おれたち(サービスデザイナー)の戦いはこれからだ!

『The Future of Service Design』日本語版発刊に寄せて

  • 赤羽太郎シニアサービスデザイナー

こんにちは、コンセントの赤羽です。
2020年の11月から『The Future of Service Design』という小論集、レポートの翻訳に取り組み、2021年3月に日本語版をリリースしました。僕は全部で15章あるうちの13章、およびその他細々したところ全体を翻訳しています。残り2章分をコンセントの若手に協力してもらいました(サービスデザイン・ミーツ・ビジネス:猪瀬景子/サービスデザインと未来予測:長尾真実子)。

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さて、この記事では以下のようなことを書いていこうと思います。

『The Future of Service Design』とは

このレポートは著者のBirgit Mager 氏が、日本語版公開に寄せたビデオメッセージの中でも言っていますが、彼女が世界で最初の「サービスデザインの専任教授」に就任して四半世紀、25周年記念プロジェクトとして制作されたものです。

制作のプロセスは、まず2020年の3月に「Future of Service Design Summit」という、サービスデザインの実践者や研究者による未来を構想するイベントが開催されました。そこでの議論を受けて、Köln International School of Designのサービスデザインの大学院のゼミでさらに深掘りの検討やインタビューなどを行い、レポートとして取りまとめられました。

このレポートでは未来に向けた8つの大きなテーマが取り上げられています。

  • ビジネス
  • 公共行政
  • デザイン教育
  • テクノロジー
  • 倫理
  • 持続可能性
  • デザインエージェンシー
  • 未来予測

また8つの主題に関連したサブトピックとして以下のようなものが含まれます。

  • サービスデザインの発展の歴史
  • サービスデザイン幻滅期をいかに乗り越えるか
  • Journey Map Ops
  • ティール組織とサービスデザイン
  • 新たな未来予測手法としてのWorld Building

とても興味深い個別の内容に関しては、ぜひレポート自体を見ていただければと思いますので、以下から日本語版をご参照ください。

また、レポートの読みどころについて議論した日本語版発刊イベントを2021年3月末に開催しました。その内容を翔泳社さんのメディア『Biz / Zine』で記事にしていただいていますので、そちらもご覧ください。

Biz/Zine「サービスデザインの未来を『The Future of Service Design』から紐解く」

なぜこのレポートを翻訳しようと思ったのか

実はもともと日本語版を公開するつもりはありませんでした。

個人的に読んでみたい、これからのトピックについて理解したいと1人で翻訳を行っており、発行元であるKöln Internattional School of Design と著者であるBirgit 氏に公式に許可を取る、ということも特に考えてはいなかったんですね。

半分くらい翻訳したところで「社内の若手と協働する機会としてもいいかな」とふと思い立ち、何人かに声掛けしました。その中で3人(1人は残念ながら途中で離脱)が立候補してくれたので、1章ずつ引き受けてもらいました。長尾さん、猪瀬さん、ありがとうございます。

そうこうしているうちに、せっかくここまでやったら世の中に公開して役立てた方がいいのではないか、という気持ちになり、正式に打診を行うことにしました。

しかしこれまでの経験上、モノがない状態での打診だとなかなか動いていただきづらいので、日本語版のレイアウトまで終わらせた段階でBirgit氏に連絡をしました(ちなみに、日本語版のレイアウトも赤羽が担当しております)。

ほぼでき上がった段階での初稿にした甲斐もあり「とてもいいじゃない! これってもう公開してもいいのかしら?」(意訳)というかなり前向きなアクションをいただくことができました。
そこから多少手を加えて、スムーズに公開までこぎ着けることができました。

ニュース「赤羽太郎、長尾真実子、猪瀬景子が翻訳した『The Future of Service Design』日本語版を公開」

レポートのコンテンツをどう読むか

レポートを読んだ印象を総じていうと、「おれたちの戦いはこれからだ!」という感じです。

これまでは、そもそも異分子として存在していた「サービスデザイン」というものが、企業や行政組織の中で必要な能力、いわば仲間として認められるようになってきた。例えるならば、村によそ者がやってきて、最初はいじめられたり遠巻きにされていたのが、よそ者ならではの独自のやり方や知見で村に新しい風を吹き込んで、少しずつ受け入れられてきて、最終的には欠かせない仲間として認められた、というのがこれまでの話。これが物語だったとしたら、まだまだ第1部ですよね。ちなみにこの仲間として認められた状況のことを、『The Future of Service Design』では「ニュー・ノーマル」と呼んでいます。

そして、なじんできたからこそ見えてきた村の風習や偏見に関わる課題(組織や行政、教育の課題)があったり、村の外の事件に立ち向かったり(テクノロジーや持続可能性や倫理)して新たな展開が始まる、という第2部的な展開が『The Future of Service Design』では議論されている、といえます。

