コンセントのスキルマップ「技術マトリクス」2025年度版 EXデザインへ
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「技マト」を取り入れ8年目。電気や水道のような、コンセントでは「あって当たり前」のインフラになりました。
技術マトリクス(社内通称:技マト)はデザイン人材のスキルマップです。2021年度版から一般公開を始め、今回で5回目。ここでは最新の2025年度版を紹介します。技術マトリクスのPDFもダウンロード可能です。ぜひご覧ください。
「技術マトリクス」とは何か
社会的にデザインへの期待が広がり、必要なスキルも変化していく。そのスキルを整理し可視化し構造化をしないと、社内で育成プランを立てられない。デザインの対応領域が拡張していくと、メンバーの専門性も多様になっていく。すると部署間やレポートラインにおけるスキルの共通言語が希薄になっていき、組織の団結も揺らいでいく。かつてのコンセントはそんな苦境に立たされていました。
その解決に向けて社内でスキルを体系化し開発したのが技術マトリクス。2025年度版では、36の技術項目に対してそれぞれ5段階の水準を設定しています。
(リンクファイルの2ページ目は、前年度からの更新箇所を赤字にしたものです)
技術の選定や各技術の細かい概要については、市場変化やコンセントの事業戦略に合わせて1年ごとに変更を加えています。コンセントの環境に合わせた記述になっていますが、メンバーの目線から「コンセントでしか通用しないスキル」とならないよう、市場標準にもなるようバランスを取っています。
ロール(職種)ごとに必要な技術項目も定義しています。ロールは2024年度版と同じく18種類。それぞれの必要技術はマネージャーの声を取り入れながら、その年の育成課題に即した形で設定しています。こちらも業界一般で通用するよう調整をかけています。
「キャリア1〜2年目共通スキル」の運用を開始
2025年度版から、キャリア1〜2年目のメンバーに対応する共通スキルを設定しました。
毎年、コンセントには新卒社員が加わります。入社当初から専門性を定めるメンバーもいれば、幅広い仕事を経験しながら徐々に自分のポジションを築いていくメンバーもいます。戦略系のロールを志すメンバーもいれば、制作系のロールを希望するメンバーもいます。
一人ひとりに異なった育成方針が必要になるわけですが、その中でも素地となる共通スキルを押さえていないと、社内のあらゆる現場で力を発揮できない。3年目以降の成長の土台をつくれない。そんな課題に対応するために運用を開始したのが「キャリア1〜2年目共通スキル」です。事業開発やマーケティング、PRの基礎知識の獲得を明示し、全社で同じ視座で協働できるよう設計しています。
「人材開発支援」を新設
2025年度から、技術マトリクスに「人材開発支援」の技術を追加しました。事業創出やDX推進に携わる人材の育成施策を開発・実行するスキルです。これまでは、「組織開発支援」に人材開発関連のスキルを内包していましたが、昨今のニーズの高まりを受け、全社で能力を強化すべく「人材開発支援」として独立させました。
コンセントは企業・組織の問題に対して、サービスデザインによる解決を提供している会社です。サービスデザインとは、顧客・生活者の価値や体験を起点に、ビジネスモデル・組織・業務・顧客接点を包括的に設計する手法です。
コンセントでは2010年代初頭からサービスデザインを提供してきましたが、ここ数年では、その中でも従業員体験のデザイン(EXデザイン)を重視して、クライアント支援を行っています。事業の価値を高めるためには顧客体験(CX)だけに注目するのではなく、優れた従業員体験を構築し、CXとEXの好循環をつくり出そうとする考え方です。CX向上のレバレッジポイントをEXデザインの中で見いだそうとする方法論と言い換えてもよいでしょう。
日本の産業は人手不足。業務の一部をAIなどのテクノロジーで代替し、生産性を高めていく動きは切迫の度合いを増しています。事業・サービスを提供する中で、人だからこそ価値を生み出せる仕事は何なのか。従業員がどのような変化や成長を果たすと、事業の価値は向上するのか。あるいは、従業員の長期的な成功のためには、事業はどう設計・運用されるべきなのか。
2010年代からここ数年までのサービスデザインでは、顧客・生活者に対する新価値創造に焦点が当てられてきましたが、現在では、生成AIの急速な普及と労働力不足の2方面から、業務および従業員体験のデザインの方に注目が集まってきているといえるでしょう。
EXデザインでは、従業員を「内なる顧客」と位置づけ、従来のサービスデザインの手法を応用し、解決を模索していきます。従業員への共感を出発点として、人間中心に設計する。従業員体験を可視化し、業務フローの見直しや、AIを含めたテクノロジーのシームレスな導入を推進する。企業やサプライチェーン全体をシステム=生態系として捉え、顧客の成功(Customer Success)と従業員の成功(Employee Success)についての思考を往復させながら、組織文化の発展を促していきます。
