This is Service Design Doing イノベーションのためのサービスデザイン(2)

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    長谷川敦士代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト

※本記事は、一般社団法人 行政情報システム研究所発行の機関誌『行政&情報システム』2018年12月号に掲載の、長谷川敦士による連載企画「イノベーションのためのサービスデザイン」No.2「This is Service Design Doing」からの転載です(発行元の一般社団法人 行政情報システム研究所より承諾を得て掲載しています)。

画像:Service Design for Innovation 2

1. What is Service Design?

サービスデザインの歴史

連載第1回の前回では「『デザイン経営』宣言」を取り上げ、イノベーションとは何かについて論じた。今回は前回の最後に取り上げたサービスデザインについて掘り下げてみる。

「サービスデザイン」という言葉自体が使われ始めたのは1990年代初頭となる。この頃ドイツのKöln International School of Design(KISD)にて、後にサービスデザインコミュニティの中心人物となるMichael ErlhoffとBirgit Magerの両教授によってサービスデザイン教育プログラムが開始された。同時期にPolitecnico di Milano(ミラノ工科大学)では、Ezio Manzini教授がサステナビリティの観点からサービスデザインの重要性を主張し、サービスデザインの学位プログラムを開始した。

また、当時すでに「サービスサイエンス」「サービスマネジメント」と呼ばれる分野は生まれており、研究が進められていた。このなかで、当時シティバンクのVPであったLynn Shostackが1984年に発表した論文のなかで、サービス設計のための手法として「サービスブループリント(Service Blueprint)」を提案した。サービスブループリントは顧客のサービス利用の流れに沿ってサービスを構成する要素の関係図を示したものであり、顧客接点からバックヤードオペレーションまでが記述されている。この顧客のサービス利用を包括的に捉える考え方は、現在普及しているカスタマージャーニーマップ(Customer Journey Map)の元になっている。

サービスデザインは、利用者視点でのサービス開発の手法として発達していったが、2000年代になりIDEO、Ziba等のデザインコンサルティングファームなどでサービスデザインプログラムの提供が始まり、「サービスデザイナー」という肩書きが使われ始めた。Livework、Engine、Fjord、Designitといったサービスデザインを主とする企業が立ち上がったのもこの頃となる。

ちなみに現在、Fjordはアクセンチュア、DesignitはインドのIT大手Wiproの傘下となり、Liveworkもオスロ拠点がPwCとのアライアンスを締結している。また、米国におけるサービスデザインの旗手であったAdaptive Pathも米金融大手のCapital Oneに吸収されている。このようにサービスデザイン機能は戦略コンサルティングサービスや事業における戦略部門に統合される傾向が見られる。

Service Design Network発足

こういったなか、2004年には学術機関とデザインコンサルティングファームが中心となり、Service Design Network(SDN)という国際組織が誕生した。SDNは前述のKISDのBirgit Mager教授が代表を務め、研究機関とデザインコンサルティングファームだけでなく、事業会社も巻き込んで活動を開始した。

Service Design Network

Service Design Networkは機関紙「Touchpoint」を発刊しているほか、2007年より国際会議 Service Design Global Conference(SDGC)を開催している。今年のSDGCはアイルランド ダブリンで開催されたが、この内容については別の記事(『行政&情報システム』2018年12月号70~75ページの「Service Design Global Conference 2018参加報告」)を参照いただきたい。このTouchpointは世界中での民間・公共のサービスデザインの取り組みを知ることができるほか、サービスデザインにまつわる新しい考え方を学ぶことができるサービスデザインの総合誌として評価が高い(図1、表1)。

図1:SDNが発刊する機関紙 Touchpoint

機関紙 Touchpointの表紙

出典:Service Design Network, Touchpoint Vol.10 No.2 (2020年5月8日時点)

表1:Touchpointの特集内容

図:Vol. 10 No. 2 (2018/10)号、タイトル「未来をデザインする(Designing the Future)」。Vol. 10 No. 1 (2018/8)号、タイトル「 	デザインから実装まで(From Design to Implementation)。Vol. 9 No. 3 (2018/4)号、タイトル「大規模サービスデザイン(Service Design at Scale)」。Vol. 9 No. 2 (2017/11)号、タイトル「インパクトと価値の計測(Measuring Impact and Value)」。Vol. 9 No. 1 (2017/7)号、タイトル「教育と能力育成(Education and Capacity-Building)」

出典:著者作成

また、これ以外でも、2015年より国際的にサービスデザインの優れた功績を称えるService Design Awardを発足した。このアワードは、具体的に実現したサービスだけでなく、例えば独Deutsche Telekomにおける全社的なデザイン組織化のプロジェクトなど、無形の活動も表彰しているところに特徴がある。なお、例年の受賞プロジェクトはSDNのWebサイトから参照することができるが、2017年からは年鑑の形での出版も始まった(図2)。