ヨーロッパでの状況は、企業や行政などの分野を問わずサービスデザインの活用や普及が日本の数年先をいっていますので、日本はまだまだ「ニュー・ノーマル」の状況までもっていかなければならないわけですが、そこに至るまでの課題や、その先に出てくるであろう課題などについて先取り的に想定しておくというのが、本レポートの1つの使い方だと思います。

とはいえ一方で、ヨーロッパと日本では市場的・文化的・社会的にさまざまに異なる要素があるので、日本において、まったく同じような経緯をたどって発展していくことにはならないでしょう。そこは留意しておく必要があります。オーストラリアやアメリカ、ブラジルなど、日本よりもサービスデザインの活用が進んでいるヨーロッパ以外の地域はありますが、それぞれ、普及・発展には異なった課題があり、異なった道筋をたどっています。

ちなみに共通しているところもあります。

先日『The Future of Service Design』をテーマにしたグローバルミートアップに参加したのですが、各国が口をそろえているのは「サービスデザインの教育体制の不備」です。日本からすると海外のデザインスクールの画期的な取り組みや情報が入ってくるので、意外な印象はありました。オーストラリアではRMIT University、アメリカではParsons School of Designやカーネギー・メロン大学、スタンフォードd. schoolなど先進的なデザインスクールがありますが、そういった取り組みが(日本から見た印象よりは)広がっていないことを課題として感じているようです。レポートの中でも、書籍『This is Service Design Thinking』(※1)でサービスデザイン人材の類型として語られていた「T型人材」からさらに発展して「ツリー型人材」になっていかなければならない、ということが提言されています。サービスデザイナーに求められる資質や能力はより複雑化しているということになりますが、しかし、デザイン教育の発展はまったくそれに追い付いていない、ということですね。

※1 Marc Stickdorn、Jakob Schneider『This is Service Design Thinking』(Wiley、2012年)

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「ツリー型人材」のイメージ。これからのサービスデザイナー には、より幅広い資質や能力、専門知識が求められる。
出典:Myrthe Montijn(2021). The state of service design in 2021 ― and beyond.

ちなみに、そのミートアップではサービスデザイナーは「ツリー型人材」になっていくことを目指すとしたら、しかしそのことがサービスデザイナーの専門性というものをよりわかりにくくしてしまわないか、という懸念が提示されていました。それに対する回答は、英語で「器用貧乏」を指す言い回しとして「Jack of all trades, master of none.(なんでも屋のジャックはなんの達人にもなれない)」を引いて、本来、このことわざは「Jack of all trades, master of none, but often times better than a master of one.(なんでも屋のジャックはなんの達人にもなれないが、大抵の場合1つのことの達人より役に立つ)」と続くことから、サービスデザイナーはこのJackのような存在ということでいいのではないか、といったことが語られており(ことわざを知らなかったこともあって)興味深かったです。

日本のサービスデザイン/サービスデザイナーの課題感と照らし合わせてみる

最近、2020年度末から、赤羽も共同代表を務めているService Design Network(以下、SDN)日本支部が主導して、これからの日本におけるサービスデザイン実践と研究を発展させていくための活動を開始しました。

活動には2つの枠組みがあります。1つは社会課題(イシュー)ごとにさまざまな企業や組織のサービスデザインに関わる人々が組織の枠組みを超えて協働的に検討する活動「イシューデザイン・タスクフォース」、もう1つはサービスデザイナー同士の知識交流を活発化させ、コロナ禍の影響もあり閉じがちなコミュニケーションを開いていく「コミュニティデザイン・タスクフォース」です。

イシューデザイン・タスクフォースで扱う社会の課題は、日本のサービスデザインに関わる皆さんにワークショップに参加していただき共創的に選定、抽出したもので、以下の9つになります。

  • 組織と行動変容
  • 行政
  • 飲食
  • エコシステム
  • 学校教育
  • 地域課題
  • 持続可能性
  • 終わりと死
  • 貧困

『The Future of Service Design』の主要なトピックと照らし合わせると、「テクノロジー」「デザインエージェンシー」「未来予測」というトピックがありません。一方で、「公共行政」「倫理」「持続可能性」などが、より細かいトピックに分割されています。素直に考えれば日本のサービスデザイナーは現状の社会問題などに関する意識や関心が高く、一方で、テクノロジーや未来へのビジョンに関する志向性や関心が低い、ということになるでしょうか?