その「従業員の成功」に向けて、クライアント従業員のスキル習得や態度形成を支援する技術項目として明示したものが「人材開発支援」です。従業員自身が市場変化に対応し、変革の波に乗り成功するための創造性を獲得すること。企業理念やミッション・ビジョン・バリューと自身を重ね、進むべき方向を見いだすこと。それによりクライアント企業全体の成果創出につなげること。そのために人を育成する。その手段としての技術が「人材開発支援」なのです。
レベル4の他者育成を「社外」に拡大
「人材開発支援」を設定すると同時に、技術マトリクス全体のレベル4水準の内容を刷新しました。レベル4は「業務自体の進展と他者育成」ができる段階を想定していますが、その中の「他者育成」をコンセント社内だけでなく、クライアントにまで広げたのです。
社会全体でデザイン人材の需要が高まる中で、クライアント組織内で人材育成が課題になるケースが少なくありません。育成を主導するメンバーがいなかったり、プロジェクトを回すだけで手いっぱいで育成するリソースがなかったりと要因はさまざまです。コンセントでは、プロジェクトの実行支援と並行して、クライアントのデザイン人材の成長をOJTや研修によって支える仕事が年々増えています。
ここでもEXデザインの考え方を重視します。一般論としてのデザイン技術の習得を促すだけでなく、クライアント事業の要点に添った言語化を行い、かつ、クライアント従業員のキャリアに対する思いをくみ取りながらチューターとして指導することもあります。
デザイン会社であるコンセントでは、社内から社外へと育成対象の広がりが生まれていますが、この潮流は事業会社のデザイン組織でも起こっています。例えば、別部署の従業員に対するデザインスキルの導入や、グループ内の別会社へのデザイン教育の実践といった流れです。
DXは産業全体の課題であり、そのDXにはデザインが欠かせません。デザイン育成スキルを磨き、デザインを伝播する原動力として活躍するデザイン人材に光が当たっているのです。
「目的」を維持する
コンセントは技術マトリクスを導入して8年。組織に不可欠なインフラになりました。いわゆる衛生要因として「ないと困るもの」になり、同時に「あるだけでうれしいもの」ではなくなりました。空気のように、水のように。すっかり日常的なものになりました。
一般的には、仕組みがつくられ時間がたつと、残念ながら当初の目的から運用が脱線していくこともあります。コンセントが当初に設定した目的は以下の5つです。
- 部署を超えて技術に関する情報共有ができること
- ロール(職種)を超えて人材育成・指導ができること
- 自己学習の指針形成に役立つこと
- アサインの質を高めプロジェクトの協働を深めること
- 中途社員の技術水準を把握できること
いずれもメンバーの成長と協働を第一に考えたものです。技術マトリクスが水や空気のように当たり前になっているからこそ、運用を間違えると、無意識な組織文化にも影響を与えてしまう。そうならないよう、今でも当初の目的設定に沿った運用を堅守しています。
技術マトリクスは、いってみればスキル標準化の営みであり、デザインの品質を維持するための業務管理手法であるともいえます。人事評価に用いる目標管理でも参照されるので、評価ツールとしての側面も持ち合わせています。そのため、当初の目的を重視した運用をしないと、以下のようなマイナスの影響を組織に与えることもあります。
- 特定の技術さえ身に付ければ評価されるだろうという、行動と意識の自己抑制
- 技術マトリクスを介した業務リスク管理が先行し、組織的に挑戦が減ること
- メンバーの能力が過度に単純化され、個人のアイデンティティに悪影響を及ぼすこと
- 技術マトリクスが権力をもち、メンバーの行動に自粛が生まれること
一貫して、「成長と協働」といった発展的なベクトルとは真逆の、収縮・萎縮する方向に組織が運動していくことになります。
組織の仕組みは老朽化していきます。開発当初の熱量は冷めていき、仕組みが発するビジョンもおぼろげになっていく。時を経るごとに特定の誰かに利する解釈が付着していき、同時に「飽きる」感情からメンテナンスがおろそかになっていく。仕組みは無形。空気のように目に見えない。だからこそ、老朽化による負の作用には気付きづらいものなのです。
ここでもやはりEXデザインが重要です。技術マトリクスが「従業員の成功」に向けて機能し、同時に、事業価値を向上させるツールとなっているか。従業員への価値提供となっているか。従業員体験の視点から技術マトリクスという仕組みを相対的に見つめ、運用することが大切です。
EXデザインの「デザイン」は誰かが一方的に設計し、与えたり押し付けたりする行為ではありません。みんなでつくっていく共創的なデザインです。技術マトリクスをみんなでつくり続ける中で、デザインの組織文化を長期的に育んでいこうとする意志を忘れてはいけません。
過去に公開した技術マトリクスの記事です。技術マトリクスの基本構成の細部や、これまでの更新の過程、技術マトリクスを使った具体的な人材育成の方法について紹介しています。
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