン
- ブランディング
社会構造や市場環境の変化が加速する中で、私たちはさまざまな局面で「どこを目指すのか」「何をすべきか」を問われるようになりました。企業活動も同様で、中期経営計画の策定、組織再編、新規事業開発、ブランド刷新など、未来像や中長期の方向性を再定義する場面が以前より増えていると感じる方も多いのではないでしょうか。
一方で、未来像を定義して、方向性は示されているはずなのに、会議では判断が揺らぎ、優先順位が定まらず、現場の行動は大きく変わらない。そんな状態のまま進んでいる組織も少なくないと思います。
特に、組織の戦略を考える方や、事業・業務の推進を担う立場の方ほど、そうしたギャップを実感する場面があるのではないでしょうか。
本記事では、こうした課題に対するアプローチとして「ビジョンデザイン」を取り上げます。ここでいうビジョンとは、企業や組織が目指す未来や理想像を指針として言語化したものを広く指します。経営企画の文脈ではミッション・ビジョン・バリュー(MVV)、事業開発の文脈ではコアバリューやプロダクトビジョンなど、異なる言葉で表現されることもありますが、ここでは組織やチームが目指す方向性や活動の核となる概念を広く「ビジョン」と捉えて紹介します。
なぜビジョンは現場で生かされないのか
例えば、日々の業務で以下のような場面に遭遇したことはないでしょうか。
- 中期経営計画を立てる段階で、実際の投資判断や重点領域の議論と整合性が取れず、ビジョンが意思決定の軸として機能していない
- ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を設定したが、「現場に浸透しない、行動が変わらない」という壁にぶつかる
- 人事・組織開発の文脈で、組織変革を進めたいのに、部門ごとの前提や価値観が揃わず、変革が“お願い”になってしまう
- 新規事業開発で、プロダクトマネージャー(PdM)が意思決定の基準をもてず、機能追加が積み上がって「何のためのプロダクトか」が曖昧になる
これらは一見異なる問題に見えますが、共通する構造があります。それは、ビジョンと社員一人ひとりの業務や日々の意思決定が接続されていないことです。
企業活動の多くは、明確な正解がない状況での意思決定の連続です。どの事業に注力するのか、どの機能を優先するのかといった大きな判断から、日々の業務における小さな選択まで、組織は常に「どの方向へ進むのか」を問いながら判断を重ねています。本来、ビジョンはそうした判断を支えるためのものです。しかし実際には、ビジョンを定めていても、それを実現するために社員一人ひとりが何をすればよいのか、組織の中で十分に理解されていないことが少なくないのではないでしょうか。
ビジョンと日々の意思決定が接続しない3つの要因
では、なぜビジョンと業務・日々の意思決定が接続されないのでしょうか。その背景には、主に3つの要因があると考えます。
1.未来の前提が共有されていない
ビジョンは未来の方向性を示すものですが、その前提となる「どのような未来が起こりうるのか」という理解が組織内で十分に共有されていないことがあります。
未来の捉え方は人によって異なります。技術の進展、社会の価値観の変化、顧客の行動変化などをどのように解釈するかによって、見えている未来像は大きく変わります。
その前提が共有されないままビジョンだけが提示されると、なぜその方向を目指すのかの腹落ちが難しく、現場の判断や行動と結びつきづらくなります。
2.現場の視点が策定プロセスに含まれていない
ビジョンは組織全体で共有されるものですが、その策定プロセスに現場の視点が十分に含まれていない場合があります。現場がプロセスに関与していない場合、ビジョンは「自分たちが選び取った方向性」ではなく、「上から与えられた方針」として受け取られやすくなります。
その結果、内容に共感できたとしても、それが自分の仕事や判断とどのようにつながるのかが見えず、日々の意思決定の場面で参照されにくくなります。
3.ビジョンが固定化され、現実とのズレが生まれていく
ビジョンは一度定めると、「変えてはいけないもの」「完成された正解」として扱われることがあります。しかし市場環境や技術、顧客価値は常に変化しています。未来が確定していない以上、一度定めたビジョンが、その後も常に最適であり続けるとは限りません。
それにもかかわらずビジョンが固定されたものとして扱われると、現場が感じている変化とのズレが徐々に広がり、次第に実務の中で参照されないものになってしまいます。
“使えるビジョン”を生み出すプロセス
ここまで見てきたように、ビジョンが現場で機能しない背景には、
- 未来の前提が共有されていない
- 現場の視点が策定プロセスに含まれていない
- ビジョンが固定化され、現実とのズレが生まれていく
という3つの問題があります。
ビジョンを機能させるためには、単に策定するだけでなく、組織とビジョンを接続するプロセスまで設計することが重要です。そのためにコンセントのビジョンデザインでは、「個人での探索 → チームでの創造 → 戦略・実装」という流れでビジョンを形にしていきます。
個人での探索
個人で未来の“シグナル”を集める
最初に行うのは、未来の変化の兆しである「シグナル」を収集することです。シグナルとは、技術動向や社会変化、生活者の価値観など、未来に影響を与える可能性のある兆候を指します。ここで重要なのは、その情報自体だけでなく、それを「なぜ未来の兆候だと感じたのか」という視点も併せて持ち寄ることです。