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『The Future of Service Design』の主要トピックと、SDN日本支部のタスクフォースで扱う課題の相関イメージ。

まず、「組織と行動変容」(レポートの「ビジネス」)「行政」(同「公共行政」)「地域課題」などについては、サービスデザインのより効果的な実践と普及のために関心が高くヨーロッパやアメリカと同様の状況といえます。特に「行政」についてはデジタル庁の立ち上げや、自治体でのデザイン活用機会の増加などもあり、まさに今ホットなイシューです。また「組織と行動変容」については、サービスデザインを組織的に活用する志向性が、デザイン経営などの取り組みと相まって関心が高まっているのではないかと考えられます。

「終わりと死」「貧困」レポートの「倫理」)や「持続可能性」については、文化的・社会的な違いを超えてある種普遍的な課題感となりますので、日本のサービスデザインに関わる人々も、その課題意識を共有していることの表れといえるでしょう。

教育については、レポートで取り上げられている「デザイン教育」は「大学や大学院での高等教育」や「組織内教育」にフォーカスしており、一方でSDN日本支部のタスクフォースは小学校から大学までのいわゆる「学校教育」を対象としているため、ターゲットは少し異なります。しかし(サービス)デザインがより価値を発揮するためには教育が重要であるという課題感は共通しているでしょう。

「飲食」「エコシステム」に関しては……まあ、個別性の高いトピック、ということでしょうね。

一方で『Future of Service Design』では取り上げられているが、SDN日本支部のイシューデザイン・タスクフォースでは対象になっていない「テクノロジー」「デザインエージェンシー」「未来予測」についてはどうでしょう。

サービスデザイン以外の領域ではテクノロジーやエンジニアリングを大いに活用するデザインファームやデザイナーは増えていますし、また、DXとサービスデザインとの親和性や連携の必要性も語られるようになってきていることを考える(※2)と、サービスデザイナーがテクノロジーについて理解する必要性は高まり続けているといえます。本レポートの「サービスデザイナーのためのテクノロジー」の章でマンガを提供しているサービスデザイナーのMauro Rego氏はもともとDesignitというエージェンシーに在籍していましたが、現在はGoogleに所属し、まさに先進テクノロジーとサービスデザインを融合することに取り組んでいます。日本でも、より高度にテクノロジーを使いこなすサービスデザイナーの数が増えてくることが期待されます。僕の知り合いでいえばANKR DESIGN代表の木浦幹雄さんなどは、未踏スーパークリエイターでありサービスデザイナーでもあるので、イメージが近いのかもしれません。

※2 参考:
Biz / Zine「JR西日本の輸送障害時のCX改善──『事業会社×サービスデザイン×IT化』によるサービス開発とは」ビー・エヌ・エヌ『Good Service:DX時代における“本当に使いやすい“サービス作りの原則15』丸善出版『DX時代のサービスデザイン』

「デザインエージェンシー」に関しては、SDN日本支部タスクフォースのイシュー抽出時にまったく出てこなかったですね。日本におけるデザインエージェンシーの状況としては、多様な個性あるデザインエージェンシーの増加、Goodpatchの上場など、いろいろ変化が起こっている領域です。また、コンセントでも「Design Leadership」(※3)という、これからデザイン(エージェンシー)が社会に対してどのような新たな価値や意味を提供できるかを探索していくチームを立ち上げるなど、社会における位置付けや提供価値などは10年、20年前とは大きく変わってきているとは思います。ただ、まだ企業のインハウスチームや戦略コンサルティング会社との統合など、『The Future of Service Design』で議論の焦点になっているような状況とは異なるため、イシューとしては前景化していないのかもしれませんね。

※3 デザイン経営をリードする、コンセントの領域横断型専門人材チーム「Design Leadership」

「未来予測」に関しては、『The Future of Service Design』の中では、サービスデザインの実践にどう取り込んでいくかはまだ試行段階という印象で語られています。VUCAの時代といわれるように先を見通しにくい状況ですから、日本でも関心の高い領域ではあると思います。特に、関連するイベントや書籍などはコロナ禍以降増加しているように感じます。ただ「サービスデザイン」の実践と研究にまつわるイシューとしては、日本におけるサービスデザインがまだ普及・発展段階にあることもあり、他のイシューの関心が優先されているのかもしれません。

まとめ

このレポート『The Future of Service Design』自体は、何かケースを分析して仮説や答えを示すものではなく、あくまで未来への提言やサービスデザイナーの研究者や実践者の見識を示したものです。その意味でこのレポートを読まれる方の中には具体的な答えが示されるようなものではないと感じる方もいるかもしれませんが、個人的には翻訳していく中で「Future of Service Design Summit」の議論の様子などを想像し、楽しく刺激を受けながら進めていくことができました。

ぜひ関心のあるトピックから読んでみていただいて、これからを考える思考の刺激の1つとして活用いただければうれしく思います。

[ 執筆者 ]

コンセントは、企業と伴走し活動を支えるデザイン会社です。
事業開発やコーポレートコミュニケーション支援、クリエイティブ開発を、戦略から実行まで一貫してお手伝いします。

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