図2:The Service Design Award Annual

The Service Design Award Annual の背表紙と書影

出典:Service Design Network, Service Design Award Annual(2020年5月8日時点)

この他にもSDNは支部制(チャプター制)をとっており、2018年10月の段階では40の支部が存在している。これは、世界中でサービスデザインの普及の状況やニーズ、商慣習などが異なることを考慮して、ローカル活動を活性化させるために生み出されたシステムであり、世界各国で現地でのカンファレンス(National Conferenceと呼ばれる)や Meetupと呼ばれるイベント、コンテンツの翻訳などが行われている。

Service Design Network Chapters

筆者は、この支部を統括するNational Chapter Boardのメンバー※1および、日本支部(Japan Chapter)の共同代表を務めているが、日本支部でもSDGCの報告会をはじめとした定期的なMeetupイベントや、SDNが発行するドキュメントやコンテンツの和訳などの活動を行っている。関心をもたれた方はぜひSDN日本支部のサイトを参照いただきたい。

SDN日本支部

※1本稿の掲載当時を含む、2014〜2019年までメンバーとして就任していた。

2. This is Service Design Thinking

さて、このSDNによる活動を契機に、サービスデザインへの注目は高まっていった。こういったなかで、さまざまな流儀のサービスデザインの定義や手法などが乱立する状況を交通整理するような「This is Service Design Thinking(TiSDT)」と題される書籍が2011年に発刊された。

TiSDTでは、さまざまなサービスデザインの手法やアプローチを紹介しており、具体的にサービスデザインを推進する人々の手引きとして人気を博した。また、本書では、サービスデザイン思考の5原則として、サービスデザインのさまざまな手法などの根本をなす考え方を紹介している。

サービスデザイン思考の5原則

  1. 1.ユーザー視点である(User-Centered)
    サービスデザインのプロセスでは常にユーザー(利用者)がその中心に位置づけられる。そのアプローチは、人間中心設計(Human Centered Design)の考え方に基づいている。このため、サービスデザインのプロジェクトにおいては、まずはユーザーの観察やフィールドワークが起点となることが多い。
  2. 2.共創的であること(Co-Creative)
    サービスデザインのプロセスのなかでは、ユーザーのみならずすべてのステークホルダーを「アクター(参加者)」として捉え、共同作業によってサービスをつくり上げる「共創」を前提としている。サービスの利用者であるユーザーもサービスをつくり上げる「アクター」の一人であり、サービス設計に関わっていると考えることでサービスが参加者全員の共有物であるという状況をつくり上げる。
  3. 3.インタラクションの連続性(Sequencing)
    サービスは、ユーザーとサービスの接点(タッチポイント)での相互作用(インタラクション)の一連の流れ(sequence)によって構成される。この流れを可視化したものがカスタマージャーニーマップやサービスブループリントである。提供者視点ではなく、事業部横断的なユーザーの視点で、サービスを利用する前から、利用中、そして利用後までの一連の体験を考慮することが求められる。
  4. 4.物的証拠(Evidencing)
    「サービス」は元来有形/無形の両方の要素を含んでいる。しかしながら、ユーザーが実際にサービスの価値を理解し、共感するためにはユーザーが触れるなんらかの物的要素が必要となる。このため、サービスデザインでは、ユーザー体験に形を与えるための「証拠」となる物的要素をどのように組み込むか、どういった役割を担わせるのかを重視している。サービスにおいては、パソコンやスマホなどのUI、窓口、コールセンター、チラシ、広告などのタッチポイントすべてが物的証拠(evidencing)となる。
  5. 5.全体的な視点(Holistic)
    サービスデザインでは、ユーザーとサービスを取り巻く環境や条件を大きな視点で捉える包括的な視点が求められる。このために、ステークホルダーマップと呼ばれるようなさまざまな関係者同士のその関係性を視覚化する手法が用いられる。こういった視点によって、UberやAirbnbのように従来従業員であったアクターをサービスのユーザーとするようなモデル定義などが可能となる。

こういった原則は抽象的ではあるが、サービスデザインアプローチの本質をうまく捉えている。実際に成功しているイノベーティブなサービスデザイン事例においては、これらの5原則の考慮が行き届いている。しかしながら、この原則の実現には、例えば部門を横断したアプローチが必要であったり、包括的な視点によって既存の施策と競合してしまうようなことが起きたりと、行政・民間のどちらであっても困難がつきまとう。また、実施後もその後の運用を引き継ぐ体制がつくれなくなってしまうことも多く聞かれる。こういった状況への対処のため、特に欧州の公共機関でのサービスデザイン実施においては、自治体や政府といった行政単位全体としてサービスデザインの実現に取り組み、職員や住民も巻き込みながらのプロジェクト推進が必要であるとの認識が一般化している。