未来はまだ確定していません。したがって、どの変化がどのような未来につながるのかを正確に予測することはできません。同じ出来事を見ていても、ある人にとっては大きな社会変化の兆しに見えるものが、別の人には一時的なトレンドに見えることもあります。コンセントでは、この解釈の差異そのものを重要な材料として扱います。そのため、未来を考える素材をリサーチチームだけで集めるのではなく、ビジョン策定に関わるメンバー自身にも持ち寄ってもらい、主観を交えたシグナルとして扱うことを重視しています。こうすることで、参加者は単に議論に参加するのではなく、自分の視点で未来を捉え、そこに主体性を持ち込んだ状態でプロセスに関わることができます。
食品業界でのシグナルカードの例。業界特有のものだけでなく、食の変化によって変わるライフスタイルなど影響範囲を絞りすぎずにシグナルを収集することがポイント。
チームでの創造(発散〜収束)
チームで未来の可能性を広げ、望ましい未来を選び取る
探索フェーズで集められたシグナルは、次にチームの中で共有されます。ここでは、個人が見つけた未来の兆候を持ち寄り、チームとしてどのような変化が起きているのかを整理していきます。
例えばペースレイヤリングの考え方を参考に、社会構造、産業・市場、技術、文化・価値観、自然環境といったレイヤーで分類しながら、変化の速さや影響範囲を構造的に整理します。
各自が集めたシグナルの影響範囲を明確にし、その変化のスピードも整理するため、ペースレイヤリングという分類を行う。
ここで重要なのは、未来のシナリオを一つに決めず、複数の未来シナリオを発散的に描き出すことです。同じシグナルを起点にしても、その組み合わせ方やつながり方によって、社会の在り方はさまざまな形で描くことができます。
その際に参考になる考え方の一つが、フューチャーコーン(Future Cone)です。フューチャーコーンでは、未来を一つの予測としてではなく、複数の可能性の広がりとして捉えます。
例えば未来は次のような種類に整理されます。
- 起こりうる未来(Possible Future)
- 起こってもおかしくない未来(Plausible Future)
- 起こりそうな未来(Probable Future)
- 望ましい未来(Preferable Future)
フューチャーコーンの図はアンソニー・ダン、フィオナ・レイビー著『スペキュラティヴ・デザイン 問題解決から、問題提起へ。ーー未来を思索するためにデザインができること』(ビー・エヌ・エヌ新社)をもとにコンセントで作成
さまざまな未来の可能性を意識せずに考えてしまうと、どうしても「起こりそうな未来」だけに意識がいってしまいがちです。しかし、可能性は低くても起こりうる未来や、起こってもおかしくない未来まで含めて可視化しておくことで、数ある可能性の中から自分たちはどの未来を目指すのか、「望ましい未来」を選び取ることができます。
社会、顧客、組織というさまざまな視点を踏まえて、「望ましい未来」を選択するための議論を行うことが、未来の前提が共有されたビジョンの策定につながります。
戦略・実装
ビジョンを組織の中に根付かせる
ビジョンが機能しない理由の一つは、意思決定と接続されていないことにあります。いくら未来像が描かれていても、それが日々の意思決定や業務の中で参照されなければ、組織に影響を与えることは難しいでしょう。
そこで、ビジョンから逆算するバックキャスティングの考え方を用いながら、組織が取り組むべき具体的なアクションへと落とし込んでいきます。
例えば、以下の観点を整理し、ビジョンを「判断や行動の基準」として機能させていきます。
- ロードマップの策定
- 優先順位の明確化
- 具体施策の設計
- 必要な組織・制度変革の検討
また、ビジョンを機能させるためには、こうした内容を組織の中で共有し、社員一人ひとりの業務と結びつけることも重要です。そのためコンセントでは、例えばワークショップなどを通じて、
- ビジョンを策定した背景や意図を共有する
- ビジョンについて対話する
- 自分の業務の中でビジョンをどのように体現できるかを考える
といった機会を設計しています。
パーソルホールディングス株式会社様で行われた理念浸透ワークショップの様子。理念体系の「共感の先の行動」を引き出すことを目的に実施した。
さまざまなワークや対話が行われ、最終日には参加者の発言やグループ内でのやり取りをもとに編集・制作した「ヒントBOOK」を配布。ワークショップの体験を記憶にとどめ、日常に持ち帰る役割を担っている。
こうした対話を通じて、ビジョンは単なる掲示物ではなく、日々の判断や行動と結びついたものとして機能するようになります。
さいごに
ビジョンは「正解」「ゴール」ではなく、前に進むための「仮説」である
私たちは、ビジョンとは未来の固定された正解やゴールではないと考えています。不確実な状況の中で、自分たちがどの未来を選び、何を重視して進むのかを共有するための仮説であり、判断のよりどころとなるものです。そして、ビジョンを掲げたからといって、組織の中で自動的に認識が揃ったり、全員が同じように腹落ちしたりするわけではありません。実際には、納得の度合いや理解の仕方に違いがあり、そのズレを抱えたままでも、組織や事業は前に進んでいかなければならない場面があります。
だからこそ重要なのは、何が腹落ちしていて、何に違和感があり、どこに解釈のズレがあるのかを可視化しながら、それでも前に進むための判断材料をそろえていくことではないでしょうか。
そうしたプロセスは、メンバー間の認識をそろえるだけでなく、一人ひとりがビジョンに対して当事者として関わる土台にもなります。
ビジョンデザインは、不確実な状況の中でも未来像を描き、そこに対する認識の違いを見つめながら、組織が主体的に前に進むための筋道をつくっていくアプローチです。
未来を描くだけでなく、前に進むために。ビジョンを実務の道具として活用するヒントになれば幸いです。