3. Thinking から Doingへ

TiSDTは、サービスデザインという考え方、そして当時普及しつつあったカスタマージャーニーマップやサービスブループリントといったサービスデザインの手法などを紹介することにおいて成果を上げた。そして、さらにそこから数年が経ち、サービスデザインはすでに試しに導入してみたり、効果を評価している段階を終え、その実践による成果が問われる段階に入ったと言える。そういったなか、TiSDTの著者らは、今年2018年に「This is Service Design Doing(TiSDD)」および「This is Service Design Methods」という書籍を刊行し、困難を乗り越えながらどのようにサービスデザインを遂行するのか、を提案している。

前述の今年のSDGCにおいても、クロージングプレナリー(基調講演)において、TiSDT、TiSDDの著者らより、以下のサービスデザイン実践の12戒(The 12 Commandments)が提示された。

サービスデザイン実践の12戒(The 12 Commandments)

  1. 1.言い方はどうでもよい(Call it what you like)
  2. 2.さっさとつくれ(Make shitty first drafts)
  3. 3.ファシリテーターであれ(You are a facilitator)
  4. 4.つべこべいわずやれ(Doing, not talking)
  5. 5.「そうですね、でも」もしくは、「そうですね、そして」(Yes, but... & Yes, and...)
  6. 6.正しい解決策を見つける前に、正しい問いを探れ(Find the right problem before solving it right)
  7. 7.実環境でプロトタイピングせよ(Prototype in the real world)
  8. 8.一つのことにすべてを賭けるな(Don’t put all your eggs in one basket)
  9. 9.これは現実を変えることであり、ツールのことではない(It’s not about tools - it’s about changing reality)
  10. 10.繰り返す計画を立てよ、そして適用させる(Plan for iteration... then adapt)
  11. 11.虫の目と鳥の目(Zoom in and zoom out)
  12. 12.すべてサービスである(It’s all services)

日本においては、いまだサービスデザインの考え方は取り入れるべきか否か、といったような議論がなされているが、欧米、日本以外のアジア諸国などでは、UKのPolicy Lab、台湾のPDIS(Public Democracy Innovation and Service)など、国家レベルでデザインラボを設置したり、民間企業では全社レベルでのデザイン研修を実施したりと、すでに実施し成果をいかに出していくかが問われる段階に来ている。また、先日韓国のデザイン振興会の主催で開催されたDESIGN KOREAというイベントでは、Social Design Seminarと題されたセッションにて、アジアでの公共サービスのデザインやソーシャルデザインの事例が各国から紹介された。筆者も日本の事例を紹介したが、タイのGovernment Innovation Lab.のJett Virangkabutra氏の講演などでは、タイで取り組まれている公共サービスやインフラなどの新しいサービスデザインの取り組みが紹介されていた(図3)。数年前に全社でのデザイン研修であるIBM Design Thinkingを実施したIBMでは、2018年からはこれをIBM Enterprise Design Thinkingプログラムとして社外への提供を始めている。

図3:DESIGN KOREA内のセッション「Social Design Seminar」の様子

写真:DESIGN KOREA内のセッション「Social Design Seminar」の様子

出典:筆者にて撮影

日本でももちろん公共サービスにおいて個々ではサービスデザインのアプローチを取り入れているものもあるが、情報や権限が集約されておらず、効率が悪い。また、部門を横断した視点が後回しにされてしまい局所最適に終始してしまうような傾向が見られる。これは、サービスデザイン思考における全体的な視点が欠けていると言わざるを得ない。

サービスデザインの実践はスモールスタートかつ、繰り返しの実施が求められる。日本でもお試し段階を終えて、次のステップである「実践」を試みていく段階であろう。

参考文献

  • マーク・スティックドーン, ヤコブ・シュナイダー, THIS IS SERVICE DESIGN THINKING. Basics - Tools – Cases 領域横断的アプローチによるビジネスモデルの設計, ビー・エヌ・エヌ新社(2013)
  • Marc Stickdorn, Markus Edgar Hormess, Adam Lawrence, Jakob Schneider, This Is Service Design Doing: Applying Service Design Thinking in the Real World, O'Reilly Media(2018)*2020年2月に日本語版が刊行。マーク・スティックドーン, アダム・ローレンス, マーカス・ホーメス, ヤコブ・シュナイダー, This is Service Design Doing サービスデザインの実践, ビー・エヌ・エヌ新社(2020年)
  • Marc Stickdorn, Markus Edgar Hormess, Adam Lawrence, Jakob Schneider, This Is Service Design Methods: A Companion to This Is Service Design Doing, O'Reilly Media(2018)

[ 執筆者 ]

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